040_1010 触れるに困る腫れ者Ⅴ~同じ星の下、それぞれの夜~


 繁華街の大通りから一本奥に入った場所には、樹里の実家である、二〇席ほどのさして大きくないレストラン・バー『アレゴリー』がある。

 『寓話ぐうわ』と名づけられ、壁の棚に酒のボトルが詰め込まれた店内は、音量を絞ったジャズ音楽が流れる、静かなものだった。


 時刻は九時を過ぎているため、開店間もなく来た客は帰っている。この時間からは、二次会や飲み直し目的の客が来るようになるが、今は客の姿はない。

 店内にいるのは、セミロングの髪をポニーテールにまとめている事と、一見温厚さと知性をうかがわせる瞳を持つため、牝馬ひんばを連想する女性一人だけだった。

 木次きすき悠亜ゆうあと名乗っている、バーテンダースタイルの若い女性が、カウンターの中で銀食器を磨いていた。

 キッチンがあるであろう、カーテンに仕切られた奥からは物音がするため、最低でももう一人従業員がいるであろう。だが店内には彼女しかいない。


「こんちゃー」

「あら。いらっしゃい」


 ドアベルの音と共に入店し、静かな空気を破ったのは、長久手ながくてつばめだった。学校から直接来たことを示すように、スーツ姿のままだ。


「おゥ。ツバメか」

「うん、来たよー」


 奥から投げかけられる男の声には、挨拶もそこそこに、つばめはスツールに腰かける。それを待って悠亜はにこやかな声をかける。


「やー。いいところに来てくれたわ。持って帰って欲しいものがあるんだけど」

「ん? なに?」

「樹里ちゃんの《魔法使いの杖アビスツール》の拡張部品。また新しいのが出来たから、渡しておいてくれない?」

「大砲持って帰れとかゴメンだよ? 今日は自前の車じゃなくて、タクシーなんだし」

「ややややや。今度は大丈夫だから」

「渡すの明日でいいなら、持って帰るけど」

「別にそれでもいいけど、まだ今日の仕事があるの?」

「そうじゃないけど、ちょっとね」


 部品単価換算では億に届くだろう、超高級電子機器の運搬を気軽に引き受けて、悠亜が差し出すおしぼりを受け取り、メニューを広げる。


「えーと。まずはビール。カルパッチョとシーザーサラダ。そんで今日はがっつりパスタ系にしよっかな」


 つばめのオーダーに、悠亜は不思議そうな顔をする。客と店員の枠を超えた気軽な話をするくらいの関係なのだから、つばめの生活は彼女も知っている。


「晩ご飯食べてないの?」

「うん。まだ」

「なに? 樹里ちゃん怒らせて、ご飯作ってもらえなかったとか?」


 同じ姓を持つ、内弁慶で実は結構キレやすい少女の名前を、悠亜が不思議そうに持ち出す。


「違う違う。あのコ、最近ワケあって別の部屋にいる時間が多くて、そこでご飯作って食べてるんだ。なのにわたしのご飯もってなると大変だろうし、作らなくていいって言ってるの」


 面倒を看ている学生であり部員であり同居人でもある少女の名誉を守るため、つばめは手を振って真相を語る。


「別の部屋?」

「オ・ト・コ・の・部・屋」


 つばめがニンマリ笑顔を浮かべて、だが。樹里がここ数日、十路の部屋に入り浸っているのは確かだ。もちろん捕獲したナージャの監視補助のためで、そこに恋愛感情的なものはないが。


「あら~。あの子、とうとう通い妻するようになったのね~」


 詳しい説明をはぶいた言葉に、悠亜は頬に手を当てて小首を傾げる。左手薬指に指輪が光る二七歳、そんな若奥様めいた仕草が妙に似合う。


「しかもさっきね? ジュリちゃんから今日は帰ってくるなってメールが来たんだよ」

「きゃー! 通い妻どころか連れ込んじゃう!?」


 見た目的には悠亜もつばめも、服を変えればまだ学生で通用する若々しさなので、黄色い声にさほど違和感はない。女二人でそんなガールズトークを繰り広げようとしたところに。


