040_0600 捕獲作戦Ⅲ~NO WAY BACK 逃走遊戯~
多機能サバイバルウォッチが示す時刻は、まだ一二時になっていないが、公安警察の監視をくぐり、既に部活は開始されている。
修交館学院は、山の斜面に造成されて建てられた。団地のように立ち並ぶ建物群は、ところどころに常夜灯が灯り、静かな
そんな光景を見下ろせる敷地の最上部、削った斜面を規則正しくコンクリートタイルで覆った場所に、
そして左の二の腕には、修交館学院の校章と、Social influence of Sorcerer field demonstration Team――《
「堤先輩。ここでしたか」
背後は山だ。振り返ると木々の隙間から、やはり学生服姿の樹里が出てきた。《NEWS》と名づけられた彼女の《
「なっちゃん、どうしたんですか?」
見下ろす樹里の視線の先では、学生服姿にベルトでトンファーを
「ぐへへへへ……」
とても寝られると思えない寝相とベッドだが、南十星は女子中学生が浮かべてはならない笑顔で寝ている。
【ヨダレがぁ……!?】
そしてオートバイに惨事が起きていた。
放置するとうるさそうなので、明日の予定に洗車を入れたものの、とりあえず今は無視し、十路は大したことではないと説明する。
「なとせは九時には寝るから、夜更かしに耐えられなくなったらしい。さっき見回りした時、立ったまま寝てるの見つけたから、回収した」
「あはは……」
合流してしまったが、彼らは一時間ほど前に集合して打ち合わせをし、その後は別れて学院内を警戒していた。
顧問である
「丁度いいところに来た。話がある」
きっとこちらを見ているだろうイクセスに、十路は
「メールの文面なんだが……」
具体的なことを言わずとも、樹里には伝わった。
「つばめ先生に直接聞いたら、学生時代に書いた小説の設定って言ってましたけど……」
「想像にしては、事実にかすり過ぎてるだろ……」
経緯を知っている他の部員は、偽の召集メールを読んでも、与太話にしか思っていないだろう。
しかし十路は知っているから、考えてしまう。
金属生命体としての性質を持つ細胞。それを演算素子として用いる措置。《
《
「理事長は
「はい。この事を知ってるのは、私のお姉ちゃんと
責任者であるならば、樹里の『秘密』を知っていて当然かもしれない。
となると、つばめは思惑があって、こんなメールを発信したと考えた方が自然だろう。
(
十路は首筋をなでながら考える。
情報の隠し方は、知る人間を極力少なくして、厳重管理するだけではない。偽の情報をわざと流出させることで、真相を隠す方法もある。それが
そして、つばめが流したメールの内容が、完全な真実ではないのはハッキリしている。おびき出すエサだと打ち合わせした以外にも、内容に人を馬鹿にした理由が盛り込まれているからだ。
(となると、木次の『秘密』は、本当にどこかにバレかかってる?)
何故そのような特異性を持っているのか、樹里自身も知らないと言っている。彼女の『秘密』を知る者たちが詳細を知っていたとしても、樹里には教えていないのだろう。
「…………木次、どうする?」
しばらく考え、十路は問う。
「俺がこの件に直接関わると問題になるから、知らないフリするしかないんだが……」
「先輩がつばめ先生に確認を取ったら、私の『秘密』を知ってるってバラすのと同じですからね……」
「あぁ。俺にバレてるのは、誰にも知られない方がいいだろう」
最悪を考えると、一応は味方であるはずのつばめやイクセスに、命を狙われる可能性まである。樹里が持つ『秘密』は、それだけ大きい。十路のためにも樹里のためにも、二人の秘密に留めるべきだと言い添えて、もう一度問う。
「だから、どうする気なんだ? 理事長に訊いてみても、ハッキリした答えは返ってこないと思うが、追求する気か?」
眉間に
「……しばらく様子見します。自分のことですから、知りたいのは山々ですけど、このタイミングはマズイ気がするので……」
「ま、本当にヤバかったら、理事長からなにかあると思うし……木次がいいなら、俺はこれ以上言わないが」
