Four Cats 茶トラと鯖トラ
Four Cats 茶トラと鯖トラ
子供たちのうるさい声が、桜下から聞こえてくる。その声は、灰猫の桜に登っているソウタのネコミミにもとどいていた。
「ねぇ、幽霊がまたいないよ、ハイ」
「みんなで、いっせいに来たから……ビックリして逃げちゃったんじゃないの?」
「えぇー、ボク、幽霊の歌もっと聴きたかったのに」
「本当にいたんだね、幽霊。チャコちゃんの言うとおりだ」
伏せたネコミミをピクピクと動かし、ソウタは会話を聞くまいと務める。
「ソウタくん」
だが、ハルの呼び声がそれを拒んだ。ソウタは抵抗を覚えながらも、腕の中のハルを見つめる。ハルは困ったように瞳をゆらし、ソウタを見あげていた。ハルの鈴が、ソウタを責めるようにちりちりと鳴っている。
たえ切れなくなって、ソウタはハルから顔を背ける。
「ソウタくんてばっ」
ハルが声を荒げるが、ソウタはネコミミをピタッと伏せてそれを無視した。
ソウタは密集する梢のすきまから、地面を見つめる。
灰猫の桜を、たくさんの子供たちが取り囲んでいた。子供たちが声を発するたびに、彼らのネコミミがピコピコとリズムカルに動く。
会いたかった茶トラと鯖トラも、その中にいる。
自分たちを見つけられなくて、悔しいのだろうか。茶トラ少女はネコミミをぷるぷると震わせ、瞳に涙を浮かべていた。そんな彼女をなぐさめるように、鯖トラ少年は少女のネコミミを優しく撫でていた。
不意に少年が鯖トラ柄のネコミミをたちあげ、桜を見あげてきた。
少年の眠たそうな三白眼が、こちらに向けられる。びくりとソウタはネコミミを震わせ、地面から視線をそらした。 動揺に心臓が大きく高鳴っている。
ソウタは、そっと、少年を見つめた。少年は何事もなかったかのように、少女のネコミミを撫で続けている。自分たちが桜上にいることには、気づいていないみたいだ。
ほっと、ソウタはネコミミを伏せた。
「ねぇ、ソウタくん。私たち、あの子たちに会いに来たんだよね?」
ハルに話しかけられ、ソウタはびくりとネコミミの毛を逆立てた。
驚きに瞳を見開いたまま、ソウタは腕の中のハルを見つめる。彼女は瞳を曇らせて、自分を見あげていた。
「あ、うん。そうだよね……うん」
鳴り続ける心音を聴きながら、ソウタは何度もハルに頷いてみせる。
ハルは、怪訝そうに眉毛をよせた。ハルは困ったようにネコミミを伏せて、地面へと視線をやった。
「隠れちゃ、意味ないよね……。私のせいだけど」
「だって、増えてるんだもん……」
「ごめん……」
会話が途切れてしまう。ソウタとハルは顔を見合わせ、2人そろって桜下を見つめた。桜下では、子供たちが会話を交わしている。
「ハイ、幽霊に会いたいよ。ハイ……」
「はいはい……。会わせてあげるから、泣かないの、姉ちゃん……」
「ほんと、どこいっちゃたんだろうね」
「シートがあるってことは、この辺りにいると思うんだけれど……」
子供たちは、ソウタとハルが座っていたシートを取り囲んでいる。シートに並べられたティーセットは、綺麗なほど空っぽになっていた。
ハルのために取り寄せた桜のフレーバーティーは、茶トラの少女に飲まれてしまった。ミミコが焼いてくれたスコーンも、子供たちのお腹の中に収まってしまっている。
茶トラ少女と鯖トラ少年をおびき寄せるため、学園の下校時刻を見計らい、歌をうたった結果が、これだ。
歌声を聞きつけた下校途中の子供たちが円卓公園につめかけ、ソウタたちは桜の上に隠れることしかできなかった。
