085_1030【短編】支援部秋のまんがまつりⅣ ~木次樹里の場合~


 シダ植物や裸子植物がほとんどの、二一世紀基準とは異なる森の中を、木次きすき樹里じゅりは学生服姿で駆けていた。鬱蒼うっそうと茂り、ほとんど見通しが効かないが、《魔法》のセンサー能力を駆使して全く足の動きを衰えさせることなく、ローファーで荒い地面を蹴る。


 その後を追って、小型なれど人間より大きいモノが複数、茂みの隙間を縫うように走る。


 少し広い場所に出た。足元が多少ぬかるんでいるが、長杖を振り回せるため、樹里は構えて振り返る。


 それば追跡者たちも茂みから飛び出し、その姿を直接確認できる。


「これヴェロキラプトルじゃなくてディノニクスだからね!?」


 先頭の横面を、いかずちをまとう長杖のコネクタで張り飛ばしながら、誰への説明かわらないことを口走ってしまう。


 追跡者は恐竜だった。細長い尻尾でバランスを取り二足歩行で駆け、飛びかかり鉤爪シックルクローと牙で襲いかかる。

 よくこの手の恐竜は『ラプトル』と称されるが、多くの場合はディノニクスという近縁種で描かれている。ヴェロキラプトルは長い尾を含めて二メートル程度、頭胴長だと中型犬程度なのだから。

 しかもディノニクスは高い知能を持ち、集団で自分たちよりも巨大な得物を狩っていた証拠が見つかっているが、ヴェロキラプトルには今のところ、そんな生態の証拠は見つかっていない。


 これは、少し前の古生物学では、ディノニクスとヴェロキラプトルが同一種とされていたことが関連する。更に有名パニック映画化で監督が名前を気に入って、違いを理解しつつ採用したため、誤解が今も根付いている。


「うぷ……」


 後続も次々と打ち据えた。感電死させるつもりで《雷陣》の出力を上げたので、周囲には焼き鳥みたいな香ばしい匂いが漂うが、樹里はこみ上げてきた酸味を我慢して飲み下す。


 もう何度も古生物相手にこんなことを繰り返したが、やはり命を奪う行為は忌避してしまう。話が通じる相手ではなく、全力で殺しにかかってくるのだから、殺すしかないとわかっていても。


 だが、そんな悠長なことをしていられる時間は与えられない。バキボキと植物をへし折る音と、重量物が移動する振動を感知する。


 やがて、帆のような巨大な背びれを持つ、二足歩行の巨大肉食恐竜が現れる。恐竜の代名詞ティラノサウルスT-REXよりもスマートな体型だが、ワニのような面構えは威厳よりも凶悪さを感じてしまう。


「……最近の研究じゃスピノサウルスって、その姿とは違うってのが通説なんですけど」


 特徴的な大きな背びれを持つ古生物は幾種か存在するが、スピノサウルスは別格であろう。そしてなぜか、悪役的に描かれることが多い気がする。


 昨今の研究では、スピノサウルスはワニのような水棲だという説が定説となっている。尻尾はトカゲのようなつるんとしたものではなく、オールのように使え、水辺や水中で水棲生物を捕らえていたと。また二速歩行できるほど後肢は長くなく、四足歩行していたという説も議論されて結論は出ていない。


 事実はそんな感じだが、それはそれとして。二足歩行のスピノサウルスは樹里を見つけて大口を開けて咆哮する。

 これまた近年の研究では、恐竜は恐ろしげ声で咆えておらず、ハトみたいにクークー鳴いてたという説も浮上しているが、それもさておき。


 樹里は木々の隙間をすり抜けて、電磁力で超跳躍する。


「あぶなっ!?」


 スピノサウルスも追って体を伸ばしたため、もろにケモノ臭さい息を吹きかけられ、すぐ背後で顎が閉じられた。


 とはいえ相手は飛べるはずもない。空に逃げられたら、放置してもいいのではなかと思う。


(……倒したほうが無難だよね)


 けれども樹里はすぐにかぶりを振る。

 『勝利条件』がよくわからないまま、幾度も古代生物と戦っているのだ。逃げて解決するとは思えない。


 だから樹里は《雷撃》の《魔法回路EC-Circuit》を形成する。

 本来なら自然落雷程度では影響を受けない兵器すら破壊する、レーザーL誘起IプラズマpチャネルC。レーザーが作った道筋に沿って移動するプラズマが、スピノサウルスに命中した。

