第36話

 サイードの事務所があるビルの前には、マリオン軍の装甲車が停まっていた。そして、ビルの三階にあるサイードの事務所からは、何人かの職員が出てきては事務所の書類や備品を装甲車まで運び入れていた。

 「副大統領はお引越し中のようだぜ。こりゃ、お前のゴーグルを見てお話しているような時間はねぇな」

 「そうだな。とりあえず次に会う約束を取り付けるだけでもいいから、話に行ってみよう」

 凌介達がビルまで数十メートルの距離に近付いたとき、事務所からサイードが出てくるのが見えた。シャリフもすぐ傍にいた。

 「サイード副大統領!」

 剛がサイードに呼びかけ、近付いて手を振ろうとしたとき——剛のすぐ傍を超音速で通り過ぎるものがあった。そして、それはビルの前に停車していた装甲車の装甲を貫き、轟音とともに装甲車を破壊、炎上させた。爆発した装甲車の破片は近くにいた人々やビルの外壁を傷付け、周囲はたちまち煙につつまれた。凌介達も爆風の衝撃で倒れ込んだ。

 ——これは……ロケット弾!?

 凌介は上体を起こし、通りを振り返ると、遠方に黒服の集団が見えた。凌介がニューロ・アイの焦点を遠方に合わせると、ロケットランチャーを持った男の姿がはっきりと見えた。男は満足そうに笑みを浮かべ、トラックに乗り込もうとしていた。トラックに乗っている他の男たちは機関銃で周囲の建物を破壊していた。突然、トラックに乗っていた男の一人が両手を上にかざした。すると、両手から無人航空機ドローンが空中に舞い上がった。

 ——ツイン・ホークス。二台の無人航空機ドローンで攻撃する男。

 凌介はマリオン軍幹部から聞いたNESのリーダーの話を思い出した。そして、再びサイード達のいるビルの方を向いた。装甲車はまだ炎に包まれていた。サイード達が運び込んだ文書も火の粉となって舞っていた。装甲車に残っていた人間がいたのかはわからなかった。周囲には、破片を浴びて負傷した人がうめき声を上げていた。剛もまだ倒れたままであった。凌介は剛に駆け寄った。

 「剛! 大丈夫か」

 「ああ……あのミサイル、俺のすぐ傍を通っていったぜ。もう一歩ビルに近付いていたら、ヤバかったな」

 そう言った後、剛もようやく起き上がった。

 「副大統領は……無事なのか?」

 ビルの方では、装甲車が炎に包まれていた。その煙でビル付近の視界は悪くなっていたが、三階に目をやると、サイード達の姿が見えた。どこかに連絡を取っている様子であった。

 「どうやら、無事のようだよ」

 凌介達はサイード達のいるビルへ向かった。凌介達がビルへ着くのとほぼ同時に、サイード達が入り口から出てきた。

 「サイードさん!」

 凌介はサイードの名前を呼んで近付いた。

 「おお、あなた達ですか! お呼びしたところ申し訳ありませんが、こんな状況ですので、話を聞くのはまたの機会にさせて頂けませんかな」

 サイードがそう言った直後、ビルの上方から、機関銃を連射するような荒れ狂った銃声と、ガラスや壁の砕ける音が聞こえてきた。

 「今度は何だ!?」

 音のする方を見ると、二台の無人航空機ドローンがサイードの事務所に銃撃を行っていた。

 「こっちです! 逃げてください!」

 そういうと同時にシャリフがサイードをビルの中に引っ張り込み、凌介達も後に続いた。そして、ビルの裏口から、無人航空機ドローンとは逆の方向に向かい、走り出した。

 「凌介、お前の見込みは的外れもいいとこだったな」

 サイード達と一緒に逃げながら、剛が凌介に言った。

 「どうやらそのようだ。サイードはNESとグルどころか、標的にされているらしいな」

 後方から、無人航空機ドローンのプロペラ音が聞こえてきた。ビルの裏に回ってきたようであった。

 「上空から撃たれてしまう! スークを通りましょう!」

 シャリフは路地に入り、スークと呼ばれる、木製のアーケードに覆われた商店街の中にサイード達を誘導した。商店街の店舗の多くは閉じられており、通りは閑散としていた。凌介達は、木製のアーケードから漏れる光で薄暗く照らされたスークのメイン・ストリートをしばらく進んだ後、狭い路地に入り、閉店したと思われる古い店舗の駐車場の中に逃げ込んだ。

 「ひとまず、ここで休みましょう」

 高齢のサイードはもう走れなくなっており、シャリフがそう言った途端にその場に座り込んだ。高級なスーツが砂まみれになることなど気にする余裕は無く、すっかり息が上がり、もうしゃべることもできない様子であった。シャリフはスマホを取り出し、連絡を取り始めた。周囲には誰もおらず、シャリフの声と全員の荒い呼吸音だけが響いていた。だが、耳を澄ますと、シュイーンという聞き覚えのある機械音がメイン・ストリートの方から聞こえてきた。

 「凌介、聞こえるか」

 「ああ、無人航空機ドローンが来たようだな」

 「あの無人航空機ドローンじゃ、そんなに弾は積めないだろうよ。無差別に撃っては来ないだろうが、見つかると思うか?」

 「これだけ店舗があれば、その確率は低いんじゃないかな。だが……」

 「何だ?」

 「あの無人航空機ドローンもニューロ・アイを搭載しているかもしれない。永井君から送られてきたニューロ・アイの映像に上空からの写真が何枚かあったんだ。ニューロ・アイにはサーモグラフィカメラに切り替えることもできてね、今の俺達のような体温の上がった人間は、赤く目立って見えるんだよ。こうして暗がりに隠れてもすぐ見つかるかもしれない」

