010_0201 現代を生きる《魔法使い》Ⅱ~木次樹里という少女~


 この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。


 しかし秘術ではない。

 誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。

 そしていにしえよりのものではない。

 たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。

 なによりもオカルトではない。

 その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。


 三〇年前、世界二〇ヶ所に突然出現した《魔法》の発生源である巨大建造物 《塔》により、世界は震撼した。

 どのような法則で出現地点を選ばれたか不明。南北極点、赤道直下の太平洋、大西洋、アラスカ、ロシア、オーストラリア他他他。

 そして日本にも、それは出現した。


 あらゆる機関が《塔》を研究しようとしたが、今もって解明されていない。

 三〇年間の研究で判明しているのは、それがいかなる方法でも傷つかない未知の物質で作られ、《マナ》を大気中に放出していることだけ。

 《塔》の正体はわからない。しかし地上部だけでも一万メートルもあり、地殻に深く突き刺さっていると予測されるそれが、どうにもならない物であることは理解でき、同時にどうこうするべきでない物だと判断された。

 よって国際連合による全世界的な合意がり行われ、人が入らない空白地帯を一〇〇キロメートルと定めて、それの保護と隔離を行われることになった。


 しかし日本に現れた《塔》は、広大な土地に生えているものと違って、容易に隔離できない理由があった。

 《塔》が出現したのは瀬戸内海の中央――淡路島だったからだ。

 島の住人は便宜が図られ移住させられ、あらゆる交通手段が排除されて、時間をかけて無人島とすることはなんとか可能だったが、問題は海を隔てた場所には、四国と本土がある。特に問題なのは本土側で、直線距離で五〇キロメートルほど、島の外周から四キロほどの海をへだてて、政令指定都市である神戸市が存在する。

 一五〇万人が住む都市を移動させるのは、不可能だった。

 そのために特例的に神戸はそのまま存在し、世界的にも珍しい《塔》に一番近い都市として《魔法》の研究都市として発展し、さまざまな分野の企業や研究機関がそれを解明・利用するために、この地に集まっている。


 そんな神戸には、一風変わった学校がある。

 研究者と家族で海外から渡って来た子女たちを留学生として受け入れ、国内外を問わず『世界で活躍できる優秀な人材の育成』をうたい、幼等部から大学院部までそろえた、今時では珍しい巨大一貫校。

 学校法人修交館しゅうこうかん学院という。



 △▼△▼△▼△▼



 五限目終了の休憩時間、学生鞄を肩に乗せて、十路とおじはその敷地に建つ四号館――高等部校舎の廊下を歩く。


 既に本日の授業は全て終わったらしいクラスもある。これから帰る者、部活動に行く者、まだ残ってなにかする者、ひとりで動くものも、友人たちとこれからの予定に話している者、様々だった。

 どこの学校でも見られる、よくある放課後の風景だった。ただしこの学校の場合は、染めないと中々いない地毛の生徒がいたり、肌の色が薄かったり濃かったりする生徒がいたり、宗教的な民族衣装の生徒がいたりと、留学生が多いのが少し違う。


 そんな中、階段の踊り場で立ち話をしている日本人女子生徒四人組がいた。そのひとり、背中を向ける生徒が、十路に見覚えのあるものを手にしている。


 彼女が学生鞄と一緒に持っているのは、ビジネスマンが使うだろうアタッシェケースだった。ステッカーが貼られて飾られているが、武骨な印象はぬぐえず、女子高生の持ち物としては奇妙に思える。


木次きすき

「はい?」


 その持ち主が、十路に呼ばれて振り返った。


 背は高くもなく低くもない。細身の肉体は高等部女子の学生服に包まれて、ミディアムボブの髪に純朴で柔らかい雰囲気の顔が収まっている。決して『すれ違う誰もが振り返る』などとは表現されないが、人好きのする魅力を持っている。

