ニューロ・アイ
第31話
ゴダリア軍の基地内にある病院に搬送された凌介は、意識を失った振りをしたまま、いくつかの検査を受けていたが、そのうち眠り込んでしまった。そして、目を覚ましたとき、看護師に呼ばれて病室に入って来た医師はこう言った。
「気が付いたようだね、リョースケ。ビルの屋上から飛び降りてもかすり傷で済んだのは、その義足のおかげかね」
——俺のことを「リョースケ」と呼ぶ人間はあまりいない。この声は……
「ああ、すまない。まだ目が見えんだろう。これでどうだ?」
そう言ってゴーグルのようなものをセットされた瞬間、暗いトンネルから外へ出たときのような
「イルハン博士!」
探し続けていた人物がそこにいた。だが、何が起きたのかわからずに凌介が頭に装着されたものを確認しようとするのを見て、イルハンが言った。
「何をしておるのかね。それを見ることはできんよ。それは君の目だからね」
「俺の目? どういうことですか?」
「君の頭の中に装置があるのは知ってるかね? 君がつかんでいるのはその装置に映像を送るカメラだよ。ニューロ・アイと呼んでいるがね。内側にもセンサーが配置されていて、まぶたや眼球の動きに合わせてカメラを操作することができるんだ」
凌介は淡々と説明を続けようとするイルハンの話を
「ちょっと待ってください……あなたはやはり装置のことをご存知なんですね。俺はなぜこれが頭にあるのかを知りたくてここに来たんです。教えてください。四年前、俺は何をされたんですか?」
「……ふむ、君にはちゃんと説明しなければならないな。君の頭に装置を入れたのは私だよ。治療のためにね。四年前、君はテロで瀕死の重傷を負い、直ちに治療が必要となった。だが、ゴダリアの病院には余裕が無くなったため、マリオンの病院に搬送されることになったんだ。もう一人の患者と一緒にね」
「その話はマチルダから聞きました。他の患者の話は初耳ですが。その人もテロで重傷を負ったんでしょうか?」
「いや、テロとは関係ない。彼のことは……機密事項だったんだよ。彼は鉱山病院で特殊な手術を受けることになっていた。そして、私はテロがあった日、手術のために鉱山病院にいたんだ。君は最初、国際的先端医療センターに搬送される予定だったが、私が鉱山病院に行っていたものだから、そちらへ搬送されたんだ。国際先端医療センターには私以外に脳神経外科医がいなかったからね」
「そうだったんですか……マチルダはどこで手術されたのかはわからないと言っていました」
「まあ、そうだろうね。言っただろう、機密事項だったんだよ。国際先端医療センターの人間で鉱山病院の件を知っていたのは、ごく一部の人間だ」
「まだよくわかりません。何ですか、その機密事項とは?」
「そのニューロ・アイだよ。君はもう知っているから話すがね。私とシンイチは、ニューロ・アイを開発していたんだ。四年前にシンイチが来たのもそのためだ。あのときのことは覚えているかね? 君が席を外してくれたおかげで、翌日の手術の打ち合わせが出来たよ」
凌介は森田からはニューロ・アイに関することは全く聞いたことが無かった。だが、四年前に森田が危険を冒してマリオンに行こうとした理由がニューロ・アイのためだったと考えれば、当時の森田の行動も理解できる気がした。発明に関わった人間が、それが実用に供する瞬間に立ち会いたいと思うのは当然の心理だ。
「シンイチは君には何も言ってなかったんだろう? だが、彼を責めてはいけないよ。それがゴダリア軍との約束だったのだからね。それに、君を救ったのは彼だ」
「どういうことですか?」
「鉱山病院で君を手術したものの、君の脳の損傷具合では、私はもう君は二度と意識を取り戻すことは無いだろうと思っていた。だが、シンイチがニューロ・アイを使えば回復する可能性があると言ったんだ。ニューロ・アイは神経信号の増幅を行うんだが、それを繰り返すことで脳を活性化するんだよ。動物実験では効果が確認されていた。実際、君は回復したのだから、シンイチが正しかったことになる」
「森田さんが鉱山病院にいたんですか!? それは、テロの後ということですよね!? 森田さんは……森田さんは今どこにいるんですか!?」
凌介は突っかかるようにイルハンに尋ねた。
