090_0120 考えなければならないことが多すぎるⅤ ~学祭エモーション~
『クソめんどい話』は、すぐのことではないので、ひとまず終わったと見ていいだろう。
「部長。もうひとつの、『そこそこめんどい話』は?」
「あ゛ー……全然別件ですわ。ちょっくら自治会から呼び出し食らったんですわよ」
ならばと十路が促すと、コゼットは金髪頭をガリガリかいた。
自治会とは要するに生徒会・学生会などといった、どこの学校でもある学生の代表組織だが、総合学校である修交館学院の場合は少々事情が異なる。
初等部には児童会、中・高等部には生徒会、大学部には学生会と、それぞれの学生自治組織が存在し、更にその代表が集まって修交館学院自治会という最高議決機関が作られている。
学校生活の充実や改善向上をはかる活動――委員会活動やボランティア活動は、それぞれの学生自治組織で行われているが、修交館学院ではそれだけでは済まない。
たとえば体育祭は初・中・高等部合同で開催するし、支援部のように大学生から小学生まで参加する部活動は他にもある。学校行事に関連した議決や、部活動など課外活動における会計監査は、普通の学校と比較して特殊にならざるをえない。
だからそれぞれの会長が集まって話し合う場――自治会が存在する。
「ウチの部、自治会と関係ありましたっけ?」
学生自治組織と部活動が直接関わるとすれば、やはり予算関連だろう。あとは部室や練習場所の使い方など、風紀に関わることか。
しかし支援部は、それらから切り離されていると言ってもよかろう。
なにせ備品購入や外部依頼では億単位の金額が動き、部員たちに
風紀に関しても、他の部とは隔離された部室を与えられて、活動場所は学内どころか学外にも及ぶ。
学生自治という観点からは、支援部は治外法権下にある。
「いちおー全ての部活動は組織図上、自治会の管理下にありますから、
「なして怒られんの?」
「半分以上テメェのせいですわよナトセさん!? 爆発起こしたり
荒ぶる王女サマ。自覚のない
怒られる王女サマ。ちょっと見てみたい気がしなくもないが、その欲求は怖いもの見たさで、実際見たら怖いもの確実で後悔しそうだから実行してはならない。
「……まぁ、今回は小言じゃなしに、学院祭のことで呼び出されたんですわ。皆さんもクラスでそれぞれ準備してんじゃねーかと思いますけど」
学校によってスケジュールは様々だろうが、大半は十一月三日、文化の日前後に、どこでも文化祭・学園祭といった学生主体の行事が行われる。修交館学院も例外ではない。
よくある文化祭は、演劇や合唱といった、割とお堅いイベントをイメージしがちだろう。しかし修交館では同じ敷地に大学生までいる総合学校であり、留学生も多い。大学祭や
十路とナージャが所属する高等部三年B組でも空き時間を使って準備が行われ、
「学院祭の実行委員とかじゃなくて、自治会がですか? なに言ってきたんです?」
「まず、ありがたいことに、学院祭に関連する依頼や手伝いの禁止ですわ。
小中高校における文化祭は、学習指導要領に盛り込まれた正規の教育課程――つまり、ちゃんとした『授業』だ。
名目上、課外活動でしかない支援部が出しゃばることは、勉強の邪魔とも言える。
「次に、ありがたくねーことに、手伝いの要請ですわ」
「学生の依頼は禁止して自分たちはって、職権乱用じゃないですか」
「わたくしもそう思いましたから、断りましたけど……ただ、非常時の対応は受けざるをえませんでしたわ。急病人・ケガ人が出た場合とか、警察沙汰になるトラブルが起きた場合とか」
「それは仕方ないですね」
いつもの部活と同じであり、支援部の設立趣旨としては半ば義務だ。十路だけでなく誰も不満は表さない。
「最後に、お
「部活の参加は任意じゃ?」
文化系の部活動なら学院祭が本番という部が多いだろうし、なにも成果を発表しないなら問題になりそうだが、体育系はその限りではない。
しかも強制参加の小中高生とは違い、大学生が実施側で参加するなら部活やサークルとしてなので、そちらにお任せといった雰囲気がある。
「どーも外部からの問い合わせが多いみてーですわ。
「えーと……まず前提として、部外者の入場どうしてるんですか? 最近だとテロとか不審者対策で、こういう行事は保護者以外お断りってパターン多いと思うんですが」
