090_1410 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様ⅩⅩⅡ ~THE HERO !! ~怒れる拳に火をつけろ~~
「ぶへっ」
ナージャの《魔法》が解除された
『ナジェージダと交代するか?』
オルグは太刀を肩に担いで問うてくる。同じ島の中心部、比較的近い距離にナージャは離れただけなので、彼がその気であれば追いかける選択もありえる。
彼がそう問うこと自体が意外で、南十星にとっては予定どおりでしかない。《
「あったり前じゃん」
オルグは脚力で、南十星は熱力学推進で突進する。
槍と比べれば太刀は短く、懐に飛びこんで切り刻まれる心配はない。遅い来る刃を避け、かいくぐり、拳を振るう。
しかし鎧の胸板を破壊できない。発射エネルギーのみとはいえ機関砲に匹敵する南十星の全力パンチが完全に防がれた。
――《progress 95 percent(進捗状況95パーセント)》
(コンクリートか石じゃなくて、もっと別のものになってんのかよ……!)
以前オルグが《ヘミテオス》化した際の様子から、周辺の無機物を身にまとってるだけかと思いきや、変質してると考えるしかない。
しかも頑丈さの問題だけではない。衝撃にもビクともしない。オルグは平然と動き続け、殴り飛ばされる。
――《progress 97 percent(進捗状況97パーセント)》
(相手
格闘距離から間合いが広がったことで、オルグが攻め立てくる。剣舞だけではない。小規模ながら《魔法》を火力として
(やっぱ、ダメか……!?)
――《progress 99 percent(進捗状況99パーセント)》
オルグが強いのはわかっていた。以前戦った際には一矢
やはり元
打撃が効かないとなれば、狙うは大火力か関節技だ。しかしそれを許してくれる相手ではない。南十星が可能な戦略攻撃は準備時間が必要であるし、小さな彼女では巨躯のオルグの関節を極めるのは難しい。一撃で骨をへし折るカウンターは、隙を見せてくれる相手ではない。
――お前がもう少し普通の《
数時間前の、十路の言葉が脳裏に蘇る。
薄く笑いながら、血と共に開き直りが洩れる。
「ゴメン、兄貴……あたしは『普通』にはなれない」
勝つにはもっと異端になる必要がある。
――《progress 100 percent(進捗状況100パーセント)》
その覚悟が、鍵だった。
――《Environment-Control program, format "Sorcerous Close-quarters-battle Overlay Program" cryptographic compression format reorganization.(環境操作プログラム 形式『次世代軍事学型近接戦闘細分化実行巨大術式』 暗号圧縮形式再編)》
――《Executable format change――Multe boot.(実行形式変更 OS複数共存・選択式)》
――《Format rewriting――"Dab a Paw of Puss in Boots"(形式書き換え『靴履き猫のネコパンチ』)》
△▼△▼△▼△▼
「!?」
飛び込みざまに蹴りを放とうとした南十星の身に宿る《魔法》が、突如消え失せた。慌てた風情で少女は間合いを広げて動きを止める。
「変わった……?」
なにかの策とは確実に違う。ある程度は予測できるトラブルでもない。彼女自身も戸惑う不測の事態が起きたと、腹芸ではない顔色が物語っている。
『変わった……?』
回避でなく、南十星が唐突かつ半端に逃げたことに、オルグも戸惑いで動きを止める。
成長や変化とは、塵を積もらせ山を築くようなものだろう。日々の努力なくしてありえない。
しかし客観的に見ると異なる。それまでできなかったことが突然できるようになり、石を積んだように大きくなったと感じる。三国志のひとつ呉書に記された『
オルグはその瞬間が訪れたのを悟った。
「ちょっち待って」
