020_1800 塔を出たラプンツェルはⅢ~Event handler -Dog & Puppy & Cat~


 一夜明けて。

 十路とおじはいつも通りの時間に起き、いつも通りに朝の用意をし、いつも通りに登校していた。


 SHR前の朝の時間、まだクラスメイトの少ない教室で彼は自分の席につき、いつもの気の抜けた顔をして頬杖をついて窓の外を眺め、なにをするでもなく過ごしていた。


「うぃーっす!」

「おはよーございまーす!」


 朝からテンション高い和真かずまとナージャのコンビが登校してきた。彼らは自分の席に鞄を置いて、すぐに十路の席を取り囲む。それもまた、いつもの事だ。


 しかし今日は、ふたりから話しかけられる前に、十路から声をかける。


「悪い。どっちでもいいから、ケータイ貸してくれないか? ちょっとネットで調べものしたいんだ」

「十路のケータイは?」

「訳あって手元にない」


 支援部員は携帯電話の所持が必須だと知ってるナージャは、首を傾げながら、ロックを外したスマホを差し出してくる。頼んだ十路が『セキュリティとかプライバシーとかいいのかよ』と思うほど呆気なく。


「……なにかあったんですか?」

「は?」

「今日の十路くん、ちょっと違いますよ?」


 ナージャが気遣わしげに眉を寄せている。どうやら顔や態度に出てしまっているらしい。


「まぁ、ちょっと、な?」


 誤魔化してしまうことも頭の隅で考えたが、このふたりも支援部と関わりがある。部室を不法占拠するだけの部外者だが、関わりがあることに違いはない。

 いずれ知る話なのだから、下手に口をつぐんであれこれつつかれるよりも、話してしまったほうが楽で早い。


「部長、学校辞めて国に帰るんだと」


 いつもと変わらぬ平坦さで、いつもの気の抜けた無表情で、いつものように淡々と。


「え? いつです?」

「今日」


 ナージャに質問されても態度は変えない。


「は!? いつ決まったんだ!?」

「昨日」


 和真に質問されても態度は変えない。 


「はぁぁぁぁ!?」

「なんで急にそんなことになったんですか!?」

「どうしようもできない《魔法使い》の現実ってヤツだ」


 視線を手元に落としたまま素っ気なく語る十路に、和真もナージャも奇怪な生き物でも見るような目を向けてくる。


「十路……お前、いつも通りだな?」

「普通、慌てるとか、もっとなにかありません……?」


 あきれよりか恐れに近い感情をにじませたふたりに、一瞬目線を向けただけで、十路は特に反応せずに借りたスマートフォンを操作する。


 検索キーワードは、『王位継承権』と『破棄』。



 △▼△▼△▼△▼



「つばめ先生!! なんで昨日帰ってこなかったんですか!!」


 樹里が手を振り下ろすと、爆発と呼んで構わない音が発生した。オーク材のデスクに乗るパソコンや電話機が飛び上がるどころか、理事長室全体もわずかに揺れた。


「ちょっとジュリちゃん……落ち着きなよ?」


 向かいに座ってスマートフォンを操作するつばめの呆れ顔に、ひとまず樹里は深呼吸する。感情がたかぶりすぎて、《魔法使いの杖アビスツール》なしで《魔法》が使える異能が発動し、人間離れした怪力を発揮していた。

 狂犬じみた色に染まった樹里の瞳が元に戻り、即キレない程度の精神状態になったのを見て、つばめはホッと息を吐いた。


「その様子だと昨日、トージくんから事情を聞いたんでしょ? コゼットちゃんが大学も部活も辞めて帰国すること」

「はい……それもまさかの昨日の今日だってのも」


 夜のうちに十路と樹里は、それぞれが知った情報を交換し、共有した。


 そして樹里は、同居人であるつばめが帰宅したら、諸々もろもろを問い質したかったが……彼女は昨夜、突然外泊した。

 だから夜が明けて、理事長室まで押しかけていた。


「その時トージくん、なにか言ってた?」

「『部長が決めたことだから口出しするな』って……」

「コゼットちゃんとも話そうとした?」

「しましたけど、電話しても出ないし、部屋にもいないみたいで……」

「あ、そ」


 つばめの反応はそれだけ。樹里の中で、一度引っ込めた怒りのボルテージが再上昇する。


「どうして皆そんなに冷たいんですか!?」

「ジュリちゃんがそういう反応するのわかってたから、昨日ウチに帰りたくなかったんだよ……」


 つばめは弱った顔で、こめかみの辺りを指先でかいて。

 日頃のいい加減な態度とは一変した真剣な顔で、その指を突きつける。


「退部も退学も帰国もコゼットちゃんが決めたことだよ。キミが口出することじゃない」

「だけど部長は国に帰ったって、また閉じ込められるだけなんでしょう!?」

「そうだよ」

「だったらなんで――!?」

「じゃぁどうするの?」

「…………っ」


 樹里は言葉を詰まらせた。

 更につばめは舌鋒ぜっぽう鋭いままに、現実を知る厳しい大人の言葉を叩きつける。


「《魔法使いソーサラー》は人々からみ嫌われる邪術師。あのコの国は日本よりも、そういう認識が強い。だからあのコを遠ざけようとするのは、むしろ当然のことでしょう? それで? どうする? どうにかできる?」 

「…………」


 先ほどまでの激情をしぼませて、樹里は叱られた子犬のようにシュンとする。

 コゼットの行く末をはばむのは人々の意識。そんな巨大で根の深い問題を、どうにかできるわけない。人生経験の少ない女子高生なら当然、《魔法使いソーサラー》であっても同じだろう。


「考え方を変えれば、コゼットちゃんは幸せかもしれないよ? 一生閉じ込められるだろうけど、誰かの都合でいいように使われて、やりたくない事をさせられることもない」

「でも、こんなのってないですよ……部長はなにも悪くないのに……《魔法使い》に生まれたってだけなのに……」


 現実に理想を重ねる子供の我儘と理解しても、樹里は悲しげにつぶやくく。

 つばめはそれに同意するような息を小さくき、しかし顧問として厳しい現実を。


「ヘンなこと考えたら困るから、《魔法使いの杖アビスツール》を空間制御コンテナアイテムボックスごと渡して」

「えぇ!?」


 学生鞄と一緒に応接ソファに投げ出してある、ステッカーの貼られたアタッシェケースに思わず振り返る。

 別段暴れてやろうと考えてたわけではない。それに彼女は《魔法使いの杖アビスツール》がなくとも《魔法》が使えるため、少々の事態ならなくても困らない。

 しかし突如言われて、反射的に『困る』と思ってしまった。


「それからジュリちゃんに伝言。学校終わったら帰ってこいだってさ」

「や……? もしかして、つばめ先生が昨夜ゆうべ泊まったのって……?」

「うん。キミの実家」

「ってことは……今回のこと、実家ウチでも知ってるんですね?」


 恐る恐る問うと、つばめはアッサリ頷く。思わず額に手を当てた。


「あぅ~……帰ったら絶対にヘンなこと考えるなって叱られるぅ~……」


 無視することも不可能ではない。しかし家族からの言葉なので気がとがめるし、生真面目で素直な樹里の性格上、難しい。

 彼女は被保護者であり、保護者の言うことを聞く義務がある。少なくとも言い分が正統なものである以上は。

 そして今回、樹里の主張は所詮は感情論でしかなく、納得はできていないが、正当性は他にある。それが理解できる程度には子供ではない。


 肩を落とした樹里に溜飲りゅういんを下げた、つばめは表情をゆるめて、理事長として報告と忠告する。


「放課後、クロエちゃんが迎えに来るって連絡があった。その時コゼットちゃんも挨拶するみたいだし、その時まではいなくならない。だから変なこと考えずに、ちゃんと授業を受けるんだよ」

「…………」

「返事は?」

「はい……」


 樹里は仕方なく、アタッシェケースを残して、理事長室を後にした。



 △▼△▼△▼△▼



 初等部の授業開始時間を過ぎても、野依崎のいざきは今日も二号館サーバールームの地下で、パソコンに向き合っていた。

 本日はデイトレードではなく、渡されたディスクの中身のチェックしていた。


 彼女がいる四畳半ほどの部屋の片隅には、《杖》が立てかけられている。

 長さは一・五メートルほどの金属製で、飾り気は全くない。先端部はやや膨らんでいるが、あとは全く特徴がない簡素な見た目で、コゼットの《魔法使いの杖アビスツール》から装飾を全て取り除けば、こんな形になるだろう。

