090_0410 普通ではなくても彼女たちのいつもⅡ ~誰かあいつを知らないか~


 日本の遙か南の洋上で発生した熱帯低気圧は、台風シーズンも終わる季節はずれの台風へと発達した。

 本土上陸したら被害はまぬがれないだろう大型台風だが、幸い夜半に近畿・東海の沿岸を雨雲がかすめる程度のコースで北上したため、世間では大して話題に上ることはなかった。


 しかし太平洋上は大荒れだった。けぶるほどの風雨が叩きつけられ、一〇〇トンを越える大型漁船が水面みなもに浮かぶ木の葉のごとく波に翻弄される。

 今にも転覆しそうだが、船員たちは荒海に落ちないよう必死にしがみつきながら、助かるための船外作業をしていた。


 だが急に静かになる。雨は完全に止み、風はそよ風程度になる。さすがにまだ波は高くうねっているが、星が見えるほど夜空が晴れた。

 台風の目に入った。

 船員にとっては一時息をつける余裕だろうが、そう長くない。しばらくすれば再び翻弄される地獄の時間になるため、それまでに状況を回復させようと、船員たちは作業がやりやすくなった船上で動く。


 そこまではよかろう。多くはないだろうが、船乗りならば経験しても不思議はないトラブルであろう。


 だがシュタッと軽やかに女が降って来たら、さすがに話は変わる。作業着とはとても呼べない普段着姿に安物の雨ガッパを重ねて、足元は船上では踏ん張り効かないオシャレ重視のショートブーツを履いた、慌しい船上とは思えない軽装で。

 しかもコスプレ小道具めいた、身長ほどもある杖を持っている。


「Did you ask the Japan Coast Guard for rescue?

(海上保安庁にSOSしたの、こちらの船ですわね)」


 見た範囲で外国人の船員が多いため、コゼット・ドゥ=シャロンジェは英語で呼びかけたが、誰も反応しない。言語の問題か首を捻りながらも、同じセリフをスペイン語やポルトガル語で呼びかけると、ややあって同意の返事があった。

 きっとコゼットの非常識さで、反応が遅れただけなのだろう。


「乱暴な方法で急ぎ退避します。動くものは急いで固定してください」


 相手が船長なのかなにか知らないまま指示し、コゼットは船内に入る。

 乗っていないはずの若いヨーロッパ系女性の登場に、すれ違う船員が驚きの目を向ける。しかしコゼットは勝手に指示を出し、更に簡易的に溶接まで施し、人員は狭い場所から動かないよう言い置いて、安全確保をしていく。


 やがてエンジン駆動音が近づき、台風とは違う風が船が小刻みに揺れる。

 コゼットが船外に出ると、巨大な物体が雲の切れ目から届く星の光が遮られ、空を覆っていた。


 胴体や尾翼がなく、機体が主翼のみで構成された全翼機のような見た目だが、飛行原理で分類すれば飛行船となる。しかも軽量ならば航空機も離発着可能なほど巨大で、ミサイル・爆弾・艦砲を装備し、成層圏まで航行可能な空飛ぶ戦艦。アメリカ国防総省が運用している兵器だが、コントロール権を持っているため、実質野依崎のいざきしずくの《使い魔ファミリア》と化している。


 半自律高高度要撃空中プラットフォーム 《ハシバミの実ヘーゼルナッツ》。


「フォーさん。こっちは準備オッケーですわ」

『了解であります』


 コゼットが無線を飛ばすと、子供らしくない平坦なアルトボイスだけでなく、小規模の砲声が応じる。ワイヤーの尾を引くアンカーが複数射出され、漁船の船体を貫通する。

 本来地面に撃ち込んで、常時浮いてる巨大な飛行戦艦を係留するための装備だ。突き刺さり、返しが展開されたら、そう簡単に抜けはしない。それどころかウィンチを稼動されると、さきともがワイヤーで吊られ、そのまま漁船が宙に浮く。船舶用クレーンなど装備しているはずもないとはいえ、相当に乱暴な運搬だ。船体が割れて落下しそうだが、そこはコゼットが三次元物質操作クレイトロニクスで建材をアンカーに絡みつかせて固定している。


 遊園地のアトラクションとは違う危険な浮遊感が働き、船員たちの押し殺した悲鳴も船内から聞こえたが、コゼットは気にせず無線で語りかける。


「にしても……まさかこの艦を動かすとは思いませんでしたわよ?」

『キナ臭いでありますからね。《ナッツ》は最近南シナ海で自動哨戒させていたでありますが、それだと万一の時に間に合わないので、日本近海に移動させるであります。そのついででありますよ』