いっぱい来ると叫びながら、ネコミミを激しく動かしていた、ハルの姿を思いだす。
パニック状態になって走る回る彼女を捕まえ、ソウタはやっとの思いで桜に登ることができたのだ。
「降りても、大丈夫?」
「ごめんなさい……無理」
ハルは弱々しくネコミミをゆらし、答えた。ハルは怯えた眼差しで、子供たちを見つめている。
茶トラと鯖トラには会いたいが、他の子供たちが怖いのだろう。抱きしめているハルの体は、かすかに震えていた。
ソウタはハルのネコミミを撫でる。
ハルがとっさに顔を向け、ソウタを見あげてきた。ソウタは、ハルに微笑んでみせる。彼女は嬉しそうに瞳を細め、ネコミミを伏せた。
ハルに顔を近づけ、ソウタは彼女のネコミミに囁いた。
「今日は、会うのやめよう、ハル 」
「え、でも……」
「大丈夫、あの2人は俺たちのことが気になってるんだし、また会いに来てくれるよ」
「うん……」
ソウタの言葉を聴いて、ハルは瞳を綻ばせる。安心したソウタは、ハルに微笑みを返した。
「何だ、ボクたちに会っていかないのか……」
「ごめん、今回は……」
ぼそりと声をかけられる。ソウタはとっさに声のした背後へと、顔を向けていた。
眠たそうな三白眼が、じっとソウタに向けられている。桜の下にいた鯖トラ少年が、二手に別れた幹に足をかけ、こちらを見つめていた。
「よっ」
少年は片手をあげて挨拶をしてくれる。ソウタは、無言で彼を見つめた。
自分たちに気づかれないよう桜を登り、鯖トラ少年はここまで来たらしい。
「姉ちゃーん、幽霊いた……」
「ほんとー!! どこどこ」
彼は桜下にいる茶トラ少女に向かって、言葉を発する。少女は嬉しそうに跳びあがり、大声をあげる。
2人のやりとりを見て、ソウタはようやく理解する。どうやら自分たちは、見つかったらしい。
「うわー!」
ソウタは、ネコミミを反らし、叫んでいた。びくりと、腕の中のハルがネコミミの毛を逆立てる。
「ちょ、ソウタくん」
「どうしよ、ハル! 見つかっちゃった! み、見つか……」
「キミ、おっきいね」
「えっ」
声をかけられ、ソウタは我に返る。
声をかけてきた、鯖トラ少年を見つめる。彼はきらきらと瞳を輝かせ、ソウタを見つめていた。
同い年の子供たちより、ソウタは背が高いほうだ。それに比べると、少年はずいぶんと背が低い。体全体のパーツが小さいのだろう。小顔で、他の子供に比べネコミミも大きく見える。
「いいな。おっきい……いいな」
ぽつりと、少年は呟く。
少年はソウタを見つめながら、ゆっくりと、こちらへと近づいてきた。興奮しているのか、少年はネコミミを激しく上下に動かしはじめる。
「え、あのっ」
「おっきい……おっきいっ! おっきい!!」
次第に声を大きくしながら、少年は足早に距離を縮めてくる。
「ちょ、来ないで! 来ないでよ!!」
「ソ、ソウタくんっ、怖いよ!!」
接近してくる少年に危険なものを感じ、ソウタは大声をあげていた。怯えたハルが、ぎゅっと首筋に両腕を回し、ソウタに抱きついてくる。
「ちょ、ハル! 落ち着いて」
「やだっ、怖い!」
ハルに抱きつかれ、ソウタは体のバランスを崩してしまう。ハルを注意するが、彼女は震えたネコミミを伏せ、激しく首を振るばかりだ。
「おっきい!!」
「うわぁ!」
少年が2人に近づいてくる。少年に恐怖を感じ、ソウタは悲鳴をあげていた。体をゆらゆらと動かしながら、彼はソウタの前に立ちふさがる。