スッキリしないが、ここで話していても
「そういや、俺に用事があったのか?」
そして彼女の第一声を思い出し、十路を探していたのかもしれないと思い立った。
「や、訊き忘れたお話があるので、ちょっとその確認を」
思案顔を別の思案顔に変えて、樹里は問う。
「ナージャ先輩が『ビスパリレズニィ』っていうロシアの《魔法使い》かもしれない……しかも先月の部活動に介入してきた『
「あぁ」
「もしそうだとしたら、とても
樹里は以前、『幽霊』と交戦している。厳密には彼女が一方的に攻めただけで、交戦と呼ぶほどの事態にはなっていないのだが、それでも相手の強さは実感しただろう。
本気で立ち向かわれたら一瞬で敗北する、常人の常識を超えた《
「俺の考え通りだとすれば、多分大丈夫だ」
しかし十路は高確率で成功の見込みを伝え、日中の部会で話しかけたことを、改めて説明する。
「最凶の《魔法使い》……最も強いの最強でもいいはずなんだが、最も不吉の最凶って呼ばれてるのがミソなんだ」
「というと?」
「まず、『ビスパニレズニィ』ってのはロシア語で、役立たずって意味だ」
「……ふぇ?」
「それで、赤の他人のことで噂になるほどの話は、有名人の偉業か、その真逆くらいだ。『ビスパリレズニィ』にまつわる話は、なぜかその両方がある」
「真逆って……とんでもない失敗談ってことですか?」
「あぁ。《魔法使い》だと考えても次元の違う化け物だけど、同時に素人以下の
「…………ふぇ?」
規格外であると同時に論外。最凶の役立たず。
十路の口から発せられる、相反するとしか思えないキーワードが、頭の中でうまく統合できないのだろう。子犬めいた樹里の顔が困惑に
「そんな意味不明の人物像だから、実在しない
より詳しく続きの説明しようと、十路が息を吸い込んだ時。
空き缶が地面に跳ねる音が、勢いを失いながら二度三度続いて、夜空に消えた。
樹里が顔を緊張に作り変え、十路は小さく息をつく。
「また説明が中途半端になったな……」
残るコゼットが発した、事態が動いた合図だった。無線電波を感知されれば元も子もないため、わざと原始的な方法を打ち合わせしていた。
二人はすぐさま元の場所に戻り、シャッターは閉じているが、隙間からわずかに明かりを漏らしているガレージハウスを見守る。
△▼△▼△▼△▼
修交館学院は市街地から離れた山中にあるため、夜ともなれば、政令指定都市内とは思えないくらいに静かになる。
「……っ、……っ!」
だから甲高く響いた空き缶の落下音に『彼女』は身を強張らせ、荒い息と
しかし何も起こらない。夜の学院は数瞬前と同じ、静かな
だから、変な場所にポイ捨てされた空き缶が落ちたのだろうと納得し、再び行動を再開する。
建物の陰に潜み、校舎などの施設からは離れた場所にある、総合生活支援部が部室として使っているガレージを『彼女』は観察し、悩む。
盗聴器の設置は、ずっと以前から諦めていた。不審な電波を発する物があれば、部の備品である《
単純に音源から指向性を持って収集し、小さな音を増幅するには、離れすぎていて内部の会話は収集できない。世の中にはレーザー光線を使い、建物のわずかな振動から盗聴する方法もあるが、そのような手段を持っていない。
かと言って、内部で行われているであろう会話を盗聴するために、接近するのは二の足を踏む。不可能ではないが、しかし裏手の山中から接近するには、木々や下草など、物音を発生させる要因が多すぎる。表側からならば、土の地面を歩く際の足音に気をつければ大丈夫だが、障害物がほとんどないため、隠れることはできない。
見つかれば交戦は避けられない。総合生活支援部の関係者ではない者が、こんな時間にこんな場所にいれば、どんな言い訳をしても誤魔化すことは不可能だからだ。
中でどんな内容が話されているのか、興味を持ちつつも、それを知ることができずに行動に悩んでいると。
「!」
電磁波発生を感知し、一瞬後に光に照らされた。
感知した真上を見上げると、なにかが決壊する音と共に、大量の水が
