070_1740 5th showdown Ⅴ ~暴飲暴食~


――もう、いいでしょう?


 縦に割れた金瞳がそう語っている。南十星なとせの思い込みと言われれば反論できないが、彼女は直感に全幅の信頼を寄せている。


「邪魔するなら、殺すよ?」


 ゆえに、『雷獣』を敵と判断した。


 正体が『彼女』であろうと変わらない。《魔法使いの杖アビスツール》のバッテリー残量を考えれば、一方的にやられるだけに違いないが、そんな理性的な判断など《狂戦士ベルセルク》は持ち合わせていない。


 どれほど睨み合っていたか。実際には数秒のことだろうが、体感ではもっと長く感じた時間が過ぎた後。

 鎌首をもたげていた『雷獣』の尾である大蛇が、一気にその身を伸ばした。


 ただしその行き先は南十星ではなく、倒れて半分崩れた『麻美スピンナ』だった。

 大蛇は顎を外して、彼女を頭から丸呑みにする。

 さすがにこれは予想外で、『麻美スピンナ』も驚愕で強張った。それも一瞬で見えなくなったが。

 ニシキヘビでも大きなサイズになれば人間を捕食する。易々やすやすとまでは行かずとも、もっと巨大な大蛇となればどうとでもできる。骨を折って人体を圧縮させるほどの筋力があれば、もっとどうにでもなる。


「うげっ」


 さすがに南十星も予想外だった。

 『彼女』が『麻美スピンナ』を殺すどころか、まさかとは。


 しかもそれが『彼女』がここに現れた用件だった。

 もはや跳躍というより、飛翔。南十星を無視し、『雷獣』は地面を蹴って離れた。



 △▼△▼△▼△▼



 上流から新たに流れ込む水が、ピキピキ音を立ててガラス化させながら、熱せられた河原を冷やす。


「暑っ!」


 壊死した《ヘミテオス》の細胞だけでなく、もうもうと立ち上る湯気の中、ナージャは《ダスペーヒ》を解除した途端、その熱気に悲鳴を上げた。

 半自爆攻撃である全力の《白の剣ビェーラヤ・シャシュカ》に生身をさらすよりも数百万倍マシだが、暑いものは暑い。

 とはいえ《魔法使いの杖アビスツール》のバッテリーもほぼ残ってないので、屋外サウナぐらいは我慢しないとならない。


 ナージャは背負った刀を抜いて、爆心地に近づく。えぐれたしょうに水が流れこみ、生簀いけすのようになり始めた中に、『麻美ブラウアー』の頭部が見えた。唇に触れた水面が、意味のない呼吸であぶく立っていることから、まだ生きていることが察せられる。


 それも脳を破壊すれば停止する。今度こそ。


 ナージャは制服姿に不似合いなコンバットブーツで、湯未満にぬくもった水に踏み入る。


「うひゃぁ!?」


 その水を頭から被った。まだ大した水かさではないとはいえ、巨大な物体が降ってくれば、それくらいのことは起こる。

 更に、即座に跳び立てば、また飛沫しぶきが襲いかかる。


 剣士として失格かもしれないが、ナージャは咄嗟に腕で顔をかばってしまった。脳内センサーで視界を補っていたとしても、人間である以上、反射的に動いてしまう。


「え?」


 立ち直って振り仰いだその姿は、犬の後姿と表現するのが一番近い。だが何本もある尻尾をなびかせている。

 しかも肩部分から、鳥の足のようなものが生えていた。竜神が持つ如意宝珠のように、『麻美ブラウアー』の頭部を握っている。


 行動は、敵の救援としか考えられない。

 だがキメラ化した巨狼の正体は、敵ではないはず。


 『彼女』はどういうつもりなのか。

 敵となった可能性も含め、ナージャがどうすべきか考えた。


「うわ……」


 だがその結論が出る前に、肩から伸びるあしゆびが、丸いものを握り潰したのを見た。



 △▼△▼△▼△▼



 巨象人ベヒモスの鼻が、『麻美クロケル』を完全に潰すかに思えた、その瞬間。

 コゼットの《ゴーレム》が爆散した。土煙とダイヤモンドダストがその姿を隠す。

 異形の氷堕天使にそんな力は残っていないはず。それに外からなにかが戦場に飛び込んで来た反応もあった。


「……市ヶ谷さん。根性見せてくださいな。こっちはもうバッテリーねーですわ」

『チッ……』


 驚きを隠して指示すると、鉄塔の足元にいたライダースーツの男が、応じて槍を構えた。さすがに彼も事態を把握するために、無闇に動かず注視する。


 やがて視界をさえぎるものが薄くなると、その様が見える。

 頭部が完全崩壊した巨象人ベヒモスの体に爪を立て、しがみつく巨獣がいた。


 それが、自身と大差ない体躯の『麻美クロケル』を、捕食していた。いかずちをまとい、老魔女の喉笛に牙を立てるだけでない。狼体の肩や背中から生えた触手のようなものが、凍りつきながら肉体に潜りこむ。ウミヤツメ・ヌタウナギといったがく類形状の追加肢が、内側からむさぼり食っている。

 雷獣が首を振ると、『麻美クロケル』の首がもぎ取れた。勢い余ってどこかへ転がる前に、サソリの尻尾が毒針を突き刺した。なにかデータとエネルギーのやり取りがあったと思える《魔法》が灯ると、生首は白い灰へと崩れ、追って体も崩れる。


 送電塔に立つコゼットをチラリと見やると、雷獣は立ち去る。巨体ならば立木が下草程度でしかないのか、なぎ倒しもせずに颯爽さっそうと森を駆け抜ける。


『おい……さっきのアレ、淡路島の……』


 唖然としながらも質問する市ヶ谷に、コゼットは返事しない。やはり彼女も唖然としているが、その内訳が異なるために。


「今さら出てきて、どういうつもりですの……?」


 なぜわざわざ『彼女』が、とどめを横取りするような真似をしたのか、わからない。



 △▼△▼△▼△▼



 野依崎とリヒトは、『麻美エリゴス』の崩壊を上空から見下ろしていたため、雷獣の接近もすぐに発見できた。

 上空に構わず、雷獣は土煙へと鼻先を突っ込んだ。雪や土に潜る獲物を狩る風情で、下半身だけ見せてモゾモゾする。


 やがて目的のものを見つけたと、首を大きく振り上げた。

 食い千切られたのではなく、野依崎たちの特攻ダメージが原因だろうか。上半身だけの『麻美ランチェン』が力なく宙に放り出される。

 再び地面に落ちる前に、雷獣から生えた大蛇が、その身を丸呑みにした。


「なンのつもりだ……?」

「お前も知らないのでありますか?」

「あァ……『麻美』のデータ回収が目的か……?」

ノゥ。推測でありますが――」


 『彼女』はそういう考えのもとに動かない。利己的ではない、というよりも、利己的になれる人間ではない。

 それでも我を張るならば、理由は決まっている。


「自分たちを『人殺し』にさせないために」


 誰かのため。

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