第26話
派遣部隊は到着した日の午後から活動を開始した。マリオン軍と一緒にNESの活動拠点に向かう班もあったが、剛がいる班は日本人の救出と捜索が任務となっていた。
「お前が一緒に行動できるのは明日からだ。今日は昼寝でもして時差ボケを解消しておいてくれ」
剛からそう言われ、凌介は他の民間技術者とともに宿舎で待機することになった。マリオン軍の基地に残った人間の多くは荷物の整理や施設の整備を行っていたが、凌介にはそのような作業を手伝うことはできなかった。凌介一人では宿舎を移動することすらできず、ただ他の技術者と話をしたり、部屋の間取りを教わったりして一日を過ごした。
剛はまだ明るいうちに宿舎に戻ってきた。剛は凌介を介助し、凌介も剛の義手のチェックを行う、というお互いに助け合う関係にあったため、二人は相部屋で過ごすことになっていた。
「今日はいくつか回ったが、やったことと言えば土木工事の手伝いぐらいだ。危険な地域と言われたところにも言ったが、何も無かったよ」
剛は迷彩服を脱ぎながら凌介にその日の活動を報告した。
「何も無くて良かったじゃないか。拍子抜けだったか?」
「ちょっとな。お前も手持ち無沙汰だったろ?」
「ああ。何も手伝えなくてね。肩身の狭い思いをしたよ」
「だが、今日何も無かったおかげで、明日のお前の同行は認めてもらえたよ。救助班はバラム鉱山付近で三班にわかれるんだが、俺達の班は小林社長の工場へ向かう」
「いよいよだな。でも、小林社長は帰国を希望していないっていう話を聞いたよ」
「どうやらそうらしい。日本にいる親族からは救出要請があったんだがな。まぁ、明日直接会って話してみよう」
そうして翌朝、凌介は剛に誘導され、小林精機に向かうマリオン軍の装甲車に乗り込んだ。外観を見ることのできない凌介には、装甲車というものがどれ程安全なものかは想像できなかった。そこで、凌介が剛に尋ねてみたところ、「機関銃なら平気だが、爆弾を置かれたらアウトだな」と、剛は凌介が不安になるようなことを言った。だが実際には、爆弾を置かれることも銃撃に遭うことも無く、装甲車は無事に小林精機に到着した。装甲車から降りると、凌介には聞き覚えのある声が凌介達を迎えた。
「これはどうも。日本からわざわざお越し頂き、ありがとうございます。ただ、先日も申し上げた通り、私はもうマリオンの人間です。今日も仕事がありますので、申し訳ないですが、どうかお引き取り願えませんか」
「小林さん、我々もあなたの娘さんから強い要望を受けてここまで来ました。工場も最近は操業停止状態と聞いています。内戦がここまで激しくなった以上、帰国された方がよいのではないでしょうか」
剛の上官である班長が小林に言った。
「娘には私のことはもう死んだものと思ってくれ、と伝えています。たしかに工場のラインは今は停まってますが、こんな状況でも会社のために開発を続けている社員がおるんです。うちの製品を待っているお客さんもおるのに、私だけが帰れるはずがありませんわ」
小林は少しイライラした様子で言葉を返した。
「わかりました。そこまでおっしゃるなら、我々も強制はしません。ただ、工場の中を見せて頂けませんか」
「はぁ? 操業停止はご存知でしょう?」
「ええ。ただ、NESに売るための武器を製造している工場があるという噂がありましてね。工場を視察して回っているんですよ」
班長の言葉に小林は激高した。
「うちを疑っとるんですか!? 何を馬鹿な……まぁ、わかりました。気が済むまで見て頂いたらええですわ。詳しい者を呼びますんで、ちょっと待ってください」
小林は顔を紅潮させたまま、工場長を呼び出した。工場長は班長に挨拶した後、班の隊員を工場へと案内した。怒りが収まらず、同行しなかった小林と、視察することができない凌介だけがその場に残った。小林は職場に戻ろうとしたが、一人残っている男のことが気になったとみえて、凌介に声をかけてきた。
「お兄さんは行かんのですか?」
「ええ。私は目が見えませんから、行っても足手まといになるだけです」
「何と……それは失礼しました」
小林は凌介とは気付いていなかった。そもそも自分の事は忘れられているかもしれないと思いながら、凌介は過去に会ったときの話をすることにした。
「小林社長。私は四年前、あなたにお会いしたことがあります」
「四年前、ですか。いや、すみません、かなり物覚えが悪くなりましてな。しかし、自衛隊の方にお会いしたことは無かったと思うんですがねぇ」
「私は自衛隊の人間ではないんです。四年前、森田先生とマリオンに来たとき、あなたに案内をしていただいた早瀬凌介です。覚えておられませんか?」
「早瀬さん!? 何と、あなたは早瀬さんですか!」
普段から大きい小林の声がさらに大きくなった。
