010_1201 それが彼らの宿命Ⅰ~事は既に動いている~


 総合生活支援部の部室には、備品が多い。


【あなたたち……また自分の部活サボって来たんですね】


 筆頭は、しゃべるオートバイに違いない。


「いつものことじゃないですかー」


 ナージャが紅茶の用意をする小型キッチンも、元々ついていなかった。


「そーそー。いつものことだろー」


 和真が眺める本棚に詰まったマンガは、言うまでもない。


「イクセスさんがここに来る前から、入りびたってますからね~」


 カーディガンを腕まくりし、湯が沸く間にナージャがあさる冷蔵庫もそう。


「言わば俺たちが先輩だ!」


 和真が読む本を選び、体を投げ出す応接セットのソファも、もちろん。


【……言い方がムカツクので、カズマをいていいですか?】

「どーぞどーぞ」

「ちょ!? ナージャさん!? 危ないこと推奨しちゃダメでしょ!?」

「え? どうしてダメなんですか?」

「真面目にキョトンしてるよこの人……!」

「できれば下心満載でその気もない告白を、二度と聞かなくて済むようにして欲しいんですけど」

「なに……!」


 和真は立ち上がり、芝居がかった仕草で胸に手を当て、雄々しく愛を叫ぶ。


「俺はナージャをこんなにも愛しているというのに! なぜ信じられないんだ!」


 ナージャも芝居がかった仕草で、胸に手を当てて応じる。


「だったらあなたの本気、もう一度ここで見せて!」

「応よ! 男を魅せてやるぜぇぇぇぇ!」


 そして和真は、ナージャに抱きつこうと突進して。


「ぐぇほ!?」


 いつもの地獄突きに迎撃される。


「和真くーん? どこに手を伸ばしてるんですか?」

「かは……! げほ……! そのご立派なモノです……!?」

「これだからヤなんですよね~」

【バカみたいな小芝居ですね……】


 床でのたうち回る和真に、イクセスとナージャは、虫か地球外生命体を見る目を向ける。

 そんなところに。


「お疲れさま……です?」

貴方方あなたがたね……」

「お前ら、またド突き漫才やってたのか?」


 樹里・コゼット・十路、この部室の本来の住人たちがやって来る。

 ガレージハウスに部員と備品と部外者がそろう、放課後のいつもの光景だった。


「今日も勝手にウチの部室を……」


 コゼットが呆れ顔で、テーブルのチェスボードの駒を整理する。

 本日のファッションは、レースを使ったTシャツに、フリルのついたキュロット、ブーツサンダルというコーデ。王女だからといっても大人しめの格好ばかりではなく、足を出したトレンディな服装をすることもある。


「今さら文句を言っても仕方ないような……」


 曖昧な笑いをこぼした樹里が、OAデスクのパソコンを起動させる。


「つか、この部室、部員よりも部外者コイツらのほうが、よく使ってるんじゃないか?」


 十路は充電していたタブレット端末を手に、棚に詰められていたダンボール箱をひとつ下ろす。


「お前ら……! 俺が苦しんでるというのに……! 無視か……!」

「止めても繰り返すだろ」


 床に潰したダンボールを敷いて座り、床でまだのたうっている和真を無視し、十路は箱の中を改める。


 ちなみにナージャと和真のド突き漫才は、十路やコゼットはともかく、最初の頃は樹里が止めようとしたらしいが、心優しい彼女ですら繰り返しに半分諦めている。


「ところで……堤さんは何してますの?」


 マガジンラックから本を取り出し、チェス・プロブレムを始めながら、コゼットが問う。


「備品のチェックですよ」


 タブレット端末に、どの箱に何があるかを書き込みつつ、十路は答える。


「この部室、物が多いですからね~」


 カップに入れた牛乳を電子レンジで温めてる間、冷蔵庫に入っていたカステラを切り分けながら、ナージャが応じる。


「つーか、どうしてこの部室って、こんなに物が多いんだ?」


 箱の中は無秩序で、鋼板や棒材、ボルトやナットといった資材類、延長コードや中途半端な長さケーブルや結束バンドといった、電気工事でもやるのかという無秩序さ。更に接着剤やコーキング剤、使いかけのセメントといった補修材、それに工具と、日曜大工道具の成れの果てという雰囲気もある。ついでにテニスボール・ピンポン玉・金魚鉢・ビーカー・ライター・試験管などなどなど。

