020_1700 塔を出たラプンツェルはⅠ~errata_1~
「あの女……わたくしがワケあり《
「話したというか、なんというか」
樹里たちがクロエ王女との話やその様子を伝え終えると、コゼットは凶悪な顔で舌打ちした。
結局、一連のことを彼女に伝えることができたのは、放課後になってからになった。コゼットは地下にいたため携帯電話が繋がらず、自主的に部室にやって来たこの時間になった。
「それで、交戦したでありますか」
なぜか
「一撃かすっただけで、交戦ってほどでもないけどな……」
顔をしかめた十路は、頬の傷を指先でなでる。幾多の実戦経験がある彼からすれば、恐れるどころか不愉快レベルの話らしい。
「欧州陸軍連合戦闘団の人員も、一部入国してるようでありますし、本気で事を構えるつもりでありますか」
それは野依崎が以前、つばめに頼まれて調べていたこと。秘密にするように言われていたが、このような事態になった以上、秘密にするのが危険と彼女は判断したか。
「多分その件に絡んでくるでしょうけど、部長。クロエ王女からこれ渡せって頼まれました」
十路が指で
「両親からだって伝えろとも言われました」
片手で受け取ったコゼットは、十路が予期していた通り、即座にへし折ろうとしたが、追加説明で止めた。
「なんで親が出てきますのよ……?」
「そこまでは知りませんよ」
「もしかしてあの
「だけじゃないとは思いますけど、目的のひとつではあると思いますよ」
『そこら詳しく知りたいから早く確認してくれ』と言外に急かす十路に、野依崎が異を唱える。
「変なものが仕込まれてるかもしれないでありますが」
「そりゃねーですわ。USBメモリーくらいのサイズがあれば、爆弾とか化学兵器の警戒をする必要ありますけど、これなら仕込むにしてもコンピュータ・ウイルスが関の山ですし。それにあの女がイタズラ程度のくだらねー罠、仕掛けるわけねーですもの」
しかしコゼットが
「あの女がなんか仕掛けるなら、ガチで
「家族ですよね!?」
予想外すぎる告白に樹里は絶叫した。そしてコゼットに、荒事でも平然としている妙な度胸があるのに、今さら納得できた。
「話を聞いたなら、わかるでしょう? ワールブルグの《魔法》嫌いってのは、そういうレベルなんだっつーの」
「や、私にはわかんないです……」
「世界的には珍しい話じゃない。日本じゃそこまで《魔法使い》に過剰反応する人間少ないから、意外かもしれないけど」
次いで野依崎も、平坦なアルトボイスで感想を述べる。
「日本はそこまで過激でないのは、アニメやゲームといった、サブカルチャーの影響でありますかね?」
樹里にとっては、他の部員たちが平常運転なのが信じられない。
ちなみに世界標準はどちらかというと、十路たち三人だ。二一世紀の《魔法使い》はそういう悪意に
「しかもあの女、証拠を残しやがらねーんですわよね……証拠があれば、遠慮なく返り討ちにしてやれるっつーのに……だから表向き、仲のいい姉妹を演じなきゃなんねーですし、それがムカつくし、メタクソめんどっちいし――」
「あの、ご両親というか、公王ご夫妻はどういう反応を……?」
「…………」
恐る恐るの樹里の言葉に、
(ふぇ……!? まずい事言っちゃった……!?)
逆鱗に触れてしまったことを察し、樹里が内心で
「それで、俺たちはどうすれば? 部長の事情ですから、無関係といえば無関係ですけど」
「あー……巻き込んだのは申しわけないですわね」
だが気の抜けた十路の言葉に、威圧感は霧散する。コゼットは何事もなかったように金髪頭をガリガリかく。
(……え? あれ? 堤先輩が空気読んで助けてくれた? それとも偶然?)
十路の行動も疑問だが、同時にコゼットの反応にも、樹里は疑問を抱く。
日頃のコゼットなら、怒りを納めるとは思えない。
「わたくしの問題ですから、わたくしがカタつけますわよ……」
加えてなんだ。彼女の顔に浮かぶ、なにかを
「…………そうですか」
十路が思うところありそうな間を取って返事したことに、樹里は
「クロエ王女は部長のことを、童話のラプンツェルに
そして彼女が
「ラプンツェルが塔から自由になったのって、男を連れ込んで追放されたからだったと思いますけど、部長の場合は?」
聞き様によっては、とてつもなく失礼な言葉だった。コゼットも同じようなことをしたのかと、訊いてるようにも取れる。
(なんで空気読まなくてしかも逆鱗に触れるようなこと訊くんですかー!?)
樹里は内心で絶叫し、コゼットの爆発を予感したが。
「わたくしがラプンツェルね……なるほど、言いえて妙ですわね」
「……だけど現実には、白馬に乗った王子サマなんぞ、いやしねーんですわよ」
△▼△▼△▼△▼
なにか予感があったのか。いずれにしても良い知らせとは思えなかったのか。
部員たちの前でSDカードの中身を確かめようとせず、コゼットは部室からカードリーダーだけ持ち出して、どこかへ消えた。
彼女が部室から消えてしばらくして、十路もまたどこかへ消えた。行く先も告げず、なぜかヘルメット二個とバイクを持ち出して。
ともあれ樹里は、用件が終わっても地下室に帰らない野依崎に、ミルクと大量の砂糖を投入した紅茶を出す。
礼どころか顔すら上げない小学生女児は、引き寄せたキャラものマグカップを一口すすり、本を目から外さないまま口火を切った。
「これがラプンツェルの童話でありますか」
「や、有名な話だと思いますけど……読んだの初めてですか?」
部室の本棚には、《魔法》のイメージトレーニングのために、大量の本やDVDが積み込まれている。その中には神話や童話集などもあるので、野依崎はグリム童話の本を広げて読んでいた。
「誘拐拉致監禁された女の歌を聞いた王子が、不法侵入してヤって
「ダイレクトな説明に悪意を感じます!?」
「大体、縄ばしごを作るまでもなく、自分の髪を切ってロープにすれば、簡単に塔を脱出できるであります。なぜこの女はそれをしなかったでありますか?」
「や~、童話にケチつけられても……」
小学生らしくない物言いに、樹里は反応に困るが、それを気にする野依崎ではない。
ようやく本を閉じた彼女は、こんなところだけ子供っぽくマグカップを両手で持ち上げて話題を変える。樹里を相手にした会話というより、ひとりごとで考えをまとめてる、という感じだが。
「
「そんな人、いるんですか?」
「昔の
「んー……」
十路が主導したクロエとの会話と、その後のコゼットを思い出し、樹里は唸る。
なんというか、らしくない。偏見を含めたコゼットの印象からすると、物分りが良過ぎる気がしてならない。本来ワケあり《
そういう意味では野依崎の『留学していないのではないか』という推測も、わからなくもない。
「ま、
「部長たちの家庭教師をやってて、今は学校運営して留学の受け皿になってるんですからね……」
「
「つばめ先生……またなにかの策略に私たちを巻き込みましたね?」
「それが気になったから、様子を見に来たけど……」
樹里の非難を軽く流し、つばめは部室の中を見渡す。
「コゼットちゃんとトージくんは?」
「部長はクロエ王女からご両親からっていうSDカードを渡されて、それもってどこかに。堤先輩も別口でどこかに」
小さく首肯し、つばめもどっかりとソファに座り込む。指で樹里に紅茶を
「《
樹里はミニキッチンで紅茶を淹れながら、野依崎はソファで紅茶を飲みながら、その話に耳を傾ける。
「周囲の誰もに敵意を向けられる状況に、あのコはずっと
「
「うん。そこはなんやかんやで」
「普通、公宮殿に『なんやかんや』で入れないと思うでありますが……」
今現在、本来ありえない《
そんなことを思ったか、ひと言付け加えながらも野依崎は流した。
「あのコは死に物狂いで努力したし、結果を出せるだけの能力も持ってた。わたしが家庭教師として直接教えたのは、一年くらいだったけど、その時には高卒レベルのことは理解してたし、たどたどしかったけど、日本語も話せるようになってたっけ」
「《魔法》のことも、《
「そーゆーこと」
樹里の非難は、軽く流された。
「あのコは勉強を続けて、公宮殿から一歩も出ることなく論文を発表し続けた。論文博士なんて日本限定のガラパゴス資格だけど、それでも一〇代の女の子が取得すれば、業界でも話題になるよ。そのうち秀才王女に活躍の場をって話が出るのは当然。王家としてはコゼットちゃんを外の世界に出すのに反対だけど、公的には《
科学技術において、最先端の研究開発が成されている場所。しかもそこには、留学生を数多く受け入れる一貫校がある。距離が遠く歴史は浅いが、理学の博士号を持つ者が新たな勉強をするには、うってつけと言える学校がある。
それが《魔法》研究都市・神戸にある、つばめが運営する修交館学院だった。
「要する非公式の亡命だと認識したでありますが……」
ずり下がる
「
この《
「《魔法》を嫌悪する国の王族が、民間人の前で《魔法》を行使していれば、それを
「コゼットちゃんは時間の問題だって割り切ってた。あのコにとって普通の生活ってのは、とても大きな願い事だったってことだよ。すぐに終わるかもしれなくてもね」
コゼットが見せた、妙な割り切りのよさに納得する。
彼女はお花畑脳の乙女ではない。
普通の人にはなんでもない、《
やりきれない。
『魔法使い』などとファンタジーな通称で呼ばれる者たちでも、直面する現実には、どうあっても
『魔法』でなんでも解決、なんて真似はできはしない。
樹里は思わず唇を噛む。
「
野依崎は平坦で無感情な声で、誰とはなしにそれだけ。
「コゼットちゃんが決めることだよ」
つばめもそれだけ。安いパックの紅茶をおいしそうに飲み始めた。
スポ魂モノや学園青春ドラマならば、家の都合で部活や学校を辞める話が出てくれば、仲間たちが奔走し、感動の涙と共に
比べて支援部関係者は、部員も顧問も冷淡だった。
こういう部活動なのは、樹里もわかっているつもりだった。むしろコゼットがこれで退部したとしても、歓迎すべきことなのだろう。
命のやり取りすらあえりえる部活動なのだから、比べれば『実家の都合』でいなくなるのは、円満と言ってもいい。
でも、実際目にすると、やはり樹里は色々と考えてしまう。
少なくとも母国に帰ったコゼットは、幸せになれるとは思えないのだから。
そして、その道を選ばなければ、もっと困難が待ち構えている。
「……つばめ先生は、私たちみたいなワケありの《魔法使い》を集めて、なにしようとしてるんですか?」
つばめが
そして同様の国家に管理されていない
映画であれば、悪役が戦争を画策するか、秘密組織が正義の最強チームを作る展開だろう。
どちらにせよご免だと
「理由はふたつあるけど、ひとつは話せない。というか、話す機会がないなら、それでいいと思ってる」
話す気はないと断言し、同時に条件が合えば話すとも言っている。
樹里は早々に深く問うのを
「もうひとつは?」
「わたしは、この学校の理事長だよ?」
当然のことを当然のように、つばめは言う。それは常識のようでいて、とてつもなく非常識なのに。
「学生に学生らしい生活を送れる場を作るのが、理事長であるわたしの仕事。他に理由がいる?」
「…………」
《
建前だろうと正統な行動原理を笑顔で言われると、反論は当然、追及もしにくい。
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