 地球有史で考えても、スピノサウルスは最強の部類に入る生物だ。条件が同じならどんな時代のどんな生物と戦っても勝つだろう。

 だが兵器の破壊力に耐えられるはずはない。プラズマが直撃した皮は焼け焦げ、体液が沸騰して煙と蒸気を吐きながら、横倒しになった。


(このまま空に逃げてもいいけど、多分意味ないどこか、ピンチになるだろうしなぁ……)


 《魔法使いの杖アビスツール》に座り直し、頭の中でバッテリー残量を確かめて、樹里は小さくため息を吐く。五感も物理法則も再現されているのだし、ここは神戸どころか二一世紀の地球ですらない。《塔》がないならエネルギー補給できないため、継戦能力を失う。


 それに直近の問題として、電力消費して空に逃げたとしても、翼竜ががわれるだけだろう。


 現に、巨大な飛ぶ影を確かめた。


「……ん?」


 でもなんか変だった。昔と今の恐竜図鑑を見くらべると、翼竜もかなり違う。体格が空飛ぶトカゲ感があったのがコウモリっぽい貧弱さが目立ったり、トサカが生えたり、羽毛があったりと。

 だがそういうのではない、もっと決定的な違いに思える。樹里は目をらし、視界を望遠して確かめようとした。


「!?」


 だが先じて、火器管制レーダーの照射を感知した。

 中生代の世界で、あってはならないはず。そんな疑問を覚えるより前に、樹里は電磁投射で急加速する。


「ふぇっ!?」


 すれば森の中から、が飛来し、追尾してくる。

 一体どんな舞台設定だと思いながらも、樹里は高速飛行しながら振り返り、《雷撃》で迎撃する。


 その間に、空の機影も肉眼で確かめられる位置まで接近した。


 生物相手に『機影』と呼ぶのはおかしいだろう。その翼竜は、ケツァルコアトルスという。小型の飛行機と遜色ない体長を持つ、確認されている範囲では史上最大級の飛行生物だ。


 だが、ただの翼竜ではない。

 背には座席がくくりつけられ、人間が乗っている。更に翼にはどうしているのか、レトロフューチャーな砲台が取り付けられている。


「ややややや!? あんなの出てくる作品あった!?」


 樹里もイメトレのために割とアニメや特撮を見るため、ヘンに日本文化に精通したナージャほどではないにせよ、サブカルチャーに強い。だが『ダイノ●イダース』あるいは『武装恐竜ダ●ノス』は知らないらしい。まぁ●ミー(現タカ●トミー)が成功した某メカ生命体の二番煎じを狙ってエ●ック社がコケて歴史に埋もれたシリーズだし。


 ともあれ人間騎乗翼竜は、滑空しているだけでは絶対出せない速度で接近し、謎の光弾を撃ってきた。アニメでは銃弾は曳光弾なのかと思うような描写がされるのは今もだが、なんか弾速がちょっとレトロな感じ。


 樹里は回避機動を行いながら、長杖の上に立つ。曲芸じみたやり方だが、戦闘機ほどのスピードを必要としない状況で、アクロバティックに動く時にはこっちのほうが具合がいい。


 サーフィンのように細かく鋭角に進行方向を変えて、流れ弾を森へ着弾させながら、その時を待つ。


(来た!)


 やがてまた火器管制レーダーが照射されて、森の中からミサイルが複数発射された。


(なんだ。攻撃用っていうよりは、防空用のミサイル……対空ミサイルくらいか)


 誘導方法は標準的なものだろう。音速を超えるスピードも、操舵による機動性は非現実的なレベルではない。板●サーカスみたいなミサイル芸はなさそうで幸いだった。


 その程度ならば、対処は簡単だった。

 急降下して森に再突入してしまえばいい。


 ケツァルコアトルスの巨体では絶対に追いかけてこれない。ミサイルもさすがに葉で隠れる目標を追尾できず迷走し自爆する。

 森の中を飛行する狂気と度胸、対応できる反射神経を持っていれば、大したことない。


 少し開けた場所に出ると、樹里を攻撃してきた短距離防空SHORADシステムの正体を確認できた。

 ディプロドクスだった。長い首と尻尾を持つ、竜脚類と比較的すると華奢で小型だが、それでも段違いに大きい草食恐竜だ。

 それが胴体に巨大な装甲をつけいてる。複数のミサイルランチャーや、それを操作するための人員が乗る場所まで突いている。


「《雷斧》実行!」


 長杖にプラズマの刃を灯し、更に電磁加速を行い、そのまま特攻した。いや肉壁を貫通する前に加速した時点で否応なく振り落とされたが。そして長杖を砲弾としたので血肉が飛び散りヒドいことになったが。


