040_1310 影は黄昏に剣舞すⅥ~変身忍者 嵐~
総合生活支援部の年少組は、夕暮れ時になっても、まだ部室にて作業を行っていた。
「ねーねー。フォーちんは今回の部活、どーすんのさ?」
小型消火器の底に、ペットボトルの蓋を瞬間接着剤で貼り付けながら、
「面倒でありますから、参戦しないでありますよ」
なぜかヘッドセットのようなネコミミ型
「というか、ミス・ナトセは交戦するでありますか?」
「兄貴一人に戦わせるワケにもイカンっしょ」
「嫌がると思うでありますよ」
「あー。そーゆーのムシ。兄貴にゃちょいとゴーインくらいでいいのさ」
「というか、戦いそのものには関わらせる気がないのに、準備に遠慮なく自分たちをコキ使うのはなんでありますか?」
「堤家の家訓は『立ってる者は親でも使え。座っていても立たせて使え』だから」
「はた迷惑な家訓であります……」
二人の周囲には、学校中から集め、改造された消火器が大量に転がっている。
多くはホースが切断され、噴射孔は廃バッテリーの鉛で塞がっているが、種類は今二人が手にしている物だけではない。二重底にして真空断熱――要するに魔法瓶化しているもの。底面を太い杭のように尖らせ、表面に格子状の切れ込みを入れたもの。二本を太い鎖で繋ぎ合わせたもの。様々だった。
床にダンボールを敷いて座る、改造学生服と偽ブランドジャージの少女は、そんな物を量産していた。
「ところでフォーちん。ずっと気になってんだけど、そのメカちっくなネコミミっぽいの、なに? それがフォーちんの《
「
「ネコミミの意味は?」
「アンテナでありますが……
「ぶちょーって、けっこーカワイイもの好きだよね」
「部屋はヌイグルミで埋め尽くされてるそうでありますよ」
「それはちょっとイガイ」
手を動かしながら無駄話をしていたら、タイミングよく、胸元が開いたチュニック姿のコゼットがやって来た。野依崎と南十星はずっと部室に居たが、他の部員はそれぞれ別の作業を行っていたので、昼間の部会以来の顔合わせだった。
「堤さんと
アタッシェケースを抱えた彼女は、部室内を
「先ほどまでここで作業してたでありますが、
「タイミング悪いですわね……」
「なにか用事でありますか?」
「まぁ、少々……」
野依崎が問い返しても、コゼットは
その仕草に引っ掛かるものを感じたが、それより視界に入るもう一人の行動を気にした。
南十星がコゼットの顔を見つめている。近眼で顔をしかめて見るような、判然としないものを判別しようとしている顔で。
「ミス・ナトセ? どうしたでありますか?」
「あー、いや、ね?」
野依崎に問われる以前に、彼女自身も戸惑っているらしい。ワンサイドアップを揺らし、南十星は自信のない問いを発した。
「ぶちょーって、ぶちょー?」
「…………ハ?」
コゼットは表情を空白にした。野依崎は表情を変えないながらも、『コイツなに言ってんの』的な意味を込めて半眼を向ける。
「ナトセさん……? なにが言いたいんですの……?」
「ぶちょーに言われるまでもなく、あたしも自分でなに言ってんのかイミわかってない」
「…………」
『頭痛が痛い』状態なのか、眉間に指を押し当てたコゼットは、考えても仕方ないとでも思ったのだろう。
「あー……わたくし、行きますわよ?」
ぞんざいな言葉を残して、コゼットは部室から歩み去って行った。
その背中を消えるのを待たず、野依崎は南十星に振り返る。
「先ほどの質問の意図はなんでありますか?」
「なーんかぶちょーにイワカンあったから。なにがって言われたら、あたしも困るんだけどさ」
「つまり根拠のない勘でありますか?」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
そんな、また緊張感のないやり取りが再開し始めたところに。
「あ゛~~~~。ようやく下準備が終わりましたわ……地質調査ガチめんどいっつーの」
「「え゛」」