 外見の印象はそう強くない。どこかの学校にいそうな、ごく普通の女の子としか思えない。

 名前は木次きすき樹里じゅりという。見た目通り、一五歳の女子高生だった。


 しかし彼女に履歴書を書かせたら、絶対に無視できない特徴を持っている。

 彼女もまた、現代社会に生きる《魔法使い》だ。

 ただし話を聞くと、《魔法》を扱い始めてまだ二ヶ月の仮免運転という雰囲気なので、どうにも危なかしい。


「堤先輩? どうされました?」


 パタパタと近寄る様は、人懐こい子犬ワンコ。こんな感じで名前を呼ばれたら誰にでも、尻尾を振って近づきそうで、これがまた不安になる。


「部活で呼ばれただろ? なにこんなところでのん気にしてるんだ?」

「あ……友達と話し込んでから、時間の感覚がなくて」

「遅れたらまずいし、行くぞ」

「はーい」


 樹里はまたパタパタと、三人の女子高生のところに戻り。


「それじゃ、部活だから、また明日ね――」


 友人たちに挨拶して、そのまま十路と一緒に行こうとして。


「樹里。ちょい待ち」

「あぅ!?」


 そのひとりに首根っこ掴まれた。


「あの人、初めて見るけど……まさか、彼氏とか……?」


 本人は声を潜めているつもりなのかもしれないが、十路にも聞こえる音量だった。

 イキのいい彼女は、友人じゅりと親しそうな、初めて見るとおじを視界の隅に入れて詰め寄る。


「ついにパンツ見せてオトコとした!?」

「なにそれ!?」

「樹里って無防備じゃん! よくパンツ見せてるし!」

「人を露出狂みたいに言わないで!?」

「なに!? いつも『恋愛? カレシ? 恋バナ? なにソレ? 食べれる?』って顔してるのに!? やることやっちゃってるワケ!?」

「ややややや! やってないやってない!」


 顔を真っ赤に染めて、樹里は否定する。

 ちなみに力いっぱい否定されても、十路に思うところはない。部活仲間以上の関係ではないのは事実であるし、余計な口を挟むと巻き込まれるのは想像にかたくないので。


「堤先輩は部活の先輩! そういう関係じゃないってば!」

「「…………」」


 否定の言葉を、彼女たちに沈黙が宿る。

 しかしそれは年頃の女の子好みの恋愛話を否定されて、白けたのではない。


「先輩……?」

「同じ部活ってことは……」

「《魔法使い》……ですか?」

「まぁ、一応?」


 女子高生三人は十路の同意に、樹里を放置して詰め寄ってきた。


「お小遣いが少ないです! なんとかしてください!」

「資金があれば純金が作れる。ただし大赤字になる量だけど」

「詐欺です!」


 元気の良さげな後輩女子高生に、十路は事実を使って対応したのだが、不評だった。


「ちょっと気になる人がいるんですけど……どうしたらその人に見てもらるようになりますか?」

「拉致・監禁・調教のトリプルコンボ。気になる人はキミに首ったけ」

「犯罪です!」


 頬を桜色に染める恋する乙女に、十路は的確なアドバイスを送ったが、不評だった。


「もっと成績上げたいですけど……魔法でどうにかできますか?」

「成績上位陣を闇討ちしよう。相対的に成績が上がる」

「邪道です!」


 見るからに努力家と思われる眼鏡少女に、十路はわかりやすく提案してみたが、不評だった。


 真顔で答えた十路に、彼女たちは引いたらしく、代表して元気少女が恐る恐る訊いた。


「本気で言ってるんですか……?」

「冗談に決まってるだろ」

「や、真顔で言われると、冗談に聞こえないです……」


 ボソッと樹里がこぼす言葉を、十路は聞き流して続ける。


「その様子だと、木次にも同じ『依頼』をして、断られたクチだろ?」


 だから十路が《魔法使い》だと訊いて、彼女たちは目の色を変えたのだろう。

 こういう事は今までにもままあった。彼はぶっきらぼうに、しかし精いっぱいのサービス精神を発揮する。


「《魔法》でそういう事はできないけど、普通のバイト紹介、恋愛相談、勉強だったら、ウチの部活でも応じられる。その時はお気軽にご相談を」


 樹里に目配せして、十路は廊下を歩き始めた。



 △▼△▼△▼△▼



「なんだか友達がご迷惑かけたみたいで、すみません……」

「あの程度なら別に」


 頭ひとつ低い位置にある樹里の顔が、隣から十路を見上げてくる。まだあどけなさの残る顔は、不安げに眉尻を下げている。


 十路が転入してまだ一週間ほど。そして彼はあまり感情をおもてに出さず、平坦で愛想のない言い方が多い。

 だからよく行動を共にする樹里でも、不機嫌になってると誤解しても不思議はない。


 不機嫌ではないが、好ましいとも思っていない。だから十路は一応忠告しておく。


「ただまぁ、あの様子から察するに、頼まれごとした時に、曖昧あいまいなこと言ってはぐらかしただろ?」

「や、まぁ……」

「部活でいつもやってるだろうが。ハッキリ言ったほうがいい。《魔法使い》なんてファンシーな通称を誤解されたままで、良いことなんてなにもないぞ」


 横目で見る樹里の眉が、今度は寄った。理屈では正しいと理解していても、感情ではあまり納得できていない。


「ま、俺は人間関係半分捨ててるから、簡単に言えるんだろうけど」


 なのでフォローというか言い訳しておく。十路も樹里の友人関係に口を出すつもりはない。壊してでもしろと命令する権利も義務もない。


 すると今度は樹里の眉が徐々に険しくなる。彼の自虐的な言葉に不満あると訴えている。

 『出来損ない』などと自嘲する十路を、彼女は快く思っていない。誰も心地よく思いはしないだろうが、一月前には全然付き合いがなかった相手には、少々過分に思える感情だ。彼女は基本的に誰にでも親切なことを加味しても。