ソウタは背後を見つめた。ソウタたちの乗る枝は先が細く、これ以上後ろにさがることができない。絶体絶命の状態だ。
「おっきい……。友達に……なるっ!!」
「うわっ!」
少年は枝を蹴って、ソウタに向かい跳んできた。ソウタはとっさに体を捻り、少年のタックルを躱そうとする。
ソウタは少年の体をなんとか躱した。だが、少年はネコミミの角度を巧みに変え、ソウタの肩をネコミミで叩いてきたのだ。ソウタの体が大きく傾ぐ。少年はソウタにトドメを刺すべく、ソウタの肩をもう1度、ネコミミで叩いた。
「うわっ」
ソウタはバランスを崩し、足を滑らせた。
梢をつかもうと片腕をのばすが、その手は鯖トラ柄のネコミミに弾かれる。ソウタの体は宙に投げ出され、仰向けのまま地面へと落ちていく。
「いやーっ!」
「ハルっ」
腕の中のハルが悲鳴をあげた。ソウタは胸元にハルを抱き寄せ、体を丸める。そのまま空中でとんぼ返りを決め、ソウタはシートの上に降り立った。シートに乗ったティーセットが浮かびあがり、大きな音をたてて元の位置に落ちる。
衝撃で、ネコミミの鈴が激しくゆれた。ぐわぁんぐわぁんと鈴の喧しい音が、ソウタのネコミミに反響する。それに合わせて、割れんばかりの拍手がネコミミに響く。
「ブラボー!!」
「凄い!!」
「もう1回見たい!!」
拍手とともに、子供たちの歓声がソウタに送られる。ソウタはネコミミをびくりと伏せ、恐る恐る顔をあげた。
子供たちの輝く瞳が、ソウタに向けられている。彼らは嬉しそうにネコミミをゆらしながら、拍手をソウタに送り続けていた。
「幽霊凄いよ!!」
その中央にいる茶トラ少女は、跳びあがりながらネコミミを上下に動かしている。
「ねぇ、ねぇ、もう1回!! もう1回、くるんって、回って!!」
「いや……それはちょっと」
腕を回しながら、少女はとんぼ返りをせがんでくる。少女を見つめながら、ソウタは引きつった笑みを浮かべることしかできない。
「ソウタくん……」
ハルが小さく声を発する。ソウタはハルを見つめた。
怯えきった銀の瞳が、ソウタに向けられている。ハルは伏せたネコミミを震わせ、ネコミミの鈴を鳴らしていた。
ハルは、子供たちが怖いみたいだ。
「大丈夫だよ、ハル」
ハルのネコミミに優しく語りかける。
ふっと、ソウタはハルに微笑んだ。ハルが安心するように、腕の中のハルを優しく抱き寄せる。
「ラブラブだー!!」
茶トラ少女が弾んだ声をあげた。ぴんとネコミミをたて、ソウタは彼女を見つめる。
「いいなー、いいなー!! ラブラブー」
少女はネコミミをぱたぱたと動かし、ソウタたちを楽しげに見つめていた。
「ちょ、そんなんじゃないって……」
「ラブラブ……ソウタくんと」
「ハル?」
ハルが、消え入りそうな声を発する。ソウタはハルを見つめていた。
ハルの頬がすっと桜色に染まる。ハルは、じっとソウタの顔を見あげてきた。
気のせいだろうか。ハルの瞳が潤んでいるようにみえる。その瞳を見て、ソウタはキュンと心臓を鳴らしていた。
ハルはぷいっと、ソウタから顔を逸らす。ネコミミをだらんとたらし、ハルは顔を覆ってしまった。
「ハルっ?」
思わず、ソウタは声をあげていた。
ひょこっと、ハルはネコミミのあいだから瞳を覗かせる。銀の瞳は、困った様子でソウタを見つめてくる。
ハルに、不快な思いをさせてしまったのだろうか。不安に思ったソウタは、ネコミミをたらしていた。
「幽霊の元気がないよ、ハイ!」
