030_1500 嘘つきは《魔法使い》のはじまりⅥ~マグロ二種丼(炙りたたき&叩き)~
放課後、部室前の広場で、十路と樹里は戦っていた。
「はっ!」
ミディアムボブと学生服のスカートを揺らして、樹里は短い気合と共に、稽古用の六尺棒を体まるごと使って振るう。
日本の棒術とは違う派手な動きで、彼女の身長よりも長い棒を突き、払い、当たるを幸いにするように振るい続ける。
「――っ」
その攻撃を十路は小さな息を吐き出しただけで、最小限度の動きで防ぐ。
十路は
こうやって二人が稽古することは、ままある。修交館学院には武道の部活動もあるのだが、そちらに参加することはなく、部室前の広場で行う。
樹里の《
そして十路も樹里は、《
だから二人で、ただし十路の方がはるかに経験豊富なため、彼が受ける形で樹里相手に訓練をするのが常なのだが。
今日はいつもと違う感触を感じたらしい。二人の攻防は徐々に遅くなり、樹里の側から動きを止めた。
「先輩。気が乗ってないようですね?」
「集中してなくてすまん……」
申し訳なさげに首筋をかく十路に向けていた棒の先端を、樹里は小さくため息をついて下ろした。気が抜けた時に本格的な打ち合いなどすれば、大怪我をしかねない。
「ここまでにしましょうか」
「悪いな、木次……」
「や、それはいいんですけど、なにが気になってるんですか?」
その問いに十路は、言葉ではなく、視線を移動させることで答えた。
「こうこう、んでこう。おっけ?」
その先では、あまりダンスなど得意そうではない、比較的おとなしそうな女子中学生たちに、南十星が軽快なステップを見せていた。
「最近の
「あはは……私も危うく
体育でダンスが必修化などいう、大きな教育改革の節目に当たったというだけなのに、高校生らしくない会話を十路と樹里は交わす。
「木次はやっぱりダンス嫌なのか?」
「や~、やったことないから自信ないですよ」
「
「ややややや。やったこともないのに、教えられるわけないじゃないですか。それ言ったら堤先輩はどうなんです?」
「社交ダンスならまだしも、ヒップホップは自信ない」
「うわ、すごい。どうして社交ダンス踊れるんですか?」
「前の学校の任務で、金持ち連中のパーティに潜入して、情報収集することが少なからずあったからなぁ……だから多少は踊れるように訓練させられた」
「なんで堤先輩の経歴って、こう、特殊なんですか……」
「ちなみに、社交ダンス教わった上官に、オタダンスも仕込まれた」
「意味がわかりません!?」
学内のなんでも屋としての総合生活支援部に、体育でのダンスを教えて欲しいという、いまひとつ運動に自信ない女子中学生一同から依頼メールが来た。
《魔法》が関係しない普通の依頼だったが、十路と樹里の二人は経験がないため渋った。コゼットと、ついでにナージャと和真は、それぞれの用事があるらしく部室にいない。
そんな中、中学生の南十星は当然、体育でダンスをやっているし、運動神経もいい。しかも依頼者の中には、彼女のクラスメイトも含まれている。
そんな理由から、南十星ひとりにダンスの指導を任せていた。
様子を二人で見守りながら、樹里は十路に改めて問う。
「それで、別になっちゃんの指導ぶりが、気になってるわけじゃないですよね?」
「あぁ、なとせのヤツ、なにか隠してる気がしてならないからな……気になってるのはそっちだ」
首筋をなでながら十路は答える。
南十星の性格は掴みどころがない。義兄である十路にも理解できない。
しかし、様子がおかしいことくらいは気づく。なにか隠し事をしていると。
ただ、それがどんな内容かはわからない。緊急を要するのものなのか、重大な内容なのか否かは。
「できる限り目を離さないようにして、様子を見るしかないか……」
「なっちゃんに直接訊かないんですか?」
普段はともかく、いざという時は人のことなど構わず積極的になる十路が、消極的な判断を下すことに、樹里は軽く驚いたようだった。
それに十路は、今度は気まずそうに手を移動させて、短髪頭に触れる。
「昼間、軽く訊いても誤魔化そうとしてたから、なとせが答えると思えない……それを深く訊くのもどうもな……」
「…………」
樹里がまじまじと、十路の顔を見上げる。
黒目がちの瞳が肩の高さから発する疑問の視線を、十路は『どうした?』と意味を込めて見返した。
「苦手……って言うとなにか違う気がしますけど、先輩ってなっちゃんに、あんまり深く触れようとしませんよね?」
「わかるか?」
「まぁ、その……先輩って大体、あんまり相手の気持ちとか空気とか読まず、思うこと言うのに……」
「……事実なだけに否定はしないけどな?」
口ごもった辺りに、樹里なりの遠慮は見受けられるが、結局は出された指摘に十路は憮然とする。
「それに、ここ数日のアレで……」
