090_1060 邪術士たちは血で陣を敷くⅦ ~もしもおいらが…総理大臣だったら~


 情報番組の中継を映していたモニターが、リモコンによりオフにされた。


 そうして部屋にいる者たちは、誰ともなく、なんとなくの風情で室内を見渡す。

 お茶の間に突然堂々と姿を現した、人工島丸ごとという前代未聞な規模の立てこもり事件を起こしてくれた学生たちに、どう受け止めればいいのか戸惑っているのだろう。


 先ほどの生放送は、学生たちの行き過ぎたおふざけを見せ付けられた気分になった。とはいえ成人式で式典妨害するような熱狂とは違う。住民を追い出して以降、陸路を封鎖し侵入者に警戒しているなど、大まかでも計画立てられた動きをしている。

 かといってテロリストの武装蜂起とも異なる。冷徹さはあまり感じられず、狂気というよりノリとテンションで暴れている。


 なにもかもが、歴史上起きてきた事件とは違いすぎる。これまでの常識にまるで役立たず、対処法も確立していない。

 それでもここにいる者たちは、決断しなければならない。


 ここは首相官邸地下にある、危機管理センターの対策本部会議室だ。関係する主要閣僚が、神戸で起きた前代未聞の事件について対応すべく、昨日から集まっているわけだが。


 無言を貫いていても事態がよくなるわけはない。官房長官が口火を切った。


「まず……昨夜、人工島に潜入しようとした部隊は、全員拘束された状態で、本土側に漂着した船により帰還させられました。重傷者は多数ですが、命に関わる負傷は誰も負っておりません」

「殉職者がいないのは不幸中の幸いと言うべきか……」

「しかし、島の奪還と犯人の確保は、より困難になったと言っていいでしょう」


 最初に誰かが言葉を発したら、続く言葉が出てきて、ようやく議論と呼べる空気が形成されていく。

 だが内容は、事実確認を主とした堂々巡りで、進展があるとはとても言えない。決断力に欠け意思決定が遅れる、いかにも日本らしい政治風景が繰り広げられる。


「それに、既に亡くなった方はいます。民間人にも、警察と自衛隊にも……」

「それなのですが……殺されたのが誰なのか、わかっていません」


 丁度いいタイミングと、警察庁長官が挙手して発言する。


「昨日投入されたSAT隊員に、欠員がありません。隊員二名が惨殺された目撃証言が多数ありますが、撤退後、全員の生存を確認したと現場責任者が報告しています」

「自衛隊でも同様です。やはり隊員が殉職したという証言がありますが、全員生存を確認とのことです」


 陸上自衛隊幕僚長も続けて報告すると、誰もが困惑で眉を寄せる。

 ならば、殺されたのは一体誰だ。


「部隊が壊滅し、負傷者が病院に多数搬送されたとなれば、混乱して情報が錯綜さくそうしているのでは?」

「えぇ、まぁ……わたしもその可能性を考えたため、再確認を命じたのですが……」


 口ごもるのは、やはり欠員がいないという、同じ報告だったのだろう。

 となれば、なにかの間違いで、別の所属部隊の人員がまぎれていたという考えになる。すると確認には時間がかかる。


 口ごもってしまった幕僚長に代わり、警察庁長官が続けて報告する。


「加えて、一般市民の犠牲者についてなのですが」

「身元が判明したのか?」

「いえ、判明したといえばそうなのですが……」


 彼もやはり言葉にきゅうしたが、最も正確で理解しやすいだろう言葉が放たれた。


「『自分が殺された』という証言があります」


 だがやはり、返ってきたのは言外に『意味がわからない』と告げる沈黙だけ。


「遺体は回収できていないため、血液型・歯型・遺伝子など物的証拠はありません。なので映像や目視からの証言のみなのですが……知人や肉親による証言はともかく、犠牲者当人の証言までもあるのです。『自分が殺された』と……」

