040_1320 影は黄昏に剣舞すⅦ~黒の試走車~


「それで、ナージャ。なんの用だ?」

「『なんの』と言われても、困っちゃいましたね」


 再び十路とおじが問うと、垂れ目を吊り目に変えていたテープをはがしながら、ナージャはいつものほがらかな調子で答える。


だまし討ちなんてたくらんじゃってましたけど、あっさりバレちゃいましたし」

「そいつは残念だったな」

「しかもそのバイク、《使い魔ファミリア》ですよね? どうやって急遽そんなものを用意できたのか理解できないですけど、支援部の戦力増強は困るんですよねー」

「だから、どうするんだ? アッサリ引き下がるか?」

「それもひとつの手ですけど、これまた困ったことに、そうもいかないようでして」

参謀本部情報総局GRUでも裏切りを警戒されてるとかか?」

「ん~。近いですけど、ちょっと違いますかね? タポール部隊の皆さん、わたしと一緒にお仕事したくないみたいですし。二四人全員がわたしをディスってるのかもしれませんね~」


 受け答えしながら、十路の中で迷いと焦りが首をもたげる。

 そして失敗したとも感じている。場所を移せばまだなんとかできたかもしれないが、この場で判断しなければならない事態になってしまい、小さく唇を噛む。


(せめて三〇秒、なんとか時間を稼げれば、ここで終わらせられるんだが……)


 しかし、それでは解決しない。最悪を一時的には回避できるが、その後はどうなるかわからない。きっとここで終わらせて、次のチャンスを待つのが正しい選択なのは、十路もわかっている。だが次の機会が来るか不確実で、無事終わらせるかも怪しいため、選択を躊躇してしまう。

 ナージャと話している間に、挟むような位置に移動した樹里を見やると、彼女も迷い、指示を問うている視線を返してきた。


(やっぱり例の電波、感じてるのか……?)


 視界に入るのでつばめにも視線を向けると、彼女も十路の判断に任せるらしく、微笑すら浮かべて推移を見守っている。

 ひとまずナージャと会話し、迷いながらも十路は時間を稼ぐ。


「だから、どうしたいんだ? 余計なことしない方がいいんじゃないか?」

「いえいえ。そうもいかないのですよ。だから十路くん。大人しくやられちゃってくれません?」

「それ以前に俺はトラブルはご免したいから、ナージャが大人しく引いてくれないか?」

「いや~。できればわたしの今後のために、くびを頂けるとありがたいんですよ」

「悪いが一個しかないから、やれないな」

「わたしにやられちゃった方が楽だと思いますけどね~? 他の方々は『クレタ島の守り神』がありますから、どんな状況でも勝ち目ないと思いますよ?」

「……? だけどナージャの方が、洒落になってないんだがな」


 そして迷いながらも決断し、十路が行動を起こす前に、変化が訪れた。


 まずは飛翔音だった。実戦経験のある十路は聞き慣れているが、日常生活では聞くはずのない音だ。


(ミサイル!?)


 どこから発射されたのか、空対地ミサイルらしき白い尾を曳いた物体が、南から複数飛来してくる。

 ただし学院を狙ったものではない。危機感を覚えない遥か頭上を通過して、北部の山中に次々と命中して周囲を震わせる。

 ナージャも想定していなかったのか、完全には振り向かないものの、顔と意識を半分そちらに向けた。


 続いて、規模は小さいが、そう遠くない場所で爆発が発生した。それを推進力に飛んで来た物体は、再び爆発を起こして強引に向きを変え、十路とナージャの間に真上から、膝を深く曲げて降り立つ。


「やっぱ兄貴んトコに……」


 両手にトンファーを握り締め、既に《魔法回路EC-Circuit》を身にまとっている南十星だった。十路はその理由を知るはずもないが、変装したナージャがここに向かった予想の的中に、険しかった顔が幾分かやわらいだ。


