第37話
ツイン・ホークスが去った後、凌介達はシャリフの誘導に従って狭い路地を進み、ようやくマリオン軍と合流することができた。マリオン軍幹部の話では、ターラン市中心部はNESの襲撃を受けて多数の死傷者が出ていた。だが、多国籍軍の出動により、NESは徐々に撤退を始めているということであった。NESは今回の襲撃でマリオン政府の崩壊を狙ったと見られ、大統領を含む政府関係者が多数亡くなっていた。このため、副大統領であるサイードが急遽政府を立て直さねばならなくなっていた。まずは身の安全を確保するため、マリオン軍の装甲車で基地に移動することとなった。サイードの希望により、シャリフと凌介達も一緒に装甲車へ乗り込んだ。サイードは、移動中も政府や警察の関係者と絶えず連絡を取らねばならなかった。その横で、シャリフは腕を組んだまま、焦点の定まらない表情でうなだれ、黙り込んでいた。
「シャリフ……君は昔、親が死んで仕事を探していたところをサイードさんに雇ってもらった、って俺に言ったんです。あれは、嘘だったんですか?」
凌介が尋ねると、シャリフはゆっくりと顔を上げて言った。
「いえ、嘘をついたつもりはありません。私も今日まで父は死んだと思っていたのですから」
「えっ!?」
「私は……バラム鉱山近くに済むタルマ族の村の裕福な家庭に生まれ、私立校に通う、恵まれた学生でした。しかし、ある晩、幸せな生活を一変する出来事が起こりました。NESが私の村を襲撃したのです。父は両手を切断され、私は他の少年と一緒にNESの訓練拠点に連れて行かれました。母と姉は……後で聞いた話ですが、乱暴された上に殺害されたそうです。そうして私は、NESの兵士にされたのです。NESには麻薬や恐怖で洗脳され、
シャリフは声が震え、目から溢れる涙は止まらなかった。
「父もいなくなっていました。村の人間の話では、両手を失った父は仕事ができなくなったため、兄弟の負担になることを嫌い、家を出て行ったそうです。当時、村では鉱山病院に関するある噂がありました。鉱山病院では人体実験を行っており、実験に体を提供すれば、お金がもらえるという話だったようです。仕事のできなくなった父は、この話を真に受けて、鉱山病院に行って人体実験に体を提供したと聞きました。話が噂でしかなかったのは、人体実験に協力して戻って来たものがいなかったからなんですが……父も帰っては来ませんでした」
「それで君は、父親が死んだと思っていたのですか」
「そうです。私は、サイードさんに雇われてからも、鉱山病院や国際先端医療センターについて調べていましたが、父が診察を受けた事実も、人体実験の事実も見つかりませんでした。父は病院には行かず、自殺したのではないかと、
凌介はツイン・ホークスの姿を思い浮かべた。両腕の義手、深い皺、肌の色、体格——シャリフの父親と言われれば、たしかに一致する点があるように思われた。
「でも、なぜ君の父親がNESにいるんだろうか?」
「それは……わかりません。ただ、人体実験を進めていたのはゴダリア軍で、NESとゴダリア軍とはつながりが……」
シャリフがそこまで言ったとき、サイードが口を挟んだ。
「シャリフ、それはあくまでも推測の話でしょう」
「サイードさん! もう電話は終わったんですね。NESとゴダリア軍につながりがあるとは、それは一体、どういう事ですか!?」
凌介は身を乗り出すようにして、サイードに質問した。
「……これから言う話は、決して口外しないで頂きたいのですが、NESとゴダリア軍が協力して、マリオン政府を崩壊させようとしているという説があるんです。NESがバラム鉱山で採掘した鉱石をどうやって換金しているのかはわかっていません。ただ、ゴダリア軍なら、ゴダリアの闇市場で売りさばくことができます。また、NESがどうやって武器を調達しているのかも謎の一つですが、ゴダリア軍が武器を横流しすれば、NESも容易に武装強化できるでしょう。ゴダリア軍が組織的に行っているとは思えませんが、誰かが私腹を肥やすために協力しているのかもしれません」
「そんな馬鹿な……だって、ゴダリア軍はNESを壊滅させるための多国籍軍に参加しているじゃないですか」
「そうなんですが、今日のNESの襲撃に対してもゴダリア軍はなかなか動いてくれませんでした。今日から配属になる部隊がまだ到着していないとかいろいろ言っていましたがね。政府の中にも不信感を持っている人間が多いんです。あなたも昨日、ゴダリア軍でNESのスフィアを見たのでしょう?」
「はい。ただ、俺がそう思っただけで、確証は……」
「わかっています。今のところ、NESとゴダリア軍につながりがあることを示す証拠はありません。あなたから送って頂いた画像を確認しましたが、そこにも証拠となるようなものはありませんでした。ですが、スフィアとツイン・ホークスが見た映像が入手できるなら、そのうちゴダリア軍との接触を示すものが出てくるかもしれません。それはNESの動向を探る上で大きな助けになるはずです。ですから、これからも我々に画像を提供して頂けませんか」
——サイードさんが俺達を呼んだのは、これが目的だったのではないだろうか。
「わかりました。ご協力します」
「ありがとうございます」
サイードはそれだけ言うと、先程から鳴り続けている電話を取り、電話の相手と会話を始めた。
「シャリフ。鉱山病院について君が調べたことを、俺達にも教えてもらえませんか」
凌介は、ようやくいつもの落ち着きを取り戻したシャリフに、一番聞きたかったことを尋ねた。