だが見目なにも変わっていない。南十星はファイティングポーズを解除し、オルグに制止の手を突き出す。一見状況が見えていないとしか思えない、アホの子のままだ。
『前にも言うたが、その隙に攻撃されると思わぬのか……?』
「
呆れるオルグに、南十星は妙な信頼感と、子虎の挑発的な笑みを向ける。
「たった今、あたしはバージョンアップした。どんなか見てみたくない?」
「……ふんふん。なるほろ。あとはぶっつけ本番、やってみるっきゃないか」
しばらくして少女は頷いて、構える。
ボクシングや空手に近い、腰を浮かせた普段の構えとは明確に異なる。足を前後に開いて気持ち腰を落とし、重心は真ん中よりも後ろ側に置く。左手を肩の高さに、右手は腰の近くで開く。
中国拳法独特の構え、三体式。それも『軽い』形、
「DPPB
声に出して確認しながら起動される。以前と同様に《
地面が変形する。原始的な
「
突き出した左手には、腕輪のように圧縮された《
彼女が語ったとおり。明らかにこれまでの、南十星の身体能力と格闘技術に効果をプラスする《魔法》とは違う。『砲弾』ではなく『砲』の側、固定された彼女がその一部となる《魔法》だ。
「
駆動音を立てる仮想設備に向けて、南十星が半歩踏み込み、愚直なれど矢のような右中段突きを撃針として繰り出す。
そこまではオルグも認識した。
『な……!?』
だが、気付けば足が地面から離れている。
《
ハッキリと射線に青白い軌跡を残す、アニメのビーム兵器と見まがう攻撃だったが、命中点以外へも与える影響が大きい。だが亜光速にも届かぬ速度だったから、光学兵器や粒子線兵器とは確実に違う。
とはいえ実体弾兵器と見るにも異質すぎる。光の速さに遠く及ばぬにしても、既存科学では作り出せない極超音速だった。なのに、というか、だから、というか、弾体が
『プラズマ化した空気砲……!?』
核融合炉未満の、磁場で閉じ込める仮想の
だがその名のとおりとも言える。
形意拳の五行拳は、その名の通り五行――
そして五行の木は、文字そのまま植物を意味するだけではない。占いで使われる
『く――!』
『砲弾』から『砲』に変わっただけではない。以前の南十星も遠距離攻撃手段を持っていたが、今の彼女は正真正銘の砲撃を行う。
距離を
「
だが、オルグが踏み出した足に力を入れた瞬間に、彼女の再装填が済んだ。全身を小さくまとめた姿勢から、
同時に
《ヘミテオス》化して鎧をまとい、そこらの車輌よりも重いはずのオルグでも、耐え切れずに吹き飛ばされて姿勢を崩す。
「
『ぬぉぉぉぉぉっ!?』
そこへ上から斧のように、灼熱しプラズマ化寸前の金属粒子群――
『ぐ……! これだから、《魔法使い》は……!』
石の鎧を焼かれ、削られはしたが、転がって避けたためオルグの身体にまでは届いていない。
だから想定外の攻撃に心を乱しながらも、石の総面の下で苦笑を浮かべる。
「あたしの
南十星の体を支えていた《ゴーレム》の
そして頭の中身も戦い方も、丸ごと入れ替える。
「
《
直後に刀と籠手が交錯する。コマ落とししたかのように一瞬で少女が接近し、格闘技最速とも言われる手技を繰り出してきた。
移動方法は電磁力。熱力学のジェットエンジンで飛んでいたこれまでとは違う方法に、オルグもほんのわずか反応を遅らせて、カウンターで篭手ごと腕を切ることができなかった。
いつぞやは許さなかった白刃取りを許してしまった。
「おぉ~……頭痛しねぇ。扱いやすくなってら」
それだけではない。ほんの数パーセントの違いでしかないが、南十星の反応速度が上がっている。
だがトップカテゴリーは、わずかな差を競うもの。アスリートならば〇.〇一秒の速さが、一センチの高さや距離が、一点の評価が、勝者と敗者とを分かつ。
戦士ならば、生者と死者を。
OSから直接重いデータ
「
なにが行われたのか。
「
倒れるよりも前に、飼い葉桶を飛び越える馬にぶつかったように、空中で蹴り飛ばされる。
「
吹き飛ぶよりも早く、今度は
《魔法》も身体も効率的な運用ができるようになったといって、オルグがこうも少女に軽々とあしらわれているのは異常だ。
(重力制御……!?)