「あらら。ナトセさんまで来ちゃいましたか」


 ナージャも不遜な態度を崩さず、闖入者に微笑を向ける。ただし平素のほがらかなものと違い、獣めいた闘争心とが薄く浮かんでいる。


「で、なに? ジジョーはよくわかってないけど、あたしたちにケンカ売りに来たってカイシャクでいいんかい?」

「ま、そういうことですね」

「そかそか」 


 軽く頷き、南十星はトンファーを握った腕を立てる、キックボクサーのようなアップライトスタイルに構える。


「じゃ、ゆうべは中途ハンパになっちゃったし、もっかいろうか?」


 命のやり取りとは思えない気負いない戦意に、ナージャは口角を上げて邪悪に笑うことで応じる。


「なとせ!」

「だいじょーぶ。《魔法》でアタマ痛いけどガマンできないほどじゃないし、死にゃしないって」

「それもあるが、そうじゃなくて」

「だいじょーぶ」


 南十星は事態がどれほど緊迫したものか、理解しているのか。それを知りたくて十路は呼びかけたのだが、振り返らないままの簡潔な返答に不安を抱く。

 明確にしておきたいが、今この場で問いただすことはできない。


 意図が、状況が、流れが読めない。掴めない。

 十路の経験では、こういった雰囲気は敗北の前兆だ。できることなら交戦は避けたいが、無線機のひとつも持っていない今は、意思疎通すらできない。


(わかっちゃいたが、我ながら無謀な作戦を立てたもんだ……!)


 この作戦の真相は、相手に勘つかれるわけにはいかないのだから。知られたその時点で、十路が想定している敗北になる。


 そうこうしている間に、戦闘が開始された。いつものように固体窒素の爆発と共に、南十星が飛び出す。

 ただし遅い。自動車よりも速い突進なのだから、決して遅いと言えないが、超音速行動も可能な彼女にすれば、遅すぎる。


「ぐっ!?」


 だからあえなくカウンターを食らった。ガードは辛うじて間に合ったが、《魔法》の黒鎧を身にまとったナージャの蹴りに、南十星は横に『く』の字になって、目隠しになっている立ち木の列へと飛ばされた。


『では、また』


 時空間制御の影響で奇妙に聞こえる声を残し、ナージャもまた木々の中に突っ込んで消えた。

 近接戦闘能力に特化されている《魔法使いソーサラー》二人が、障害物しかない山中での戦闘。どちらも行なえる常識外れの超音速行動は封じられるだろうが、とても十路が近寄られる状況ではない。

 南十星の《魔法》によるものだろう爆発音と、衝突で宙を舞う折れた枝が、遠ざかっていく。


(……そういうことか)