「……見間違いでは?」

「そう考えるのが自然ですが……」


 事件が起きた時、例外的に惨殺シーンが放送されてしまったが、人が死ぬ場面を直接目にする機会などそうない。仮にあったとしても、医師や警察官でなければ、凄惨な死体をまじまじと見ることなどできまい。

 見間違いと考えるのが自然だが、警察庁長官は言葉を濁した。


「仮に、犠牲者が生きているとしよう。なら、殺されたのは誰だ?」

「わかりません……」

「殺されたのはなにか見間違い、という線は?」

「目撃証言が多すぎますし、大半は素人でも即死を疑いようがない死因ですから、見間違いはありえないでしょう」

「集団幻覚といった線は?」

「重軽傷者は多数存在しますし、犯行グループが血痕を洗浄していたのを確認できています。死亡者は実在したと考えていいかと」


 なにせ相手は常人の不可を可にする《魔法使いソーサラー》だ。あらゆる可能性を想定しないと、状況把握すら困難になる。


「総理。こうなれば、本格的な軍事作戦により、事態収拾することを進言します」


 だがそれを許さじと、若い女の声が水を注す。誰かが言ってくれるのを望んでいながらも、同時に出すことを避けていた言葉で。


「あそこにいるのは、史上最強の生体万能戦略兵器。その気になれば国家を物理的に消し飛ばせる存在です。既に犠牲者も出て、人質になりうる民間人が退避しているのであれば、学生たちの死を前提とした奪還作戦を開始するべきです」


 なが久手くてつばめ――正確にはそう呼ばれているモノのひとつが、この場にいるのは不審であろう。

 本来ならば彼女がこの場に入室できるはずはない。神戸で暴れている学生たちの保護者役なのだから。警察の捜査でも、事件に近親者が関わっていれば担当を外されるものだ。

 ましてや彼女は、犯行グループの司令官役だった存在だ。この事態の黒幕とも想定できる。


 だが《魔法使いソーサラー》と犯行グループについて一番詳しい人物は、彼女をおいて他にいない。

 『長久手つばめ』が複数存在するなど考えもしない一般人が、一昨昨日さきおとといから彼女が東京に存在しているのを確認し、《ヘミテオス》を知らず常識的な科学しから知らない者が通信履歴など調べても、生身での擬似先進波通信を怪しむなど不可能だ。


 だから不審はあれど、アドバイザーとして、彼女はここにいる。

 その役目を果たすべく、彼女は指を立てる。


「彼らは爆弾を三つ持っています。ひとつは言うまでもなく攻撃力。残りふたつは『特定秘密の保護に関する法律』に抵触する情報です」


 特定秘密――漏洩ろうえいすると国家の安全保障にいちじるしい支障を与えると定められた機密情報。

 今回の場合は、《ヘミテオス》の情報と、一部の支援部員たちの経歴がこれに当たる。一八歳以下の子供を軍事兵器として国家が秘密裏に育て、うちひとりは人工的に作られたデザイナー・ベビーなど、明るみになれば大混乱確実のセンセーショナルな情報に違いない。為政者たちがどこまで知るかは不明だが、情報を集め精査していけば感づくであろう、未来人のコピーたる《ヘミテオス》や《魔法》の正体など言わずもがな。

 いずれは洩れるだろうが、できる限り先延ばしにし、公開は慎重を期さないとならない情報だ。

 しかも注目度もインパクトも違う。大々的な事件を起こした末で明かせば、建前上では民主主義・人権重視の西側諸国政府は吹っ飛びかねない。


「交渉はできないのだろうか……?」

「犠牲者が出た段階で、とうに過ぎているでしょう。やってしまったら国際的な禁止原則である『テロリストとの交渉』になります」


 おずおずと出された意見も、バッサリと切り捨ててしまう。


「《魔法使いの杖アビスツール》は、外部からセキュリティをかけられるんじゃないのか?」

「ここにられる方々ならご存知かと思いますが、自衛隊の装備開発を担う装備実験隊に所属した《騎士ナイト》と、『初源の《魔法使いソーサラー》』の薫陶くんとうを受けた世界最高クラスのハッカーがいます……想定外なのは否めませんが」


