030_1500 嘘つきは《魔法使い》のはじまりⅥ~マグロ二種丼(炙りたたき&叩き)~


 放課後、部室前の広場で、十路と樹里は戦っていた。


「はっ!」


 ミディアムボブと学生服のスカートを揺らして、樹里は短い気合と共に、稽古用の六尺棒を体まるごと使って振るう。

 日本の棒術とは違う派手な動きで、彼女の身長よりも長い棒を突き、払い、当たるを幸いにするように振るい続ける。


「――っ」


 その攻撃を十路は小さな息を吐き出しただけで、最小限度の動きで防ぐ。

 十路は戦闘ぶかつどうの際、サバイバルナイフを拡大して、両手持ちの柄をつけたような、奇形の短剣を使う。しかし稽古の際には、先端をポリウレタンで包んだ稽古タンポ槍を使っている。


 こうやって二人が稽古することは、ままある。修交館学院には武道の部活動もあるのだが、そちらに参加することはなく、部室前の広場で行う。

 樹里の《魔法使いの杖アビスツール》である長杖は、中国武術の棒術を元にして扱っている。そして十路の戦闘術は、自衛隊の訓練に、実戦を積み重ねてできた我流のものだ。体当たりや当て身も使うため、定められた位置に決めれば得点となるスポーツとは違いすぎる。

 そして十路も樹里は、《魔法使いソーサラー》としての運用適正は似通っている。距離と状況に応じた様々な役目をこなせるオールラウンダー――ファンタジックな言葉を使えば、『魔法戦士』ということになる。

 だから二人で、ただし十路の方がはるかに経験豊富なため、彼が受ける形で樹里相手に訓練をするのが常なのだが。

 今日はいつもと違う感触を感じたらしい。二人の攻防は徐々に遅くなり、樹里の側から動きを止めた。


「先輩。気が乗ってないようですね?」

「集中してなくてすまん……」


 申し訳なさげに首筋をかく十路に向けていた棒の先端を、樹里は小さくため息をついて下ろした。気が抜けた時に本格的な打ち合いなどすれば、大怪我をしかねない。


「ここまでにしましょうか」

「悪いな、木次……」

「や、それはいいんですけど、なにが気になってるんですか?」


 その問いに十路は、言葉ではなく、視線を移動させることで答えた。

 