 電動の工具は動くか確かめながら、十路は訊く。


「このプレハブ、この部ができるまでは、実質倉庫として使われていたそうですわ。その辺りのダンボールは、その時からあった物ですわよ」


 自前のマイセンのティーカップが目の前に置かれ、紅茶を淹れてくれたナージャに目で礼を言いつつ、コゼットが答える。


「……ゴミ捨て場の間違いじゃ?」


 新たに下ろした箱の中から、バラバラになったマネキンが出てきて、さすがの十路もギョッとする。


「物置なんて、そんなものでしょう。ちなみに言うまでもねーと思いますけど、ちゃんと『備品』と呼べるものは、部の創設以後に用意したものですわ」


 ストレートのダージリンを口にし、コゼットは口元をほころばせる。ちなみにティーパックではなく、彼女が自費で用意した少々お高い茶葉だ。紅茶は彼女の趣味でもあるので、味にも少々うるさいが、ナージャの腕前は彼女の舌を満足させるに十分らしい。


「マネキンの残骸なんて取っておいて、どうする気だったんだか……」

「バラバラ死体に思われたら困るから、捨てるに捨られなかったんじゃ?」

「この学校、被服科とかファッション科なんてないのに、なんでマネキンがあるんですか?」

「漫画研究同好会の部室で、等身大フィギュアがあるそうですし、『そういう使い方』をされてたとか?」

「これが先代だったら嫌すぎる……」


 十路とコゼットの推測をよそに、誰とはなしにイクセスが訊ねた。


【いい機会ですから訊きたいのですが、なぜこの部室には、娯楽品が多いのですか?】

「イメトレのためだよ……あ、どうも」


 その疑問には樹里が答える。ちなみにナージャがデスクに置いたのは、百均で買ったティーカップに注がれたミルクティー。やはり牛乳から離れないらしい。


「《魔法》が知識と経験から作られるってことは、イクセスも知ってるでしょ?」

【はい】

「科学知識は、勉強すればいいんだけどね」


 樹里は自分の学生鞄から、図書館で借りている本を出し、オートバイに見せる。タイトルは『基礎プラズマ工学』とある大学生向けの本だった。


「だけど経験のほうは、そうもいかないことが多いから、映画とかマンガ見て、イメージトレーニングしてるの」

【つまり妄想力を鍛え、中二病を悪化させるのですね】

「イヤな言い方だね!?」


 イクセスが言うことは、あながち間違いではない。ただし樹里たち《魔法使いソーサラー》は、妄想を妄想で終わらせず、現実にしてしまうが。


「ところでナージャ」


 カップを渡そうと近寄るナージャに、十路は忠告する。


「和真に注意したほうがいいぞ」


 目を見開いてあお向けに転がる和真へ顎をしゃくる。膝丈プリーツスカートのナージャが、十路にカップを渡そうと近寄ると、必然的に中身を彼の視界にさらすことになる。


「……十路よ」

「なんだ、和真よ」

「なぜ黙ってくれない!」

「お前な……」


 『本気でそっち方面の思考回路しか働いていないのか?』と和真にジト目を向けた矢先。


「はい。そこで寝てると踏みますよー」

「んがっ!?」


 十路の忠告に従って、ナージャは和真の顔面を踏んで、キャンプ用品の金属製マグカップを渡してきた。遠慮も容赦もゼロだった。


「なんかピンクいものが一瞬――ぐあああぁぁぁぁっ!?」


 和真もりなかった。踏まれたことを幸いに、ナージャの脚の付け根をガン見しようとして、靴底でグリグリされる。


「あのー、ナージャ先輩……いくらなんでも、それはやりすぎかと……」

「それよかメール来てます?」

「大量に来てますね……」


 樹里は一応は止めようとしたものの、結局コゼットの問いかけで暴虐はスルーされた。割といつものことなので。


 このメールが、支援部の普段の活動となる。学内からの依頼を受け、《魔法》によって適宜てきぎ応じ、それに関する学生の反応などを調べる。レポートの提出を考えなければ、学内限定のなんでも屋に近い。ただし。


「『モテるようにしてください』」

「ンなの他人に頼る時点で無理。次」

「『幸せにしてください』」

「切実なのかもしれねーですけど、そんな定義が曖昧あいまいな問題、《魔法》でどうこうできる問題じゃねーっつーの。はい次」


 樹里が読み上げる内容を、コゼットはチェスボードから目を離さずに、即断即決していく。


「『私を男にしてください』」

「……一人前として認めてくれっつー意味です? それとも十八禁な意味ですの?」

「や、メール送って来たの、女の人みたいなので、どっちも違う文字どおりの意味では……?」

「だったら《治癒術士きすきさん》の専門分野じゃねーです?」

「や、私じゃ踏み込めないディープな問題ですので、お断りさせてもらいます……で……『花粉症をなんとかしてください』『お爺ちゃんがギックリ腰なんです』『風邪気味です』『鼻血がよく出ます。思春期だからでしょうか?』」

「それ全部、木次さんの管轄かんかつじゃねーですのよ」

「もぉ~……『この程度』とか言っちゃいけないですけど、この程度なら病院行ってくださいよぉ……」


 常人には不可能なことができる《魔法使いソーサラー》でも困る依頼か、『自分でなんとかしろ』と言いたくなるものが多いので、実際ほとんど活動することがない。大抵テンプレート化した断りのメールを返送するだけ。


「『魔法を教えてください。やっぱり三〇歳まで――』」

「アホか。次」

「『魔法使いになりたいです。やはり三〇歳過ぎても――』」

「……日本人はスゴいですわね。三〇歳未経験で魔法使いになって、四〇代ひとり暮らしで国を滅ぼすんですから」

「それ、違います……」


 こんな依頼(?)もよく来る。ちなみに当然ながら、常人と《魔法使い》の違いは脳なので、チェリーボーイであろうとなかろうと関係ない。


 順調に処理していたが、あるメールで樹里の作業が止まる。


「……あれ? 堤先輩? リミテッド・ライアビリティ・パートナーシップって会社から、メールが来てるんですけど」

「どうやってここの校内アドレス知ったんだか……」


 メールの内容よりもまず、十路はそこを気にした。

 疑問に答えたのはコゼットだった。


「宣伝してねーですけど、秘密にしてるわけでもねーですし、知ってる人間が少し調べりゃわかりますわよ」

「そんなもんですか」


 備品の整理をしつつの生返事なので、興味はなさそうだったが、それでも一応は内容を聞く意思を持っていた。


「で、木次?」

「えー……『先日は当方の者がご迷惑をおかけし、また息子が大変お世話になり、深く感謝申し上げる次第でございます。つきましては、謝罪と感謝に微意びいを示したく、食事会をもよおしたく存じます。関わりのお二方だけでなく、関係者ご一同様、なにとぞご来臨くださいますようお願い申しあげます。リミテッド・ライアビリティ・パートナーシップ最高経営責任者CEO、ヴィゴ・ラクルス』」


 丁寧な文面を読み上げて振り返る樹里と、さすがに作業の手を止めた十路が、顔を見合わせる。


「なんかありましたの?」

「や。昨日、堤先輩と一緒に、ちょっとトラブルがありまして……」


 コゼットに前置きして、樹里は昨夜の説明を始めた。

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