090_1350 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様ⅩⅥ ~人生奥義~


(あぁ、もう! うざったいですね!)


 《ダスペーヒ》を部分展開した右腕を盾にするだけでは、銃撃をさばききれなくなってきた。学生服の下に着たスーツがなければ、既に死んでいる。


「まだ戦い方それを貫くか」


 太刀を振るいながらオルグが口を動かす。部隊の狙撃援護があるために、歯を食いしばるような打ち込みがないため、彼には手を動かしながら会話ができる。


「今さら《ダスペーヒ》と《加速ウスコレーニイェ》で強行突破は許してくれないでしょう……!」


 ナージャの《魔法使いの杖アビスツール》は改修しても、考えるだけではなく手で操作する仕様に変更はない。

 ゆえに間断なく戦いながらの《魔法》使用には大きな制限がある。オルグと支援部隊を渡り合いながら、操作ができる力量はナージャにはない。


「やはり、強さを求めてらなんだな」

「守りたいものを守れれば充分です……! もっとも……やっぱり上見れば際限ないでしょうけど……!」


 ナージャから間合いを外してカニ走りに埠頭を駆ける。突然挙動を変えたため、外れた弾丸がコンクリートの地面を砕き、コンテナの鋼板に穴を空ける。


 彼女が術式プログラムと戦い方を変えないのは、それだけではない。

 近距離戦闘に傾向し、《魔法使いの杖アビスツール》も小型なナージャの索敵能力では、狙撃者たちの位置が判然としない。

 なにより《ヘミテオス》となったオルグが、どんな隠し玉を持っているかわからない。

 《魔法》を無効化する敵と戦ったこともあるのだから、不壊ふえの《ダスペーヒ》も全面的に信用し、突っ込むのは命を縮めかねない。


 剣術とは悪く言えば詐術。間合いと剣筋をあざむくと同時に、それを無意識かつなんとなく読み合う。

 騙し騙されが当たり前。読み切れなかった者が刃にたおれる。


 うつるとも月も思はず映すとも水も思はぬ広沢の池。

 月は水面に映ろうと思わずとも、ただ映っている。水も月を映そうとは思わないで、ただ映している。

 間合いに敵の足が踏み込むと、水面に波を立て、水面の月は揺れる。無心無欲の境地となりて、敵の動きを見切る。相手の在り様に、泰然たいぜんとした対応をする。


 剣聖・塚原卜伝ぼくでんが詠んだとされるこの句は、剣術の奥義とされている。真剣での立会いにおいて、当たり前すぎて素人でも思いつく、けれども達人になっても忘れてはならない基礎中の基礎。


(水月のくらいには程遠いですね……!)


 剣士を自称しないナージャが、やはり横走りし追従したオルグの剣を弾きながら歯噛みする。

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