「そういえば、転入してから一週間か……」


 自嘲的な部分を直す気もないし、ここで樹里と言い争うつもりもない。十路はふと気づいたような口ぶりで話題を変えることにした。


「どうです? 慣れました?」

「慣れた……とは、まだ言いがたいか」

「部屋どうです? 困ってることとか、あります?」

「生活に困ってはいない」

「ご飯どうしてるんです?」

「一応は自炊。あんま手の込んだ料理は作れないけどな」

「それでも作れるなら、すごいじゃないですか」


 樹里と十路は同じマンションで生活している。学年が違うために、学校の中で世話になることはないが、生活面では彼女の世話になることが多い。


「じゃあ、学校はどうです? 前の学校とだいぶ違うと思いますけど」

「確かにかなり違うからな……」


 《魔法》を扱える人間は、非常に少ない。人ならざる知識を処理するための特殊な脳機能を持つ人間は、遺伝学的に数千万分の一の確率でしか誕生しない。

 そのため《魔法使い》は、世界的にも貴重な人的財産として扱うことを、法律で定めている国がほとんど。幼少期の検査で、適正があると判断された子供は、全寮制の教育機関に集められて生活し、一般教養と並行して専門の教育を受けることになる。


 十路が通っていた『前の学校』も、そういった特殊教育機関、通称・育成校だ。完全寮制、生活費も学費も全て国費でまかなわれ、次世代の発展に必要不可欠な人的財産を、未来を作り出す人材へと育てるとうたった国家機関。十路は静岡県にある富士育成校という学校に、少し前まで在籍していた。


 しかし修交館学院は、そのような特殊教育機関ではない。

 一風変わっているとはいえ、学生の九九パーセントはごく普通の人間が通う、普通の学校だ。国とは直接の関わりがなく、普通に生徒たちから授業料を受け取って運営されている。


「授業の内容が違うから、慣れるのにまだ時間はかかりそうだな」

「友だちとかは?」

「とりあえず親しいヤツもいるし、ハブられてはいない……やかましい連中が遠慮なく巻き込むせいだけど」

「あはは……高遠先輩とナージャ先輩ですか」


 樹里もふたりを承知しているから、様子が簡単に想像できるのだろう。半笑いの微妙な反応を示した。


 ふと十路は気づく。

 なんて普通の会話なのだろう。都市部の無関心な隣の住人よりは節介を焼き、家族やずうずうしい友人ほどは出しゃばらない。上辺だけの話ではないけれど、かといってプライベートに土足で踏み込む内容でもない。近すぎず遠すぎない会話は、非を見出せないほど普通だ。


「木次……」


 十路は疲れたような声で、彼女に求めた。


「これからも空気でいてくれ……」

「イキナリなんですか!?」

「考えてみたら、転入してから俺の周りって、アクが強いのばっかりだから……せめて木次だけは普通でいてくれ」

「それって、私が地味ってことですよね……」


 十路にとっては、一応褒め言葉だ。

 しかし彼女は『やっぱり地味なんだ……私って地味なんだ……』とションボリ顔でヘコんだ。


「いいじゃないか。普通。地味。無個性。うん」

「なにがいいんですかぁ!?」

「あのな、この学校じゃまだマシだけど、《魔法使い》ってただでさえ悪目立ちするんだぞ?」


 平坦な言い方で伝わるとは思えないが、十路は真剣味を声に込める。


「《魔法使いおれたち》が目立って、いい事なんて何もない。だから普通で十分」

「いろいろあったんですね……」

「ま、な」


 高等部の校舎を出て、彼らは山道を造成した階段へと向かう。

 修交館学院は山の斜面をひな壇造成した土地に、いくつもの建物が建っている。校舎を繋ぐ階段を樹里と並んで登りながら、十路は今更な確認する。


「それで、今回の部活って、部長の手伝いすればいいのか?」

「みたいですね」


 その人物を思い出す。

 四文字熟語で表せば、『容姿端麗』『音吐おんと朗々ろうろう』『天衣てんい無縫むほう』『才色兼備』など、褒め言葉のオンパレードになる。

 ただし性格に関しては、『温厚篤実おんこうとくじつ(?)』『聖人君子……に見える』など、オマケが付く微妙な評価になるが。


「メールには『講義を手伝え』しかなくて、詳しいことなかったんだが、どういう意味だ?」

「あ、それはですね――」

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