080_0910 月曜どうでしょうⅡ~質疑会~


――俺は誰とも付き合うつもりない。


 近づく前から拒絶が叩きつけられた。


 わかっていた。彼が騎士のように心をよろっていることは。だからどう近づこうかと考えあぐねいていたのだし、失望も少ない。

 それでもやはりハッキリ言葉にされると、相当効いた。


 ゆえに高等部一年B組の教室ホームルームにて、樹里は真っ白になっていた。机の天板に上体を投げ出す彼女は、見る人が見れば口からエクトプラズム的なものを放出しているだろう。

 こうなるのが彼女自身わかったため、ダメになる前に登校し、このざまをクラスメイトにさらしている。登校したところで授業どころではないのも想像できたが、さすがに月曜からサボリは外聞が悪い。


(失敗したぁぁぁぁ……)


 慣れない肉体でフローリングじか寝は辛く、背に腹は変えられなかった。とはいえ十路のベッドに潜りこむなど、やはりやるべきではなかった。

 大型犬に変身しているからと油断していた。寝ている間に体のパラメータを監視しているはずもなく、半端に自動解除されるなど思ってもいなかった。

 ベッドに潜りこむのに平静ではいられなかったとはいえ、迂闊うかつすぎた。


木次きすきさん、どうしたんですか……?」

「樹里がポンコツになるの、今に始まったことじゃないけど……」

「それはそうだが……今日はいつもにも増してヒドいな」


 友人の佐古さこがわあいさわゆい月居つきおりあきらが集まってコソコソ話しているが、反応する気力は全くない。


「おーい……樹里ー……どしたー……?」


 でも代表して結が勇気を出して肩をつついてきたので、死んだ姿勢のまま渋々対応する。


「なんでもない……だけど今日だけはそっとして……」

「堤先輩に告白でもして玉砕した?」

「や……それ以前の問題……」

「…………」


 不自然な間が空いた。

 そういえば、結はこの手のからかいをよくしてくる。当然そのたびに樹里は否定していたが、この反応では。


「え゛……まぢで失恋?」


 半分肯定しているようなものではないか。

 だが今日の樹里には迂闊うかつさを後悔する気力もない。



 △▼△▼△▼△▼



「先輩、樹里となにがあったんですか?」


 そんな経緯があったことは、昼休憩時間、顔見知りだがそこまで親しくはない後輩ゆいに呼び出され、十路も知ることになった。


「なにがと言われても、ひじょーに説明しづらいんだが……」


 身長差で栗色ショートボブを押さえるカチューシャを見ながら、野菜ジュースをズビズビすすり、首筋をなでて迷う。

 なにせ《ヘミテオス》の権能ありきの話だ。樹里と親しいとはいえ、一般人の結に話せる内容ではない。

 仮にその部分をぼかしたとしても、やはり真実は言えない。


全裸マッパの木次に鎖つけて引き回して、這いつくばらせてイヌ食いさせて、俺の部屋に寝泊りさせてあまつさえトイレ覗いたって説明になるしなぁ……)


 話している場所は高等部校舎二階の廊下で、普通に学生たちが行き交っている。

 しかも少し離れて興味深々に高遠たかとお和真かずまとナージャ・クニッペルが聞き耳立てている。


 ナージャにも昨日の大型犬が樹里であったなど話していない。更にスマホ片手なので、不用意なことを話してしまえば、支援部女子にあっという間に広まる。

 十路の空気解読能力に難があろうとも、関係なくトラブル回避本能が全力で警報を鳴らしている。口にした直後、一一〇番通報案件になることくらい想像できる。


「先輩と樹里がちょっと前からビミョーなのは知ってますけど、ケンカですか?」

「いや」


 以前は十路を《ヘミテオス》にしたことをなじった結果だし、更にその結果樹里がなにやら決意して妙な方法でスニーキングを仕掛けてのいざこざだ。

 どちらにせよ、ケンカ以前の問題だ。

 それにしてもそのこと、支援部無関係の結も承知していたのか。


「まぁとにかく、話せないならこれ以上は聞きませんけど、なにかあったのは間違いないみたいですし、なんとかしてくださいよ? 今日の樹里、ほんとポンコツなんですから」

「俺にクレーム言いに来るくらいヒドいのか?」

「動こうとしないから教室移動のたびに面倒ですし、日本史じゃいきなり『ちょんまげが……』とかブツブツ言いだしましたし、虚ろな目で『お花畑に行かなくちゃ』とか叫んで消えたり、けっこードン引きモノですよ」