突然、茶トラ少女の大きな声がネコミミに響く。ソウタは、驚いて顔をあげた。
鯖トラ少年に向かって、言葉を発したのだろう。少女は不安げに瞳を曇らせ、桜の木に登る少年を見あげていた。
「そのおっきいのと、白ネコミミ……。本当に幽霊……? 生きてるようにしか、見えない……?」
「えー、絶対に幽霊だよ」
「じゃあ、触って確かめてみたら……」
「わかったー!!」
少年の言葉に、少女は弾んだ声で答える。彼女はニヤリと口角を歪めた。
嗤いに歪められた少女の瞳が、ソウタに向けられる。腕に抱いたハルが体を震わせる。
ソウタはハルを見つめた。ハルはブルブルとネコミミを震わせている。
ソウタはごくりと唾を飲み込み、後退りしていた。
ニンマリと少女の笑みが深められる。邪悪な微笑みを浮かべながら、少女はソウタたちに近づいていく。
少女の背後にいる子供たちも、ニヤリと口角を釣りあげる。少女の背後で彼らはネコミミを怪しく蠢かせながら、笑い声をあげはじめた。
「「「にゃはははははは!!」」」
不気味な笑声がネコミミに響き渡る。ソウタはネコミミを硬直させ、彼らを見つめることしかできない。
「幽霊覚悟ー!」
「「「覚悟ーー!」」」
少女が大声をあげ、ソウタへ特攻する。それに続き、子供たちもいっせいにソウタへと襲いかかってきた。
「ソウタくーんっ!」
「うわー!!」
ハルの叫び声が、ネコミミに虚しく響く。
ソウタはネコミミを反らし、悲鳴をあげることしかできなかった。
子供たちに取り囲まれ、ソウタとハルは、なすがままになっていた。
2人は、子供たちにネコミミを弄ばれている最中だ。
襲ってきた子供たちは、いっせいにネコミミへと手をのばしてきた。ハルを抱えていることもあり、ソウタのネコミミは抵抗することもできず、子供たちの餌食となっている。
触り心地がいいのだろう。子供たちはネコミミから手を放してくれない。
指先でネコミミを揉みほぐしては、ぐるぐると喉を鳴らしている子供。うっとりと瞳を細め、ネコミミを撫で続ける子供もいた。
「凄い! 白猫のネコミミ、ラパーマロングヘヤみたいに、クルンってネコミミの毛が丸まってる!」
「灰猫のは、ロシアンブルーみたいだよ。手触りが絹みたい」
「触り心地、最高!」
「真っ白で、白猫みたい」
「白猫だよ、白猫と灰猫の幽霊だ!」
「痛い…痛いよ」
ぐいぐいと子供たちは、ソウタのネコミミを引っ張る。ソウタは呻くが、子供たちはおかまいなしにネコミミを弄び続ける。
ネコミミを動かして抵抗しようとしても、子供たちの指がそれを取り押さえてしまうのだ。
「私にも、触らせてー!!」
不機嫌な大声が、ソウタのネコミミに響いた。ソウタは声のした方向へと視線を向ける。
子供たちの背後で動く、茶トラのネコミミがあった。ぽんぽん跳びはねながら、茶トラ少女はソウタのもとへ行こうとする。だが、子供たちが壁となり、彼女はソウタに近づくことができない。
「どいてー」
茶トラ少女が子供たちをかき分け、ソウタのもとへと迫ってくる。彼女の背中にはぴったりと、鯖トラ少年がくっついていた。子供たちに押しのけられ、彼女は後方においやられていたのだ。
押しやられた子供たちは、ネコミミを反らし、彼女を睨みつける。
子供たちは反撃にでるため、いっせいに少女に手をのばした。少女の背後にいる少年が、ぐるりと子供たちに顔を向ける。感情の篭らない三白眼を向けられ、びくりと、子供たちは手をとめた。