 責任追及かなにか知らないが、出てきた質問には嘘をつく。支援部員の《魔法使いの杖アビスツール》は、セキュリティは最初からかけられていない。


「今後に話を戻しますと……《魔法使いソ-サラー》の危険性を広く周知し、正統な理由をもってして抹殺する。それも短期間で準備可能な最大の攻撃力で一気に。これが最良にして唯一の方法だと進言します」


 冷徹なつばめの言葉に、会議室内が静まり返る。


 それしかない。あまりにも支援部という爆弾は大きすぎる。月単位、年単位ならばまた話は変わるだろうが、許される期間内であれば、決断が遅れるほど爆発した時の威力が増す。消耗を待つ時間がない。


 とはいえ、民法改正で成人年齢が引き下げられても、犯行グループの半分は就学中の未成年者だ。子供たちを大人たちが寄ってたかって殺す決断など、イメージが悪すぎる。


 しかも《魔法使いソーサラー》の待遇といった原因を作ったのは、この部屋にいる者たちではない。受け継がれた仕事をやらなければならないのが政治家、大臣だと理解していても、人間的な感情が『なぜ自分が手を汚さなければならないのか』と忌避きひするだろう。


「不可能を承知で申し上げますが、わたしにゆだねていただけのであれば、やります。それがわたしが、総合生活支援部を作った責任だと思いますから」


 だからこそつばめは、支援部員たちを殺さなければならないと断言する。


「それにこれは、日本だけの問題では済みません。今回を切っ掛けに、旧人類と新人類が争う未来が起こり得ますから、厳正な対処が必要です」


 新人類まほうつかいは抑圧され、搾取される人種だ。建前上はそんな事実はなく、使う側は引き換えに地位や富を与えていると思っているだろうが、使われる側は理屈ではともかく感情では納得しきれないが残る。


 政治にとっての《魔法使いソーサラー》とは、外交・内政の駆け引きの手札。

 経済にとっての《魔法使いソーサラー》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。

 軍事にとっての《魔法使いソーサラー》とは、自然発生した生体兵器。

 国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。


 先天的脳機能異常という神がサイコロを振った結果と、《魔法》を使えもしない老人たちが作った社会システムで、そんな立場を押し付けられて、完全な納得ができる者が果たしてどれだけいるであろうか。

 『化け物』などとののしられながら、その立場で相応しい働きをするなど、覚悟を持って『自分で選ばなければ』不可能だろうに。


 新人類まほうつかいが旧人類たちにケンカを売った形である今回の事件は、先々その不満を大きく燃え上がらせる火種になりうる。一〇年どころか一〇〇年先の見通しが必要な政治の世界では、絶対に無視できない。


「それに……支援部は消滅したほうが都合いい方も多いのでは? 国会内でも大陸系の団体から支援されている方々もいらっしゃるでしょうし」


 ついでに悪魔の笑みで釘を刺す。国政にもXEANEの傘下からの支援、ひいてはスー金烏ジンウーの影響下にある人間も多いだろうと。

 この会議室内でどうかは、あえて触れない。



 何度目かわからない、長い沈黙があった。


「……以前、在日米軍と自衛隊の警戒を進言したのは、このためだったのですか?」


 防衛大臣が、それを破る。


「それはその時ご説明したように、スー金烏ジンウーに連なる《魔法使いソーサラー》たちが日本へ秘密裏に集結するから、最大級の警戒を忠言しただけです。具体的にはわからずとも、何事も起こらないと考えるのは、あまりにも楽観的でしょう?」


 つばめの返答を支援部員たちが聞いていれば、『まーた理事長の策略かよ……』とゲンナリしているだろう。部員たちが警戒していた国内戦力の動向は、彼女が発端と言っていいのだから。