「鉱山病院は……最初は、小さい病院でした。バラム鉱山で負傷したり、病気になった者が直ちに治療を受ける場所として、鉱山のすぐ傍に建設されました。普段は患者数も少ないのですが、鉱山で有毒ガスが発生した場合や落盤事故があった場合は、一気に患者数が増え、そんなときは国際先端医療センターからも医師が派遣されていました。国際先端医療センターと鉱山病院は経営母体は同じで、いろいろつながりがあったのです。マリオン政府やゴダリア政府が先端医療分野に出資するようになると、その資金で鉱山病院にも様々な先端医療の薬品、機器が導入されるようになりました。使われなくなった坑道を利用して、鉱山内にも病棟を作ったようです。そして、いつの間にか、鉱山病院は世界でも有数の医療機関になりました。土地が余っていて拡張が容易だったことも一つの要因ですが、先端医療を受け入れる患者が多かったことが最大の要因です」
「どういうことですか?」
「鉱山の労働者には、高額な医療費を払えないような人が多いのです。そこで、必要以上の実験的な医療に参加することで医療費の負担が減るという話を医師から持ちかけていたようなのです。ただ、実際にそんなやりとりがされたのかは分かっていません。鉱山の死者の中には、遺体の頭やお腹にいくつも
「俺もその一人ですね……実験台になったという自覚はありませんが。ニューロ・アイが無ければ、俺は意識を取り戻すことは無かったかもしれない」
「それはイルハン博士がそう言ったからでしょう? ひょっとすると、あなたが失明したのはニューロ・アイのせいではないのでしょうか?」
「そんな……森田さん達が私を実験台にするとは思えません」
「失礼しました。イルハン博士も森田先生も、おそらく、あなたを救いたい一心で治療されたのでしょう。マリオンでは医師の判断でどんな治療も可能です。先程お話したように、患者が亡くなっても、彼らが遺族から責められることは、ほとんどありません。そんな事情から、鉱山病院では、各国から著名な医師が訪れては、様々な先端医療を試していたようです。四年前のテロで行方不明になっている医師や学者のことはよくご存じですよね? 彼ら全員が鉱山病院を訪れたことがあるという事実もご存知ですか?」
「何ですって!? それは初めて聞きました」
凌介が驚いた声を上げた後、剛も口を開いた。
「マジかよ……鉱山病院にいた人間にも聞き取りしたはずだが、そんな話は出てこなかったぜ」
「そうでしょうね。私もバラバラの情報をつなぎ合わせて、ようやくわかったのですから」
「シャリフ、行方不明者は、ひょっとすると、まだ鉱山病院にいるのではないでしょうか。テロの直後、森田先生が鉱山病院にいたとイルハン博士から聞きました。NESには人質としての価値しかないかもしれませんが、鉱山病院に出資していたゴダリアなら、先端医療を続けようとするかもしれない」
シャリフは凌介の思い付きに
「その可能性はあります。NESに支配される前、私が副大統領に付いて現地を調査したときも、ゴダリアとの機密事項だからという理由で見せてもらえない場所がかなりありました。おそらく国際先端医療センター以上の広さがあると思われます。昔から鉱山内に居住地域がありましたし、行方不明者全員を
「鉱山一帯を取り返せれば、話が早いんだろうなぁ……」
剛の
「鉱山の
凌介もマリオン軍の基地でその話を聞いたことがあった。計画はあるが予定がずっと未定のままと聞いており、凌介がいる間に計画が実行されるとは思えなかった。どうやったら鉱山病院を調べられるのか——凌介が黙って考えていると、剛がシャリフに別の質問を投げかけた。
「シャリフさんよぉ、副大統領は……アンタがNESにいたことを知ってるのかい?」
「もちろんです。私は最初に副大統領に会ったとき、全てを話しました。最初に会ったとき、私は副大統領に銃を向けたのです」
「えっ!?」
「村に帰っても居場所の無かった私は、ターラン市内で仕事を探していました。そして、食うに困った私は、近くに国会議員の事務所があると聞き、そこの駐車場で待ち伏せ、副大統領が戻って来たところで銃を向けたのです。そして、『この国はひどい国だ、無差別に国民を殺している組織があるのに、政府は何もしていない』と叫びました。彼は『ひどいことをしているのはお前の方だ。銃を置け』と言ったので、私は銃を置きました。私は最初から撃たれて死ぬつもりでした。彼は銃を取り、私はタルマ族の神に祈りを捧げました。すると、彼は『それはタルマ族の祈りだろう。お前は王の盾の話を知っているか』と聞いてきたのです。タルマ族は昔は王族に仕え、王の盾と呼ばれる護衛隊として働いていましたが、今では、この話を知っている人間はほとんどいません。私は思わず嬉しくなり、NESに襲われてからそこに来るまでの経緯を全て話しました。彼は何も言わずに聞いていましたが、最後に『君の父親は子供の盾になろうとしたんだろう。お前も俺の盾にならんか』と言ったのです。それから私は、彼のボディーガードとなりました」
王の盾と呼ばれていた護衛隊がいた——凌介は昔、シャリフから聞いた話を思い出した。
「君は今日、盾の役割を果たしたわけだ」
凌介はツイン・ホークスに襲われたときのことを思い出して言った。
「撃たれなかったのは幸運でした。これから父がどうなるのか……私にはわかりません」
シャリフは頭を抱え、黙り込んだ。凌介もシャリフに何と言っていいかわからず、サイードが電話で話す声だけが車内に響いていた。装甲車はまもなくマリオン軍基地に入ろうとしていた。
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