少年は頭をさげる。ネコミミを使い、少年は子供たちの手を弾き返していった。子供たちが痛そうにネコミミをゆらし、少女にのばしていた手を引っ込めた。
「わーい、ネコミミー!」
少女は、自分の背後で起こっている攻防戦に気づいていないようだ。呑気に声をあげ、ハルのネコミミに両手をのばしていた。
「きゃ」
ハルが、小さく悲鳴をあげる。
少女はその悲鳴にも気がつかないのだろう。乱暴にハルのネコミミを握ってきた。
少女は丸い瞳を輝かせる。弾んだ声を発し、少女は背後にいる少年に顔をむけた。
「スゴイ! 幽霊なのに、さわれるよ、ハイ!」
「さわれる時点で、幽霊じゃないと思う……」
「えー、そんなことないよぉ。気持ちぃ、このネコミミ。ハイのネコミミみたい」
「この、ネコミミフェチ……」
「だって、気持いんだもん……」
茶トラ少女は、夢中になってハルの白ネコミミを揉みほぐす。ぐるぐると喉を鳴らしながら、彼女はうっとりと瞳を瞑っていた。
「えいっ」
少女が、ハルのネコミミを思いっきり引っ張る。
「痛いっ」
ハルが声をあげる。鈴を鳴らし、ハルは抵抗するようにネコミミをゆらした。
「あっ」
少女は声をあげ、ハルのネコミミから手を引く。ハルは引っ張られたネコミミをブルブル震わせながら、うつむいてしまった。
「やめてよっ!」
痛がるハルを見て、ソウタは声をあげていた。ソウタは体を斜めに向け、少女からハルを引き離す。
「あぅ……」
しゅんとネコミミをたらし、少女は力なくうつむいた。
少女の姿を見て、子供たちもネコミミをたらす。子供たちは気まずそうにソウタたちから、離れていった。
ソウタは腕の中を抱き寄せた。ハルは、怯える子猫のように震えている。ハルの顔を覗くと、彼女はネコミミを震わせながら、瞳に涙をためていた。
「ごめん、夢中になっちゃって……」
少女の声が聴こえる。
茶トラ少女へ顔を向ける。彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。ぽんっと、鯖トラ少年が、慰めるように少女の肩を叩いた。
「ハイ」
「元気が、1番……」
少女は背後の少年を見つめる。少年の言葉を聴いて、彼女は瞳を輝かせた。
少女はネコミミをフルフルと振る。少女は思い直したように顔をあげ、ソウタとハルを見つめる。少女は顔に笑みを浮かべ、弾んだ声をあげた。
「でも、スゴイや! 歌ってたのが、灰猫と白猫の幽霊だったなんてっ!」
「だから、俺たち幽霊じゃないし」
ソウタは少女の言葉に抗言した。
少女は驚いたように瞳を見開いた。彼女はぴょんとネコミミをたてて、首を傾げる。
「じゃあ、誰?」
「誰って、君たちこそ、誰……?」
「私、チャコ。こっちは、弟のハイ。チェンジリングだけど、一応、双子! 私がおねいちゃん」
「こんな姉だけど、ボクが一応、弟だから……」
チャコと名乗った少女は、鯖トラ少年を、びしっと指さす。ハイと呼ばれた少年は、ぼそりと呟くように言った。
「私、ミミ!」
「ボク、ユウ!」
「メグ!」
「ミィ!」
他の子どもたちも、いっせいに自己紹介を始める。
「ちょっと待って、そんなにいっぺんに言われても!」
「あなたたちは?」
「えっ」
「あなたと、その子の名前は?」
チャコがじぃっと、瞳を向けてくる。きらきらと瞳を煌めかせ、チャコはソウタの返事を待っていた。
ソウタは、ネコミミを力なくたらしていた。先ほどから、この少女のペースに巻き込まれてばかりだ。
「ソウタくん。降ろして」
ハルが、声をかけてくる。
