080_0500 ぶらり演習場プロレスⅠ ~一回戦~
富士の裾野だが県境を
もちろん隊員たちは日頃から緊張感を持って訓練しているが、今回はワケが違う。
相対しているのは生身の少女、たったひとりなのだから。
部隊区分としては中隊と呼ばれる限界の規模で、三〇〇人近い人間と兵器を相手に、
緊張を孕む理由は、ふたつある。
まずは当然、少女が《
問題は事故の可能性だ。
本物の弾薬ではないにせよ、演習弾や縮射弾といった訓練用弾薬が使われる。爆発せずとも、生身の人間に直撃したら間違いなく死ぬ代物だ。こんなこと普段なら絶対にやらない。
現代軍事の常識として、たったひとりを相手に機甲部隊を差し向けるなど、まずありえない。
だが《
仮にどこかの《
『それは理解できるけど……』といった、どこか本気になりきれない空気が漂う中、演習は開始された。
「え」
指揮観測する高台で。九〇式戦車内で。誰かが声を上げた。知識で知っていても、実際にその現象を
予想された砲撃戦は省かれ、電磁加速で新幹線並の移動をし、いきなり展開している部隊の横から襲いかかってくるなど、とてもではないが対応できない。
△▼△▼△▼△▼
砲声と雷鳴は、離れている
ちなみに本日の《バーゲスト》は、いつもの赤黒ではない。電位変色性塗料の状態を変化させて、軍用車輌らしいオリーブドラブ色になっている。
【ジュリ、派手にやってますねぇ……】
「演習とはいえ、相手、アメコミヒーロー映画に出て来る軍隊の気分だろうな……」
自衛隊の部隊と演習を行うこれが、今回十路たちに課せられた部活動だ。
【こちらの相手も来たみたいですよ】
樹里が行っている想定訓練は、合戦のような真っ向勝負だ。現代戦では起こり得ないと思われるかもしれないが、《
十路はまた違う想定の訓練を行う。警戒進行中の部隊に強襲をかける。
その相手が、隠れた草むらの中から見えた。
「あれ? 評価支援隊じゃない……?
評価支援隊とは要するに、訓練相手を務める専門部隊だ。弱くては話にならないので最精強の隊員が集められる上、北富士演習場を知り尽くした地の利を持っている。演習においては創設以来不敗神話が築かれていたほど錬度は高い。
部活の相手はその部隊だと聞いていたが、明らかに異なる。しかし油断ならない相手であることは変わりない。
【相手が誰だろうと、やることは同じでしょう? トージ的にはヌルいですか?】
「どっちにしろ《魔法》なしの実戦ならフツーに死ねるわ」
偵察部隊にはプチレンジャーという通称がある。厳密にはその教育課程に対するもので、本物と比べればまだ
情報収集のため先陣を切るだけでも危険が伴うのに、場合によっては故意に戦闘を仕掛けて威力偵察するため、偵察隊には戦闘部隊で最も優秀な者が集められる。充分に精鋭と呼べる。
【ジュリは主に対機甲戦闘で、こちらは対人戦闘って感じですけど、
「弾自体が高いし、専用キットを銃に組み込む必要がある。特殊部隊ならまだしも一般隊員がってなると、よっぽど金ある軍隊でないと無理だろ」
なのでレーザー光線で命中判定を行う
【それにしても、トージも銃を使うのですね。問題ないのですか?】
「当然関係者以外非公開。一応俺も匿名で演習に参加してるし、
【いえ、それもですが、どちらかというと、その旧式ライフルで問題ないのかと】
「確かに
【相手の装備、最新の
「
予備としてまだ配備されているが、第一線は
「というか、ヤな言い方になるけど、
【さすがにそれでは訓練になりませんよね……】
「かといって、完全除外でも訓練にならないわけで」
障害物に隠れたまま、寝かせていた《バーゲスト》を起こして
そうしてタイミングを計り、機能接続を行いながら一気にアクセルを開き、わずかな斜面をジャンプ台にして飛び出した。
