第4話 魔法武技(アルティアム)②

「なら、私も魔法使いらしく、体術は抜きでやってみようかな」

 獣化の完了した男と構えを解いて相手を誘うように両腕を広げたカロンが向かい合う。

 普通、この距離なら魔法を使うよりも直接攻撃した方が早いだろう。獣化して獣の性質を得ているなら、さらに速い筈だ。だというのに、カロンは好戦的な笑みを浮かべ、審判役のツキノも楽しそうだ。

「これってどっちが有利?」

 横のミリアに問いかけると、彼女は首を傾げ、

「一般的にはポラックくんの方が有利に見えるよね。でも、問題となるのはカロンくんの魔法実行速度かな……でも、わたしはカロンくんを知ってるから。どっちが有利かと言われれば圧倒的にカロンくんだろうね」

「そう、なんだ……」

 先生にそうまで言わせるカロンの実力の片鱗は先ほどの連撃から窺えるが、獣化した相手にどこまで通用するものなのだろうか。

 咆哮を上げ、鋭い爪を振り上げて襲いかかった男に淡い笑みを見せ、カロンは朗々と、

“――我は狩人。汝は獣。我が弓は汝を討てと欲す。矢は汝の命を欲す。なれば弓に番えし告死の矢は汝の胸に。Schießen”

 それは謳うようで、そして、力に満ちた詠唱。詠唱に導かれた魔法陣は瞬時にその像を結び、即座に効果を発揮する。その工程は鮮やかで、無駄は一切ない。

 カロンと獣化した男の間に現れた魔法陣は中心から光の矢を放ち、空中に在った彼を射落とした。

 巨体が襲いかかった勢いのまま地面に激突し、地響きを立てる。

「ポラック、大丈夫か?」

 すぐさまツキノが駆け寄り、容体を確かめる。気は確かなようで、しっかりと頷きを返している最中、獣化していた肉体が穿たれた個所を中心に元へと戻って行く。

「まさか、単純な魔法力の違いで圧倒されるとは思ってなかった。オレもまだまだということか」

 ポラックというらしい男は元の姿に完全に戻り、その口にどこか嬉しげな笑みを浮かべながら立ち上がる。カロンは手を貸す訳ではなかったが、立ち上がった彼に対して手袋をしたままの手を差し出した。

「あの獣化の魔法は悪くない。もう少し耐久力があったら、さっきの魔法にも耐えられた筈だ」

 上から目線ではあったが、ポラックは気にしていないようで、手を強く握り返し、

「さすがに四年前の首席に勝とうなんざ、気の早い話だったようだ」

 明るく笑う。どうやら、カロンと知って挑んでいたようだ。

「さて、今回の勝負はここまでということでいいかな?」

 傍観していたツキノが口を挟むと、両者は揃って頷き、それに合わせてか、ミリアは戦闘区域とこちらを区切っていた魔法を解く。

 ユウはカロンに駆け寄り、

「正直よくわからなかったけど、なんかすごかった」

 思いのままに告げると、カロンは呆れたように眉をあげ、

「お前もあのくらいの芸当は出来るようになって欲しいものだな」

「そ、それは……」

「冗談だ」

 彼はユウの頭を乱暴に撫でる。ユウはされるがままにしていたが、あまりに髪が乱れるため、身をよじって逃れる。

「じゃあ、用は済んだ訳だし、私は帰らせて貰う」

 服の埃を軽く払いながら言うカロンに対し、ミリアが、

「せっかくここまで来たんだし、お茶でも飲んでいかない? もちろん、ポラックくんたちも」

「オレらもですか? まあ、誘われたんだし、相伴にあずかります」

 カロンくんは? という風に視線で問われた彼は頭を掻き、

「わかった。用事もない筈だし、付き合おう」

 一行は連れ立って教官詰所に入り、一階の応接室に通された。魔法武技(アルティアム)の同志たちはひとかたまりになり、先ほどの戦いについて論じ始め、カロンはソファに足を組んで座る。ユウはどうしたものかと迷ったが、結局カロンの横に腰掛けることにした。