「ちょっと待てェェェェッ!? さっきから聞いてりゃ、本当にジュリが男の部屋に入り浸ってるのか!?」


 奥のキッチンから、男の悲痛な絶叫が上がった。

 きっと店に飛び出し、つばめに詳しい話を求めようとしたのだろう。カーテンがゆれて、アーティスティックな刺青タトゥーが刻まれた腕が突き出た。


「リヒトくん。早くつばめの料理、作ってね」


 しかし先じて悠亜の声が制止させる。にこやかに、穏やかに。


「いや、ユーア――」

「や。そこでなにも言わないのが男。樹里ちゃんが心配なのはわかるけど、お仕事優先」

「いやだけどな――」

「そっかー。嫁の妹が大事だから、わたしの事はどうでもいいんだー。お店の売り上げ、最近落ち込み気味なのになー」

「…………ハイ。料理作りマス」


 悠亜は別段、強い口調で言ってるわけではない。しかし込められた圧力ととげに、突き出ていた腕が引っ込み、キッチンの気配はトボトボと遠ざかる。

 やがて奥から包丁を使う音、炒め物をする音が発生するのを確かめてから、悠亜はサーバーからビールを入れながら、いささか真剣味を加えて問う。


「それで、つばめ? 樹里ちゃんが通い妻してる真相は?」


 語調は変えないながらも、つばめも微笑を消して答える。


「ロシアの《魔法使いソーサラー》捕まえた。ちょっと今後が怪しいから、その監視の手伝いしてもらおうと思ってたけど……わたしがなにか言うまでもなく、あのコが自主的に手伝い始めた。帰ってくるなメールも、マークされずに動ける人間がほしいからだって」

「なるほど」


 ナージャのことを、超法規的準軍事組織・総合生活支援部の一員になったとは言わない。部員たちにはそのように説明していたのも関わらず。

 つばめはナージャのことを、部員だと思っていない証明だった。少なくとも、今はまだ。

 

 後れ毛の辺りをかきながら、つばめは少しだけ表情を歪める。


「あのコたちも頑張ってるみたいだけど、ちょっとマズ≼そうなんだよねー。特殊部隊スペツナズが《雪》が降らして、ちょっかいかけて来そうだしさ……」

「《雪》ね……ニュースで放送されてたけど、まさか日本でそんな強硬手段使うとはね」

「捕まえたそのコもどう行動するか、ちょっと読めないんだけど……わたしの予想通りなら、支援部員あのコたちだけじゃ、手に余る事態になるかも」


 普通ならば客と店員がする内容ではない。

 悠亜は総合生活支援部の真相と、部員たちの宿命を知っている。

 つばめはそれを前提として話をする。

 他に客がいないから、誤魔化しを加えていない言葉で、つばめは願う。


「だからユーアちゃん、『コシュ』と手を貸してくれない?」


 それに悠亜は返答をせずに、カーテンの奥へと声をかける。内容とは裏腹に、買い物と同程度の全く緊張のない声で。


「リヒトくーん。ちょっと戦闘バトりに行くから、二、三日、お店と家お願いねー?」

「待てェ!? 家事はともかくオレ一人で店を回せってのか!?」

「や~。なんとかして? 樹里ちゃんが心配だから、お店のためにチョコチョコ戻るわけには行きそうにないし」

「妹が心配だからってダンナは放置かァッ!?」


 レストラン・バー『アレゴリー』

 大通りから一本奥に入った場所にある、数多くの酒を取り揃え、静かな雰囲気と味が楽しめる店。

 そこで働いているのは、たおやかで既婚者と思えない女性バーテンダーと、店にはあまり姿を見せないオーナーシェフの若夫婦。

 まだ倦怠けんたい期は訪れず夫婦仲は良好のようだが、その力関係は、圧倒的に嫁が強い。



 △▼△▼△▼△▼



 神戸市内から外れた道路の路肩で、ライダースーツの男がまたがるオートバイと、外国製SUVが並んで停車している。


日本政府あなたたちへのギリは果たしたかしら?】

『一応はな……』


 女性の声に、ライダースーツの青年――市ヶ谷いちがやは、変換されても疲労感を含んだ声を返す。

 義理という言葉を辞書通りに、物事の正しい筋道と考えるなら、とても合っているとは言いがたい。巻き込まれてしまう民間人に最低限の通告を与え、その後になにが起ころうと自己責任という形にすることができたのだから。


 《使い魔ファミリア》のインストルメンタル・ディスプレイに表示された時刻は、一〇時を過ぎている。

 彼らの作戦は既に開始されているが、本格的な段階に移行するまで、あと二四時間少々しかない。


【これで《魔法使いヴォルシェーブニク》たちはどうすることもできなくなるわね】


 思春期特有の憂鬱ゆううつさを出して、少女の声が続ける。


【日本だとこういうの、袋のネズミって言うんだよね】


 子供ながらの無邪気な残酷さを込めて、少年の声が続ける。


『連中をあんまりあなどらない方がいいと思うぜ?』

【彼らはネズミどころか猛獣です】


 それには市ヶ谷と、《真神まがみ》のAIカームが、その気のなさそうな忠告をする。

 彼らはこの事態を憂慮していた。

 総合生活支援部の面々が、三種類の声たちに倒されることではない。

 またその逆でもない。

 自分の縄張りの中で、他所者に好き勝手される。しかもそれには、無関係な一五〇万人の人々が巻き込まれる。

 純粋に気分が悪いのだ。権力を握る者たちが許可したことのため、文句は吐き出さず胸の内に留めるしかない。

 だから憎まれ口であり、事実でもある言葉のひとつでも、投げかけたくなる。


「あの者たちが牙の抜かれた獣であろうと、窮鼠きゅうそであろうと、我らがやる事に変わりない」


 会話に六番目の声が介入する。

 運転席の扉が開き、XLサイズの黒いタンクトップに、迷彩柄のカーゴパンツで覆われた、鍛えられた筋肉の塊が路面に降り立った。

 オルグ・リガチョフ――長瀬源水と名乗っていた男だ。 


『そういやアンタ、なんで連中の学校に潜入していたんだ? 外部顧問として潜り込む自体に問題がなかったみたいだが、顔バレするかもしれないこと、普通やらないだろ?』


 市ヶ谷は思い出したように、雑談のように問う。

 彼らはその理由を知らされていない。日本国内で目を潰れない過度な行動を行わせないために、監視と連絡役として派遣されているだけのため、細かいことは知らされていない。別段知らないと困ることではないが、興味本位からだ。


「目標をこの目で確かめたかったからだ」

【あら。それだけですか?】


 源水オレグが素っ気なく答えると、微笑した女性の声が源水オレグに問いかけ、更に少年少女の声もそれに続く。


【お父さん、楽しそうにケンドー教えてたと思うけど?】

「そうであったか?」

【そうよ。わたしたち放っておいて、のん気なものだと思ったわ】

「ぬぅ、あれも必要であったためだが……それは済まぬな」


 まるで家族の会話のように。

 まるで練習風景を直接見聞きした風に。

 姿のない三種類の声と、微笑さえ浮かべて源水オレグは語る。


 だが、彼らがここにいるのは、戦うため。


「ルスラン。他の者は?」

【準備万端だって! 今は隠れ家で待機してるけど、いつでも動けるはずだよ】


 少年の声が応じる。


「アナ。どうだ?」

【ヴィキールもプラミヤも、いつでも使えるわ】


 少女の声が応じる。


「ポリーナ。お前はどうだ?」

【サモセクは調整を終えて、いつでも使えるわ】


 女性の声が応じる。

 満足する返答だったらしい。源水オルグは小さく頷く。


「あとは、ナジェージダか……」


 そしてひげが生えそろったあごを撫でながら、山の方を見た。

 ここからでは、支援部員たちが暮らすマンションは見えないが、山の中腹に建つ修交館学院の建物群は、一部見える。


『アイツがアンタらの作戦に呼応しなかったら、どうする気だ?」

「なにもしないなら、それでいい。あれが我らの邪魔をするなら、叩き潰すだけだ」

【その前に、死んじゃうだろうけどね】


 問いに源水オレグと少女は、当たり前のように答える。

 それが正解だろう。彼もそう思っている。非情にならなければならない、社会の闇に生きる存在なのだから。

 だが、ハンドルバーに両肘を置き、だらけた姿勢を取りながら、市ヶ谷は言い知れぬ焦燥と不安にさいなまれる。


【……あら?】


 そんなところに、わずかな驚きをびて、女性の声が発せられる。


【目標のマンション内の様子、わかったわよ。あの子の監視目的に設置したカメラとマイクを、逆に利用したみたいね】


 そんな馬鹿な、と市ヶ谷は反射的に考える。

 総合生活支援部関係者が暮らすマンションは、電波対策も行っている。内部でも携帯電話が使えるのは、光ファイバーを介した超小型基地局フェムトセルを設置してるからだ。

 盗聴するならば、個人の携帯電話に仕掛けするか、インターネット回線を使うしかない。だが彼女にそんな真似をするのか、あるいは出来るのか考えると、疑問を抱いてしまう。


「ようやくか」


 源水オルグには納得の出来事らしい。



 △▼△▼△▼△▼



 修交館学院二号館サーバーセンター地下室では、野依崎のいざきが椅子に脱力した。


「お手上げであります……」


 彼女は小学生でありながら、コンピュータ・システムについては、生半可なシステム・エンジニアなど太刀打ちできない技術と知識を兼ね備えている。

 なのにナージャが持つ《魔法使いの杖アビスツール》の解析に、白旗を上げた。

 データをコピーした――本来それもできないはずだが――OSが文字レベルで表示された、ディスプレイを後ろから眺めていたコゼットは、信じられない気持ちで彼女に眼差しを向けた。


「えと……どのレベルで理解できてねーんですの? プログラミング言語が独特すぎて、わたくしには想像もできねーんですけど?」


 コゼットも理工学科に所属し、情報処理系の講義を取っているため、ある程度のソフトウェア知識はある。

 しかしブラックボックス化された『ABIS-OS』の中身は、見るのも初めてだ。専門家|付与術士《エンチャンター》の作業も、そこまで及ぶことはない。

 なので野依崎が裏ワザで解析し、ディスプレイに並んだ見たことのない書式で書かれたプログラムは、キーボードをメチャクチャに叩いた、意味を持たない文章にしか見えない。

 