 対空戦力を先に潰せば、後は簡単。拾った長杖を構え、《雷撃》で軽攻撃COINケツァルコアトルスを撃墜した。


「なんだったんだろ……このアーマード恐竜」


 元ネタが気になるらしい。

 恐竜が未来的鎧を身につけて武器を満載。男の子が好きそうなものテンコ盛り。しかも『トラン●フォーマー』と同じくストーリーありきの海外TOY、『聖闘士セ●ント●衣クロス大系シリーズ』と同じく武装を装着するという遊びごころあり。なのになぜ失敗してしまったのか。タ●ラ・ト●ー・バ●ダイは成功したのにエ●ック社ではダメなのか。


「完全なロボット恐竜来たー!?」


 その●ミー(現タカ●トミー)のメカ生命体まで、木々を蹴散らして突進して来た。

 しかもトリケラトプス型だ。段違いのサイズだが、突き出た二本の角はドリルとなって回転している。メディアミックス作品だと最強のボス機にメガ●ウラーは珍しくないのに、主人公機は決まってライガー型。だから第一期にしか登場せず対メ●ザウラー用ゾ●ドだというのに認知度イマイチな気する『狂える雷神マッド●ンダー』だ!


『もぉぉぉぉぉっ!』


 現代には存在しないサイズの陸戦兵器と、マトモに戦っていられない。故に樹里は《魔法使いの杖アビスツール》の柄を咥えてバッテリー消費し、雷獣モード・アモンへ変身する。


 純戦闘生命体になっても、サイズは段違いだ。機能的にはもっと巨大化もできるが、動きづらくなるだけなのでやらない。

 腹部から発射される二連装ショットガンと、全長の半分近くに達するほど突き出たドリルマグネーザーをかいくぐり、肉薄する。

 接触して雷を身にまとうも、荷電粒子砲も無効化する特殊セラミックス振動体のせいか、電撃の効きはいまひとつ。

 補給できない状況では避けたかったが、仕方なく高々出力不定形電磁流体カッター《雷獣烈爪》を使う。分解されて光輪となった爪はエネルギーではなく物理的な攻撃だ。超音速の粒子群は装甲を削り割る。

 そして改めて雷撃を与えると、金属のトリケラトプスは機能停止する。雷神VS雷獣は後者に軍配が上がった。


『はぁ……はぁ……はぁ……もう勘弁して……』


 雷獣じゅりはぼやくが、状況は許してくれない。

 次は更に段違いに巨大な黒い影が遠くに見えた。

 明らかに恐竜とは違う。大きさもだし、足元に向かって太くなるシルエットが違う。恐竜は鳥の祖先と言われるくらいなのだから、肉食獣ならば体重の割に細い足を持っている。そして姿勢は前傾ではなく直立している。


 それが口を開けて咆える。肌を震わせ、思わず身を竦めてしまう、壮絶な咆哮だった。日本人ならすんごく聞き覚えある。


『えーと……もしかして、日本が世界に誇る怪獣王さんでしょうか……?』


 ゴ●ラにしか見えなかった。

 それがなんか、黒い炎のようなものを足元に吐き始めた。


『しかも放射火炎とかじゃなくて、内閣総辞職ビームでしょうか……?』


 ハリウッド進出第一作目のパワーブレスなら、《魔法》を使えばなんとか耐えられそう。

 平成VSシリーズ以前の放射熱線ならもはやビームなので、避けても輻射熱で身を焼かれるだろうが、《ヘミテオス》の権能でまだなんとかできそうな気はする。

 アニメ映画版も破壊力は凄まじいが、荷電粒子ビームと設定されているのでまだワンチャンあった。『雷使い』ならば捻じ曲げられる。


 だが東京都心の半分を火の海に変え、日本政府の首脳閣僚十一名をあっけなく消し飛ばし、観客を戦慄せしめたアレは、なんとかできる気がしない。『あ。死んだ』と諦めの境地でその瞬間を待ってしまう。


 大して待つ必要はなかった。超高熱放射性粒子帯焔が着火した熱焔流が収束され、紫色の放射線流ビームとなってなぎ払われる。


『はうあっ――!?』


 吹き飛ぶよりも前に、雷獣じゅりの体は蒸発した。

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