「こうこう、んでこう。おっけ?」


 その先では、あまりダンスなど得意そうではない、比較的おとなしそうな女子中学生たちに、南十星が軽快なステップを見せていた。


「最近の中学生わかいのは、体育であんなことをやるのか……」

「あはは……私も危うく中学生わかいこと同じように踊らなきゃならなかったんですね……」


 体育でダンスが必修化などいう、大きな教育改革の節目に当たったというだけなのに、高校生らしくない会話を十路と樹里は交わす。


「木次はやっぱりダンス嫌なのか?」

「や~、やったことないから自信ないですよ」

長杖ちょうじょうをそれだけ振り回せるなら、踊るくらいなんとかなりそうな気がするけどな?」

「ややややや。やったこともないのに、教えられるわけないじゃないですか。それ言ったら堤先輩はどうなんです?」

「社交ダンスならまだしも、ヒップホップは自信ない」

「うわ、すごい。どうして社交ダンス踊れるんですか?」

「前の学校の任務で、金持ち連中のパーティに潜入して、情報収集することが少なからずあったからなぁ……だから多少は踊れるように訓練させられた」

「なんで堤先輩の経歴って、こう、特殊なんですか……」

「ちなみに、社交ダンス教わった上官に、オタダンスも仕込まれた」

「意味がわかりません!?」


 学内のなんでも屋としての総合生活支援部に、体育でのダンスを教えて欲しいという、いまひとつ運動に自信ない女子中学生一同から依頼メールが来た。

 《魔法》が関係しない普通の依頼だったが、十路と樹里の二人は経験がないため渋った。コゼットと、ついでにナージャと和真は、それぞれの用事があるらしく部室にいない。

 そんな中、中学生の南十星は当然、体育でダンスをやっているし、運動神経もいい。しかも依頼者の中には、彼女のクラスメイトも含まれている。

 そんな理由から、南十星ひとりにダンスの指導を任せていた。

 様子を二人で見守りながら、樹里は十路に改めて問う。


「それで、別になっちゃんの指導ぶりが、気になってるわけじゃないですよね?」

「あぁ、なとせのヤツ、なにか隠してる気がしてならないからな……気になってるのはそっちだ」


 首筋をなでながら十路は答える。

 南十星の性格は掴みどころがない。義兄である十路にも理解できない。

 しかし、様子がおかしいことくらいは気づく。なにか隠し事をしていると。

 ただ、それがどんな内容かはわからない。緊急を要するのものなのか、重大な内容なのか否かは。


「できる限り目を離さないようにして、様子を見るしかないか……」

「なっちゃんに直接訊かないんですか?」


 普段はともかく、いざという時は人のことなど構わず積極的になる十路が、消極的な判断を下すことに、樹里は軽く驚いたようだった。

 それに十路は、今度は気まずそうに手を移動させて、短髪頭に触れる。


「昼間、軽く訊いても誤魔化そうとしてたから、なとせが答えると思えない……それを深く訊くのもどうもな……」

「…………」


 樹里がまじまじと、十路の顔を見上げる。

 黒目がちの瞳が肩の高さから発する疑問の視線を、十路は『どうした?』と意味を込めて見返した。


「苦手……って言うとなにか違う気がしますけど、先輩ってなっちゃんに、あんまり深く触れようとしませんよね?」

「わかるか?」

「まぁ、その……先輩って大体、あんまり相手の気持ちとか空気とか読まず、思うこと言うのに……」

「……事実なだけに否定はしないけどな?」


 口ごもった辺りに、樹里なりの遠慮は見受けられるが、結局は出された指摘に十路は憮然とする。


「それに、ここ数日のアレで……」


 樹里が言葉をにごす『アレ』とは、南十星の告白騒ぎのことだと十路にもわかる。断るにしてもズルズルと長引いていたのは、彼の性格からするとらしくない。


「なんていうか……」


 言うべきか言うまいか迷った様子だが、樹里は意を決したように口を開く。


「先輩ってなっちゃんに、負い目みたいなものがありますよね?」


 樹里には珍しい言葉だった。ワケありの《魔法使いソーサラー》という立場上、彼女が誰かの心中をあばこうとすることは言わない。

 不快感を抱いたわけではない。ただ疑問だったから、十路は問う。


「どうしてそんなこと聞きたい?」

「……やっぱり、お節介ですか?」

「いや、そういう意味じゃないけど……」


 早合点で子犬のようにシュンとする樹里に、またも手を移動させて、困ったように首筋をなでながら、十路は説明をする。


「一応は一〇年以上も兄妹やっているのに、一緒に暮らしてた時間なんて、ほとんどないんだ。それであまり兄貴づらするのもな……」


 そしてやや迷ったが、今朝にも少し話したこととも関わるため、言葉を付け加える。彼女の言う通り『負い目がある』のは正解だと。


「……ついでに、俺がこの学校に転入したことで、多分アイツにも迷惑かけるだろうってのもある」

「先輩の転入が、なっちゃんに、ですか?」

「あぁ。なとせもワケあり《魔法使い》なのとも絡むんだが……」


 兄妹しか知らない過去を、樹里には伝わらないだろう。

 それを明かす必要などない。この部活動には過去を詮索しない、暗黙の了解がある。

 だが、それは気の迷いかもしれない。愚痴ぐちかもしれない。彼自身もわからない。

 十路は一端を、樹里に聞かせた。


「俺は、約束を破ったんだ……アイツが大人になるまで、守らなきゃいけない約束だったのに……」

「…………」


 悔恨かいこんが目いっぱい詰め込まれた言葉に、樹里はなにか言いたげに口を動かした。なにか反応しようとしたのかもしれない。またお節介かと思われるのを覚悟して、それがどういう事か深く訊こうとしたのかもしれない。

