070_1230 flakey ordinaryⅣ ~偕老同穴~


 後ろに悠亜イクセスを乗せて、《コシュタワバー》を駆ってやって来たのは、芦屋あしや六麓荘ろくろくそう町。

 一区画一二〇坪以上、戸建住宅しか並んでいない超高級住宅街は、雰囲気からして違う。マンションもなければ、コンビニも存在しない。自動販売機すらもない。


「だから不審者じャねェッつッてンだろォが!」


 オートバイを押し歩くその一画で、ハーレーダビッドソンを背景にして、スタッズだらけの革ジャン革パンの外国人男性が、お巡りさんに職務質問されているのを見つけてしまった。

 当人は否定していても、刺青トライバル・タトゥまで見事な世紀末ファッションに加えて、革ケースに入れた巨大な謎の板など持った不審者全開ならば、職務質問くらい致し方ないだろう。


「……見なかったことにするか」

「……そうですね」

【……出直しましょうか】


 悠亜イクセス悠亜コシュタバワーと共に半眼になった十路とおじは、Uターンしようとした。


「ッてオォォイ!? 小僧ども! 無視すんじャねェ!?」

【「ちっ」】


 リヒトに見つかってしまったので、仕方なく支援部の身分証明書を提示して、彼が今回の事件解決に協力してもらってることを伝え、解放してもらった。

 組織図上では支援部は、警察業務の一部を委託されているだけの下請けで、普通ならばこんな要請は通用しないだろう。だが《魔法使いソーサラー》という人種の不気味さからか、警官たちは内心思うことはありそうな顔でもリヒトを解放してくれた。


 駐在所に自転車で帰る警官を後目しりめに、リヒトはボヤく。


「なンで突ッ立ッてるだけで……」

【その格好なら、イースト・ニューヨークでも不審者扱いされると思うわよ】


 悠亜がツッコむが、アメリカ屈指の犯罪多発地帯で絡んでくるのは、きっとお巡りさんではない。かなり方向性が違う。


【というか、いつからここにいるの?】

昨夜ゆうべから」


 樹里になにかあった時、すぐ駆けつけられる距離で待機しているのであろうが、周辺に住むセレブたちは、アブないヤツに自宅が見張られてると誤解し、気が気ではなかっただろう。市民感情として通報は当然と言って構うまい。


「つーか小僧とユーアはまだしも、イクセスまで見捨てるかァ?」


 嫁の冷遇も、彼にとっては『まだしも』の範囲内らしい。

 更にはこの創造物むすめもまた野依崎と同様、リヒトを創造主おやだと思っていなかった。


「あなたに製造されたことを疑いはしてませんが、私が本格起動してから世話になった記憶がありません。なので助ける必要性を感じませんでした」


 初源の《魔法使いソーサラー》、《魔法使いの杖アビスツール》と《使い魔ファミリア》の開発者、ドクター・リヒト・ゲイブルズは全世界的なビッグネームだ。技術者として彼に憧れる者も少なくはない。世間的には。

 しかし嫁からは笑顔で冷遇され、年頃の義妹からは冷たい目を向けられる。プライベートを知る者からの人望はない。


 リヒトはその事実を失意体前屈orzで噛み締めていた。社会的には結構な地位にありながらも、家では居場所ない中年サラリーマンを連想する姿だった。


「……落ち込んでるところ悪いんだが、悠亜さんから連絡してもらった件、どうなった?」


 これ以上女性陣に相手させると、リヒトをヘコませるだけな予感を覚えたので、十路が話を進めることにする。


「ジュリが昨日使ッたけど、予備は渡してあるハズだから、一本くれェなら分けてやッても構わねェけどよ……」


 身を起こしたリヒトは渋々の顔で、背負ったキーボードケースを下ろす。

 中から出てきたのはやはり金属の分厚い板だが、リヒトがなにやら呟くと《魔法》の光を漏らして変形し、作業台のようになる。


 きっと《付与術士エンチャンター》の作業用に特化されているのであろう、彼の《魔法使いの杖アビスツール》――《トバルカイン》だ。

 《魔法》で空間圧縮された一画が開き、中から機械の腕が金属の塊を取り出した。十路相手ならもっと揉めるかと思ってが、意外にも彼はすんなり譲ってくれた。嫁との通信でなにやらあったのかもしれない。