光る天井がまるごと落下するような光景に、対応するには遅かった。
岩のような固体とは事情が異なるが、そもそも水は重い物質だ。バスタブの容量でも二〇〇キロ近くはある。それより遥かに多い貯水タンクの水量に、しかも高みから一気に降り注いできた衝撃に、『彼女』は地面に押さえつけられる。
しかも濡れるだけに留まらない。発光する水は乾いた地面に吸い込まれることなく、体にまとわりつく。
「…………!?」
なにが起こっているか理解していないまま、『彼女』は手足を動かすが、内部では不規則な流れが生み出され、水を
半ばパニックになりながらも、このままでは陸上で
△▼△▼△▼△▼
「まさか本当におびき出されるとは……」
破壊した貯水タンクを《魔法》で修理し、コゼットは建物の屋上から飛び降り、落下速度を調整して地面に立った。
《マナ》で仮想構成した
不思議な光景ではあるが、それだけでは人間を閉じ込めることはできない。泳げない者でも手足をバタつかせていれば多少は移動できるし、球状ということは三六〇度全てが水面なのだから、顔を出すことも簡単だ。
だから水球内を
それでも反撃を警戒して距離を取ったまま、内部の不審者にコゼットは警告する。
「
学院内には専門家である《
洗濯中の衣服よりも激しく
全身黒に近い暗色で統一されている。水流越しでは詳細はわからないが、体にフィットする薄手の服に、黒の
夜間作戦中の特殊部隊兵を思わせる格好だった。
以前の部活動に介入してきた『幽霊』とは、黒一色という点を除いて格好が異なる。もっとも、《魔法》か別の超技術の産物かわからない効果で生み出された、影のような無敵の『鎧』を身にまとっていたため、同一人物か判断はできない。
ひとまずコゼットは、彼女の《
「?」
水流で像が
そして水球が爆発した。
「な……!?」
コゼットが絶句を漏らした時、更に距離を取るように、人影が音を立てて地面に転がった。
小さな常夜灯の下に倒れるその人物は、黒ずくめでも立体感までは隠せないはずなのに、全く光を反射しない影のように思える姿をしている。
コゼットも以前に見た『幽霊』と同一の姿だった。
しかし一瞬の後には、全身を覆う黒衣は消え去り、黒ずくめだが衣服を着ているとわかる姿に戻る。
「げほ……! ごほっ……!」
目出し帽とは違って口部分に穴が開いていないため、濡れると呼吸できないからだろう。その人物は顔を覆う覆面の下半分をずらし、体を折り曲げて飲んだ水を吐き出す。
コゼットが装飾杖を両手で握り警戒する中、『幽霊』は肩を上下させながら、暗視スコープを外して立ち上がる。
そして左の太腿に装着されたレッグホルスターに触れると、再度漆黒の鎧を身にまとった。
一層警戒を深めたコゼットが交戦を覚悟すると、小規模の爆発と見まがう第一歩を踏みしめて、『幽霊』は人外の速度で駆け出した。
△▼△▼△▼△▼
盛大な水音は当然聞こえたが動かず、十路たちは状況を知るために耳を澄ましていた。
『捕獲失敗ですわ!』
合図と共に電源を入れた
不意打ちで無力化できれば言うことはなかったが、そうはならなかった。そして相手は異次元の能力を持つ者と
『目標は高速で校外へ逃走! 敷地のフェンスを乗り越えて、市街地へ南下中!』
「了解! 作戦第二段階を開始!」
報告を受けて、十路は号令する。
「先に行きます!」
「あぁ! 打ち合わせ通りに! 民間人の被害に気をつけろ!」
長杖に横座りし、樹里が《魔法》で飛び立つのを視界の隅で確認して、コンクリートタイルに
「逃げたのは
ある意味では想像外だった。逃走するならば障害物が多く、隠れ潜む場所の多い北部山中へ入って、追跡を振り切ろうとするのが普通だろうだろう。
しかし、ある意味では十路の想像通りだった。
「ほげっ!?」
優しく揺り起こしている暇などない。車上で寝ていた南十星の
ヘルメットを被るのは後回しにして、十路はスタンドを蹴り収めてアクセルバーを捻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます