080_0300 ぶらり途中乗車の旅Ⅱ~静岡県~


「げんこつハンバーグランチ。付けあわせはパン。焼きは赤くても問題ないです。ソースはオニオンで」

「えーと……メニューは私も同じので。ソースはデミグラス、火加減はウェルダン――」

「あ゛ぁん?」

「ひぅっ!?」


 樹里のオーダーを、本気のドス声とガン飛ばしでさえぎってしまった。反射的な行動だったが、十路とおじはついでで店員へ『焼きもソースも同じのふたつ』とピースサインを出して、勝手に変更してしまう。


「げんこつハンバーグをよく焼き……? しかもデミだと……? ありん」

「ふぇ!? なんで!?」

「生肉食べられないならまだ許す。ソースもミックスなら許す。そうじゃないなら冒涜ぼうとくと見なす」

「ややややや!? 意味わかんないです!?」


 げんこつハンバーグは生焼けかと見まがう火の入りで、オニオンソースで食すべし。下手すればテーマパークの人気アトラクション以上の待ち時間を覚悟せねばならぬ、静岡ローカルのチェーン店なのに全国的カルトな人気を誇る『炭焼きレストランさわやか』での絶対的正義だ。炭火の遠赤外線効果で赤くても完全な生焼けではない。気になるなら一口サイズに切って鉄板の上でしばし放置を。よく焼きをオーダーすると鉄板の熱で固くなりがちなので食べるのにコツがいる。できることなら店員さんがソースをかけてくれるのを断り置いてもらい、まずは塩だけで肉本来の味を、そしてソースをかけてと二度楽しんでいただきたい。国道沿いに戻る道中ビクついていたのは十路だったのに、逆転するくらいに樹里のオーダーは許しがたい愚行だった。(※あくまで個人の見解です)


「いや、わかってはいるんだ。さわやか初体験で静岡無関係の木次に求めるのは間違いって……でも一応メシ屋の娘……しかも肉料理も取り揃えてる……ハッ」

「鼻で笑われた……!?」


 昼はモクモクと煙に上げ、夜はネオンで怪しい雰囲気を放つ、予備知識がない静岡県外民には得体の知れない店。中に入れば耐熱ガラスで仕切られたコーナーで、赤々とおこる炭の前でシェフが汗する様は、店名に反して全く爽やかではない。工場からの輸送の都合で静岡限定でしかチェーン展開せず、タネやソースの通販もテイクアウトもしない。仕上げの焼き加減調整を客の前で行う腕前は最早芸術の域。油跳ねや鉄板に触れてしまい火傷する店員も少なくない。そんなこだわりと『さわやかさん』たちの苦心と共に提供されるげんこつハンバーグは、もはや県民食と呼んでも過言ではあるまい。何度か経験した末ならばまだしも、初体験でよく焼き・デミグラスを選択をするやからは、わかってないヤツ扱いも致し方ない。(※あくまで個人の見解です)


「堤先輩がそんな食べ物にこだわるなんて、ちょっと意外です……」

「ん? まぁな」


 樹里が子犬ワンコモードになってしまったことに、くだらない力の入れようを多少反省しながら、十路はお冷に口をつける。


 そう思われるのは致し方ない。好き嫌いはない。『校外実習』で海外の食事に慣れる必要があった。食料現地調達のサバイバルでゲテモノも平気で食べる。

 そもそも静岡は関東寄りでも、関ヶ原で東西分かれるとされる食文化の境界にあまり当てはまっていない。ウナギの蒲焼も背開き (関東風)で蒸さない (関西風)ハイブリッド。しかも愛知味噌圏の影響も強く、なんでもござれだ。モツ煮込みはカレー味。ハンペンは白くない。店の餃子はモヤシ付き。なにかと奇怪なドリンクが売られている。なにかと奇怪なソフトクリームも売られている。おでんはドス黒い出汁だしで煮て青海苔のりとダシ粉をかける。イルカやマンボウは水族館ででる生物ではなくスーパーで買う食材。

 十路が食にこだわりを持つ要素は薄いが、味覚障害ではないし、好みだって当然ある。


「ここのハンバーグは、思い出の味、だからかな……ガキの頃は、なにかあった時には、家族でよく食べに来てた」


 本格的な祝いまではいかない、少しだけ特別なご馳走だった。

 それにキッチンで調理されたものがただ運ばれるだけでなく、目の前で最終的な仕上げが行われる。食後には口直しの飴だけでなく、子供にはおもちゃがプレゼントされる。祭の屋台のような高揚感を覚えたものだ。


「俺が育成校に関わるようになって、なとせが堤の家に来てからも、年一くらいで来てたな。専門店に比べりゃ安いけど、ファミレスと比べたら割高だし、当時はひとりで入れる店じゃなかったしな」


 十路にとって家庭の味は縁遠い。実家よりも駐屯地の隊員食堂で食べてる回数が多いのだから。


 それに父親は弁護士で、母親はその事務所で法律事務をしてたから、なかなかに忙しい両親だったというのもある。

 弁護士業には極端な閑散期・繁忙期はない。事務所によって暇なところ・忙しいところと差があるが、大抵は年中そこそこに忙しい。それに十路の父親はいわゆる町弁――少人数の個人事務所で、刑事民事問わず全般的に手広く扱う弁護士で、独立したのが十路が生まれる前後だった。どこの業界でもそうだろうが、新規事業が安定するのは一〇年くらい平気でかかる。安定させようと思えば様々な仕事をこなし、みずから忙しくする必要がある時期だった。