眼下と呼ぶには低くギリギリの高さだが、想定どおりの位置に
十路は空中で《バーゲスト》の右ハンドルを分離させ、照準線ビームライティングシステムを構える。
なので《
「!?」
だが阻止された。
攻撃を諦めた十路はわざとバランスを崩し、タイヤでその突進を受け止める。二台のオートバイは空中で弾かれて着地する。
そしてすぐさまハンドルバーを戻して離脱する。停車した
更に停車した
問題のオートバイは、着地からの立ち直りに手間取っていた。ダボついた戦闘服では体つきは判断しにくいが、身長は高くない。南十星や野依崎より高いが、日本人女性平均の樹里よりは低い、そんな小柄さだ。
「アイツかよ……」
【トージがご存知の方みたいですが、まさか】
「そのまさかだ。だから話が違うのか……他を先に片付けるぞ」
負けるわけにはいかない。訓練なので死にはしないし、十路個人の問題だけならどうでもいいが、支援部が軽んじられると危険に繋がりかねない。自衛隊とは
草を掻き分けながら進んでいたが、頃合を見てターンし偵察隊が使っていた道に出る。
その、舗装もされていない道を、可能な限りの高速で駆ける。《バーゲスト》はオンロードが得意だが、走破性は高い。それに《魔法》でオフロードタイヤに作り変えている。
あっという間に襲撃地点、偵察部隊が展開している場所へと戻ってくる。
「ハンドル任せた」
【了解】
十路は小銃の
そのまま
更に回転砲塔の旋回よりも早く、射角よりも内側を、
そして《バーゲスト》は後輪を跳ね上げながら急停止。その勢いに乗って十路は体勢を直し、シートに
停まったのは
だからといってまだ終わりではない。十路は地に足をつけて、急制動で前輪を持ち上げる。
その手には得物がある。二メートル近くあるが、刀身と柄の長さがほぼ同じのため、
この場面に、自衛隊制式装備ではない代物が持ち出されたなら、それは《
もっとも十路は、それを読んで《バーゲスト》の前輪を射線に入れていたが。
阻まれたと見るや否や、《
今度は《バーゲスト》が勝手に動いた。後輪を動かし股下から脱し、前輪を地につけながら十路の周りを一周する。
【耐えてください】
「ぐ……!」
ハンドルを持ち変えて、機能接続を保ったまま手がひねり上げられえるのを避けながら、十路は離さない。車体が宙に浮いた一瞬、体重差で引きずられたが、すっぽ抜けるのはなんとか耐えた。
フィギュアスケート・ペアのデススパイラル……というよりは、オートバイをフルスイングした、と説明するのが正確な様か。手加減されているとはいえ、リーチの長い二〇〇キロオーバーの鈍器だ。相手は切っ先を届かせるよりも早く、リア部分で
草むらに転がった隊員は、丁度体の前面を見せて停まった。十路は小銃を構え直し、胸元の
ブザーが鳴り、撃破と戦闘終了を知らせた。
「これで終わりか?」
【
「そのために姿さらして強行突破したんだから、当たり前だ」
ハンドルを手放した際に《バーゲスト》との機能接続は解除された。十路は小銃を背負って戦闘態勢を完全に解除し、直立を保つ《バーゲスト》に再度
つまり、最後に倒した《
「読んでるっての」
十路は慌てず騒がずピボットターンで向き直る。
さすがに《
逆に十路が、ちょうどいい位置に来た自衛官の頭を脇に抱えた。そして反対の手を相手の股に通し、小柄な体を持ち上げる。
(あ。やべ)
相手の勢いもあり、かつてないほどクリティカルに技が決まる予感を覚えた。だが既に重心を後ろに崩してしまったので、手加減しようにも遅かった。
そのまま上下反対に持ち上げた《
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