「テロで重症を負ったという話は聞いておったんですが、失明されていたとは……いや、大変なご苦労をされてきたんでしょうな。あのテロではうちの若い社員も亡くなりました。私はたまたま取引先に行っていたのですが、少し時間が違えば、私も死んでおったでしょう」
「あのテロは……本当に悲惨でした。今でもあの時の人が次々と殺されていく様子を思い出すことがあるんです。私も視力と両膝から下を失いました」
「ということは、これは……義足ですか」
「そうです。私が仲間と開発したものです」
凌介はその場で足踏みやジャンプをして見せた。
「何と……これだけ関節が動くとは、素晴らしいですな。失礼ですが、もう少し詳しく見せて頂けますか」
小林は
「ほう、カメラが関節毎に配置されているんですな……このカメラは、赤外線カメラですかな。他にもセンサーが内蔵されているんでしょうな。いや、一度分解して中身を拝見したいもんです。うちも義足の製造をやっていたことがありましたが、これはちょっと……次元が違いますな。しかし、何でまた、早瀬さんは自衛隊と一緒にこちらへ来られたんです?」
「話せば長くなるのですが、私は森田先生とイルハン博士を探しているんです。小林社長、何かご存知ありませんか」
「イルハン博士は他の国へ行かれましたよ。この国は危険ですからな」
「行き先はわかりませんか?」
「詳しくは聞いとらんのです。私も医療センターでたまたま聞いただけで」
「そうですか……」
「森田先生はNESに拉致されたという話ですが、まだ生きておられると私は信じとります。拉致されたと思われる学者の遺体が最近見つかった話はご存知ですか」
「はい。最近まで生きていたとか」
凌介達がまだ日本にいた頃、四年前のテロで行方不明になっていた学者の遺体がマリオンの森林で見つかったという報道があった。遺体は死後一か月未満と見られており、行方不明になってからもどこかで四年近く生きていたことになる。
「森田先生には借りがあるんです。四年前に一緒に参加した会議のことを覚えとりますか?」
「いえ、あの会議は、私は参加しなかったので……」
「失礼、そうでしたな。あの会議の結果、衛星を使ってマリオンに無線の通信網を作ることになったんです。そして、そこで使う通信装置が今のうちの主力製品になっとります。他社に先駆けて開発できたのは、あの会議に参加させてもらって、森田先生からアイデアを頂いたからなんですわ。いつか借りをお返ししたい、と思っておるんですが……そうだ、ちょっと待っとってください」
小林は電話を取り出して誰かと話を始めた。口ぶりから小林の部下と思われた。しばらくすると、一人の社員が小箱を持って現れた。小林はそこから小型の機器を取り出すと「ちょっとお手を拝借します」と言って、凌介の手にその機器を置いた。
「これが先程ご説明した通信装置です」
「随分小さいのですね。これで衛星と通信できるなんて驚きです」
「でしょう? それが売りなんですわ。これがあれば、スマホの代わりになりますよ。さすがに日本語には対応しておらんのですが、英語なら音声で操作ができます」
小林がそう言った後、隣にいた社員が英語で凌介に操作の説明を行った。スマホの代わりになるというだけあって、電話だけでなく音声による検索や電子メールのやりとりも可能だった。
「たしかに、これなら私でも使えそうです」
「パソコンのモデム代わりにもなりますよ。無線はワイ・ビー・ツーを使います」
社員が説明を続けた。
「次世代ワイ・ビーですか。実用化されているとは知りませんでした」
「はい、森田先生が進めておられた規格です。古いバージョンは
社員は自信ありげに商品の特長を説明した。そして、凌介が教わった通りに通信装置の機能をいろいろと試していると、小林が言った。
「気に入って頂けたのなら、その一台はそのままお使いください。少しでも森田先生の捜索のお役に立てれば、幸いです」
「ありがとうございます。これは助かります」
凌介は深々と頭を下げた。
すると間もなく、工場の視察を終えた班長達が戻って来た。
「ご協力ありがとうございました。マリオン政府には問題なしと報告しておきます」
班長が失礼を詫びることは無かったが、小林はもう気にしていない様子であった。
「まぁ、よろしくお願いします。あなた方も大変ですな」
班長は小林のねぎらいの言葉に対して何も言わず、いち早く装甲車に乗り込んだ。凌介も剛に手引きされる形で装甲車へ向かった。別れ際に小林が言った。
「早瀬さん、昔、駐車場でした話を覚えていますか。いつか一緒に究極の義手や義足を作りましょう! それまで、どうかご無事で!」
「覚えていますよ 。早く工場が動かせる日が来るといいですね。小林社長もお元気で!」
最後に凌介と剛が乗り込むと、装甲車は次の目的地へ向かって出発した。
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