085_1040【短編】支援部秋のまんがまつりⅤ ~野依崎雫と堤十路の場合~


「…………………」


 複数のモニターに3Dモデルで表示される、仮想現実内での部員たちの苦戦というか死にっぷりを見て、振り返り。

 大して広くもない部屋で、ケーブルが接続されたそれぞれの《魔法使いの杖アビスツール》を持ったまま倒れて呻き、一部ビクンビクンしている部員たちを見て、振り返り。


「なぁ、フォー……いまさら訊くのも自分でどうかと思うが、これなんのためのシミュレーションだ?」


 つつみ十路とおじは反応に迷いつつも、人間工学が考慮されたオフィスチェアに座る、野依崎のいざきしずくに声をかけた。


 ここは学院二号館サーバーセンター地下にある彼女の自室だ。彼女が作った《魔法使いソーサラー》用の戦闘シミュレーションプログラムを使うために、部員たちはここに連れてこられた。

 彼女のプログラムは、以前部室でも試した。だが今回は、部室のパソコンでは全く足りないということで、学院の演算能力を駆使できるここになったらしい。


 見る限り、確かに段違いの演算能力が要求されるだろう。以前の時はバトルフィールドは学院のみ、部員がそれぞれ自分自身アバターを持ち寄って戦わせた。それが今回は、広大な戦闘フィールドを複数用意し、複数のAIプログラムを相手取る、全く違ったものだ。

 訓練用として考えるならばまぁそれでもいいが、予想外の仕様だった。以前の部員同士の戦闘シミュレーションは提出用のデータ作りで現実に即していたが、今回は明らかに違う現実無視のムリゲー仕様だ。十路の常識ではなんの訓練にもならない。


 だが野依崎は、これも訓練用だと、椅子ごと振り返って眠そうな無表情で説明する。


「敵とはいえ、人を殺してしまう可能性を考えて、正確性や反応速度など戦闘能力の低下をなんとかするのは、現状の支援部を取り巻く状況から考えて、急務であります」


 それはわかる。部員たちが軽度のPTSD状態になってしまった件は、十路もなんとかしないといけないと思っていた。


「手っ取り早い対応策は、場数を踏んで慣れさせることでありますが、ここでふたつの方向性に分かれるであります」


 小枝みたいな細い人指し指が立てられる。


「ひとつは能力的にほぼ対等の者、あるいは強者が手加減をして、少しずつ精神と肉体のズレを補正。不安を和らげ、『落ち着けば安直に殺してしまうことはない』という自信を取り戻させる」


 きっとそれが普通の対応法だろう。

 だが続いて中指も立てられる。


「もうひとつは、圧倒的強者と『手加減の心配なんて一〇年早いまず生き残れウジ虫がUh-huh?』な勢いで戦わせて心をポッキリ折る。仮想現実内で何度死んでも平気になれば、大抵の相手に手加減できる余裕が生まれると思うであります」


 それが、コレらしい。十路は軽く戦慄する。


「厳しいと言われる軍の訓練は大体こんなもんでは?」

「最近は軍隊も人権だなんだと厳しくて、無闇なシゴキは監査入るぞ」

「《女帝エンプレス》による十路リーダーの育成は?」

シゴキそっち方面だったな。理不尽としか思えないハードル設定を、血と汗と涙と鼻水らしながらクリアしてた」

「なら問題ないであります。しかも仮想現実内では死の淵ギリギリなど見極める必要なく、遠慮なくぶっ殺せばいいでありますし、その上何度でも死ねるでありますよ。なんというヌルさでありますか」


 このお子サマは本当に容赦なかった。当人が述べているように、彼女にとっては充分容赦しているのだろうが、基準がズレている。


「それを自分の術式プログラムを応用したシミュレーターでやってるわけでありますが……死んだとしてもデータ上のこと。身体に影響ないはずでありますがね?」

「あのな……バーチャルとはいえ、何度も死ぬんだぞ……?」


 野依崎のシミュレーションプログラムは、よくサブカルチャーで描かれる、人間の五感と完全同調させる仮想現実VRとは違う。

 《魔法使いソーサラー》独自の感覚なので説明が難しいが、無理矢理言葉にするなら『幽体離脱して自分そっくりの人形に背後霊として取り憑いている』とでもなるだろうか。思い通りの操作はできるが、現実に存在する自身とデータ上の自分アバターは完全に切り離して認識できるため、シミュレーター内でのダメージを自分のものと錯覚することはない。


 とはいえ、ダメージをデータとして認知する。体が消し飛ぶような死に様なら、比例してデータ量が増える。

 ゲームをやっている普通の人間が、視覚・聴覚で自キャラの死を認識するだけなのとは大違いで、ダイレクトに生体コンピュータあたまで正確に理解する。これまた常人には説明しがたい感覚だが。

 『左側頭骨陥没』『外側頭直筋損傷』『母指主動脈断裂』『後大腿皮神経麻痺』などと、専門用語でこと細かく書かれた診断書や死体検案書を、隅々まで見たい人間は相当限られるだろう。しかしシミュレーターでダメージを受けたら、《魔法使いソーサラー》はそういう報告から目を逸らすことができず、直接頭の中へ一気に送り込まれる。これまた常人には理解しがたい感覚だが、『データを受け流す』ことができずダイレクトに認識してしまうと、生体コンピュータの演算能力限界よりまず人間の認知機能がオーバーフローする。


 要するに、知恵熱 (誤用)出すほど精神的に死ねる。それも自分が死体も残らぬ形で虐殺されたと強制的に理解させられた上でだ。


 これだからコミュ症な天才肌はダメなのだ。物事の基準を自分に置いて考えて、他人がどうであるか一切考慮しない。

 コンピューターシステムに精通し、物心ついた頃から情報戦・電子戦を訓練している野依崎は、それに耐えられる生体コンピュータの使い方を心得ているだろう。

 だが普通は《魔法使いソーサラー》といえど、普通の人間と変わらぬ生活の時間が遙かに長い。ここまで究極的かつ非人間的な経験などない。厳しい訓練を受けてきた十路でも自信ない。


「ちなみにフォーもコレ、自分で体験したのか?」

「某宇宙戦艦および某超時空要塞と《使い魔ナッツ》での対艦戦をシミュレートし、全く歯が立たず消し飛んだであります」

「やっぱアレ、チート兵器なんだな」

「空戦のとは意味が違う、文字どおりの近接格闘戦など対処できないでありますし、次元波動爆縮放射機なんて宇宙滅亡の危険をはらむ超兵器、どうしようもないであります」


 体験して平然としているようでは、なに言っても無駄だ。凡人の苦労など野依崎には理解のはんちゅうにない。

 だから十路に平気で提案してくる。いつもの平坦な声なのだが、『なんかちょっと面白がってねーか?』と疑いたくなる調子で。


十路リーダーはなにとりたいでありますか? アメコミヒーローシリーズなんかどうでありますか? データ用意したものの、まだ使用していないのであります」

「キックアスのデータあるか?」

「能力皆無完全一般人のデータを用意するわけないであります」

「バトルシミュレーターでよくやるよな。恐竜とニワトリ一万羽どっちが強いかみたいなの。俺そういうのでいい」

「やはり原点にして頂点、THE・ヒーローたるスーパーマンでありますかね」

「俺の話聞けよ」

「独断と偏見により最終最強究極形態プライムワンミリオンも再現したでありますよ」

「だから」

「抵抗あるなら、性能そのままに3Dモデルガワだけ《女帝エンプレス》と入れ替えるでありますよ?」

「ヤメロ。金ピカの羽須美さんにブチのめされるとか悪夢だわ」

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