090_0200 考えなければならないことが多すぎるⅥ ~恐怖のレストラン~


「んじゃぁ、後はそんな感じで。さっき言ったように、学院祭関連と思われる依頼メールは拒否。あと南十星とナージャハイテンションコンビは、さっきの騒動起こした始末書レポートとっとと出せ」


 《魔法使いの杖アビスツール》改修のため工場に戻るのか。さっきの話を急ぎするため自治会関係者と会うのか。手帳を閉じたコゼットは部長としての指示を残し、消える準備を始める。


 各人もそれぞれ動き始めたところで、神戸ゆかりの漫画家が描いた魔女っの、アニメオープニング曲が鳴り響く。漫画の鉄人は、ジャイ●ントロボや鉄●二八号や三国志だけではない。女の子向け作品も書いているのは、意外と神戸市民でも知られていない。


「はい? どしたの?」


 樹里の携帯電話だった。耳につけたまま部室の外に出ていったが、普通の声で話しているから、内容は聞こえてしまう。

 たまにある呼び出しが、今日来たらしい。


「部長。実家からヘルプ要請が来たので、早上がりします」

「了解。ついでだから、さっき言った《魔法使いの杖アビスツール》の件、フォーさんの分含めてちゃんと話しといてくださいな」


 すぐに戻ってきて声をかけると、樹里も帰り支度を始める。


「そういうわけで堤先輩。今日はご飯作りに行くの、ちょっと無理です」

「メシは別に構わないんだが……」


 十路は首筋を撫でながら、考える。


(……丁度いいか?)


 急ぎではなく、機会があれば程度に思っていたことだが、その機会がすぐに巡ってきたと思うことにする。

 十路も出かけるために、寄りかかっていた《バーゲスト》から身を起こし、コンセントに接続されていたケーブルを引き抜く。


「俺も一緒に行っていいか?」

「ふぇ? どうしたんですか?」

「オッサンか悠亜さんに訊きたいことがある」



 △▼△▼△▼△▼



 オートバイで二人乗りし、繁華街から一本外れた場所に建つ小さなビルの地下一階、開店前のレストラン・バー『アレゴリー』に入ると。


「はい。これ」

「ん、まぁ、なんとなく予想してましたけどね……」


 樹里の姉であるゲイブルズ木次きすき悠亜ゆうあから、笑顔で店の制服を差し出された。十路も店を手伝えと。

 手伝い強要は前科がある。反対しても無駄であろうという学習性無力感もある。だからジレベストとワイシャツ、スラックスに蝶ネクタイ、一式を素直に受け取る。


(……あれ?)


 途端、十路は自身に戸惑った。


 悠亜は、師にして上官だった衣川きぬがわ羽須美はすみと、全く同じ容姿を持っている。声も同じで、有無を言わさぬ強引さも同じ。

 彼女たちは、同一人物にして別人だ。未来の平行世界から『麻美』なる人物の精神をデータ化して送信され、この地で再現された際に事故が起こり、『管理者No.003』として分割されたまま複数存在してしまっている人物だ。

 遺伝子も外見も完全に同じ。しかも自衛官と傭兵フリーランスと生活環境も似ていれば、内面も羽須美と同じで当然とも言えてしまう。樹里もやはり『管理者No.003』なのに、外見年齢差を加味しても別人の認識が強く、精神的にはかけ離れてるのが、逆に異常とすら思える。


 だから悠亜と会う際には、ほんの少し勇気が必要だった。

 別人とわかっていても、やはり死んだ師を重ねてしまう。それはやってはならないと思っても、どのくらいの距離で接すればいいか手探りになるから、身構えてしまう。


 その勇気がなぜか今日は不用で、差し出された服を自然に受け取った。きっとこれまでならば、指が接触するのを避けるため、気を付けることをまず考えただろう。


「で? どう? どう? 樹里ちゃん、通い妻やってるんでしょ? 甲斐甲斐しくコッチのお世話も?」

「マジやめてくれませんか。それ」


 デバガメ根性丸出しな笑みを浮かべ、左手で輪を作り右手人指し指を出し入れする悠亜への苛立ちで、そんな疑問はすぐ吹っ飛ぶ。


 わいなジェスチャーで死んだ羽須美の思い出を汚さないでほしいとか、そういうのではない。ぶっちゃけ羽須美も恥らいない言動を平気でする女性だったから。そんなところまで同じでなくてもいいのに。『頼むからもう少しオトコの夢守ってくれよリアル女性に幻滅させんでくれよ』というある種の懇願だ。