「《NEWS》のブレードをなンに使う気だァ?」


 樹里の《魔法使いの杖アビスツール》に接続する白兵戦用拡張部品、《Saber tooth》の刃部分だ。


「欲しがっているのは私やトージではないので、なにに使うつもりかは知りません」


 それを悠亜イクセスが軽々と受け取る。人の身ほどもある金属の塊は、人間が持ち上げられる重量のはずがないのに。ブラウスのボタンを外した腹から《魔法》の光を漏らし、体内の圧縮空間に収納した。


「路上で堂々と人外披露するのヤメロ」


 超高級住宅地の人通りは少なく、ごく短時間のことなので、目撃者がいそうにないのが幸いか。

 悠亜イクセスは『これだから人間は面倒ですね』とでも言いたげなため息をついたが、実際に口にすることなくリヒト相手に話を続ける。


「それから、勝手に家に上がってユーアの服をいくつか持ってきますから」


 外身は家の住人で服の所有者だが、中身は別人イクセスなので、家主リヒトに筋を通す。オートバイでもモラルやマナーを実践する。


 ともあれ、これでリヒトへの用事は終わった。


「丁度いい。小僧。ちョッと付き合え」


 なのでひとまず悠亜たちの住まいに向かおうと考えたところで、リヒトに制止させられた。大型バイクは路上駐車したまま歩き出す。


 どうやら用事があるのは、十路ひとりだけのようだった。またリヒトから襲撃される予想もしたが、その様子もない。

 悠亜イクセスと顔を見合わせ、彼女は更にオートバイと顔を見合わせる。


「ちょっとジュリの顔でも見てきますか」

【そーね。ついでだし、お世話になってる家の方にも挨拶しておきましょ。イクセス、区画一二のCに圧縮保存してるもの、出して】

「なぜ体内に贈答用の菓子まで入ってるんですか……」

【やー。樹里ちゃんが友達の家に居候いそうろうしてから、いつか必要になるだろうなーと思って、用意はしてたのよ。機会がなくて伸び伸びになってたけど】


 悠亜イクセスが《コシュタバワー》を引き連れて、樹里が居候いそうろうしている佐古川家へと向かう。十路に男同士の会話を強要してくる。


 取り残された十路は、リヒトを追うしかない。



 △▼△▼△▼△▼



 小さな神社には参拝客もいない。きっと管理する神職も常駐していないのだろう。境内は色づいた葉で敷き詰められている。

 六麓荘町内から出たリヒトは、岩園いわぞの天神社まで坂道を下ったところで、音を立てて枯葉を踏みしめた足を止めた。


「小僧。テメェ、どうする気だ?」

「主語を言え」


 なんの話をしたいのか。状況からすればヂェンと戦うための戦術だが、リヒトの口ぶりは異なると思えた。


「テメェがジュリの心臓を移植されて、 《ヘミテオス》になッた件だ」

「そのことなら、どうって言われてもな……?」


 根本からの話となれば、口ごもってしまう。十路も考えや答えがまとまっていない。怒涛どとうの勢いで他に考えなければならないことがあったので、落ち着いて考えるいとまもなかった。


 愛しい義妹に近しい男という関係とは別に、リヒトは《ヘミテオス》としての十路を許してはいない。


 悠亜やつばめから意図的に情報を制限されていた様子なので、それはそれで無理はない。ましてや《ヘミテオス》の存在は、秘匿すべき情報だ。不用意に増やすなど、あってはならない。