 そのディスクと《杖》の二つは、朝から地下室にやって来たコゼットが、彼女に渡したものだった。


「う゛~……」


 野依崎は額縁眼鏡を外し、ネコのようにグシグシ目をこする。


「面倒であります……」


 そしてオフィスチェアの背もたれに体重を預けて、ため息混じりにつぶやいた。心底面倒そうに。


 コゼットが持ってきた棒は、以前彼女がつばめに頼まれて急ぎ作成した、顔も知らぬ誰かの試作 《魔法使いの杖アビスツール》だ。ディスクのの内容は、《魔法使いの杖アビスツール》の整備――特に《魔法》を使わない方法――がまとめられたテキストだった。


 コゼットが行っていた《付与術師エンチャンター》としての役割は、野依崎が引き継ぐことになったらしい。

 急に帰国が決まったにも関わらず、テキストが用意されてるところを見ると、ずっと前から用意していたのだろう。野依崎を本格的に《付与術師エンチャンター》として仕込もうとしたのか、それとも以前から退部を覚悟していたからなのか、どちらかは不明だが。



 リクライニングした椅子に寝そべり、コンクリートと配線がむき出しの天井を見ながら、野依崎はボンヤリと考える。


 コゼットがいなくなることに対し、彼女は樹里とは違って大した感慨を持っておらず、『いなくなるのか』ぐらいの感覚しかない。

 だから、関係性をかえりみる。


部長ボスとは『友人』と呼べるのでありますかね……?)


 野依崎の人付き合いは極端に狭い。一月余りも登校しておらず、ここでヒキコモリ生活を送っているのだから、当然の話だ。

 その中で一番親しい相手といえば、やはりコゼットになる。時折ここに降りてきて、そして仕事を押し付けて、更に小言を言うばかりだったが。


 小言は心配されているからだというくらいは、野依崎も理解している。そして仕事を押し付けられるのは、コゼットがどうしようもなく困った時だけというのも、頻度ひんどを見れば推測もできる。


 そんな関係性を一般的にはなんと呼ぶのか、野依崎の頭では理解できない。


(友人の別れは寂しいとか、ものの資料には書いてあったと覚えてるでありますが……)


 しかし野依崎の心に、悲壮感も虚無感もなにもない。

 だからコゼットとは友人ではない――などとは短絡的に考えない。


(やはり自分は、ヘンなのでありますね……)


 しばし野依崎は、天井を見上げたまま考える。見た目どおりの社会経験のなさを自覚して。

 けれども見た目にそぐわぬ知識を動員して。《魔法使いソーサラー》としての技術と異常事態の理解も併用する。


 ジャージのポケットからメモ用紙を取り出し、寝そべったまま顔の前に持ってくる。

 

 いつからあったのか不明だが、朝起きて一度外に出た時、扉の隙間に差し込まれていたのに気づいた。

 差出人の名前はない。調べて欲しいと頼み、内容がいくつかメモされているいる。

 加えて関係のない言葉が、金釘流で書き殴られていた。


――面倒か?

――やらなければ、もっと面倒なことになるぞ?


 感情問題として考えることができないなら、損得勘定で考える。

 押し付けられた仕事と、仕事をしなかった場合、どちらがより面倒なことになるか。


「……面倒でありますねっ」


 野依崎は気合を入れて、反動をつけて椅子から身を起こす。

 そして使っていたパソコンのケーブルを付け替えて、ハッキング用OSの入った本体を起動する。


部長ボス。二一世紀の日本に、白馬に乗った王子は存在しないでありますが――」

 

 OSが立ち上がる間に、デスクの引き出しに放り込んでいた電子部品の塊と、パイプベッドの下に放り込んでいたを取り出した。


「どうやら鉄馬バイクに乗った《騎士》ならば、いるようでありますよ?」

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