「ですが、この事態においては、その準備は支援部に対して使う以外にありえません」


 やはり支援部員たちがいたら『うわー……白々しい』『間違いじゃありませんけどね?』『こうなるのも折込済みだったろうに』と半眼を向けているだろうが、残念ながらそこまでプライベートを知る者はこの場にいない。

 言葉の裏を読まないとならない政治家といえど、自分で育てた組織を自分で潰す悲痛な覚悟に思えるのだろうか。


「……なが理事長。いえ、あえて『巫女様』と呼ばせていただきます」


 頭こそ下げないものの、防衛大臣がうやうやしい態度で話しかける。


「あー。そのあだ名、あんま好きじゃないんだけど。それに政教分離が原則の国政を預かる立場でまずくない?」


 つばめは、プライベートを知る者同士の、砕けた態度と苦笑で応じる。


「そうでしょうが……今だけはご容赦ください。わたしが議員一年生の若造だった時、代議士だった父と共にあなた様に言われたお言葉、今でも覚えております」

「あ~……確か、資源公社のことだったっけ? 別に予言とかじゃないんだけど」


 未来人ヘミテオスならば、多少物事を知っているだけの話。異能・超能力などといったものではない。

 それで世の流れに少しだけ、自分の都合のいいように手を入れるため、政界・財界の者へ助言を与えただけ。

 大なり小なり、この部屋にいる者は、そのように彼女と関わっている。


 とはいえ、一寸先は闇の世界で生きる政治家は、信心深い者が少なくない。自称霊能者に判断を完全にゆだねるほどのめり込む者は少数だろうし問題あるが、頭を整理するための助言を求める程度ならば、神仏に祈る者は多い。そんな相手に的確な『予言』を与えるつばめは、そのように思われても致し方ない。

 しかも一年生議員が大臣職を勤めるベテランになる時をても、若々しさを保ち続ける女なのだから、『巫女』などと呼ばれるに相応しい神秘に見えるかもしれない。エーカゲンな本性を知らなければ。


「あなたがそう判断するのが、誰にとっても一番ということでしょうか?」


 繰り返すが、先進国の、大臣にまでなった政治家が、政治とは無関係な人間の言葉に、唯々いい諾々だくだくと従うようなことがあってはならない。

 それでも決断の、最後の一押しにする程度は、許されるであろう。


「間違いなく。批難や被害はゼロにできないけど最小だし、決定的な破滅は確実に回避される」


 策略家つばめでも、今回の先行きは読めない。

 支援部員という実働部隊をすべて失う可能性から、十路が立てた『一番上手く方法』が成功するまで、あらゆる可能性が共存している。

 そして、どの結果になってもいいように、つばめは動く。


(こっちはなんとかなりそうだよ。『わたし』)



 △▼△▼△▼△▼



「こっちは準備オッケーだよ。『わたし』」


 東京からの擬似先進波通信による無線連絡に、別のつばめは答える。


 彼女がいるのは、標高一万メートル。なんら防護装備を身につけず、淡路島に建つ《塔》の頂上に立って通信している。


 更に。


(つばめちゃん二五号もオッケー)

(こっちはいま着いたとこー)

(大西洋の《セフィロト》もオッケー)

(ついでだから異議を申し立てる! わたしをクソ寒い南極に向かわせたのは誰!?)

(他の『わたし』の満場一致)

(オーストラリアにいたんだから丁度いいじゃない)

(そーだよ)


 何人もの『長久手つばめ』が同じ声で脳内で会話する。

 ただの複数人による音声通信だというのに、支援部員がその光景を思い浮かべたら、『悪夢だ』と表情を殺すのではなかろうか。


(こちらゴビ砂漠のつばめちゃん八号! 邪魔されて近づけない! 応援プリーズ!)


「さすがにスー金烏ジンウーのお膝元はガード固いなぁ……こうなればリヒトくんとユーアちゃんを送りこむしかないかぁ」


 支援部員たちとは別に、彼女は彼女で戦っている。

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