 秘密保持のためにリヒトに抹殺されても、なんら不思議はない。裏社会に生きてきた十路からすれば、当然とすら思う。


「木次――義妹いもうとと俺の間にあったこと、アンタどれだけ知ってる?」


 樹里とは物別れと呼ぶにも一方的に疎遠になったままだ。その上で家出し、幽霊部員化してしまったので、更に顔を合わせなくなった。


「『お前は俺を化け物にしたのか』」


 十路が初めて《ヘミテオス》管理システムが起動した時、樹里に言い放った言葉だ。

 情報源や情報量は正確にははかれないが、リヒトはおおよそ知っていると考えるべき。


 《ヘミテオス》を化け物と呼び、愛すべき義妹にそんな言葉を投げかけた男など、彼は害して当然だ。


 そんな彼から『これから』を問われて、十路は答えを窮する。

 大人しく殴られてやるつもりもない。殴る以上のことになれば、反撃だってするつもりだ。


 だが、それ以上はどうなのか。

 殺し合いにまで発展した時、リヒトを殺してまで生き抜くのが、果たして正しいことなのか。


 望んで今の立場になったわけではないが、《ヘミテオス》の事情は、十路が禁則に触れた立場にある。

 縄張りにズカズカ踏み込んだ十路が暴れるのは、確実に違う。適当にいなして外に出るのが正しい対応だと思う。

 しかしできない。因子しんぞうを分け与えられ、十路も《ヘミテオス》に――その縄張りの住人になってしまっているのだから。

 死体となって縄張りから放り出されるか、殺して縄張りを奪いルールを作りかえるかの、二択しか存在しない。


 そして樹里と、どういった関係で、どういった距離間であるべきなのか。


 まだ決断はできない。答えも見出せない。


ヂェンとのことがあるから、今はなにもする気はねェ。見逃してやらァ。だけど片付いたら覚えてろョ?」


 たびたび鉈を振りかざして襲撃してきたはずだが、リヒト基準では手出しのうちに入らないのか。

 空気の解読能力に難のある十路でも、シリアス空気は正確に理解しているので、そんなツッコミを口にしなかった。


「なぁ? アンタ自身は、未来の次元にいるリヒト・ゲイブルズのオリジナルとは、別人だと思ってるんだよな?」


 代わりに、解決の糸口を求めて、なんとなく抱いていた疑問を口にした。


 リヒトたちオリジナル《ヘミテオス》は、未来からデータのみ送信されて、この時代で構築された肉体で活動している。

 ざっくばらんな言い方をすれば、時空間を越えるファックスで、この時代に生まれた存在だ。


「前にスワンプマンの話をしてやッたろォが」


 人間をなんらかの方法でコピー&ペーストして、増殖させたとする。肉体も精神も全く同一の存在が、ふたり存在している。

 オリジナルとコピーは、果たして同一の存在なのか。違う存在なのか。個人個人で答えの違う、哲学的な問題だ。


 以前 《ヘミテオス》について詳しい説明を受けた時、リヒトは別の存在だという解釈を話した。


「それと、未来にいたオリジナルの『麻美』を覚えてるんだよな?」 

「あァ。オレの精神データ転送は事故ッてねェ」

「なら、どうして悠亜さんと夫婦やってるんだ?」

「ア゛? どういう意味だ?」

「アンタのスワンプマンの解釈で言えば、この時代にいるアンタの嫁も、未来のオリジナルとは違う人間。しかも『管理者No.003』はこの時代で分裂してて、悠亜さんはオリジナルの『麻美』と明らかに違う。なのに未来でオリジナルたちが築いてた人間関係を、この時代でも続ける必要は、ないと言えばないだろ?」

「アー……まァ確かに、ねェと言えばねェな。実際、ツバメやコンのヤロウを義親おやだと思ッたこたァねェし……」


 十路が疑問を抱いた切っ掛けは、『笑顔でブチのめす嫁とよく一緒にいられるな。いやわずらってる旦那といい組み合わせだけど』と思った程度でしかないが、考えてみればこの夫婦はかなり変な関係だ。


 悠亜以外の『管理者No.003』は、旦那リヒトに対する感情など持っていない。十路が知る限り、羽須美は有名人くらいの認識でしかなかった。ヂェンなど明らかにリヒトに敵意を持っている。