 家族そろって食事など珍しく、十路は育成校に関われば尚更。冷凍食品やレトルト食品の出番はしょっちゅう。母親がそんな料理上手というわけでもなかったのもある。

 ゆえに記憶にある、家族との繋がりがある味を探すと、店のものになってしまう。


「あとは『はなの舞』?」

「海鮮居酒屋……?」

自衛官げんえき時代、よく付き合わされてた。駐屯地内えいないだから色々違うだろうし、当然俺はノンアルコールだったけど、よくまぁガキが入り込んでなにも言われなかったもんだ」

「や、それ以前に……駐屯地内なかに居酒屋が?」

「福利厚生の一環。そこそこ人数が常駐してる駐屯地トコだと、隊員クラブって酒飲める店がある。あと地元の食堂とか、コンビニもあるぞ」


 樹里が聞きたがっていたのは味ではなく両親の話だったが、十路はそこそこにして切り上げてしまう。幸い追求もない。

 話せないのだ。記憶が廃れている部分もあるが、両親とは本当に思い出と呼べるものが少ない。

 そしてそれを恨むこともない。世間一般での、親に対する子の思いと比べれば、知人程度に近い感覚なのだ。寂しさや『ここまで親に無関心なのはマズい』という危機感も持っているが、深刻ではないし、なによりどうしようもない。


(多くの人のじんせいまじわるように……だったっけ。悪いな、親父。名前負けした薄情モンに育っちまったよ)


 かつて、己の名前に込められた意味を問うたことを思い出し、自嘲の笑みを浮かべてしまう。樹里に見られたら不機嫌になりそうな予感がしたので、口元を隠して。


「敷き紙」

「ふぇ?」

「紙エプロン代わり……というか、盾。紙の上に皿置かれるから、半分を持ち上げて油跳ねをガードする。隅に『ココをもってね!』って書いてあるだろ」


 そうこうしているうちに、オーダーした料理が運ばれ始めたので、この話も打ち切りになる。



 △▼△▼△▼△▼



「面倒くせぇ……誰だ? バンダイホビーセンター限定●ンプラとか、タミヤ本社ショップ限定ミニカーとかリクエストしたヤツ」


 昼食が終わった頃合に、支援部アドレスから突然メールで送られてきたお土産リクエストに、十路はゲンナリ顔で首筋をなでる。


【というか、バンダイホビーセンターは生産工場で一般向けの店舗スペースはなく、タミヤ本社内の店舗は要予約の会社見学でしか利用できないみたいですが】

「限定ガ●プラなんて存在しないってことか?」

【工場見学でもらえる記念品みたいです。ちなみに事前抽選、当選確率はウン十倍です】

「今日いきなり言われても、どっちも入手不可能、と」

【静岡ホビースクエアのオフィシャルショップでお茶を濁しますか? 限定品なんてあるのか、ネット情報だけでは不明ですけど】

「チェックインまでまだ時間あるし、ここからならそう遠くないし、静岡市まで戻って努力した姿勢だけでも見せるか……」


 静岡がプラモデルの聖地と呼ばれるゆえの会話がなされて、十路は《バーゲスト》にまたがってしまう。


「静岡土産なんて、うなぎパイかこっこで充分だろうに……」


 ジェスチャーで『とっとと乗れ』とかされたので、樹里はヘルメットを被りながら、予定に疑問を挟む。


「や、あの、先輩? 『こっこ』がなにか知らないですけど――」

「富士山しずおか銘菓」


 タマゴかな? ケーキかな? 南アルプス山系の伏流水と新鮮たまごを使ったミルククリーム入りの蒸しケーキ・ミホミのこっこ。県内認知度ほぼ一〇〇パーセントの定番土産だが、県外での知名度は残念ながら高いとは言えない。キャッチコピー『夜のお菓子』が曲解されて有名になってしまった春華堂のうなぎパイに大きく遅れを取っている。


「食べ物はこの際どうでもいいです……」

「静岡土産で飲み物だったら、それこそお茶っ葉か、木村飲料詰め合わせになるぞ……? 正気か……?」

「正気を疑われることなんですか!?」


 木村飲料とは、カレーラムネ・桜えびサイダー・うなぎコーラなど、個性的すぎる商品を世に送り出す静岡の飲料メーカーだ。無難な商品も評価を受けている商品もあるが、罰ゲーム用としか思えないイロモノ加減が群を抜いており、新商品が出るたびに一部の世間を震撼させる。しかしそのチャレンジ精神は誰もが認め、ファンの心を掴んで離さない。


「や、そうじゃなくて、お土産から離れてください……衣川きぬがわさんのお墓参りは?」

「いや。今日はいい」


 私用は今日中に済ませると言っていなかっただろうか。

 とはいえ、十路がそのつもりならば、樹里に異論はない。くっついて動くだけ。


「そういえば、飲み物で思い出しましたけど――」


 会計前に利用した店の手洗いで気になったことを、リアシートにストンと座りながら樹里は問う。今日はスカートではないため動きに躊躇ちゅうちょがない。


「静岡でも蛇口から水が出るんですね」

「歯磨きも風呂も洗濯も茶でやってると思ってんのか」


 お茶が出る蛇口は実在するが、一部地域の小中学校、それも特定の蛇口だけ。他県民が抱く静岡への耳タコな偏見は、実際に問うと結構イラっとされる。

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