 そんなことをしていたら『STAFF ONLY』の扉が開き、女性バーテンダーバーテンドレス姿に着替えた樹里が、蝶ネクタイを確かめながら出てきた。


「?」


 悠亜と共に顔を見てしまったため、樹里は『なにか?』と見返してくる。野生動物並の聴覚を持つ彼女なら扉越しでも話を聞いていそうだが、わいなジェスチャーまでは見れないため、会話の内容も顔を見た理由も理解していないだろう。


 なんとなく十路は、ミディアムボブに手を置いた。


「ふぇ?」

「木次はそのままでいてくれ……」

「なにごとですか!? なんでちょっと泣きそうなんですか!?」

「俺の周囲を思い返したら泣けてきた……空気でも地味でもなんでもいいからフツーに女の子であってくれ……間違ってもこういう大人のオンナにならないでくれ……」


 樹里の頭をポフポフしながら、割と本気で願った。

 あまり感情をむき出しにしない。自分第一なお姫様扱いなど求めない。注目を求めて駆け引きなどせず真面目に物事に向き合う。過度に気を遣うことなく気を遣わなすぎることもない。

 このようにすでにモテる女の条件を満たしつつあるのだから、このまま素敵な女性になって頂きたい。


 だが最近の樹里は積極性を出して、体も遠慮なく押し付けてくる。他支援部員たちの男前さを思い出して考えてしまう。甘える程度なら可愛げもあるが、あれもこれもと恥じらいまでなくしだしたらと思うと、ちょっと泣けてくる。

 しかし残念ながら、彼女もそうなる可能性のほうが高いと思えてしまう。樹里と同じ『麻美の欠片』である羽須美・悠亜だけでなく、遺伝子的には母親に当たるはずの人物までそういう性格と、実例が多すぎる。だからこそ懇願したい。


「それどういう意味かなー? お姉さん傷ついちゃうなー?」


 懐かしい感触がした。

 よく羽須美は、背後から抱きついてきた。悠亜も同じように背中に抱きつき、特別大きいわけではないが樹里よりもボリュームある胸を遠慮なく押し付けて、指先でウリウリ頬をほじってくる。


 だが違う。覚えている感触は、まだ十路が成長途中で、羽須美との身長差がさほどなかった頃のものだ。悠亜のように、肩に顎をちょこんと乗せることはできなかったはず。

 更に匂いが違う。悠亜の体からはウィスキーの香りがするのに対し、羽須美はタバコの匂いを漂わせていた。彼女もよく酒の匂いもさせていたが、安酒ばかりだったので『酒の匂い』ではなく『アルコールの匂い』と称するのが正しかった。


 やはり違いを真っ先に思い浮かべてしまい、抱きつかれても特になんの感慨もなかった。


 そして十路がなにか反応する必要もなかった。唸りを上げる拳が顔の横を通過して、悠亜を退かせた。当たらないのは明らかでも、《魔法使いの杖アビスツール》なしに身体強化と電磁加速がほどこされた拳撃に、十路の肌があわ立った。


「そういうからかいで先輩に迷惑かけるのやめて」


 薄暗い照明のためハッキリとはわからないが、突きを放った樹里は、瞳の色が変わっている気がする。


「へぇ……」


 本気の牙を見せた猟犬じゅりに、軍馬ユーアは挑発的にわらいかける。


「私の勝手でしょ? って言ったら?」

「…………」


 悠亜の問いに言葉はない。代わりに樹里は再度、右腕に紫電と《魔法回路EC-Circuit》をまとわせて返答とした。


 十路が知る樹里は、どちらかというと大人しめなので、この反応に小さく驚く。告白を機に積極性を出しつつあるとはいえ、これは明らかに違う。

 だが考えてみれば、彼女は結構内弁慶だった。威張り散らすほどではないが、身内相手は苛烈な部分も見せる。


 そして樹里にとって、姉は師でもあると聞く。話を聞くと戦闘や《使い魔ファミリア乗りライダーとしての技術をかなりのスパルタで叩き込まれたらしい。そういう意味では自衛隊で羽須美に鍛えられた十路と同じだ。