 分裂してしまった彼女たちには、『夫』との記憶がなくても、なんら不思議はない。


 ならばなぜ、悠亜だけは違うのか。仮に彼女には夫婦の記憶があるとしても、やはり疑問が残る。

 未来と現在を切り離しているリヒトも、なぜ未来かこを繰り返しているのか、やはり首を傾げる。


 妻が記憶喪失になり、夫婦であることを全く覚えてなくても、夫はこれまで同様に接することができるだろうか。

 互いに努力して夫婦生活をいとなもうとしても、できるものだろうか。

 破局しか迎えることができず、別離が当人たちにとって一番のような気がしてならない。


「オレとユーアがこの時代で夫婦やってる理由なァ……?」


 ツーブロックの髪の生え際をポリポリかき、リヒトは腕を組む。尖ったスタッズが肌に突き刺さったりしないんだろうかと、関係ない疑問が十路の脳裏にぎった。


「……一言で言ッてしまやァ、成り行きッーしかねェな」


 寒々しい秋風を感じながら待って出てきた結論はそれだけか。十路は思わず憮然とする。


「この時代で活動するには、夫婦ッつー関係がお互いにとッて一番都合よかッた。だから身分を作る時にそうした」


 独身で名が売れれば伴侶を狙ってアプローチしてくる輩もいるが、既に伴侶がいるとならば大抵は諦める。

 公式の場ではパートナーの出席が求められることが、伴侶がいるなら波風立たない。

 既婚というだけで一定の社会的信用が生まれる。いい歳して独身を貫いていると、問題がある人間に疑われることも少なくない。逆に結婚しているというだけで、責任感や良識があると見なされる。


「えっらいビジネスライクな夫婦関係だな……?」

「最初がそうだッたつーだけで、ユーアに愛情がねェわけじャねェぞ?」

「それははたから見てもわかる」


 イクセスが悠亜の体を借り受け、当分のあいだ離れることに、リヒトは泣き崩れていた。昨夜の野依崎が『結局嫁にしか興味がない』などと茶化していたが、事実無根とは思えない。

 悠亜もなんやかんや言いつつも、リヒトに信を置いている。

 書類と義務に縛られただけの夫婦ではないのは知れている。


「なんつーかなァ……? オレにとッちャ、前の嫁とよく似た女と再婚したッつーだけの話なンじャねェか? いや、二次元のヨメそッくりな女とリアルに結婚したとかか?」


 彼が未来かこと現在を切り離していても、リヒト・ゲイブルズのオリジナルが、こことは違う時空で『麻美』と夫婦だったのは、否定のしようがない事実だ。

 当人の経歴と考えるか、別人のものと考えるかをさておいて、彼は記憶データという形でそれを知っていることも変わりようがない。


「ツラが同じなだけで、あとは全部ちげェ。で、ツラが同じだろうと違おうと、『前の嫁はこうだった』なんつーのを言うのは禁句な?」

「そりゃそうだろうな」


 他人との比較は、社会生活の中でもやってはならないこととされている。兄弟姉妹、同僚で比較されれば嫌な気持ちになる。

 夫婦・恋人でやったらどうなるか。気になる女性に、他の女性を話題にする男は珍しくもない。恋愛の駆け引きや探りとしてはアリだが、一般論としては非常識だ。


「ま、なンやかンやあッたが、『アサミ』とは無関係に、オレは結局ユーア・キスキっつー女に惚れて、夫婦やッてンだ」

 

 タトゥがはしる顔では厳つさが強調されるが、リヒトが小さく笑った。これまで十路の前では見せなかった顔だった。


「そんなもんか……」

「そんなモンだ」


 他人が聞けば拍子抜けするが、それが当人にとって、如何いかに大切な結論なのかは知れた。

 だから時間の無駄とは思わない。それどころか、臆面なく笑って言ってのけるリヒトが、うらやましく思う。


 十路もまた、羽須美と樹里、ふたりの『管理者No.003』と交わっている。

 羽須美はもういない。

 そして樹里との関係をハッキリさせなければならない。

 話はあまり参考にはならなかったが、リヒトのようにあらねばならないとは思った。



 △▼△▼△▼△▼



「……ったく、急に来ないでよ……!」


 突然佐古川家に、しかも学生服姿でやって来た悠亜を追い出した樹里は、同じ学生服に着替えて追加収納パニアケースを手にして飛び出した。

 追求されたくなかったから。

 直接対応したお手伝いさん・永山ながやま千鶴子ちづこさん(五四歳)は、悠亜のことを怪しむことなく、日本一入手困難とも言われるミッシェルバッハの夙川しゅくがわクッキーローゼを受け取った。