「お疲れさま……って、疲れたのかしらないけど」

 正直な話、全く疲れているように見えない。カロンは小さく笑みを浮かべ、

「多少は疲れるさ。ただ魔法を使うだけならまだしも、相手との駆け引きが必要なのが戦いだ。ユウは今日の試合を見てどう思った?」

「どうって言われても……結構短い試合だったのかな、とは思うけど。駆け引きとかそういう技術的な所はちょっとわからないな」

 軽く思い返してみても、最初ポラックが一撃を加えようとしたが、結局カロンの反撃になすすべもなかったようにしか見えない。最後にポラックが獣化したところをカロンが魔法で撃ち抜いて終わった訳だ。試合としては見どころの少ないものではないだろうか。

「まあ、初めて見たらそんなもんかね」

 ポラックが輪から抜け出してきて、ユウの向かいに立った。体が大きいせいで少し圧迫感がある。

「力の差がありすぎて、ほとんど勝負にならなかったが、試合の基本は押さえてたと思うぜ。お互い力を見極めてから決め技を一発」

 言われてユウはなるほど、と思った。手の内のすべてはわからないにしろ、どの程度『やれるか』は軽く手を合わせればわかる。そうすれば、打つべき手は大体決まる。

「それで打った手が獣化?」

「あれが最善手とはいえないけどな。だが、あの場で勝負に出るとしたら、得意な技にした方が勝率は上がると思ったが、結局、根本的なところで勝てなかったようだ」

 笑みは苦いが、後腐れの類はなさそうで、こういう競技者は結構さっぱりとした性格をしているのかもしれない。

「茶が入ったぞ」

 ツキノがお盆に器を載せて危うげなく歩いてくる。このあたり、流石に武技を教えているだけはある。

 供されたのは薄緑色の湯気を立ち上らせる液体。カロンはその正体を確かめることもなく器を手に取り、啜った。

「ふぅ……」

 ユウがその様子をまじまじと見ていると、カロンは胡乱そうにユウの顔を見て、

「熱いうちに飲まないともったいないぞ」

「あ、うん……」

 促され、ユウは未知の液体に口を付けた。鼻に香るのは紅茶のような華やかさはないが、心を落ち着かせる芳香。口に含んだ液体は苦みの中にわずかな甘みを内包していて、未知の味わいではあったが、なぜだかほっとした。

「ユウ、お前もしかして緑茶は初めてだったか?」

 給仕を終えたツキノはユウの隣に腰掛け、自分の分のお茶を啜った。

「うん、はじめてだよ」

「そうか。なにも考えずに出してしまったな」

「大丈夫。はじめてだからなんだろうとは思ったけど、美味しいし」

「ならよかった。ところでカロン」

 ユウを挟んでツキノがカロンに話しかけた。彼は一口お茶を飲んでから、ツキノの顔を見返し、続きを促す。

「お前、さっきの魔法かなり手加減しただろう」

「とんだ誤解だな。これのせいで力が出せないんだよ」

 カロンが両腕をつなぐ鎖を鳴らして見せる。彼自身があまりに普通にしているために気にしないが、両腕には常に鎖がある。

「復学の条件、だったか?」

「私は復学させてくれなど、一言も言ってないのだがな……」

「それだけ惜しい人材、ということですよ。議長に期待されているんですから、がんばってくださいね」

 そう、その鎖はカロンが復学するにあたって、グランベル市議会議長、ディーノ・グランベルがカロンに渡したものだ。無論、彼の言う通り、彼自身は積極的には復学しようとは考えてなかった。

「しかし、鎖とはな。まるで犯罪者だ」

 ツキノがからかうように言うと、カロンは皮肉気な顔になり、

「あながち間違っていない辺り、笑えないぞ?」

「そう拗ねるな」

「私が拗ねるような人間か?」

「そうだったら可愛げがあっただろうな……」

 しみじみと呟くツキノにカロンは呆れの表情を浮かべる。ポラックは苦笑するだけで、流石に言葉は挟めないらしい。

「では、オレたちはそろそろ帰ります。今日はお手間を取らせました」

「別にいいさ。実際に戦ったのはカロンだしな。礼ならこいつに言っとけよ」

 ツキノの言葉にポラックはカロンへと向き直り、軽く頭を下げて、

「いつかまた手合せ願うと思う。その時はよろしく頼む」

「ま、そのうちな。私も学院に来たからにはやることをやらなければならないしな」

「ああ、おいおいでいい。では、今日はこれで」

 ポラックたちは各々ツキノとミリアに挨拶をしてから詰所を出て行った。

 少し静かになった詰所。他には人がいないようで、ユウたちがお茶を飲む音以外、時折外から鳥の声が聞こえてくるくらいだ。

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