 ようやく南十星の意図が理解できた。あえて戦場を市街地へと移すつもりなのだと。

 理解はできてもあまりの急展開に、十路でも臨機応変な対応ができない。更に迷う間などなく樹里が動く。


「先輩! なっちゃん一人じゃ危ないですから、私も行きます!」


 彼女は長杖を追加収納パニアケースに収め、ヘルメットを被る暇もなく、青い大型オートバイにまたがる。


「いや、俺が――」

「先輩はここに! 《魔法》なしじゃ危なすぎます!」

「オンロード車でオフロードを走る気か!?」

「大丈夫です!」


 交代にも制止にも聞く耳を持たず、樹里はアクセルバーを捻って飛び出す。レーサータイプのスポーツバイクで、モトクロス競技でもありえない速度で木々の間に突っ込んだ。


「死ぬぞ……!?」


 色々と常人離れしている十路からしても、完全に自殺行為だ。姉に乗り方をしごかれていようと、どうにかできるレベルとは思えない。


「大丈夫だよ」


 しかし、つばめは冷静な口を挟む。


「聞いてないの? 《コシュタバワー》はこういう状況のために作られた機体だけど」

「は……?」

「それより――」


 つばめは話を変える。日頃ふざけた言動の目立つ彼女には珍しく、タヌキ顔を引き締めてあらぬ方向に警告する。


「まだ終わっていない」


 彼女の見ている方向――校外の道路を十路も見るが、一見してなにもない。


「……? いや……」


 景色に奇妙な部分を見つけた。建物のような直線構成ではない、自然物が背後にあるため、よく見ないとわからなかった。

 よく見ると色彩が微妙に異なり、歪んでいる。しかもその違和感は、正面から見た自動車の形をしている。


「eカモフラージュ……?」

「まだ試作実験段階だったと思うけどね」


 透明になったように見える、いわゆる『光学迷彩』はSF設定の代名詞だ。しかし数多くの機関で研究され、実用化は間もないとされている技術でもある。

 そのひとつがイギリスの国防関連企業BAE Systemsが開発している、e-camouflageだ。電子ペーパーに使う電磁流体で、戦車の装甲全面を覆い、周囲の景色を映して溶け込んでしまう。

 知識では知っているものの、つばめが言う通りまだ実戦配備されていないため、十路も見るのが初めてだった。


【お姉ちゃん。もしかして、バレちゃってる?】

【そうみたいね】


 緊張の場にそぐわない、幼い少年の声と、やや年嵩としかさと思えるがやはり幼い少女の声が発せられる。


【どうしよう? 作戦失敗?】

【続けられないほどじゃないでしょ。『役立たずビスパニレズニィ』の方は後にして、こっちを片付けるわよ】

【あんまり派手にやっちゃうと、お父さんに怒られるよ?】

【だったら、手早く片付けましょ】


 少年と少女の会話が相成り、一瞬で景色が剥奪された。

 わずかに変形させて、フロントグリルやタイヤ部分まで迷彩化していたSUVが、道路上に唐突に出現する。日本車とは微妙に異なるフォルムを持つ、頑健さをうかがわせるシンプルな作りだ。通常は製造メーカーのエンブレムがある部分には、デザイン化された三つ首の竜が描かれている。


 車体は更に変化する。一体成形に見えた後部両サイドの一部がずれ、無人銃架RWSが出現する。

 圧縮空間から飛び出すように、多銃身重機関銃YakB-12.7が姿を現わした。


「――!」


 十路は認識した瞬間に、つばめの腕を引っ張り、門柱の陰に隠れて姿勢を低くする。

 ほぼ同時に重低音の爆撃が響いた。名目上は銃だが、攻撃ヘリにも搭載されて装甲を撃ちぬく大口径火器だ。四本の銃身が回転しながら吐き出す弾丸は、容易に門柱を粉砕して削っていく。


「理事長! 銃撃が途切れたら、建物の中に!」

「おっけー!」


 石とコンクリートの欠片を被りながら、同様に地面に伏せるつばめに怒鳴ると、十路の想像よりもハッキリした返事があった。突然銃撃にさらされた一般人の反応ではないが、気にしている余裕はない。

 このまま隠れていたら、一瞬で殺される。逃れるには学内にいるコゼットと合流するしかない。ここまでの爆音が響けば、どれだけ離れていても、彼女も異変に気づいているはずだ。