「まあまあ、落ち着いて、順を追って話そうじゃないか。先に言っておくと、私もしばらくシンイチとは会っていないよ。とにかく、君は幸運にもニューロ・アイを付けることができたんだ。もう一人の患者の予備を使ってね。だが、予備があったのは、受信装置だけだった。さっき君に渡したゴーグルが送信装置だが、こちらは予備が無くてね、本来の患者の方に渡したよ。だが、受信装置さえあれば、国際先端医療センターの装置から送る信号で目的を果たすことができたんだ。マチルダは毎日君の脳に信号を送り続けていたよ。君も装置は見たことがあるだろう?」
凌介はかつて国際先端医療センターで見た、複数のコードにつながれたヘッドギアのような装置を思い出した。
「はい……でも、マリオンでは回復することはありませんでした。俺が意識を取り戻したのは、日本に戻って一週間程してからです」
「回復が遅れたのは、マリオン政府の連中が、私の言う事も聞かず、日本に帰してしまったからだよ。だが、受信装置は付けているだけでも微弱な信号を増幅して脳を活性化するんだ。だから私も強くは反対しなかった」
「そうだったのですか……ところで、このゴーグルはこのまま頂いていいのでしょうか。先程の話では予備がないということでしたが」
「ああ、かまわんさ。前の持ち主はもう亡くなったよ。この病室でね」
——ということは、ここが幻覚の場所なのか。
凌介は病室の中を見回した。白い天井。ザベル・タワーが映る窓の風景。それらは、たしかにかつて凌介が幻覚と呼んでいた風景だった。
「俺は、日本でこの病室の風景を何度も見たことがあるんです。日に数回、ここの風景が俺の頭に送られてきていました」
これにはイルハンも驚いた顔を見せた。
「何だって!? それは本当かね?」
「はい。大学でワイ・ビーの通信ログを調べたんです。俺の頭が通信しているとわかったのもそこからでした」
「なるほど……ワイ・ビーから映像が流れたというわけか」
「ニューロ・アイのゴーグルと受信装置との通信は、ワイ・ビーではありませんよね?」
「ああ、速度的に耐えられんからね。メインの通信は別の方式だ。だが、メンテナンスにはワイ・ビーを使っておるんだよ。頭にある装置が壊れたときに毎回頭を開くのは大変だろう? それに、完全に壊れてしまってからでは手遅れということもある。だから、メンテナンス用のネットワークをワイ・ビーで構築して、外部から、ニューロ・アイに故障が無いかチェックしたり、修理したりできるようになっておるんだ。そこでは時々、ゴーグルの画像を流すこともやっているんだが、どうやらその画像が君の装置の方にも流れていたようだな。まぁ、受信装置が同じものだから当然なのだが」
「ワイ・ビーをメンテナンスに使うという構想は、昔、森田さんから聞いたことがあります」
「ああ。もちろん、このメンテナンス方法もシンイチが考えたものだよ。ワイ・ビーを使ったヘルプ機能もあるんだ。このボタンとこのボタンを押すとだな、ワイ・ビーのサーバーから、ニューロ・アイのサポートデータが映像として送られてくるんだ。ニューロ・アイの使い方に関しては、そこから調べるといい」
「わかりました。見てみます」
凌介にはニューロ・アイの使い方を覚えることよりも大事なことがあった。
「そろそろ……森田さんのことを話して頂けませんか。森田さんはテロの後に鉱山病院にいたんですね。俺はニューロ・アイからの映像でも森田さんを見ました。それは最近のことです」
「シンイチは今でも……」
そのとき、病室のドアが勢いよく開かれ、銃を持った数人の男が慌ただしく入って来た。凌介は思わず両手を上げ、いつ撃たれるかわからない恐怖を感じながらも男達を観察した。中央にいる男はアイパッチを付け、右腕に金属製の義手を装着していた。まるで映画に出てくる海賊のようだ、と凌介が中央の男を眺めていると、その男はイルハンに顔を近付け、押し殺した声で言った。
「イルハン博士。あなたの役目は彼にニューロ・アイの使い方を教えるだけですよ。余計なことは話さなくて結構です」
「彼は後継者にはならんよ、スフィア」
イルハンは黙ってスフィアと呼んだ男を
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