090_1100 彼女らはそれでも青春を確かに見たⅠ ~年上だから~


【通信妨害装置を自爆させたの、三時間も前なんですけどね】

「向こうにしてみれば、なんの煙かわかってなかっただろうから、封鎖解除をすぐ気づけって無理あるだろ」


 どうやら支援部の迎撃体制解除は、自衛隊側も気づいたらしい。

 暗視カメラを搭載しているであろうドローンが、島中を飛び回っている。


【プロキシ・ダイナミクスのブラック・ホーネットって、自衛隊では購入していないんですか?】

「評価試験用なら知らんけど、制式装備としては買ってないはず。手の平サイズとはいえラジコンヘリなのに、ちょっとしたミサイル並の調達価格だし」


 飛んでいるのは、世界各国で採用されている軍用マイクロ無人航空機UAVではない。家電量販店や模型店などの市販品を緊急的に徴用し、大急ぎで確認しているものと思える。


 見渡せば、一〇〇万ドルの夜景はいつもよりも暗い。

 神戸市に広く避難勧告めいれいが発令された。特に中央区には一般人は存在しないだろう。


「それにしても、ようやくここまで引っ張り出せたか……」

【国内の事変とはいえ、普通ありえないちょぱや対応ですね】

「俺たちにとしちゃ、立てこもる時間が短くてありがたいけどな」


 赤外線暗視と望遠、夜の闇と距離を《魔法》で突き破ったとおは、脳機能接続し同じ情報を得ているイクセスと話しながら、安堵のため息をつく。


 怪獣が上陸予定の海岸みたいに、戦車がズラリと並んでいる光景は作られていない。やはり危険と判断されただろう。

 その代わり、六甲山系山稜の至るところで光と動体を確認できる。

 戦車砲の射程はわずか一五〇〇メートルしかないが、照準装置に捉え目標を正確に撃破可能な距離だからだ。最大限飛ばせる距離なら十数キロはある。間接照準射撃を目的とする自走砲ともなればその倍は飛ばせる。市街地を飛び越し、優にポートアイランドを攻撃圏内に収める。


「おおよそ想定どおりの布陣と見ていいか」

【まぁ、物量作戦でなければ、戦略兵器で大阪湾沿岸ごと焼き払うくらいしか、選択肢がないでしょうし】


 さすがに脳内センサーの効果範囲外なので、本格的にレーダーシステムを《魔法》で仮想構築して探ると、航空機や船舶の反応が返ってくる。

 できるだけ高さを取って索敵しているが、さすがに太平洋までは水平線の陰に入って観測できない。だが空の様子からして、まだ布陣は構築中だと判断する。


「そろそろか?」

【即なにかが起こるとは思えませんから、他部員の様子を見てきたほうがいいのでは?】

「そうだな。脳機能接続は無線で維持して、レーダーもこのままにしておくから、変化あれば連絡くれ」


 《使い魔ファミリア》に断ってビル屋上から飛び降りる。《魔法》の磁力で落下速度を削って、膝を曲げて路面に着地する。


(人目はないし、レポート提出もないし……《魔法》使いまくりだな)


 《魔法》を使用を躊躇ためらう理由以前に、陸路の遮断と同時にライフラインも切断されたため、エレベーターは使えない。必要もないのに何十階も階段で降りるのは勘弁させていただきたい。