以前から南十星も限定的には使えた能力だが、実戦的な使い方ができるよう変化している。
本来の、形意十二形拳とは大きく異なり、意だけを汲み取り形はなぞっていない。
『《魔法》ひとつで、ここまで変わるか……』
オルグはゆっくりと起き上がる。
驚異的ではあるが、ダメージらしいダメージは受けてはいない。まだ全力を見せていないだけかもしれないが、機動性皆無火力全振りの
「なーに『お前の攻撃、見切った』みたいなこと言ってんのさ? あたしの《躯砲》は、今まである拳法のどれとも違うってのに」
だが南十星は、根本的な理解ができる部分まで見せていないと、子虎の凶暴な笑みを見せる。腰からバッテリーを交換し、腰の後ろに提げていたアタッシェケースから消火器を取り出しながら。
「
武芸や芸道で修行の段階を、伝位や段級位で示す他に、『守破離』と呼ぶ場合がある。
師や流派の教えや型・技を忠実になぞる基礎段階の『守』。
他流派の良きものを取り入れ、心技を発展させる『破』。なんでもアリな自己流のツギハギ拳法を使う南十星は、いわばこの段階にあった。
そしていま彼女は、完全独自の新しいものを確立した『離』の段階へと昇った。
「女のロマン、そのイチぃ~――!」
起動し直した全身の《
「ロケットパンチ!」
オルグは初めて見るが、生身の腕を切り離して飛ばすのも、彼女がよくやる戦法だ。今回の戦闘でも彼女はケーブルで接続した腕を飛ばすことで、接触型の《
オルグは余裕を持って、消火器を持ったまま飛来してくる腕を太刀で打ち払う。
「その二! 自爆!」
一度しか披露していないが、肉体を犠牲にして簡易的対戦車弾にするのも、彼女が持っていた戦法だ。
ただし今回は威力はない。ほんの一瞬隙を作るだけ、消火器を破裂させるだけで充分と、小さな肉片が欠けるだけの爆発に留まる。
噴出した消火剤で、オルグの視界が一瞬
当然オルグも警戒する。そして以前の、常人の彼であれば五感に頼るしかなかったが、《ヘミテオス》である今の彼には脳内センサーによる第六感がある。
煙幕を突っ切って突進してくる南十星も当然察知するので、カウンターを狙って太刀を振る。
それを避けられるのは、まぁ想定内と言える。南十星も《
だが突進してきたかと思いきや、すぐさま飛び退いて下がるのは、意表を突かれた。少女がなんのために近づいたのか、意味がわからない。
「擬似アルクビエレ・ドライブ・ライフリング形成開始!」
脳内センサーが感知する壮絶な異常も、物理学者ではないオルグでは、咄嗟に意味がわからなかった。
南十星が《
「その三! 気弾だぁぁぁぁっ!!」
少女はそう主張し、空間のねじれが集中する手元ではレンズのように光が集中しているが、気弾などという正体不明のエネルギー攻撃ではない。
アルクビエレ・ドライブとは、メキシコの物理学者ミゲル・アルクビエレが提唱した超光速航法理論だ。宇宙船の後方で小規模な
要は意図的に空間を歪曲させて、物理的に利用する。
しかもゴムのように引っ張って手放し、復元する『空間そのもの』を亜光速でぶつけるなど、聞いたこともない。
『――!?』
オルグはそれを、人類史上初めて、身をもって体験した。石の鎧が受け止められる限界を超え、それ以前に物理的な障壁を無視する衝撃に浸透される。
今度はオルグが砲弾と化した。人工島の中央どころか
海岸近くで瓦礫の山に突っ込み、ようやく止まったオルグは、敗北を自覚した。鎧は砕けて破片がまとわりつくだけ。全身の骨という骨が砕け、内臓も傷つけられている。《ヘミテオス》でなければ確実に即死していただろうが、半人外になってもいつまで保つかわからない。
――発展性……いや。自己進化、と言うべきか。
(危惧したとおりだな……)
肉体は若返っても老年の精神では、死を足掻こうという気になれない。荒い息を吐きながら、静かな気持ちでその時を待つ。
「おーい。おっちゃん。まだ生きてっかー?」
その時が来る前に、偉業をなした少女が近づいてくる。
ジャンパースカートはボロボロになり、小柄な体躯はあちこち血で汚れた満身創意だ。
「娘……いや、ツツミ・ナトセ……
「にひひ。土壇場で、今度は勝ったぜ」
しかし中性的な童顔は、快活な嫌味ない笑顔を浮かべる。とても生死をかけた戦った、敵に向けるとは思えない屈託のなさだ。
より異端に。
より狂い。
より『出来損ない』に。
訓練で無駄なものを削ぎ落す兵士とはあまりにも違い過ぎる形で、一級の戦士へと昇華した少女に問いかける。
「ひとつだけ訊かせよ……バージョンANRとは、なんの略だ……?」
ver.FFEはFist of Five Elements(五行拳)。
ver.FTAはFist of Twelve Animals(十二形拳)。
形意拳という武術を知ってさえいれば推測できる。
それ以上わからないのは、造詣の深さといった問題ではなく、単に堤南十星ではないから。
「
なぜ『Natose's spirit of romantic』や、せめて『My romance』ではなく、ローマ字表記で略しているのか。とうとう生体コンピュータまでアホの子思考に汚染されてしまったのか。
腕を組み、胸を張り、仁王立つ、無駄に自慢気な南十星に、そうツッコむ者はいなかった。オルグは割れた面の隙間から苦笑のようなものを覗かせて、動かなくなった。
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