樹里が言葉を
「なんていうか……」
言うべきか言うまいか迷った様子だが、樹里は意を決したように口を開く。
「先輩ってなっちゃんに、負い目みたいなものがありますよね?」
樹里には珍しい言葉だった。ワケありの《
不快感を抱いたわけではない。ただ疑問だったから、十路は問う。
「どうしてそんなこと聞きたい?」
「……やっぱり、お節介ですか?」
「いや、そういう意味じゃないけど……」
早合点で子犬のようにシュンとする樹里に、またも手を移動させて、困ったように首筋をなでながら、十路は説明をする。
「一応は一〇年以上も兄妹やっているのに、一緒に暮らしてた時間なんて、ほとんどないんだ。それであまり兄貴
そしてやや迷ったが、今朝にも少し話したこととも関わるため、言葉を付け加える。彼女の言う通り『負い目がある』のは正解だと。
「……ついでに、俺がこの学校に転入したことで、多分アイツにも迷惑かけるだろうってのもある」
「先輩の転入が、なっちゃんに、ですか?」
「あぁ。なとせもワケあり《魔法使い》なのとも絡むんだが……」
兄妹しか知らない過去を、樹里には伝わらないだろう。
それを明かす必要などない。この部活動には過去を詮索しない、暗黙の了解がある。
だが、それは気の迷いかもしれない。
十路は一端を、樹里に聞かせた。
「俺は、約束を破ったんだ……アイツが大人になるまで、守らなきゃいけない約束だったのに……」
「…………」
しかし彼女の口から言葉は出なかった。携帯電話の着信メロディが会話をさえぎった。
樹里の携帯電話にも同時に反応があったので、緊急を要する部活動の連絡かと思い、十路は緊張しながら素早く確認したが、違った。
電話会社から、この付近一帯に送信されたメールだった。タイトルには『緊急速報・不発弾の発見と対応』とある。
――神戸市不発弾処理対策本部よりお知らせします。
――本日、本部長である神戸市長が、災害対策基本法第63条に基づき警戒区域設定宣言を発表。
――午後八時から不発弾処理を行いますので、対象から一キロを避難区域とし、立ち入りを禁止します。尚、避難場所は――
「変だな……?」
十路は携帯電話の画面を見て、顔をしかめた。
「不発弾が見つかったのって、昨日だろ? 普通ならもっと時間がかかるんだけどな……?」
「ふぇ? そうなんですか? 危ないから、すぐ処理するような気がしますけど?」
「移動させるのも危険だから、不発弾は原則見つかった場所で処理する。今回みたいに街中で見つかった場合、民間人を避難させるために、自衛隊・警察・消防・役所・交通機関の会社と連携して、計画を立てなきゃならないんだ」
元陸上自衛官としての知識を、十路は平坦な声で説明し、やる気なさげに首筋をかきつつ困惑を示す。
「しかも土曜の夜に開始……? 避難区域が一キロ……?」
不発弾処理は万一の場合を考えて、立ち入り禁止区域を設けるが、社会活動を妨げることもまた不都合があるため、なるべくその地域に人がいない時間帯を狙って行われる。
確かに発見現場は繁華街からは外れるが、しかし住宅地に近く、夜こそ
報道されている以上の情報などない十路に、詳しい状況はわからない。だから不発弾処理を急ぐ必要があることも、それだけの避難区域を敷く必要も、充分に考えられると理解はしているが。
「念のため、部長と理事長に相談しといた方がいいかぁ……?」
十路はひとりごとをこぼし、メーラーソフトを起動する。
そんな彼の顔を見上げ、感心とも呆れともつかない口調で、樹里は声をかける。
「用心深いですね……」
「『出来損ない』は臆病でなければ生き残れなかったし、ただでさえ
コゼットとつばめ宛に、懸念を伝える短いメールを書きながら、特殊で危険な経験から出た言葉を続ける。
「トラブルに巻き込まれるのはご免だけど、現実にはそうも行かないからな。崩れるのがわかってる橋でも、渡らなければいけない時もある」
メールを送信し終えた十路が顔を上げると、同じメールが届いたのだろう。南十星はスマートフォンの画面を、なぜか
とても『市民へのお知らせ』を見る目ではない。
「……念のため、よい子はマネしちゃいけない工作したいところだけど」
十路の《
その『工作』の意味は、樹里も理解できたのだろう。
「あんまり学校の消火器を持ち出すと、つばめ先生に怒られますよ?」
「怒られてはいないんだが、消火器の再設置にかかった金額を見せられたからなぁ……どうなるかわからない今の状況で準備するの、ちょっと迷うんだよな……」
高校生の身分では、どうしようもならない大きい額だったため、周囲のことを気にしない十路には珍しく、困った様子で野良犬のように首筋をかいた。
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