 しかし彼女の口から言葉は出なかった。携帯電話の着信メロディが会話をさえぎった。

 樹里の携帯電話にも同時に反応があったので、緊急を要する部活動の連絡かと思い、十路は緊張しながら素早く確認したが、違った。

 電話会社から、この付近一帯に送信されたメールだった。タイトルには『緊急速報・不発弾の発見と対応』とある。



 ――神戸市不発弾処理対策本部よりお知らせします。

 ――本日、本部長である神戸市長が、災害対策基本法第63条に基づき警戒区域設定宣言を発表。

 ――午後八時から不発弾処理を行いますので、対象から一キロを避難区域とし、立ち入りを禁止します。尚、避難場所は――



「変だな……?」


 十路は携帯電話の画面を見て、顔をしかめた。


「不発弾が見つかったのって、昨日だろ? 普通ならもっと時間がかかるんだけどな……?」

「ふぇ? そうなんですか? 危ないから、すぐ処理するような気がしますけど?」

「移動させるのも危険だから、不発弾は原則見つかった場所で処理する。今回みたいに街中で見つかった場合、民間人を避難させるために、自衛隊・警察・消防・役所・交通機関の会社と連携して、計画を立てなきゃならないんだ」


 元陸上自衛官としての知識を、十路は平坦な声で説明し、やる気なさげに首筋をかきつつ困惑を示す。


「しかも土曜の夜に開始……? 避難区域が一キロ……?」


 不発弾処理は万一の場合を考えて、立ち入り禁止区域を設けるが、社会活動を妨げることもまた不都合があるため、なるべくその地域に人がいない時間帯を狙って行われる。

 確かに発見現場は繁華街からは外れるが、しかし住宅地に近く、夜こそ人気ひとけのある場所だ。そんな場所を広範囲に渡って関係者以外の立ち入りを禁じるなど、無理があるようにも思える。

 報道されている以上の情報などない十路に、詳しい状況はわからない。だから不発弾処理を急ぐ必要があることも、それだけの避難区域を敷く必要も、充分に考えられると理解はしているが。


「念のため、部長と理事長に相談しといた方がいいかぁ……?」


 十路はひとりごとをこぼし、メーラーソフトを起動する。

 そんな彼の顔を見上げ、感心とも呆れともつかない口調で、樹里は声をかける。


「用心深いですね……」

「『出来損ない』は臆病でなければ生き残れなかったし、ただでさえ支援部員おれたちは、いつ狙われても不思議ない立場なんだ。渡らなくてもいい石橋でも、用心して叩いておいた方がいい」


 コゼットとつばめ宛に、懸念を伝える短いメールを書きながら、特殊で危険な経験から出た言葉を続ける。


「トラブルに巻き込まれるのはご免だけど、現実にはそうも行かないからな。崩れるのがわかってる橋でも、渡らなければいけない時もある」


 メールを送信し終えた十路が顔を上げると、同じメールが届いたのだろう。南十星はスマートフォンの画面を、なぜか胡乱うろんな目で見ていた。

 とても『市民へのお知らせ』を見る目ではない。


「……念のため、よい子はマネしちゃいけない工作したいところだけど」


 十路の《魔法使いの杖アビスツール》は野依崎にゆだねられ、修理が行われている。だから《魔法使いソーサラー》相手でも通用する武器を用意しておきたいとこぼす。

 その『工作』の意味は、樹里も理解できたのだろう。


「あんまり学校の消火器を持ち出すと、つばめ先生に怒られますよ?」

「怒られてはいないんだが、消火器の再設置にかかった金額を見せられたからなぁ……どうなるかわからない今の状況で準備するの、ちょっと迷うんだよな……」


 高校生の身分では、どうしようもならない大きい額だったため、周囲のことを気にしない十路には珍しく、困った様子で野良犬のように首筋をかいた。

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