驚いて、ソウタはハルを見つめた。ハルは瞳を綻ばせ、ソウタを見あげている。
「ハル……」
「大丈夫」
ソウタを安心させるように、ハルは微笑みを深めてみせる。不安を抱きながらも、ソウタは彼女を地面に降ろした。
ふんわりとスカートを翻しながら、ハルは子供たちの前に歩み出た。子供たちはぴんとネコミミをたて、いっせいにハルを見つめてくる。
銀の瞳を綻ばせ、ハルは笑顔を浮かべてみせる。
ハルの鈴が、明るい音をたてた。その音を聞いて、ソウタはよけいに心配になる。
子供たちは、ケットシーであるハルを、受け入れてくれるのだろうか。
「はじめまして、ハル・コノハです。こっちは、ソウタくん。ソウタ・ハイバラくん」
スカートの裾をハルは両手の指で摘む。そっと頭をさげ、ハルは優美にお辞儀をした。ぺこんとハルのネコミミも、一緒にお辞儀をする。
「ハル・コノハ!?」
チャコが弾んだ声をあげた。ハルが驚いて顔をあげる。
チャコはまるで宝物をみるように瞳を輝かせ、ハルを見つめていた。
「コノハって、もしかしてハルってサクラ・コノハの血縁者……」
ハイが、尋ねてくる。
「うん、お義母さんだけど……」
「すごい、すごいよ! ハルちゃん!」
「ちょ、チャ、チャコさん!」
「チャコでいいよ。すごいよ、ハルちゃん! あの、サクラさんの娘だなんて!!」
チャコが大声をあげる。チャコはハルに詰め寄り、両手をにぎってきた。チャコの背中には、背後霊のようにハイがくっついている。
ハルの手をにぎったまま、チャコはぴょんぴょん跳びはねる。興奮しているのか、彼女のネコミミは激しく上下に動いていた。
「てい……」
「あ、やめてよー、ハイ!」
チャコの後方にいたハイが、彼女の両脇を拘束した。チャコはハイに顔を向け、叫ぶ。
「だめ……」
姉の懇願を聞くことなく、ハイは彼女の体を引きずりながら後方へとさがっていく。
「あぁ、ハルちゃんがー!!」
チャコは悲しげに叫びながら、ハルに手をのばす。その手がハルに届くことはない。
ハルと引き離されたチャコは、ションボリとネコミミをたらした。
「ごめん。姉ちゃん、サクラさんのファンなんだ……」
姉のネコミミを叩きながら、ハイは謝ってくる。ハイのネコミミは、悲しげにたれさがっていた。
ハイの眠たそうな三白眼から感情は読み取れない。だが、ネコミミの様子から、ハイが姉であるチャコのおこないに心を痛めていることがわかる。
ハイは案外、いい奴なのかもしれない。
そう思い、ソウタはハイに微笑んでいた。ハイのネコミミは苦しめられたが、彼とはいい友達になれそうだ。
ハイがネコミミをあげ、こちらを見つめてくる。
ハイが、ぽっと、頬を赤らめた。眠たげな瞳を輝かせ、彼はソウタを見つめる。
どきりと、ソウタの心臓が高鳴る。
ソウタはハイから視線を逸していた。ハイが悲しげにネコミミをたらす。何を思ったのか、ハイはチャコのネコミミを叩き始めた。
「痛い、痛いよ! ハイ」
「反省しろ……反省。おっきいのに、謝れ……」
「嫌だっ。悪いことなんてしてないもんっ!」
「お仕置き、追加……」
「はふぅ!!」
チャコが奇妙な叫び声をあげ、ネコミミを反らした。ハイがネコミミを叩くペースをあげたのだ。ネコミミを叩きながら、ハイはじっとチャコの顔を覗き込む。 チャコはごくりと唾を飲み込み、大人しくなった。
「お義母さんの……ファン?」
ハルが、唖然とした様子で呟いた。