十路・樹里・南十星・野依崎は今年――支援部が設立されて以降、修交館学院に入学したから知らない。設立前から修交館で学生やっているコゼットとナージャに、去年の学院祭の様子をそれとなく視線で問う。
「チケット制……って言っていいんですかね?」
「まぁ、招待状ですわね。安物ですけど、印刷会社に依頼して作ってるはずですし」
そのナージャとコゼットが顔を見合わせる。
「招待状の管理方法、渡す相手」
「郵送する場合はともかく、保護者用の管理はけっこー
「部外者にも結構な数渡してるはずですわ。卒業生と、付き合いのある外部組織だけでなく、受験生獲得目的で近隣の学校にも配布してたはずですわ。あと、山の
ふたりの答えに十路は、首筋をなでる程度の危機感を覚えてしまう。
招待状がどういう人物の手に渡るか把握できない。これではマスコミ関係者や興味本位の人間の手に渡り、入場するのはほぼ確定と思っていいだろう。
とはいえ学校の文化祭ならば、これ以上は求めようがなかろうとも思う。受験生獲得目的で招待するのであれば、学校という枠内では不特定多数の招待客になってしまうのも、致し方あるまい。
支援部が以前の部活動で捕らえた人間や、指名手配されている人物は、学院のセキュリティシステムに入力されている。防犯カメラに映れば、人物照会でシステムが警告を放つ。
だが人物や手段がそれ以外となれば、どうしようもない。
(体育祭ン時もいろんな組織から派遣されてたしな……支援部の危険視はその時の比じゃないし、トラブル起きるの確定って感じ……いや、やめておこう)
口にするどころか、これ以上考えるだけでも、なにかフラグを打ち立てそうな気がする。十路は首を振って考えを打ち捨てる。
「とにかく
十路ほどの危機管理はともかく、似たようなことは既に考えたと、コゼットが話を引き継ぐ。
「だから
断るにしても、『部員たちがそれぞれ忙しい』とか、正当な理由がなければ断りにくかろう。
「んで。学院祭当日の、皆さんの予定ですけど」
部員たちも
部としては他人事だと思っていた上、各人の予定も部活に影響しなければ話さない。この辺り支援部内の暗黙の了解というか、他部員への無関心さが発揮されている。
だが今回はそうも行かないと、コゼットは改めて手帳を取り出して、野依崎に青い視線を向ける。
「初等部五年一組は……あー? 小学生は確か、体育館でクラス別に劇とか合唱やるんでしたっけ?」
「
「最近は
「
「そこまで集団行動イヤか」
普段『面倒であります』と積極性を見せないが、野依崎はやる時にはやる子だ。非合法手段を使うのに
クラスメイトたちはどう思ってるのだろう。小学校ならば練習にも授業時間を
一クラスだけ違うことを許可させられた教員たちは、果たしてどんな気分なのだろうか。
続いて南十星が、水を向けられる前に、自主的に報告する。
「チュートーブ二年A組は、フツーに屋台やんよ。当番制だから、店番やってなきゃ時間ある」
「参考までに聞いておくと、なんの模擬店ですの?」
「串焼き。フツーにウシ・ブタ・トリ・クロコダイル・カンガルー」
「半オーストラリア人。『普通』っつー日本語を辞書で引け」
「ワニもカンガルーもフツーに買って食えるって。日本に帰るまではしょっちゅう食ってたし。やっぱ
「ナトセさんの案ですの?」
「あたし主導ならガチの
アホの子のせいで中等部二年A組にヘンなノリが浸透していないだろうか。原因の兄として十路はちょっと心配になったが、思うだけに留めておく。事実がどうであれ手遅れだから。
続いて樹里も報告する。
「高等部一年B組は縁日やります」
「……ん? 縁日? なんかの屋台じゃなくて?」
「や。射的とかヨーヨー釣りとか輪投げとかボールすくいとか型抜きとかくじ引きとかを、一挙にやるんです。当番制ですけど、単体の屋台じゃないので、当日は結構拘束されると思います」
「そういうことですのね……で?」
「? 『で?』とは?」
「いえ、フォーさんやナトセさんみたいな、ツッコミエピソードはねーのかと」
「ないですよ……」
ないのが普通だ。たまたま同じ初等部五年二組と中等部二年A組に所属している児童・生徒に失礼だろうが、問題児たちと同一視されても困るであろう。