 「そうか。じゃ、やるしかねぇな」

 「何を?」

 「決まってるじゃねぇか。撃ち落とすんだよ、この銃でな」

 「いくらお前が銃の名手でも、無人航空機ドローンは二台いたんだぜ。外せば居場所を教えるようなもんだろう。もう逃げる体力は無いよ」

 凌介は苦しそうに肩で息をしているサイードを見ながら言った。

 「さっきから音を聞いてるんだが、無人航空機ドローンは一台だけじゃねぇか? それでも面と向かって撃ち合いをするのはリスクが高いがな。この路地に曲がって来た出会い頭を狙うってのはどうだ?」

 「うまく行けばいいが……いずれにせよ、動きを探る必要があるな。監視カメラを置いてみるか」

 凌介はニューロ・アイのゴーグルを指差して言った。

 凌介と剛は、スークのメイン・ストリートまで引き返した。

 「まだ無人航空機ドローンの姿は見えないな。ここに置いて行こう」

 曲がり角にある店舗は閉店していたが、店の前には空の陳列棚が放置されていた。凌介はその棚の一角にニューロ・アイのゴーグルを置いた。

 「これで通りを見渡せる。剛、悪いけど、どこか退避できる場所まで誘導頼むよ」

 剛は凌介を連れて、曲がり角の近くにあった空き店舗の中に身を隠した。無人航空機ドローンの飛行音が徐々に大きくなってきた。

 「もうかなり近いんじゃねぇか?」

 「ああ、見えたよ」

 「二台いるのか」

 「いや、今のところ一台しか見えない」

 「今、どの辺だ」

 「まだ遠いよ。開いている店を片っ端から調べているようだ」

 「分かった、近くになったら教えてくれ」

 剛がそう言った直後、無人航空機ドローンが突然速度を上げ、曲がり角の方へ向かってきた。

 「剛! 見つかったかもしれない。間もなく曲がり角に来るぜ、三、二、一」

 ドキュ!バーン!

 剛の撃った銃声と無人航空機ドローンの爆発音がほぼ同時に響いた。

 「仕留めたのか!?」

 「ああ、一瞬動きが止まったからな。これぐらいはチョロイもんよ」

 凌介は再び剛に誘導され、ニューロ・アイのゴーグルを置いた場所に戻った。剛は興奮のためか、緊張のためか、少し体が震えているようだった。剛も実戦での射撃は初体験であった。

 凌介はゴーグルを装着した後、破壊された無人航空機ドローンの一部を拾い上げた。筐体は爆発と落下の衝撃で大きく破損しており、内部の基盤がむき出しになっていた。

 ——複数のカメラと無線装置が搭載されている。これがニューロ・アイ?

 「剛、早く逃げよう」

 「どうした? 新たな追手か?」

 「いや、まだ見えないけど、無人航空機ドローンの映像はツイン・ホークスってヤツに届いているはずだ。もう一台がすぐに来るかもしれない」

 「わかった。副大統領を担いで逃げるか」

 凌介達は急いでサイードのいる場所まで戻った。サイードの名を呼んで駐車場に入ると、シャリフが安堵あんどの笑みを浮かべて駆け寄って来た。

 「よかった! 無事だったんですね。爆発したような音が聞こえたので、心配していたんです」

 「ああ。無人航空機ドローンの一台は破壊したぜ。だが、すぐ追手が来るかもしれねぇ」

 「では、早く逃げましょう。こっちに行けば、マリオン軍のいる場所に出られるはずです。副大統領、行けますか」

 「ああ、もう大丈夫だ」

 サイードはシャリフに抱えられながら、何とか立ち上がった。そして、そのままシャリフの肩を借りるようにして歩き始めた。路地を進み、何度目かの曲がり角を曲がったとき——曲がり角の先に、ツイン・ホークスが現れた。

 ツイン・ホークスは、シャリフよりも体格のよい大男であった。両腕には金属製のロボットのような義手を装着しており、左腕には無人航空機ドローンが装着されていた。彼以外にNESの兵士の姿は見当たらなかった。ツイン・ホークスが無人航空機ドローンの銃口をサイードに向けると、咄嗟とっさにシャリフがサイードの前に立ちはだかった。

 「シャリフ!? なぜお前が……」

 ツイン・ホークスはかすれた声でシャリフの名前を叫び、一瞬驚いた様子を見せたが、銃口をシャリフに向けたままで言った。

 「邪魔だ。どくんだ!」

 シャリフもひるまず、素早く銃を取り出してツイン・ホークスに向けた。だが、二人とも引き金を引けず、しばらくにらみ合っていた。剛も銃を構えたが、ツイン・ホークスの前にサイードがいるために撃てずにいた。

 膠着こうちゃく状態を破ったのは、ツイン・ホークスであった。彼は銃口を下ろすと、何も言わずにその場を立ち去った。シャリフは銃口を向けたままであったが、最後まで撃つことはできなかった。

 「おい! どういうことだよ? なんでアイツがお前の名前を知っているんだ?」

 剛がシャリフの肩をつかんで尋ねた。

 「……父親だからです」

 震える声でそう言ったシャリフの頬を涙が伝った。

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