「おかげで対応まで遅れに遅れましたけど」

『むしろジャストのタイミングであります。途中までの足に海上保安庁の艦艇やヘリを使っていても、台風の目に入るまで対応できなかったでありますし。それに対応スピードが遅いというのであれば、部長ボスがヘンな荷物を積載したせいもあるであります』

「いやまぁ、ついでなんて、ちょっくらテストを……」


 平坦な声による正論に、気まずげな顔でコゼットは肩にかかる金髪の一房を指に巻く。


『テストに値する状況なのでありますか?』

「えぇ。確認しましたわ」

『割とアンカーカノンに無理させてるでありますから、テストするなら早めに頼むであります』


 しかし内部で作業したついでで走査した結果を思い出し、すぐに顔つきを改める。


 飛行戦艦ヘーゼルナッツは上昇しながら、調整しつつワイヤーを巻き取る。

 気嚢底部に歪なWの形に設置された、艦橋兼居住区となる中央ゴンドラ後尾の、スロープ兼用ドロップゲートが開口する。そこに吊られた漁船は近づけられる。


「さて」


 だが乗り移るには高い位置で、ワイヤー巻上げが一時停止される。


「嵐から退避し損ねた漁船を装ってたみたいですけど……バレバレだっつーの」


 そしてコゼットは、いつの間にか甲板に出てきた船員たちに振り返り、凶悪なライオンの笑みを向ける。


「つーても裏取引やってる連中かと思ってましたけど。遠洋漁船の乗組員が密輸なんて、よくあるそうですし……」


 コゼットが装飾杖を向ける。すると船員たちから炸裂音が連続して鳴る。彼らが隠し持っていた銃火器の、装填済みの銃弾に熱量を与えて暴発させた。運がいい者は無傷だが、そうでなければ自分が持っていた、あるいは仲間の銃から想定外に発射された銃弾が血飛沫を上げさせる。


「でも、どうやら目当ては、最初からわたくしたちみたいですわね?」


 戸惑いを含む悲鳴が上がる中、コゼットは指を弾く。

 すると《ヘーゼルナッツ》のドロップゲートから、ひと抱えほどの部品がいくつも降ってきて、漁船の甲板を転がる。大きさほど重くはないようだが、露出してる部品ではどんな機能を持つのか、まるで見当がつかない代物だ。

 それがコゼットの周囲で、列車のように一本に連結していく。


「わたくしたちが《ヘーゼルナッツ》を使ったのは、貴方あなたがたには望外の幸運かもしれねーですけど――」


 それは自律分散システムのモジュールだった。

 もっとわかりやすく説明するならば、状況に応じて分離・合体するロボットだ。例えば地震や土砂崩れの災害現場で、合体して障害物を乗り越えて現場入りし、分離して狭い隙間に入って要救助者を捜索する。


「ここでるかコラ?」


 いわ神楽かぐら八岐やまたの大蛇おろちのように、コゼットを蜷局とぐろの中に守り、樹脂と金属の大蛇が鎌首をもたげる。


 注意喚起したにも関わらず、無傷だった者は戦意を失わず、コゼットに銃を向けようとした。

 しかし脳内センサーで筋肉の動きを察知したと同時に、コゼットも脳内で指令を送り、機械の大蛇をけしかけた。樹脂で軽量化されているとはいえ、相応の大きさがあるのだから、人間の体当たりよりも強烈な衝撃に船員たちは吹き飛ばされる。


 続けて大雑把に分離させて、結合を変える。かなり簡略されているが四足獣へと変化させ、倒れた船員たちの四肢を踏みつけて、骨を折り無力化させる。

 全員の継戦能力を削いだところで、モジュール単体に分離し、独自にタイヤを動かして倒れた船員たちを拘束する。四肢の上に乗り、甲板に爪を立てると、そのまま拘束具とて機能する。


 さすがに怪我人には応急処置を施したが、最初の暴発で致命傷を受けた者もいない。軍事用外傷ドレッシング――吸収型セルローススポンジが入ったシリンダを銃創に打ち込み、ラッピングしてモジュールで拘束する。


「やっぱるならフツーに《ゴーレム》作ったほうが頑丈ですし、反応いいですわね」

「無機物で生物の筋肉を再現するのでありますから、反応速度は段違いであります。なんでこんな物を作ったか理解に苦しむであります」


 ひとりごとのつもりだったが、返事が降って来た。

 普段は学生服で隠している、妖精の服のような意匠の強化服ハベトロットを丸出しにした野依崎が甲板に下りてきた。いつも被るネコミミ帽は、今はネコミミ単眼ディスプレイヘッドホンに変えている。離れても無線で《使い魔ヘーゼルナッツ》と機能接続を続けていて、灰色の瞳に青白い《魔法回路EC-Circuit》を載せているので、闇夜のネコのように顔を向けられるとちょっとコワい。


