第16話

 凌介は年が明けてから職場に復帰することが決まった。深川研究室では卒業論文の締め切りが一月末となっているが、凌介も森田もいない状況で深川教授らが学生の指導に困っているという話を聞き、凌介は年末には仕事ができる状況になることを目標に準備を進めていた。

 例の音声読み上げソフトを使えば、学生の論文を読むぐらいは問題ないと思われた。学生のこれまでの研究内容も概要は把握できている。だが、その先自分がどうやって研究を続けていけばよいのかを考えると、気が重くなった。義手の制御にはカメラを使うが、凌介にはカメラの映像を把握することはできない。センサーから得た情報もグラフにして分析していたが、グラフを見ることもできなくなった。これまでに自分がしてきた仕事を振り返ると、研究者として研究を続けていく道は限りなく閉ざされているように思わるのであった。

 そして、年の瀬も間近になったある日の晩、深川から凌介に電話がかかってきた。

 「早瀬君、元気にしてますか。今年は本当に大変だったね」

 「深川先生、わざわざお電話いただき、ありがとうございます。年末までお休みを頂いてしまい、申し訳ありませんでした」

 「いやいや、それだけの障害を負ったんだから、仕方ないでしょう。君には本当、申し訳なく思っているんだよ。私の代わりに行ってもらったところで、あんなテロにあったんだからね」

 「いえ、そんな……あれは、誰にも予想できないことでした」

 「ところで、今日は一つお知らせがあるんだよ。君の仕事に関わる話だ」

 深川の声が低いトーンに変わった。

 「何でしょう?」

 「これまで君と森田君は義手ばかりやっていたが、義足もやろうという話があっただろう?」

 「そう言えば、昔そんな話がありました。でも、義足の制御はまだリスクが大きいから、ということで見送りになってましたね」

 「その通りだ。だが、私はアポロンさんと話を続けていたんだ。おかみともね。で、今日やることになったよ」

 「えっ? 本当ですか?」

 「ああ、『考える足』プロジェクトというんだ。リーダーは君だ。引き受けてくれるよね?」

 「あの、深川先生、ちょっと……ちょっと、待ってください。話に付いていけません。その……冗談みたいな名前のプロジェクトのリーダーが私ですか?」

 「そうだよ。プロジェクトの名前も私が付けた」

 「そうなんですか……いや、でも私の状況はご存知でしょう?」

 「ああ、君の義足を君が作るんだ。ちょうどいいじゃないか」

 凌介には全く予想外の話だった。障害を負う前でもリーダーといったポジションを経験したことは無かった。

 「私にできることは限られています。正直、今までのように仕事をすることは厳しいかと…」

 凌介が申し訳なさそうに言うと、しばらくの沈黙の後、深川がゆっくりとたしなめるように言った。

 「……早瀬君」

 「はっ、はい」

 「今までのような仕事をしちゃあダメなんだ。君にできることは限られている……そう、その通りだよ。誰も一人でできることなんて限られているんだ。君は森田君のようになろうとして何でもしていただろう? だが、君には君のやり方があるはずだ。今回のプロジェクトはうちの学生の他、アポロンさんの研究開発者チーム、機械工学科の研究室も参加するんだよ。彼らの力を引き出すのが君の役割だ」

 そのとき、凌介は、自分の進むべき道を閉ざしていたのは、自らの狭い考えによるものだったかもしれないと思った。やり方を変えれば、自分にはまだやれることがあるはずだ——凌介は道が開けた思いがした。

 「そして早瀬君、うちの研究室のテーマは覚えているかい? 人を助けるための技術を研究するんだよ。研究そのものが目的じゃない。私がこんなことを言うと語弊ごへいがあるけどね」

 「深川先生……ありがとうございます。自分は助けられる側に回って甘えていたのかもしれません。プロジェクトの件、承知しました。リーダーとして、できることは何でもやらせて頂きます」

 「ハハハ、頼もしいな。それじゃ、年明けを楽しみにしているよ」

 深川は満足そうに笑うと、年末の挨拶を述べて電話を切った。深川は前から話を進めていたと言っていたが、凌介には、深川が凌介のために無理に話を取り付けてきたような気がしてならなかった。

 ——期待に応えなければ。プロジェクトの成功のためなら何でもやろう。義足の実験台モルモットにでも何でも。

 そして、年明けとともに「考える足」プロジェクトがスタートした。

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