なんかスムーズなのが問題みたいな空気になったが、続いてナージャが代表して報告する。
「高等部3Bは、執事メイド喫茶です。わたしも十路くんも当番で拘束されます」
「正統派なイロモノ来ましたわね」
「いえいえ。ジェンダーフリーまで配慮したら、ちょっと正統とは違うイロモノですね。
「「…………」」
不自然な沈黙が場に宿った。きっと『あれ? 普通逆じゃね?』とすんなり納得できない理由を考える時間が必要だったと思われる。
「え……堤先輩、女装するんですか……?」
「…………」
頷かなければ――現実を直視しなければならないから、樹里に限らず誰にも触れてほしくなかった。ドン引かれるのは尚更。
男女平等の精神は一体どこにいったのか。三年B組の男子たちも一致団結して拒否したが、やはり一致団結してノリノリの女子たちを覆せなかった。受験勉強の
性的マイノリティを否定するつもりはない。公共の迷惑にならない限り、男性が女性の格好をしようが個人の自由だ。でも嫌がる男性に女装を強要するのはジェンダーフリーや
そんな訴えも無駄だった。男どもは涙した。十路も思い出したら泣けてくるので、耐えるために遠い目をしてしまう。なんか最近涙腺が弱くなってる気がする。
「ちなみに十路くん、変装はあるでしょうけど、女装の経験は?」
更に触れないでほしい部分に、ナージャが笑顔で踏み込んでくる。
「…………」
「え……女装経験、あるんですか……?」
どうせ踏み込んでくるなら、無言から察して、真顔で引かないでほしかった。
あれはいつのことだったか。非公式隊員時代、『校外実習』である作戦に参加した時だった。
都市部における裏仕事では、飲食業に
その時も、対象が
十路も当然着飾った。完全に風化させたい過去だ。
「自治会の要請、断れるかビミョーな感じですわね……仮に皆さんの予定に影響しない範囲で、支援部でなんかやるとすれば、どうします?」
十路の不幸はスルーし、手帳を見てボールペンで髪の生え際をかきながら、コゼットが更なる意見を求めると、ナージャが手を挙げた。
「無重力屋さんとかどうです?」
「…………ハ?」
「ですから、無重力屋さんです」
「……ロシアじゃそんなケッタイな商売ありますの?」
「仮にわたしたちが模擬店するとして、一般の方の需要を考えると、《魔法》を見たい・体験したいって人がほとんどだと思うんですよ。で、危ないことを除外すると、無重力体験なんかいいんじゃないかと」
「あー。アイディアの方向性は悪くねーですけど、問題大アリですわね。重力制御使えんのが、堤さんは《
「だったら模擬店より展示がいいですかね」
続いて南十星が挙手する。
「鉄●二八号にならって、ジャイ●ントロボの等身大像でも建てとく? 元祖ロケットパンチできるヤツ」
「腕飛ばさねーとしても、敷地内に建てたらクソ邪魔ですわ。あれ確か三〇メートルくらいある設定でしょう? しかも著作権の問題は?」
腕を飛ばせるのは、主人公機の陸戦用ファラオではなく、敵対する兄弟機の海戦用クワガタだが、どちらもジャイア●トロボなので間違いではない。
続いて野依崎が挙手する。
「リアル3Dシューティングゲーム。人工衛星を作って打ち上げ、ある程度は自由に遠隔操作できるようにし、スペースデブリの撃墜や人工流星を体験」
「そんな丁度いい衛星作るのが既にめんどい。打ち上げと設置に総理大臣の許可が必要でクソめんどい。しかも宇宙までの通信どうすんですの?
宇宙ゴミ回収も人工流れ星も、日本のベンチャー企業が提唱して研究開発が行われている。商業ベースでないとはいえ、それを《魔法》で
続いて樹里も挙手する。
「一般の人からすると、《
「発信部だけは本物の部品使うっきゃねーでしょうけど……うん。悪くねーですわね。《
既に見当つけて、簡略化した回路図と必要機材を、コゼットは手帳に書き込む。
それにしても、さすがというかなんというか。
十路は、樹里の凡庸さに感心の目を向けてしまう。皮肉やヘンな意味ではなく。
他部員は超科学技術の申し子 《
『
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