 不意に銃撃が途切れた。しかしロボットめいた金属動作音が響く。空間制御コンテナに積載した兵装を交換しているのだとわかった。

 十路はすぐさま地面から起き上がると、つばめもほぼ同時に起き上がり、駆け出した。

 それを追うように背後から、シャンパンのコルクを抜くような音が、連続して数発響く。


「グレネード!」


 自動擲弾発射器グレネードマシンガン、ロシア製ならAGS-17『プラミヤ』かと、十路が半ば無意識に判別したところに、小型榴弾が着弾する。

 頭上を飛び越し、二人の前方で。

 そう認識した瞬間には、訓練で染みついた対爆防御姿勢になり、目と耳を押さえて地面に伏せる。直後に爆音と共に、爆風と破片が伏せた頭上を通過する。


「げほっ……! げほっ……!」


 口を開けていたため、吸い込んでしまった砂埃に咳き込みながら、十路は確認する。

 いくつか破片が体をかすめたが、致命的な負傷ではない。そして隣で同じく対爆姿勢を取っていたつばめも、無傷のようだった。


 たったこれだけでも、戦術コンピュータによる自動攻撃とは明らかに異なる。人に近い判断能力を有する攻撃だった。


鬼ごっこバーバヤガーはもう終わり?】


 しかもその証明のように、少年の声が、子供ならではの無邪気な残虐さを現わす。

 SUVがゆっくりと校内に侵入して、腕のように構えた重機関銃を十路たちに向けた。


「こりゃマズイね……」


 いまだ冷静なつばめの呟き通りだった。立ち上がることもままならない状態で、人間には絶望的な火力が向けられている。


【あんまり遊んでると、お父さんに怒られるから、すぐに片付けるわよ】

【それもそうだね】


 少女の促しに、少年が応じたように、四本の銃身が回転駆動する。

 一発でも致命的な銃弾を、二門で秒間数十発も浴びせられるのだ。しかもこの距離では、外すことなど期待できない。


(すまん……)


 立てた作戦の失敗と無責任な終わり方に、心の中で『彼女』に謝罪する。足掻あがきたくとも、可能性も時間もない。無様に肉塊と化す覚悟を決めるのが精一杯だった。

 直後に発射炎が、ハッキリと見えた。

 轟音が聞こえた時には死ぬと『音の遅さ』を実感しながら、秒速八六〇メートルの衝撃に四散する自身を予想する。


 だが実際に耳に届いた時には、金属音が混じっていた。着弾による破壊音は背後からハッキリと聞こえることが、自分たちが無傷であることを間接的に知らしめている。

 射線に割り込んだ謎の物体により、銃弾があらぬ方向へと弾き飛んだためだった。しかも一発だけではなく、放たれた全てを。


「…………え?」


 なんら反応できなかった一秒未満の連射と、全く予想外の展開に、十路の脳が遅れて反応し、状況確認を開始する。

 手の平三つ分ほどの物体が、宙を浮いていた。

 横からならば戦闘機のプラモデルか、上からならばバランスの悪いはち蜻蛉とんぼにも見える、滑らかで複雑な形状をしている。いわゆる低視認性ロービジ塗装のグレーに塗られているが、今は《魔法》の青い光を放ち、その効果で浮いているのだろう。

 しかも一基ではない。十路とつばめを守るように、八基が音もなく空中制止している。


【なに、それ……?】


 少女の声が、幼さに似合わない不審と警戒をあらわする。

 あれが玩具などではない事は、この場の誰でもわかる。ほんのわずかとはいえ、五〇口径の銃弾を弾く頑丈さを持ち、《魔法回路EC-Circuit》を発生させているのだから。

 しかもそれらは意思を持つように、新たな動きを示した。四基は滞空したまま動かないが、残り四基が弾丸のように加速する。バラバラの複雑な軌道を描き、SUVに襲い掛かる。


【お姉ちゃん!】

【わかってる!】 


 とても無視できない危険なものと認知したらしく、SUVは機関銃を乱射して反応する。対し謎の戦闘機モドキたちは、かく乱するように旋回し、銃撃を避ける。

 対空海戦のミニチュアのような戦況が展開される。人がはえや蚊に難儀するように、銃弾で落とすようには相手は小さく速い。しかし謎の飛翔体も、SUV相手に有効な攻撃方法を持っているようには思えない。


 だから決定的な攻撃は、意外な方向から放たれる。

 防衛行動と思われた、十路たちの前に残った四基が《魔法回路EC-Circuit》を伸ばす。それが空中で連結され、機能を接続したのがわかった。

 四基一組が、《魔法》の発動体としての機能を発揮する。


(まさかあれ、《魔法使いの杖アビスツール》……!?)