「《魔法》は知識と経験から作られるもの。何事も試してみなきゃ、術式プログラム生成が働かねーですもの」

「粘土遊びみたいに、適宜分離合体する《ゴーレム》が欲しいでありますか?」

「一応それできる術式プログラムは既に持ってんですけど、あまりにも不便な仕様なんですわよ……液体ならできるんですけど、固体を流動化させた際、いい感じの規模でするのはできねーですからね……」

「スライム攻めか触手プレイでもやりたいでありますか――」


 『どうしてそこに話が飛ぶ?』と思う疑問を吐いた野依崎が、突如警戒するネコの動きで虚空に振り向いた。

 同時に頭上で駆動音以外の金属音が鳴り響く。通常は艦内に格納している《ヘーゼルナッツ》の武装が緊急展開され、独立したゴンドラとして懸架されている電磁投射砲レールガンが駆動を開始した。


 一拍おいて、海中から筒が飛び出した。空中でカプセルが脱落し、ロケットブースターが点火、一気に空中の《ヘーゼルナッツ》目がけて加速する。

 だが武装ゴンドラ底部にある、上下逆設置でも駆動するよう改造されたファランクス近接防御火器システムCIWSが火を吹き、迎撃してしまう。


 至近距離と言っていい爆発に漁船が揺れる。拘束された船員たちも悲鳴を上げる。拘束されていることが幸いし、船から転げ落ちないから無視できる。

 揺れがある程度収まり閃光が消えた頃合に、コゼットは口を開くことができた。


「今のは?」

「UGM-84。水中発射型のハープーンであります」

 

 つまり、同海域に潜水艦が潜んでいて、対艦ミサイルを発射してきた。


「フォーさん……やっぱこの艦、対潜探査装置ソノブイ必須ですわよ」

「帰ったらamaz●nに発注しておくであります」

「それ、ダークウェブ上の非合法ショップかなにかで、ぜってーマトモな通販サイトじゃねーでしょ……」


 どうであれ通販で買えるとは思えない。観測機器なので一般的なものとは違うが、それでも兵器に分類されるものだ。しかもブラックマーケットのお客様ニーズなら単純明快な銃火器だろうに、明らかに合っていない商品なので取り扱いも怪しい。

 そんなのん気な会話はさておき。


「どうやら本気で自分たちを交戦するつもりではなく、ほんの挨拶代わりみたいでありますよ。堂々と浮上してきたであります」


 野依崎は《魔法回路EC-circuit》を形成して浮遊し、漁船の甲板から飛び出した。

 艦艇兵器のぶつかり合いに生身をさらしていたら、《魔法使いソーサラー》と言えど余波で死にかねない。なのに無防備に野依崎は飛び出すのだから、交戦はないのか、なんとかする自身があるのだろう。コゼットも《魔法》で重力を制御して追いかけた。


 足元の遙か下に見る波立つ海が、白くなって多少落ち着いている。微細な泡が海の状態を一時的に変化させている。

 空気が充満し密度が低下した水は浮力を失う。海底にあるメタンハイドレードが固体から気体へと変化してメタンの泡を放出するブローアウト現象は、船の沈没原因にもなりうる。オカルティックに噂されるバミューダ海域での船の行方不明は、これだと原因という説もある。

 それを潜水原理にするものに、コゼットたちは心当たりある。

 しかも浮上して正体を見せた。対艦戦を行えば双方とも無事では済まないだろう距離で。艦艇として見るにも異形だが、どう見ても潜水艦とは違う。船体キャニスターがトカゲの手足のように接続された五胴船ペンタラマンなど、やはり彼女たちが知る限り一隻しか存在しない。


「思っきし見覚えある変態艦ですわね……」

「戦闘艦艇を新造する際には、同型艦を複数製造するのが基本であります。調達コスト低下で戦闘機や戦闘車輌をまとめて買うのとは違って、ドック入りでもした際に部隊運用の穴を空けないために」

「だから《トントン・マクート》も最低もう一隻は存在してると」


 水中翼付きハイドロフォイル五胴ペンタラマン沿海域リィタラル可潜戦艦コンバットサブマリン。潜水艦ではないのに水中機動を可能とする戦闘艦と、以前支援部は交戦し轟沈させた。