 だが愛は、悠亜の学生服姿に疑問を抱いたのが傍目はためにもわかった。姉がいることは話したことはあるが、同じ学校に在籍しているとは話していないし、実際違う。

 真相を誤魔化すために、姉がコスプレ趣味のある二七歳既婚者などと、樹里の口から説明したくない。よって逃げた。問題の先送りなのはわかっていても。


 もちろんそれだけではない。悠亜が佐古川家にやって来た目的が、挨拶だけでなく、部活関連の重要連絡があるのかただしたかったのもある。急の来訪も無線連絡できないゆえなのかとも思った。

 よって閑静な住宅街の坂道を早足で下り、青い大型オートバイを押す姉を追いかけた。


「!?」


 けれども交差点が見えたところで、嫌でも足を止めることになった。咄嗟にカーブの陰に隠れて耳を澄ませる。


「あれ? 早かったですね?」


 学生服姿の十路がいたから。


【樹里ちゃんに追い出されちゃってね~? 平日の昼間なら仕方ないけど、家にいたのは樹里ちゃんの友達とお手伝いさんだけで、親御さんには挨拶できなかったし、お菓子渡しただけになっちゃった】

「いいんですか?」

【事が落ち着いたら改めてでもいいと思うわ。今度はちゃんとアポ取って】


 佐古川家で話した時とは違い、姉の声がスピーカー越しのものになった。

 肉声は同じ声でも、先ほどとは違い、イクセスと交換したことがわかる。


「それでトージは? リヒトと男の語らいをした割に、負傷など見当たりませんけど?」

「別に殴りあったわけじゃないって……」

「そのリヒトは?」

「コンビニだと。ここらにはないからふもとまで」

「まだ不審人物を続けるつもりですか……」

「この辺に居座るなら、派出所で職質受けるのが一番いいんじゃないかって気がするんだが」


 物陰からそっと顔を出すと、ヘルメットを被ったふたりが《コシュタバワー》に乗る後ろ姿が見えた。

 リアシートにまたが悠亜イクセスは、少し危なかしい。オートバイ当人がオートバイに乗り慣れてないのは当たり前だろうが。


「イクセス。腰にしがみついてくれ」

「なんですか今更?」

「お前、カーブで逆に動こうとするから怖いんだよ。まだ市街地なら道真っ直ぐだからいいけど、これから山道入るから、密着して動かず荷物になってくれたほうがマシ」

「そんなにユーアの胸部搭載物質を堪能したんですか?」

「事故りたくないだけだ」

【私もコントロールしてるんだし、その程度で事故りはしないわよ】

「じゃあ言い換えます。運転してて疲れます」

【それで? どう? どう? 背中に押し付けられてる私のおっぱい】

「悠亜さん……結婚クラスチェンジで捨てた恥じらいを拾ってきてくれません?」


 人通りがないため、そんなことを普通に会話する二人と一台は、ゆっくりと加速して六麓荘町を走り去った。


 常人レベルの聴覚では擬装のエンジン音が聞こえなくなってから、樹里は物陰から出た。

 もう彼らはいないのに、いた場所を見て、動けなくなる。


 どうやら部活関連で、樹里に連絡しなければならない内容は、最初からなかったのか。悠亜が佐古川家を訪れたのは、迷惑をかけることになった家主への挨拶だけとしか見るしかない。それも多分思いつきで。

 昨日、壊滅一歩寸前まで支援部は追い詰められたのに、部員たちの治療が終われば樹里に用事はないらしい。


 ヂェンたちの襲撃が終わりではないのはわかりきっている。だが支援部はどう対応するつもりなのだろうか。幽霊部員と化しているから情報は全く入ってこない。

 扱いが前線の衛生兵から、完全に後方の野戦病院付き医療従事者になってしまっている。

 自業自得なのだから、部員たちに文句はないが、それでも樹里は不要扱いされていることにモヤモヤする。十路には遊軍扱いされていることなど、知りようがない。


 加えてスッキリしない原因が、もうひとつ。


(なんで悠亜イクセスが、堤先輩と二人乗りタンデムしてるの見て、こう、モヤモヤするかな……?)


 十路との二人乗りタンデムは、やはり行動を共にすることが多かった樹里が一番多いが、支援部員は全員経験している。自分で運転できるナージャ以外は、彼にしがみついて乗る。

 それを見てなにか思ったことなどないのに、なぜか悠亜イクセスだけは違った。

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