第7話 カロンの魔法具

 居間に戻った後、リックはお茶の用意をしてからユウとカエデの座っているのの反対側のソファに腰掛ける。

「で、それはなに?」

 ユウが口火を切ると、リックは少し笑ってから、

「こいつは魔法具の一種でな。まあ、もちろんカロンが造ったやつだが」

 一つを手に取って、表面をすっと撫でて見せると、銀色の球体が『解け』、小さめの楯へと姿を変えた。

「それは――」

 カエデが驚きの声を漏らす。ユウは声を上げる事すら忘れてリックの手元を見入っていた。

「こいつは陽炎の楯。認識阻害を起こし、相手に狙いを付けさせない防具だな。しかし、一目見ただけでこいつのことがわかるなんて、やはり嬢ちゃんはその血筋のもんってわけか」

「ええ、まあそれは否定しませんが。しかし、それは本物ではありませんね? 時の経過が感じられませんから」

「ハハ、そこまでわかるか。こいつは驚いた」

 にやりと笑い、リックはカエデへ楯を投げて寄こした。その途中、楯は元の球体へと戻り、カエデの手にしっかりと受け止められた。

「封印の解除が維持されるのは解呪者が魔素を流し込んでいる間だけ。供給を断てば球体に戻る」

「なるほど。持ち運びには便利そうですね。しかし、これをわたしに?」

「正確にはそれじゃないがな。えーっと……これ、かな?」

 箱を漁り、もう一つの球体を取り出すと、それを再びカエデに投げて寄こす。彼女はそれを危うげなく受け取り、しげしげと眺めてから、

「これは?」

「さあ、なんだろうな? とりあえず、解呪してみるといいさ。でも、人から離れてな」

 言われた通りに離れ、左手に握った球体へ指を滑らせる。

 すると、先ほどと同じように球体が解け、そして、

「刀、ですか……しかもこれは」

 彼女の言う通り、それは『刀』と呼ばれる桜花独特の武器である細身の湾曲刀だった。

「そう、《蛟》だ。無論、機能を似せた偽物だがな」

 答えたのは戻って来たカロン。カエデは彼の登場そのものには驚いた様子はなかったが、言葉には興味を惹かれたらしい。

「さきほどの楯もそうでしたが、なぜわざわざ偽物を?」

「ただの暇つぶし、って言って信じるか?」

「ある程度は。しかし、これらのものは暇つぶし程度で造れるものとは到底思えませんが」

「さて、それはどうかな?」

 意地悪くカロンは笑い、

「それはやる。好きに使うといい」

「……では、これはありがたくちょうだいします」

 カエデは魔素を注ぐのをやめ、刀が球体に戻る。

 カロンは入口から歩いて来て、リックの隣に腰掛ける。その彼へ向け、カエデは、

「学園に戻って来たということは、また魔法具の研究を再開されるのですか?」

「まあ、それが議長の命だしな。とはいうものの、何を作ろうか悩みどころではあるが」

 苦い顔で球体を弄ぶカロン。その表情をしばらく見つめてからカエデは切り出した。

「では、わたしからの依頼を受けていただけますか?」

「依頼、ね。それにわたしたちということは、フォルの依頼でもあるということか」

「ええ。手が空いているなら、でかまわないとフォルさんは言ってました。ですので、お暇なときにフォルさんの工房に来ていただければ、と思います」

「この場で訊くことは出来ないのか?」

 カロンの訝しがる声に、カエデは苦笑を漏らし、

「実を言うと、わたしもよくは聞かされていないんですよ」

「それでもわたしたち、と言ったのか? それは矛盾してないか?」

「わたしのためのものだ、とフォルさんはおっしゃっていたので、間接的にはわたしの依頼でもあると思います」

「なるほどね」

 得心した、と呟き、リックの分のお茶に手を付けた。リックは彼に半目を向けたが、ため息をついて、お茶を用意しに立ち上がる。

「では、授業が始まるまでには一度フォルの工房を訪ねてみよう。それでいいだろ?」

「ええ。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げ、それからカロンににっこりと笑いかける。しかし、彼は眉一つ動かさず、鷹揚に頷いたのみだった。

 それから後は特に医らの話にも触れることなく、リックが作りおいた焼き菓子に舌鼓を打ち、雑談に花を咲かせただけだった。

 カエデが寮に戻る帰り際、カロンは思い出したように腰の物入れを漁って、一つの包みを手渡した。

「入学祝、ってところだ。ユウにもあげたから、一応な」

 こういうところが妙に公平だ。それが顔に出てたのか、カロンは呆れを見せ、

「お前にはもうあげただろ? これ以上何かが欲しいなら、それなりの成果を見せてからにしろ」

「そういうんじゃなくって……ああ、もういいよ。なんでもないから」

「?」

 カロンは疑問符を浮かべていたが、突っ込んでも仕方ないと判断したのか、肩を竦めて追求はしてこなかった。その横でカエデは困ったような顔をしていたが。

「じゃあ、また今度ね。見かけたら絶対に声かけてね」

「ええ、また今度。はい、お見かけしたら、ぜひ」

 互いに挨拶を交わし、カエデは初春の未だ暮れの早い、夕空の下を歩き出す。

 ユウはそれを手を振って見送り、カエデはそれに応えるために何度も振り返って手を振り返してくれた。

 姿が見えなくなるころには、すっかり闇の帳が辺りを包んでいて、ユウはカロンに促がされて中へと入る。

 今日も一日、とても充実していたと、そう素直に思う。カロンに出会ってからの毎日は、何かしらの刺激がある。だから、感謝の気持ちを込めて、彼の背中を軽く叩いた。

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