 頭が上がらないのも同じだったようだが、先日は違った。淡路島で悠亜たちと戦った際、彼女は姉に『殺す』とまで宣言し、十路を守らんと本気で戦った。

 そんなことがあっても家族仲に変化はなさそうに見えたが、今ここで下克上を果たさんと、樹里は踏み込んだ。


「げべぶっ――!?」


 でも妹、乙女にあるまじき悲鳴と共に吹っ飛んだ。建物全体が軽く揺れる勢いでコンクリむき出しの天井に激突させられ、更に落下して床に顔から叩きつけられる。


「ふ。私にタイマンで勝とうなんて一〇年早い」

 

 カンカンカンカン! と勝利のゴング(幻聴)が鳴り響く中、姉は《魔法回路EC-Circuit》をまとったボディブローをそのまま振り上げガッツポーズを決める。


「おーい……木次ー……大丈夫かー……?」

「ひぐ……やっぱりお姉ちゃんにはかなわないです……」


 猟犬にならんとしても、所詮は犬コロだった。顔を埋める荒いフローリングを、るーるーとこぼす涙で濡らす。


「悠亜さんの訓練って、こんな感じなのか……?」

「大体こんな感じです……」


 スパルタぶりは話に聞いただけだったため、実際目にした十路はドン引きした。まさか常人なら死んでる超人ぶり全開だとは思っていなかった。


 樹里の教育は、十路とは大違いだった。羽須美の教育も厳しかったが、当時 《ヘミテオス》ではなかったから相当手加減されていたらしい。

 あと出会った当初、樹里が《魔法使いソーサラー》として素人じみていたのも察せられた。こんな脳筋教育では、トルクの化け物だが低回転域はスカスカという、旧世代ドッカンターボ搭載ドラッグレース車みたいなかたよった成長をしそう。ロードレースも極環境レースラリーレイドも対応可能なチューンをされた十路とは強みが全く違う。


「オォイ。いまの音なンだ?」


 扉が開き、ガラの悪い声が響く。

 足りないものを買出しに行っていたのか。白衣にフライトジャケットMA-1を羽織ったリヒト・ゲイブルズが店に入ってきた。フライトジャケットなのに、横須賀ジャンパースカジャンじみた刺繍があちこち入った一品だ。顔のトライバル・タトゥや耳以外にも通すピアスが放つ威圧感がより強化されている。何度見てもその強面こわもてでは絶対にオーナーシェフだと思えない。科学者とか会社役員とか初源のイニシャル魔法使いソーサラー》とか世界初の《付与術士エンチャンター》なんて肩書きも普通考えもしない。


「ちょっとした姉妹の触れ合いよ」

「ちョッとしたッて――」


 悠亜の返答に、突っ伏す樹里に目をやれば、当然側にいる十路に気づくことになる。


「なンでジュリだけでなく小僧までいンだ?」


 悠亜にはそれすら問われず、十路と樹里がワンセットなのが当たり前みたいな流れで服を渡されたが、ようやく訊かれた。別にホエホエした性格でもないのに妻は話にならないとはいえ、まさか十路とは相性最悪なこの重症患者シスコンのおかげで、やっと真面目に話ができるとは。


 それにしても、先日は殺し合いをしたというのに、彼の十路への扱いは以前とまるで変わっていない。善いことなのか悪いことなのか。


「思いつきだけど、ちょっと確かめたいことがあってな。理事長は東京行ってていないし、こっちで聞くのが手っ取り早いかと思ってな」

「ア゛?」

「俺がNo.010じゅうばん。イクセスがNo.009きゅうばん。最初が〇番か一番か知らないが、あと八人以上も『準管理者』がいるってことだろ? そいつら誰だ?」

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