固まる二人を気にも留めず、彼女は安全第一ヘルメットと装飾杖をソファに投げ出し、奥の冷蔵庫に一直線する。ペットボトルに入った麦茶を取り出し、腰に手を当てゴクゴクと喉を鳴らしてラッパ飲み。
「くっは~~~~ッ! 生き返るッ! ビールじゃないのが残念ッ!」
上半身は汗に濡れたタンクトップ、脱いだ上着を腰に巻いた
先ほど出て行った『コゼット』の姿は、もう見えない。
そして南十星に振り返ると、彼女も野依崎を見ていた。視線を合わせ、互いの心中を確認してから振り向く。
「……
「ハ? 誰に見えてますのよ?」
コゼットは首にかけたタオルで汗を拭いながら、珍しく表情を動かし困惑を浮かべる野依崎に応じた。
「……なんでさっきとカッコー変わってんの?」
「さっきって、昼間の部会終わってから、ずっとこの格好ですけど?」
中途半端にペットボトルを傾けるコゼットは、キョトン顔で問う南十星に応じる。
「では、先ほどの
呟きながら野依崎の背中に、冷気を
「兄貴んトコ行ってくる!」
南十星は立ち上がり、
「…………何事ですの?」
土煙を上げる勢いで遠くなる小さな背中を見送り、事態を理解していないコゼットは、野依崎へと振り返る。
「こういう手段で堂々と接触しようとは、予想外でありました」
改めて事態が緊迫していることを伝えながら、彼女は上げていた単眼ディスプレイに下ろし、表示される情報を視線で操作して精査する。
それはいい。北部山側からの監視体制が敷かれているのは、想定内であり確認済みでもある。ラジコンサイズの
しかし彼女が構築した監視体制は、これまでとは違う動きを捉えていた。人型の陰影は、筒状のもの――
そして更に校門近くの道路に、通常の光学望遠による映像と差異があるのを確認する。
情報収集能力には、なんの問題がなかった。きっと相手の想定を上回る方法で監視体制を築いているため、注意を
「……
「ハ?」
しかし対人コミュニケーション能力に難のある野依崎は、必要な説明をすっ飛ばして伝えたので、コゼットの理解と行動が遅れた。
△▼△▼△▼△▼
時間はほんの少しさかのぼる。
樹里の携帯電話に届いた、つばめからのメールにより、樹里と十路は修交館学院の校門にいた。その間も狙撃を警戒し、樹里は長杖を手にし、建物の陰に入ることを忘れていない。
(公安の監視がいないな……やっぱり裏で、日本とロシアの協力体制が作られてるのか?)
そんなことを考えていたら、そう長い時間待つまでもなく、甲高い音が接近し坂道を登ってくる。パンツタイプのスーツを着た女性が操る大型オートバイが現れ、二人の前で停車した。
「理事長、バイクの免許持ってたんですね」
「ん? 持ってるよ?」
降りてヘルメットを脱ぐつばめに声をかけ、十路はその車体を眺めて、思わず首筋をなでながら唸る。
「それで、代車はこれですか……」
「なにか問題?」
「問題というか……」
つばめの意外そうな声には、
「《バーゲスト》より重くて重心位置が違いますから、取り回しも違うと思います……なのに
「死ぬ。コケて死ぬ」
樹里が心配顔で教える性能に、あっさり敗北を認める。ちなみにその数字は、加速と最高速度のみに特化したレース用の改造をしない限り、普通は出ない。
「スペックも問題だけど、これ、おかしいだろ?」
普段使っている《バーゲスト》は、ナージャが持ち出した。
その代車として用意されたのは、スーパースポーツなどと呼ばれる、レース用オートバイのフォルムを持つ機体だった。しかも単純な形状の差異だけではなく、異様だ。
普通、オートバイの後輪周りはスッキリしている。四本突き出たマフラーは、横に露出させるのではなく、後部シート下に設置する方式ならば尚更だ。しかしこの車体は、過度に思えるほど頑丈そうなフレームが後輪に接続され、
光沢あるシンフォニー・ブルーに塗装された
素人目にも異様とわかるのは、
「《コシュタバワー》――トージくんはユーザー設定されてないから《魔法》は使えないけど、足として使うには、この《