「…………」


 普段からは予想できない樹里のコワれっぷりは、実際見ていない十路でも引く。


(なんとかしろ、って言われてもな……俺が手出ししたらいけないだろ)


 野菜ジュースのパックを空にしながら、再び首筋をなでる。


 十路は樹里の好意を拒絶した。これ以上なくハッキリと。

 そうしたらトチ狂うほど本気だったと考えれば罪悪感が湧くが、また中途半端に手出ししたら本末転倒だろう。


「ほんと、お願いしますよ……?」


 無言を了承と受け取ったか。結は四階に戻っていった。午後からも樹里の奇行を予感してウンザリしているのか、背筋に力がない。


 十路も他人事ではない。待ち構えているナージャと和真の元に戻らなければならない。


「で? で? とうとう木次さんから告白されたんですか?」

「で? で? どうしたんだ? どうしたんだ?」

「うわー。うぜー」


 ふたりが浮かべる口をωオメガにしたネコ科な笑みに、休憩時間が早く終わることを望んだ。ネコ系女子ナージャはまだしも、構って欲しさ全開のイヌ系男子かずままでそんな顔をするのか。


「告白なんてされてない」

「なるほど。告白はされていないけど、準ずる何事かが木次さんとあったと」

「…………」


 半年ほどの付き合いになれば、十路の性格も知られてしまっている。しかもナージャは元諜報員で、当たり前のように言葉じょうほうの裏を読んでくる。

 すごく扱いづらい。なにをどう言おうと真相に辿り着きそうだ。


「あのなぁ……?」


 教室なのだし、どう話したものかと首筋を撫でていたが、このふたりはクラスメイトなのだから、手っ取り早い話がある。

 怠惰な態度のままだが、スイッチ入れ替えを察したか。ふたりがネコ科笑顔を止めた。


「俺が誰とも付き合う気ないってのは、前々から言ってるだろ?」

「モテないの取りつくろってるか逃げの言い訳だと思って、に受けたことありません」

「支援部のハーレム状態を見て、それを信用するほうがおかしい」


 『なんだ、その話か』と、ふたりは一瞬でダレた。


 実際、大した話ではない。

 五月、十路が修交館学院に転入してまだ一週間経っていない、クラスメイトたちが珍獣扱いして接し方を手探りしていた頃だ。

 『普通の学校』を知らず、社交性に難あるのは自覚あるところなので、十路の人となりを知ろうとする質問に、彼も可能な限り答えていた。その中で誰かが発した『どういうタイプの異性が好み?』へ、そう回答した。

 恥ずかしがってるとでも捉えられたか、怠惰な野良犬の態度で人となりがわかり満足したのか、以降触れられることもなかった。その程度でしか日常のひとコマだが、十路にとっては結構重い意味を持つ。


 守らなければ――守り続けなければならないものは、背負えない。


 というか、ナージャに限っては、昨夜の続きだろうに。樹里からの好意の有無を相談して、そこで終わった話だ。だからこそ訊いたとも考えられるが。


 もっとも、ちょうどスラックスのポケットから音楽が鳴り響いたから、話はこれ以上続けなくて済む。

 曲は『Merry Christmas, Mr. Lawrence』。たとえ映画は知らずとも、このメインテーマを聞いたことない者はいないだろう、もの悲しくも美しい印象的なイントロは、携帯の着信音 (汎用)だ。


 液晶に表示されているのは、未登録の携帯番号だった。


『よォ、小僧ォ』


 誰からだと内心首を傾げつつ電話に出ると、鼓膜を振るわせたのは、ガラの悪い男の声だったことに、十路は更に内心でため息をついた。


 日常は、これにて終了。

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