「ちなみに《ヘーゼルナッツ》も?」

「コイツはさすがに一隻のみであります。実戦配備していても、扱いは試作機どころかその前段階、サンプル機みたいなものでありますし」

「まぁ、コレ量産すんのは正気疑いますものね」

「ゲイブルズ・ベトロニクスが調子乗った結果でありますし」


 そんなことを話していたら、一般的な戦闘艦艇に比べたら背の低い艦橋ブリッジ根元のハッチが開き、人間が三人出てきたのを、望遠させた視界に捉えた。


 まずはまだ若い女性だった。不敵な視線を投げかけてくる青い瞳も、制帽を載せる金髪も、勝気さを印象づける顔立ちも、コゼットと同じ。細かい意匠の違いなど軍事の素人に見分けつかないが、その服だけはコゼットならばわかる。彼女の母国・ワールブルグ公国軍の女性士官制服なのだから。

 その背後には付き従うように、洋弓を手にし矢筒を腰に提げる、ヴィクトリアン・タイプのメイド服を着た浅黒い肌の女性が立つ。


「オラァ!」


 そのふたりを認めると、即座にコゼットは《魔法》を実行した。熱力学制御で作成した固体窒素の榴弾砲を放つ。


 しかし船上の女性が素早く弓に矢をつがえ、《魔法回路EC-Circuit》の砲身を伸ばす。超音速で放たれた矢が空中で正確に迎撃した。


「チッ……」

『……こうなる予感はしていましたが、殿下も全く躊躇しませんね』

「テメェの横にいる女を合法的にれるチャンスなんぞ、逃すわけねーでしょうが。ミサイル撃ってきやがった艦に乗っておいて、無関係だなんて言わせねーですわよ」


 正統な報復攻撃を嵐の海上、一撃で仕留められたならば不幸な事故と言い張ることも不可能ではあるまいが、し損なった以上は無駄なことはしない。本来フランス語かドイツ語を紡ぐメイドの日本語に、コゼットは無線で毒を返す。


「クソ女とそのメイド。なんの用で出張でばってきやがりましたの?」


 姉にしてワールブルグ第一公女、クロエ・ジュリエット・ブリアン=シャロンジェ。

 その世話役にして護衛、ロジェ・カリエール。


『It's been yonks.《Queen》.(久しぶりだな、《女王クィーン》』


 最後のひとりは、日本人なら中高生とも見れる、ヨーロッパ系の上背うわぜいある少年だった。ニキビ痕が多い顔のためか、妙に不健康な印象を抱かせる。

 《トントンマクート》は《使い魔ファミリア》化された艦艇だ。マイクロバブルによる潜水は既存科学だけでは無理ありそうだから、《魔法》によるものだろう。ならば操艦するマスターが当然いる。

 そのために脳機能接続しているのが、少年が着ている燕尾服と、手にしたステッキだ。言葉だけ並べればマジシャンめいた格好に思えるが、服は電子部品と装甲が付属し、杖は頭蓋骨と脊髄のような意匠のため、科学の力で再現された死神といった風貌だ。


 少年の姿を認めた野依崎は、野良猫の野性を発露……させず、薄いソバカス顔をしかめて首を捻りながら無線を送った。


「……誰でありますか?」

『Screw you! (ふざけんな!?)』

「真面目な疑問であります。状況的にはどう考えても《男爵バロン》なのに、どう見てもお前は別人であります。また艦の戦闘指揮所CICにヒキコモって、お人形さん遊びしてるでありますか?」

『本人だよ!』

「ならお前、たった二ヶ月で変わりすぎであります……自分が蹴り転がした《男爵バロン》はもっとこう、縦にも横にも大きいガマガエルみたいなヤツだったであります……」

『痩せたんだよ! それもお前のせいだろ……って、誰がカエルだ!?』


 以前、肉人形ゴーレムを遠隔操作して接触してきたが、今回その通信が感知できないとなれば、当人に間違いないのだろう。なんかスリムになってたとしても。

 いつも眠そうな無表情の野依崎を、『え~? マジ?』みたいな呆れ顔にさせる偉業を為したが、どうでもいいと無線越しに憎々しげな声を浴びせる。


『やっぱり嫌いだ《女王クィーン》……!』


 《ムーンチャイルド》計画試作実験体No.735、コードネーム《墓場の男爵バロン・シミテール》。野依崎No.44と同じ研究施設で、同じように遺伝子工学的に生まれた同輩。


 野依崎に悪気はない。だが他人の気持ちなど頓着せず、ストレートな物言いをするので、無自覚に口が悪い。

 知らない人扱いされた上に屈辱心をえぐり出された彼は、ちょっと涙目だった。

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