つばめが改めて行う青い大型オートバイの紹介を聞きながら、十路はタンク部分を撫でる。そこには青白い炎を意匠化し『Coiste-bodhar』と書かれている。
ゲームなどでは首を
「あと、ジュリちゃんの新装備、ケースに入ってるから後で確認して」
「あ、はい」
「木次が昔乗ってたのを借りるって話だったけど、本当にこんなの乗り回してたのか?」
「や、乗り回してはないです。練習で乗ってただけです……私、免許ないですし」
普段は乗らないが、樹里も《バーゲスト》の
しかしプロレーサーでも持て余しそうな機体など、全く想像外だった。
「お姉ちゃんが『自転車乗れなくても、《使い魔》くらいは乗れるようになりなさい』って……」
樹里が乗っていた理由は非常識で斬新だった。自転車に乗れない大人も世にいるので、その点はなにも言わないが、どう考えても自転車の方が簡単だろうと十路は問う。
「これ、初心者が乗るシロモノじゃないだろ?」
「や、『一番頑丈だから、コケても大丈夫』って……」
「乗る人間の頑丈さを考えてると思えない……」
「コケて擦りむくのは当たり前。下敷きになって潰れるのも当たり前。振り落とされて骨にヒビが入るのも当たり前……やー、思い出しますねー。地面に投げ出されたのに服が絡まって、しかもバイクはそのまま直進して引きずられた事もありましたねー」
過去を振り返る樹里の瞳から、光が消えた。
だから十路もそれ以上深く問わない。《
「それで、どうする気?」
「そうですね……」
今後の方針をつばめに問われ、十路は辺りを見渡す。ここまでは打ち合わせにあったことだが、これ以降は樹里との折衝案によるイレギュラーであるため、迷う。
監視している者が、総合生活支援部の戦力増強――《
今のところ、なにもない。本隊の判断待ちかもしれない。
「テスト走行してみますか?」
感知できる範囲では、樹里も異変を認められないのか。彼女の
危険ではあるが、学校外に出ることで、相手の反応を見るのも一つの策か。しかし相手が反応した場合、想定している作戦運びに大きな影響がある。
どうしたものかと十路が考えていると、駐車場に新たな人影が現われた。
「ここにいましたのね」
アタッシェケースを提げたコゼットだった。
彼女は周囲を警戒した様子もなく、無造作に近づく。見慣れない青い大型オートバイに目を向けたので、それについて問おうとしたのかもしれない。
「部長じゃありませんよね?」
しかし彼女が口を開くより先に、樹里が
「小細工仕入れてお出ましか? ナージャ」
十路は態度を変えずに、普段の口調で当然のように指摘する。
疑念や引っかけではなく、確信を持った二人の警戒に、足を止めた『コゼット』がオーバーに肩をすくめる。
「……ナトセさんも気づいた様子ありましたけど、今度は誤魔化せそうにありませんね。頑張って変装したんですけど」
身長や体格は確かに似ている。だが変装しても誤魔化しきれないと、十路と樹里は見破った理由を明かす。
「変装ってのは自分の印象を変えるのが目的で、特定の誰かに化けるのは無謀だぞ。よくできてるのは認めるが、やっぱり違和感がある」
「絵の具やシリコンの匂いがしますし……ナージャ先輩って、いつもバニラとか水飴とか、お菓子の匂いがするんです」
「十路くんの
呆れる『コゼット』が腰の辺りを触れると、その姿が漆黒に染まった。
しかし警戒するまでもなく、すぐに解除された。
波打つ金髪は、真っ直ぐな
「服をバサーッと脱ぎ捨てたら違う格好に! ってできたら楽なんですけど、現実には地味ーに着替えるしかないんですよねー」
どうやら手にしていたアタッシェケースに、着替えを無理矢理詰め込んでいたらしい。そして《魔法》で加速して着替えたのだろう。カツラや隠し持っていたボイスチェンジャーを詰め込みながら、ひとりごとのようにナージャはこぼす。
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