 様々な形状があるとはいえ、こんな物は、十路は見たことも聞いたこともない。 

 しかし現実に、円状に並んだ四基の《魔法使いの杖アビスツール》の中心に、ワイヤーフレームで描かれたような巨大な電子機器を《マナ》が成形される。《使い魔ファミリア》に乗れば使うこともあるため、その正体を知っている。

 仮想の自由電子レーザー砲が、不可視の光線を発射した。


【!?】


 それをSUVは、意外な方法で対処した。

 ヘッドライトにまぎれた外部出力デバイスの延長、地面に《魔法回路EC-Circuit》が描かれ隆起し、射線に割り込むまで成長して壁となった。

 高出力レーザーが遮蔽物を貫通するわずかな時間を稼ぎ、更に車体を跳ね上げ、片輪走行状態で射線から回避し、熱線を空の彼方へと向かわせる。

 見た目には無骨なだけの自動車が、明らかに《魔法》を使用し、ありえない挙動で回避行動をした。


【危なぁ……】

【ルスラン! まだ!】


 少年の安堵は、少女の警告通りだった。


「《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》!」


 凛とした女性の声と共に、《魔法回路EC-Circuit》が消滅した土壁に新たな《魔法》の光が灯り、術式プログラム名の元となった書籍に通じる巨大な腕へと成長した。


【避けられない……!】


 いまだタイヤは片側二輪しか接地されていないため、突き出される土塊の巨拳は、まともに鼻面を捉えた。金属を破壊する音と共に、SUVはスピンしながら吹き飛び、校門の残骸に激突する。


「堤さん! 理事長!」


 装飾杖を手に、作業着姿のまま駆け寄ってくる、コゼットの仕業だった。


「部長、助かりました……」

「間に合ってなによりですわ」


 声を掛け、一歩前に出て足を止めたコゼットは、油断なく装飾杖を両手に構える。


【痛ったぁ……】

【しくじったわ……】


 苦痛を漏らし、建材から車体を引き剥がすSUVは、まだ機能停止していない。フロントガラスは粉砕されず、真っ白に染まり枠から外れているくらいで、ボディの変形も少ない。軽装甲ながらも、戦闘車両らしい頑丈さを見せつけている。


 まだ何か仕掛けてくるか。交戦を続けるなら、自分は邪魔にしかならないため、コゼットから離れるために、十路は手足に力を入れて身構える。

 しかし車体全体に《魔法回路EC-Circuit》を浮かべるものの、相手に継続戦闘の意思はなかった。


【撤退よ……】


 悔しそうな少女の声を残し、ほぼ助走なしにスピンターンを決めて向きを変え、SUVは校外へと逃走した。

 姿が完全に消えるのを見届けると、緊張と体の強張りが解け、十路の口から深い安堵の息が漏れる。


「あれが《ズメイ・ゴリニチ》……」

「えぇ……」


 コゼットのつぶやきに込められた感情に、十路も同意する。

 ズメイとは、東欧における竜のこと。ズメイ・ゴリニチはロシア近隣の民話において、多頭の竜として描かれる邪悪な存在だ。


「眉唾と思ってましたけど、ガチですの……?」

「予想以上の演算能力がありそうですよ……」


 コゼットの《魔法》でSUVの窓枠が歪み、防弾ガラスが外れかけたため、車内の様子が見えた。

 運転席にも助手席にも、誰も乗っていなかった。後部の様子は見えなかったが、わざわざ誰か隠れて戦闘を行ったとも考えにくい。

 なのに防御に《魔法》を使って地面を操作し、逃走しながら車体の破損を修復した。

 

「《魔法使いソーサラー》不要で《魔法》を使える《使い魔ファミリア》とはね……」

「部長。現物見て言うのもアレですけど、技術的に可能なんですか?」

「要は演算能力を増大させればいいんですから、原理的には充分可能ですわ。でも、《魔法》に関わるものは採算度外視に近いとはいえ、そんなもの開発しようと思えば、国家予算規模になりますわよ? しかも普通車のサイズに収まるなんて、とても実現できると思えなかったですけど……」