ハイはネコミミを上おさせ、そうだと答える。その返事に、ハルは悲しげにネコミミを伏せた。
「ねぇ、ハルちゃん。歌って! いつも聞こえてる歌、ハルちゃんが歌ってるんでしょ? サクラさんの娘だもん。凄く、上手なんだろうな……」
チャコが、弾んだ声で言う。
ハルの歌声を思い出しているのだろう。チャコは両手を組み、うっとりと瞳を細めていた。チャコの言葉に、ハルは怯えたようにネコミミの鈴を鳴らした。
「ね、歌って。歌ってよ」
嬉しそうなチャコの瞳が、ハルに向けられる。ハルは逃れるようにチャコから顔を背けた。
「ハル」
ハルの様子がおかしい。心配になりソウタはハルに声をかけていた。
ハルの肩に手を置く。彼女は不安げに瞳をゆらし、こちらを向く。
「ソウタくん」
消え入りそうな声が、ソウタにかけられる。ハルは縋るようにソウタを見つめてきた。
ソウタは、ハルの前方へと出て行く。
ハルを隠すように子供たちの前に立ちはだかり、ソウタは彼らを見つめた。子供たちも、不思議そうにソウタを見つめ返してくる。
「ごめん、ハルは歌えないんだ……」
ざわりと、子供たちが騒がしくなる。その様子に、ソウタは苦笑を滲ませていた。
「そう、なの……」
悲しげに瞳をゆらし、チャコはソウタを見すえる。チャコの泣きそうな瞳を見て、ソウタの心臓が、さみしげに音を奏でた。
ハルがソウタの背後からネコミミを出す。申し訳なさそうにネコミミをゆらし、そうだよと、チャコに答える。
悲しげにハルの鈴がなった。鈴の音とともに、チャコはがっくりと頭をうつむかせる。
数えただけでも子供たちは、10人以上いる。ハルにはたくさんの心音が聞こえているはずだ。歌えるはずがない。
「ハル」
こんなにたくさんの心音を聞いて、ハルは恐くないのだろうか。心配になって、ソウタは背後のハルを見つめる。
ハルの姿を見て、ソウタは大きな心音を発していた。
ハルはネコミミをさげ、悲しげに瞳を伏せていた。ぎゅっとスカートの裾をつかんで、彼女は泣くのをこらえている。
子供たちが恐いからではない。ハルは悔しがって泣くのをこらえているように見える。泣いたら自分に負けてしまう。だから、ハルは泣くまいと必死になっている。
ハルは、チャコとハイに会うのを楽しみにしていた。友達になりたいと思っていた2人に、歌を聴かせられないのが悔しいのだ。
とくんと、ソウタの心臓が悲しげに鳴った。その音を聞いて、ソウタはひらめく。
心音が気になって歌えないなら、心音をメロディにして歌をうたえばいい。これならハルは心音を恐がることなく、歌をうたえるようになる。
「ハルっ」
弾んだ声をハルにかける。
ハルが驚いたようにネコミミを反らし、ソウタを見つめてきた。ネコミミをみょんと立ちあげ、ソウタはハルに笑ってみせる。
「心音をメロディにして、歌ったらどうかな? 心臓の音が気になるんだったら、それを伴奏にしちゃえばいいよ」
「心臓の音を……」
ハルは唖然と、ソウタの顔を見つめる。
ソウタは笑みを深め、うなずいてみせた。ハルは瞳を桜色に煌めかせ、笑顔を浮かべる。
「すごい、ソウタくん。いいこと思いついちゃったっ」
「うわっ」
弾んだ声をあげて、ハルが肩に両手を置いてくる。
ソウタはびっくりして、ネコミミを逆立てた。背後にいる彼女へと、ソウタはふりむく。
「いいことって?」
「ネコミミピアノ!!」
ハルは、嬉しそうな声で答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます