040_0610 捕獲作戦Ⅳ~劇場版 仮面ライダーBLACK~


 飛行して完全三次元機動を行える、コゼットと樹里には関係ない。しかしオートバイを移動手段とし、《魔法》を使っても擬似的な三次元機動しか行えない十路にとっては、二本の足で高速移動する『幽霊』の機動力は、障害物の多い街中では厄介だった。


【やはり『幽霊』の姿は、センサーで捉えられないようですね】


 しかもイクセスが言う通り、『幽霊』の姿は目視でしか捉えることができない。深夜でも明るさを残す神戸の市街地とはいえ、夜の闇はそこかしこに存在する。漆黒の姿を見失うのは容易で、再発見が困難であろうことは予想できる。

 普段はスピードと機体状態を示しているインストルメンタル・ディスプレイには、神戸市の地図と、送られてくる樹里とコゼットの位置情報が、重ねられて表示されている。それを見つつ、想像よりも困難な『幽霊』捕獲作戦を成功させようと考えながら、十路はオートバイを駆っていた。


『いた! あそこ!』


 後部に乗った南十星が、腕を突き出して前方上空を指差す。

 明るい神戸の夜空だから、辛うじてわかった。ビルを構成するコンクリート製の槍が成長する包囲網から逃れるように、通りを挟んだ隣の建物に飛び移ろうと、黒い人影が高速疾走の勢いに乗って高く跳んだ。

 しかも体が空中にあるその間に、アニメで描かれるレーザー光線のように、線状の紫電が夜空に奔って命中したが、効果は見られない。『幽霊』は何事もなかった態度で建物の屋上に着地し、下からでは見えなくなった。


『攻撃命中! でもやっぱり効果ありません!』

『だぁぁクソッ! また逃げられた! どうなってるんだっつーの!?』

 

 樹里の報告には焦りが、コゼットの雄叫びには苛立ちが、それぞれ含まれている。

 コゼットが実行したコンクリートの槍はともかく、樹里が放った射出式スタンガンテイザー術式プログラム《雷撃》に、十路は慌てて無線に叫ぶ。


木次きすき! 《雷撃》は使うな! 多分効かないだろうけど効いたら殺すことになる! しかも誤射を考えろ!」

『あ゛』


 建物数階分の高さを移動する『幽霊』に、一〇〇万ボルトの電撃で感電させることができれば、墜落死させる危険性が高い。しかも上から射下ろして外ずせば、全く無関係な飲み会帰りの一般人を感電させかねない。

 しかも樹里は、気づいていなかったらしい。


「無理に捕まえようとするな! とにかく反撃に注意して、見失わずに追いかけることだけ考えろ! 牽制けんせいは部長に任せろ!」

『りょ、了解です!』

『牽制だけでいいなら、テキトーにばら撒いて行く手をふさいで誘導させますわ』


 脇に汗を流しながら、十路は指示を出すと、南十星が頭を肩越しに突き出し、ヘルメットを軽くぶつけてきた。


『兄貴。あたしも行く』

「……二人じゃ手が足りそうにないから、仕方ないか」


 しばし逡巡しゅんじゅんしてから、十路は消極的な許可を出した。

 南十星は《魔法》を、ひとつしか持っていない。あらゆる事態に対処できるよう、単一効果の術式プログラムを複数持つ《魔法使いソーサラー》の常識を打ち破り、彼女は複数の機能をひとつに詰め込んだ、本来実行できるはずのない巨大術式プログラムを工夫して使う。

 その能力は、街中で高速で逃走する『幽霊』を相手するには、一番適切とも言える。

 しかし特異な能力の実行には、脳と体にすさまじい負荷がかかる。それゆえに十路は彼女に《魔法》を使わせたくなかったのだが、ここで『幽霊』を見逃すわけにもいかない。


『《躯砲クホウ装填ロード


 兄の了承を得ると、南十星は走る車上で直立し、ヘルメットを脱ぎながらつぶやく。すると腰のベルトに吊るした、南十星の《魔法使いの杖アビスツール》である一対のトンファー《比翼ひよく》と《連理れんり》が応じる。

 彼女の小さな体を《魔法回路EC-Siricit》がおおう。風にはためく改造ジャンパースカートまではその限りではないが、今は首から下は淡青色におおわれ、顔にもいくつかプリント基板のような線が走り、神々しくも思える異形の《狂戦士ベルセルク》と化す。

 自身を砲弾とするかのように音速突破し、近接戦闘に特化したあらゆる攻撃手段を発揮し、しかも致命傷を即座に完治させる《治癒術士ヒーラー》の医療技術に匹敵する自己修復能力まで兼ね備える。

 それが南十星の意思を反映した、彼女が秘めた《魔法》という名の狂気――次世代軍事学型ソーサラス近接戦闘CQB細分化実行オーバーレイ巨大術式プログラム躯砲クホウ》。


「いくぜぇぇぇぇっ!」


 『超人化』を完了させえ、渦巻く風を従えた南十星は、走るオートバイからバク宙で飛び降りる。常人ならば若さゆえあやまちすぎる自殺行為だが、彼女には関係ない。

 バスケットシューズが路面に触れたと同時に、既に圧縮冷却で生成された固体窒素が急速過熱され、指向性を持って爆発する。

 音速突破には遠く届かないため、加減しているのだろう。しかし充分な推進力が一歩ごと断続的に生み出され、極端な前傾姿勢の大股走りで、南十星はオートバイを追い抜く。そして交差点隅の道路標識に飛びついて、鉄柱をきしませてスピードを殺すことなく曲がり、横道に飛び込んで十路の視界から消えていった。


「さて――」


 ディスプレイに表示された地図に、新たな南十星の反応が示されたのを確認し、それをタッチパネルのように操って、十路はひとまず人気ひとけのない方角へ『幽霊』の追い込みを指示しようとたら。


【危ない!】


 突然イクセスが鋭い声で警告し、彼女の判断が車体制御に割り込み、急激な回避機動が行われた。転倒寸前まで傾けられ、車体がスピンする。

 その直後、車高を低くした真上を、唸り声を上げて車輪が通過した。


「ぐっ――!?」


 回避には成功したものの、急激な機動をこらえることができなかった。完全に油断して片手運転していたため、十路は路上に投げ出される。疾走していた勢いそのままに硬いアスファルトを転がり、二〇以上も回転してようやく止まる。

 ヘルメットを被っていたため、頭部への衝撃も少なかった。明確な意識で、十路はなにが起こったのか理解した。

 横合いから飛び出たオートバイが、走りながら後輪を浮かせて車体をフルスイングし、十路に向けて叩きつけてきた。イクセスの回避が遅れていれば、衝撃に頚骨を折っていたかもしれない。

 そして走りながらアクロバティックに、車体を凶器として振るうなど、普通のオートバイとライダーでは不可能な芸当だ。

 だから警戒して身を起こそうとする十路の前に、無人の《バーゲスト》がかばうように停車する。少なからず一般人の目があるが、そんなことを気にしていられない相手だから、イクセスは行動したのだろう。

 攻撃してきた者たちは、車高の高いオン・オフロード兼用オートバイにまたがる、黒いフルフェイスヘルメットとライダースーツで面体を隠した男だった。人物が違う可能性もなくはないが、それはないと直感的に理解した。


「またお前か……!」


 市ヶ谷いちがやという偽名を名乗る、日本の防衛省に所属すると思わしき《魔法使いソーサラー》と。


【またあなたですか……】


 カームと呼ばれるAIが搭載された、《真神まがみ》と通称される自衛隊制式採用装備と同型の《使い魔ファミリア》だった。

 『幽霊』と同じく、以前の部活動で交戦した因縁を持つ一人と一台に、十路とイクセスが毒づくと。


『悪いな。こっちにも事情があるんでな』

【無礼とは思いますが、今は戦闘おはなしする余裕はありませんので、これにて失礼します】


 音声変換された奇妙な男の声と、慇懃いんぎんな印象の若い男の声が答えて、十路たちにこれ以上構うことなく向きを変え、偽装の排気音を残して走り去る。

 向かったのは、他の部員たちが消えた方角――『幽霊』が逃走した方向だった。


市ヶ谷ヤツが『幽霊』をバックアップしてるだと……?」

【トージ、それより大丈夫ですか?】


 思わぬ闖入者ちんにゅうしゃに舌打ちする十路は、イクセスのケガへの心配で、自分の状態を確かめた。

 服はあちこち破け、ヤスリがけされたようにスラックスが裂けた足は、皮がめくれて肉が露出し、血が流れている。打ちつけた体中のあらゆる場所が熱を持ち、痛みで呼吸を阻害する。

 しかし大したものではない。即座に治療しなければ死ぬほどの大量出血ではなく、打撲は最悪でも骨にヒビが入った程度だろう。


「コケたのも久しぶりだな……!」


 毒づいて気合を入れて、十路は立ち上がる。


市ヶ谷ヤツに注意しろって、全員に連絡……それと、木次に拡張装備の使用許可を求めろ……」


 指示しながら再びまたがるために、足を引きずりながらオートバイに近づいた。


「出し抜いて、一気に確保する」



 △▼△▼△▼△▼



「待てぇぇぇぇっ!!」


 追うのは小柄な少女で。

 のめり倒れそうなほどの姿勢で、小爆発を足裏で起こすことで、南十星は車を追い抜くスピードで追いかける。


『……っ! ……っ!』


 追われるのは全身に黒をまとった者で。

 立体化した影のような、しかもなぜか輪郭りんかくがぼやけて見えるため、体のラインがはっきりしない姿で高速疾走している。


(なんなの、アレ……?)


 夜の神戸を縦横無尽に駆ける相手を追跡しながら、南十星は疑問を覚え、眉をひそめる。

 『幽霊』の走り方が、奇妙に思えて仕方ない。

 少なくとも彼女自身の走り方とは違う。人の身では絶対に出せない速度を出しながら、南十星の動きはスキップを踏むようにゆったりしている。走ると説明するより、固体窒素の気化爆発で、超低空の連続跳躍を行っていると言った方が正しいためだ。


 対して『幽霊』は、陸上短距離走の動画を倍速再生しているような、当たり前といえば当たり前の走法だ。速く走ろうと思えば、足を速く動かす必要があるのだから、疑問に感じる必要性は普通はないはず。

 南十星は、疑問を感じた。ただでさえ《魔法使いソーサラー》の脳と《マナ》との通信を応用した脳内センサーでは、『幽霊』当人と、発揮している謎の現象を解析できないのに。


(……いやいやいや。いくら《魔法》でもまさかまさか)


 『幽霊』が発揮している能力について、南十星はチラリと考えたが、自己完結で否定して、今は追いかけることだけに集中する。


 急に視界が開け、カーチェイスならぬヒューマンチェイスは、海沿いの道路で展開される。

 フルマラソンと比べれば、距離も時間も大したことはない。しかし短距離の走り方で行うには、異常な長距離と長時間の追いかけっこが続いている。


『……っ! ……はっ!』


 だから『幽霊』が発する人間離れした奇妙な声は、異様で苦しげなものに変わっている。

 これが打ち合わせした時、十路が立てた作戦だった。『幽霊』の高速移動手段が『飛行』ではなく『走行』であるために、追いかけ続けていれば、いずれ体力が尽きる。そして仮に、発揮し続けている謎の能力が《魔法》だとすれば、いずれは《魔法使いの杖アビスツール》のバッテリーが切れるに決まっている。

 だから彼は『幽霊』を無理に捕まえようとはせずに、とにかく見失うことなく追跡し続けることを指示した。

 更には。


「《雷斧らいふ》実行!」

『!?』


 『幽霊』が交差点に差し掛かる直前で、跳んでいた樹里が着地した。《魔法》によるアークプラズマが先端にともり、超高温の槍と化した長杖を振るい、直進する経路をふさぐ。

 強行突破も充分に考えられるため、樹里は身構えたが、用心は不要だった。『幽霊』は交戦を避けて、交差点を曲がる。南十星もまた追って、信号機を支持する電柱を支点にして曲がる。


 それもまた十路が指示したことだった。音速で激突されても破壊されない、とまで限定できないので、具体的な場所までは提示しなかったが、とにかく頑丈な天井と壁のある場所に追い込めと。

 そして『幽霊』を追い込んだ先は、その条件を満たしている。神戸港港島みなとしまトンネル――神戸港新港東埠頭ふとうと人工島ポートアイランドとを結ぶ、海底トンネルがある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る