「想定の確証は取れたでありますが、具体的には……」


 額縁眼鏡を外し、猫のようにグシグシと目元をこすりながら、野依崎が疲れた声を出す。


「これが機能特化型|魔法使いの杖《アビスツール》の専用OSなのは間違いないでありますが、どんな機能に特化してるかが理解できないであります……」


 『もしかすれば』という期待はあったものの『やはりか』という納得の方が強い。

 失望はしないが、コゼットは小さく息をつく。


「ただ、これは簡易的な特化型システムなどではないであります」

「というと?」


 しかし説明がまだ終わらなかったため、コゼットは椅子の背もたれに肘を置いて、上から野依崎を覗き込んだ。 


「単純にプログラムの大きさだけ見れば、本来の『ABIS-OS』と大差ないであります。しかもこのOSの内容は、八割は『ABIS-OS』と被っていないであります」

「……?」


 茫洋ぼうようとした瞳を向けての言葉に、コゼットの脳内を疑問符が埋め尽くす。

 金髪頭をかきむしり、考えを可能な限り整理して。


「……クニッペルさんが持ってたアレは、《魔法使いの杖アビスツール》じゃねーっつーことですの?」


 使われている部品はともかく、システム的には全く別の製品なのかと、疑問形でひとまず推論を出す。


「微妙なところでありますね……」


 視界を侵食する、伸びた前髪をいじりながら、覇気と自信のない口調で野依崎が例を出す。


「ガソリンエンジンの代わりにロケットエンジンを搭載した車は、『自動車』というカテゴリーに入るでありますか?」

「……翼がなくてタイヤ付いてて空飛ばなけりゃ、自動車じゃねーです?」

「ならばミス・クニッペルの装備も、《魔法使いの杖アビスツール》ということで」

「なんか、ぞんざいな結論ですわね……」


 ケチをつけながらも、おおよそはコゼットにも理解できた。

 《魔法使いソーサラー》ならば可能なことを特化したのではない。

 《魔法使いソーサラー》でも不可能なことに特化している。

 《魔法使いの杖アビスツール》は基本的に《魔法使いソーサラー》の都合に合わせた専用品だが、ブラックボックス部分は共通している。

 ナージャの《魔法使いの杖アビスツール》は、共通するはずの中枢部から改変されている、もしかすれば世界にひとつかもしれない、レベルの違う完全専用品なのだと。


「あとわかったのは……このシステムを作ったと思われる人物の署名くらいでありますね」


 腕だけキーボードに伸ばしてページダウンさせ、野依崎は長々と書かれたプログラムの最下部を、ディスプレイに表示させた。


 /* product by Lilith */


 製作リリス。本名かすら不明だが、確かにそう記載されている。


「これまでクニッペルさんの頭ン中身はノータッチでしたけど……そっちも調べないといけませんかしら?」


 想定はほとんど裏付けできなかったため、コゼットは改めて憂鬱なため息をつき、身を起こす。

 ナージャの脳内で圧縮されている術式プログラムを見れば、知りたいことはわかるだろう。しかし《魔法》に関わるシステム上、不可能な行為だ。

 それでも外部閲覧できる情報で、なにかわかるかもしれない。


 スマートフォンを取り出して時間を確認すると、『PM21:44』と表示されている。夜も遅いため、考えなければならないことは明日に回し、今日はもう帰ろうとコゼットは立ち上がる。

 そのタイミングで、野依崎が椅子を回転させて向き直った。


部長ボスならば、ミス・クニッペルの能力、気づいてるのではないでありますか?」

「まぁ……つーかフォーさんも、《付与術士エンチャンター》じゃなくても多少は魔法使いの杖アビスツール》いじってるから、わかってんじゃねーですの?」

「《魔法使いの杖アビスツール》のコアユニットとバッテリーは、完全ブラックボックス化。分解どころか破壊も不可能でありますからね」

「推測の段階で荒唐無稽こうとうむけいすぎるから、OSの解析で確証が欲しかったんですけどね……」


 馬鹿らしいとコゼット自身も思っている。

 しかし他に考えられない。野依崎もきっと同じだろう。


「クニッペルさんの使う《魔法》は――」


 それを口に出そうとした時、四畳半ほどの部屋にビープ音が響いた。


「侵入者であります」


 野依崎がディスプレイに向き直り、キーボードを叩くと、監視カメラのものであろう映像と切り替わった。


「あら――?」


 映った人物を見て、コゼットの唇から意外が漏れた。



 △▼△▼△▼△▼



 総合生活支援部の部室に、何者かが訪れた。


【……ん?】


 センサー以外のシステム稼働率を下げて『眠って』いたイクセスは、接近に気づいて目覚め、《使い魔ファミリア》としての機能を回復させる。

 時刻は完全に深夜、日付が変わった五分後だった。こんな時間の来客など、不審者の可能性をまず考えるが、支援部に緊急招集が発令され、部員が来る可能性もある。

 ひとまずイクセスは相手の様子をうかがおうとした矢先、そんな用心など意味ないといった風に、モーターが駆動する。相手は音が立つことに頓着していないらしい。電動シャッターの音が夜に大きく響く。


「夜分に失礼しますね」


 『』と思ったが、今度は違った。

 招かざる来客は、三分の一ほど開いたシャッターをくぐり、部室の中に入ってきた。


【なんの用ですか?】


 こんな時間に、こんな相手が。

 そんな気持ちで不機嫌さを隠そうともしないイクセスに、彼女は構わない。

 胸ポケットから出した物を、コンセントに挿して。

 更に携帯電話を取り出しながら。

 教室で、部室で、語る時と変わらない、ほがらかなソプラノボイスで語りかける。


「イクセスさん。相談なんですけど、ちょっと付き合って頂けませんか?」


 そして。


【あ、がっ……!? がぁぁぁぁ――――!?】


 壮絶な悲鳴はハウリング音に変化して、しばらく。

 夜の修交館学院は、元の静寂を取り戻した。

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