 最短距離で路面に下りた十路は、ホテル前に駐車しておいた原付スーパーカブまたがる。《バーゲスト》は訳あって、屋上から動かせない。


 走り出そうとした時、落下してきた物体がストンと肩に着陸する。直前に落下スピードを殺したようで、十路はよろめくことなく体重を受け止められた。


「……フォーさんや」

「なんでありますか?」

「なぜ俺にパイルダーオン?」

「肩でドッキングでもパイルダーオンでありますか?」


 肩車状態のまま、上下反対に野依崎が顔を覗き込んでくる。


「道路交通法違反はこの際スルーするとして、せめて乗るなら後ろにしろ」


 さすがに肩車で二人乗りタンデムは十路も経験がないし恐ろしすぎる。銃を入れるソフトケースの背負い方を変えると、野依崎は素直に肩から降りる。


「……フォーさんや」

「なんでありますか?」

「俺、後ろって言ったよな?」


 が。なぜか野依崎は後ろではなく、シートの先端を小さな尻で確保して、十路の前に乗ってきた。


さいなことであります」


 しかし『そのまま行け』と野依崎はとんちゃくしない。


 気まぐれなネコみたいな少女なので、ワケわからない行動は今に始まったことではない。

 手元の操作だけで事足りる運転なので、ちんまい子供を前に乗せても大して邪魔にならない。

 犯罪史に名を残すであろう大事件を起こしている最中、道路交通法の遵守など今更なので、ノーヘルと原付での二人乗りはスルーする。


 そう納得すると、十路はカブ特有の小気味よい排気音を鳴らして発進させた。

 風を切るほどの速度は出さないし、そもそも出ないので、無線を使うまでもなく会話できる。


「もしかして、俺に用事だったか?」

「用事と呼ぶほどでもないでありますが。ちょうど十路リーダーが飛び降りたところだったので、追いかけたであります」


 用があるなら無線で事足りるだろう。だが連絡事項と呼べるほど明確でもないから、わざわざ来たらしい。

 しかし野依崎はその用件を話す様子がない。十路にもたれかかり前を見つめている。赤髪の頭頂部しか見えない現体勢では、彼女がどんな顔をしているか確かめられない。


「で。なんの用だよ?」

「特には」

 

 結局野依崎がなにしたいのかわからない。

 とはいえ、やはり気まぐれに体を寄せてくる少女なので、まぁいいかと十路も訊かない。寝てる間に布団に潜り込まれて肝を冷やしたことを思い出せば、この程度は可愛いもの。

 十路も野依崎も用がなければしゃべらない性質たちのため、沈黙は苦にならない。強化服の固い感触を感じながら原付を走らせる。


「……十路リーダー

「ん?」


 空港島に繋がる神戸スカイブリッジを走り始めた頃合に話しかけられた。


「さすがに今回は……怖い」


 エセ軍人口調だけでなく、エンジン音で消えそうなほどの細い声だ。いつもマイペースな彼女らしくないと思ってしまう。

 同時に納得もする。幾度となく死線を潜り抜けてきたとはいえ、まだ十一歳の少女なのだ。


「――などと弱みを見せたら惚れるでありますか?」

「…………」

「あうちっ!?」


 一転し、いつもの無表情で振り返り、いつもの平坦なアルトボイスを投げかけてきたから、十路は片手運転でゲンコツを落とした。


「お茶目はいらんから、フツーにしててくれ」


 そしてそのまま赤毛頭をグシグシなでる。


 どこまでかはわからないが、全てが嘘ではあるまい。

 戦うのが怖い。傷つくのが怖い。死ぬのが怖い。誰でも持ってて当たり前で、決して克服してはならない。人造 《魔法使いソーサラー》だろうと変わらない。

 意外と意地っ張りなところがある少女だから、素直な吐露をせずに、半端でも誤魔化したのだろう。


「当初の予定外に、かなりキツいこと押し付けることになるけど、大丈夫か?」

「やるしかないでありますよ……さすがにロナルド・レーガンやハワイは、ネット越しではハッキングできなかったでありますからね」

「他は大丈夫なのか?」

「同型が多いので、データの入手経路は複数存在するでありますからね。やはりそのふたつは最高機密でありますから、比べたらどうしても機密性は一段落ちるであります」

「あと、拡散のほうは?」

「島中に仕掛けたカメラが無事な限り、自動的に撮影映像をサーバーにアップロードし続けるであります。それをどう発信するかは、放送部のお手並み拝見といったところであります」


 一応は必要な連絡を共有している間に橋を渡り切り、目的地である神戸-関空ベイ・シャトルのアクセスターミナルに辿り着く。やはり海上空港である関西国際空港とを最短距離で直通する、高速船乗り場だ。


 周辺に偵察ドローンがないのを確認し、原付を停車させると、野依崎は地面に足を着けず《魔法》の光を発生されて浮く。


「それで十路リーダー。今作戦にあたり、ひとつ必要なものがあるのでありますが」


 同年齢平均よりも小柄な少女は、日本人平均身長の十路と比較しても、胸の高さほどしかない。だから浮いて同じ高さに顔があるのは非常に奇妙に思える。


「部長に相談してくれ。俺じゃ今からは――」


 対応できない、と続ける前に、野依崎の唇によって強制的に口を塞がれた。


「It's a shot in the arm.(景気づけであります)」


 触れるだけで離れると、そのまま飛んでいった。


(……やっぱアイツ、なに考えてるのかわからん)


 とりあえず、柔らかかった。


 所在なく唇に触れながら桟橋に歩いていくと、エンジン音で十路の来訪を気づいていたていで、杖を肩に立てかけたコゼットが話しかけてくる。


「フォーさん上機嫌でしたけど、なにかありましたの?」

「そもそもフォーの上機嫌が想像できないんですが」

「雰囲気?」

「それ部長の気のせいじゃ?」


 軽口を叩きながら桟橋に並んで立ち、コゼットが最終確認をしていたと思える物体を見下ろす。

 停泊している双胴高速艇の側に、妙な物体が海中に半分沈んでいる。


「大変でしたわよ……パクったちんまい潜水艇二隻だけじゃ、結構な改造が必要でしたし」

「潜水艇の図面データとか持ってます?」

「いや、さすがにねーですから、仕方ねーのは理解してますわよ……」


 半分以上沈んでいる物体は、橋の博物館と海洋博物館に屋外展示されていた潜水艇二隻に改造を加えたものだ。屋外展示物なら外装のみ。そこに機械を入れて動くよう即席改造したのだから、《魔法》を使ってもそこそこ大変な作業だったろう。


「しかも《ゴーレム》殺して危険性をアピール……いくら知り合いの外見データ使って時間短縮しても、メチャクチャ大変でしたわよ……」


 今のところ、この事件での死者は出していない。盗んだ食肉を材料に作り、やはり盗んだ服やミリタリー装備を着せた《ゴーレム》を、見せしめに惨殺しただけだ。


 つばめからの直接連絡で、政府首脳陣にこの誤魔化しが不審がられているのは知っている。もしも偽物だと完全にバレていたら、協議や様子見が続いているだろう。

 世論の賛同を得られ、軍事作戦による解決を決断するほども、支援部は残虐で危険と知らしめなければ、こんな短期決戦は望めなかった。

 三次元物質操作クレイトロニクスに精通した《ゴーレム》使いであるコゼットがいなければ、十路が組み立てた作戦のスタートラインにすら着けなかったかもしれない。


「部長に仕事押し付けて申し訳ないとは思ってますが、おかげで当初の想定よりもスムーズに現状まで持っていけました」

「ンなセリフ吐くなら、ちったぁ悪びれた顔しやがれっつーの……もしもわたくしが参加しなかったら、どうするつもりでしたのよ?」

「そこはまぁ、臨機応変に?」

「貴方に任せなくて正解な気ぃしますわ……」


 金髪頭をガリガリかいて、美貌を歪めてしかめたと思えばゲッソリ顔に。プリンセス・モードしか知らない人間はともかく、地を知る十路には見慣れた表情変化だ。


 いつものやり取りと気を抜いていたので、ネクタイが引っ張られるのに抵抗できなかった。

 日本人女性平均と比べたら多少大柄だが、海外の平均値だと小柄になるだろう。コゼットの顔と同じ高さまで引き下げられた。なのに彼女は下からめ上げる。


「こないだも言いましたけど、ちったぁ頼れっつーの」

「でも部長に頼ったらクソ面倒だのなんだの、文句言うでしょう?」

「ンなの決まってますわよ」

「なんつー理不尽な……」


 姉貴分のせいで『年上女性は横暴』という偏見にんしきがある十路はため息ひとつで済ますが、割とヒドい。


「バーカ。男だったら甲斐性みせなさいよ」


 王女様らしくはないが、コゼットらしく屈託なく笑う。


 そしてそのまま唇が軽く重ねられた。紅茶混じりの吐息を感じたと思ったら、すぐ離れる。


 多少頬を紅潮させたコゼットは、呆れ顔を作る。


「……顔色ひとつ変えやしねぇ。女慣れしやがって、ホント可愛げねーですわね」

「ご要望なら可愛げ発揮しますけど」

「想像ですけど、堤さんが考えてる『可愛げ』って、キモいだけな気しますから結構ですわ……」


 ネクタイを手放した手が、ひたいつつく。その勢いに押されたように、十路は姿勢を正す。


部長ボス。そろそろ出発するであります」


 タイミングを見計らっていたように、潜水艇のハッチから野依崎が顔を出す。


「んじゃ、ちょっくら行ってきますわ」


 必要なものは既に艇内に入れてあるか、身につけている。杖だけを持ち、コゼットは微笑む。


「気をつけて」

「えぇ」

十路リーダーも」


 キスを交わしても色気なく素っ気なく。

 戦闘前でも悲痛感なく緊張感なく。

 彼女たちは戦場へとった。

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