第42話

 カシャン。

 金属音で凌介は目が覚めた。いつの間にか凌介は眠りに落ちていた。今が何時かもわからなかった。

 「起きな。飯の時間だ」

 男の声がした直後、凌介は左右から二人の男に無理やり起こされた。

 「フン、怯えたいい表情だぜ。日本政府に助けてほしけりゃ、今、命乞いするんだな」

 男達はビデオで凌介の姿を撮影しているのであった。しばらくすると、凌介のこめかみに固いものが押し当てられる感覚があった。

 ——拳銃だ。

 「大人しくしな。お前が暴れなきゃ、撃たねぇから」

 凌介の両手を縛っていたロープが切られ、ようやく両手が自由になったが、まだ手首には縛れているときの感覚と痛みが残っていた。

 「これで飯も食えるだろ。便所はお前の右側にある。落ちないように気を付けな。ハハハ」

 それだけ言うと、男達は部屋を出て行き、鍵をかけた。凌介は手探りで金属音がした辺りにプレートが置かれているのを見つけた。匂いを嗅いで確かめると、置かれていたのはパンと果物と思われた。ペットボトルの水もあった。空腹に耐えられず、凌介はこれらを口にした。

 凌介は手の感覚、匂い、音の反響を頼りに部屋に何があるのかを確認しようとした。トイレと反対の方にはベッドが置かれており、ベッドには金属製の柵や車輪が付いていた。その先の壁との隙間には蜘蛛の巣がいくつも張っていた。時折、細い毛の生えた虫が手の上を這うような感覚があり、その度に凌介は慌てて手を払った。

 ——今は汚れていそうだが、ここは病室じゃないのか……坑道にも病棟を作ったという話を聞いた。

 それから何時間か経過した頃、彼らは再びやってきた。プレートを置いた後、男の一人が去り際に言った。

 「俺達が撮影した動画よりもお前が百メートル走をしている動画が評判になっているぜ。すっかり有名人だよ。これで日本政府も金を払う気になりゃいいが」

 ——なぜ、あの動画が……深川先生が許可しない限り公開はされないはずだが。

 深川教授や大学の仲間達、両親、剛——彼らが自分のせいでどんな状況に置かれ、どんな気持ちでいるのか、凌介に知る術は無かった。

 それからどれだけ時間が経ったのか、凌介にはわからなかったが、次に扉が開かれるまでの間隔はそれまでのものよりもはるかに長かった。凌介が眠っていると、途中で誰かが凌介に声をかけ、彼とは何か約束事をしたような気がしたが、空腹で意識が朦朧としており、はっきりとは思い出せなかった。ようやく入って来た男は床に何かを置いたが、これまでのプレートの音とは違っていた。

 「シャリフのことを教えてくれ」

 男はそう言って、凌介の頭にニューロ・アイのゴーグルを装着した。視界を取り戻した凌介の前には——ツイン・ホークスの姿があった。凌介はその驚きでようやく目が覚めた気がした。

 「アンタは……本当にシャリフの父親なのか?」

 「そうだ。だから質問しているんだ。シャリフがなぜサイードと一緒にいる?」

 「シャリフは、NESから脱走して村に戻ったんだ。でも、もうアンタはいなくなっていて、兄弟も殺されていた」

 「そこまでは俺も知っている。それからアイツはどうしたんだ?」

 「村に居場所が無くなったシャリフは、仕事も無く、サイードに抗議に行ったそうだ。銃を持ってね。でも逆に銃を突き付けられて、タルマ族の祈りを捧げていたところ、それを見たサイードが、王の盾と呼ばれていたタルマ族のことを知っていて、自分の盾になれ、と言って、ボディガードとして雇った。俺が聞いた話は以上だ」

 「サイードが王ってわけか。まさか、ボディガードになるとはな……アイツは頭を使う方が得意だったが」

 「今は秘書のような仕事もしているみたいだ」

 「そうか。これでもう思い残すことは無い。最後に話が聞けてよかったよ」

 「……俺は、これから殺されるのか?」

 「いや、お前を殺す意味は無くなった。NESはもう、終わりだ」

 「どういうことだ?」

 「ゴダリア軍はNESを一斉攻撃することに決めた。そして、シャリフ達、親ゴダリア派の連中も俺達を裏切った。腑抜ふぬけのマリオン政府に代わって、奴らがNESを壊滅させ、その後のマリオンを牛耳るって筋書きのようだ」

 「……アンタは、どうするんだ?」

 「もちろん、戦うさ。裏切り者は許さん。お前は坑道の奥に逃げるがいい。義足も充電済だよ」

 ツイン・ホークスの足元には、凌介の義足が置かれていた。ツイン・ホークスは部屋を出ようとしたとき、思い出したように振り返って言った。

 「そうだ、お前には一つ頼みがある。坑道の奥には、学者達と一緒に隠れている子供達がいるんだ。シャリフに彼らの面倒を見てほしいと伝えてくれ」

 「自分で伝えたらどうなんだ」

 「俺がシャリフのところに行っても、捕まって死刑になるだけさ」

 「たしかに、親が捕まったとなったら、シャリフも困るだろうな。だからアンタは孤独な死を選ぶのか? 鉱山病院に行ったときのように」

 「もう忘れたよ」

 ツイン・ホークスはかすかに笑みを浮かべた後、振り返って部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る