 AIを搭載し、自律行動が可能だとしても、《使い魔ファミリア》は所詮 《魔法使いソーサラー》の道具でしかない。しかも人と変わらないコミュニケーション能力を有するだけでも、上位最新型のはずだ。

 それどころかあのSUVは、世界最高性能であるはずの、《魔法使いソーサラー》が持つ生体コンピュータの演算能力を必要としない。空間圧縮を行った内部に大量のスーパーコンピュータを搭載することで、《魔法》の実行に必要な演算能力を単独で所持している。

 とはいえ、十路も目の当たりにした驚きを隠せない。


「きっとあれが《神秘の雪ミスティック・スノー》のカギです」


 不完全なものでも《魔法使いソーサラー》数人がかりの演算能力と、莫大なエネルギーを必要とする、対 《魔法使いソーサラー》用電子攻撃。

 それを行うためのシステムが収められてるのは、複雑になってしまった制御を分割処理するために、三体の人格を備えた《魔法》を扱う超級戦車。


「でしたらあの車、逃がすべきじゃありませんでしたわね」

「いいえ。《魔法》を使う上に、最低でも小隊規模の通常火器も持ってるとなると、《魔法使い》より脅威です。それに今ここで大きな騒ぎを起こすのも、俺たちにとってもいいことじゃありません」


 となれば、あれを攻略しない限り、生き残ることは不可能だろう。

 十路の背中に嫌な汗が流れるが、逃げることは考えられない。

 だから立案して準備を進めていた作戦を、頭の中で改めて見直す。不安要素が大量にあるのは承知しているため、少しでも成功確率を上げるために。


「……そういえば、さっきの飛行機みたいなの、なんですか?」


 その中で思い出したことをコゼットに問うと、彼女も疑問顔を向けてくる。


「ハ? 逆にわたくしが知りたいですわよ?」

「部長の仕業じゃないんですか?」

「知りませんわよ?」


 謎の戦闘機モドキたちは、いつの間にか姿を消している。

 《付与術士エンチャンター》であるコゼットが、新装備でも作ったのかと思いきや、彼女の顔色は完全否定している上に、逆に質問をぶつけてくる。


「つーか、わたくしも訊きたいですけど、山に潜んでた監視連中を攻撃したの、どなたですの?」

「神戸の知り合いで、ミサイルぶっ放すヤツなんていませんけど?」

「ハ!? あれミサイルでしたの!?」


 自分たちが知らない、《魔法》と兵器を備える戦力が介入した。その事実にコゼットと顔を見合わせ、頭の中で推論を立てる。

 そして二人同時に振り返る。


「んにゃー? わたしは知らないにゃー?」


 戦火に巻き込まれた事実などなかったような態度で、つばめが腑抜けた笑顔を返してきた。

 絶対になにか知っている。だけど話す気はないらしい。

 十路はそう認識すると、ため息がコゼットと重なった。きっとも彼女も同じことを考えたに違いない。


「それで、どうしますの? 包囲網が崩れてますし、逃げ出すなら今ですわよ」


 追求は諦めたか後回しにして、コゼットは現状について問う。

 確かに十路は、逃げる可能性は提示した。だが実際のところ、彼の中に逃走という選択肢は存在しない。

 自身のワガママを突き通すためには、戦って源水オルグたちを撃破するしかない。それもただ勝って生き残るだけでは駄目で、ある状況下を必要としている。


「……いや。なとせと木次が戻るのを待ちましょう」


 当初の予定通りに進むかも怪しい上に、気は進まない。

 だが、わずかな可能性に賭けるため、腹をくくるしかない。

 他の部員たちを巻き込んで、学校で源水オルグたちを迎え撃つしかない。



 △▼△▼△▼△▼



 だから部室で野依崎も、ネコミミ頭部装着ディスプレイHMDを外しながら、ひとり嘆息つく。


「ミスしたであります……」


 安堵と、そして今後のことを考えた、心底面倒そうなため息をつくが、応える者は誰もいない。

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