070_1200 flakey ordinaryⅠ ~意馬心猿~
今日のところは、ひとまず解散となった。
それぞれ動くにしても、今夜のうちから行動を起こす者、明日の朝でないと無理な者と様々だ。
「失礼します」
【どーぞ】
「《
「悠亜さんとお前じゃ、前提条件が違いすぎるんだよ……」
ヘルメットを被る
【あんっ♡】
「変な声出さないでください……!」
【だって、ビンカンなところに……あ♡ ダメよ、私に夫がいるの……♡】
「面白がってやってるでしょう……!?」
やはり同じ『麻美』の欠片だと思ってしまう。羽須美もまた、こういうからかいで十路をイジっていた。彼女ならいつものことと冷淡にスルーしていたが、直接の交流がない人妻相手だと勝手が違う。
ふと、
十路は嫌な予感を覚えた。
「イクセス……? 俺を乗せる時って、人間の体だと、どこにどういう風に乗せてる感覚なんだ?」
「…………」
「頼むから黙るなよ!?」
こんなリアクションなら、罵倒されたほうがマシだった。
整備がセクハラ扱いなのは今に始まったことではないが、普通に
「だからと言って、乗らないって選択肢はないんだが……」
「まぁ、そうでしょうけど」
ヘルメットを被った
「それにしても、バイクがバイクに乗るのな……」
「学院まで《コシュタバワー》に乗って来たので、今更です」
「まさかイクセスが人間になるとは……」
人間になった彼女と会ったのは昼だが、以降後始末やらなにやらで忙しく、それどころではなかった。
青いスポーツバイクを駐車場から発進させるのと同時に、ようやくにして関心とも呆れともつかない言葉が出てきた。
神戸の大動脈・国道二号線に出て、夜も深まり交通量が少なくなった道を疾走する。普段とは違う乗り心地に、大いに違和感を覚えるが、転がす程度ならば問題はない。
『そういえば今後について、ジュリの話は一切ありませんでしたけど、どうするつもりですか?』
なので走らせながら、無線で
「知らん。アイツがどうするつもりか次第だし」
『あのですねぇ……?』
「こっちからなにも言わなくても、襲撃の時には遊撃みたいな感じで動いてるから、なら放っていいかと思ってる。木次が狙われるとしても
『一応考えてのことなんですね』
樹里との冷戦状態について、なにか苦言しようとしたのだろうが、現状では優先すべきことがあるので後回しにせざるをえない。
それに人間関係を修復するにも決別するにも、まだ時間が必要だろう。双方にとって。
「そういえば、木次となに話したんだ?」
『大したことじゃないです。ジュリが不在なら、設備を借りようと思っただけです』
「設備?」
△▼△▼△▼△▼
佐古川家の人々には本当に頭が下がる。
息女が通う学校で大変になったことにも充分関係しているし、後始末や保護者説明会で女子高生の帰宅時間ではなくなったが、それでも迎え入れてくれるのだから。
お手伝いさんが残してくれていた夕飯を食べ終えた樹里は、表面を軽く焼いたブロック肉を密閉袋に入れ、ぬるま湯が満たされた炊飯器に入れる。
「木次さん? なにしてるんですか?」
とそこへ、家主の娘たる
「ローストビーフ作ってる」
「手の込んだ料理ですね?」
「全然。表面焼いたら炊飯器に入れるだけだし」
「炊飯器、です?」
「低温調理器の代わり。生焼けにも煮過ぎにもならない温度を、ほっといてもキープしてくれるから、こういう時に便利なんだよ」
保温ボタンを押して準備が終わると、ちょうどオーブンが電子音を鳴らした。
ミトンをつけた樹里がオーブンを開くと、香ばしい匂いが広がる。といっても焼き料理ではなく、プレートに乗ってるのはほぼ骨だ。
彼女はそれを、火を止めたばかりで湯気を上げている鍋に一気に流し入れる。
「今度は?」
「フォン・ド・ヴォーの仕込み。デミグラスソースとかシチューとか、洋風の煮物料理ならなんでも使えるから、作り置きしておくと便利なんだよ。あと、
「あの、別にウチ、毎日豪華なコース料理とか食べてるわけじゃないですけど……キワモノだったら遠慮したいですけど」
「さすがに骨は使い道ないけど、肉クズ野菜クズはミキサーでペーストにすれば、肉料理にはなんでも使えるよ。出
さすがに三日三晩
しばらく放置すればいい状態にし、手を洗った樹里は、ようやく愛に向き直る。
「それで。急にウチで料理なんて、どうしたんです?」
「ふぇ? 私、お手伝いさんと一緒に結構料理してるよ? 愛も私の料理、食べてるよ?」
「味が違うと思ったことは、何度かありましたけど……そういうことだったんですね」
だから勝手知ったる台所であるし、日中いない間に牛骨のような特殊な食材の買出しを頼める。そういうことが出来るまでに、佐古川家の台所を取り仕切る家政婦・
それにレストラン・バーを経営する実家を時折手伝っているため、本格的な料理も作ろうと思えば作れる。普段は時間の都合で、そこまで手をかけていられないだけだ。常人離れした鋭敏な味覚・嗅覚と分子単位の分析能力も持つので、手抜きでもひと手間で本格的な味を近づけられるのもある。
「やー……よくしてもらってるから、なにもせずに
力ない半笑いを浮かべてしまう樹里は、つくづく小市民だった。
「永山さんかお母さんが許可してるなら、木次さんの好きなようにして頂いて構わないんですけど……」
訊いてきたのは愛だが、彼女が聞きたいのは、そういう話ではないらしい。身長は樹里が高いので、下から顔を覗き込まれた。
「なにかイライラしてます?」
「や。イライラというか……モヤモヤしてる」
「今日の事件のことですか……?」
「まぁ……それもある」
「それも?」
事前に警戒していたが、その甲斐なく襲撃犯たちに
加えて保護者説明会だ。必死に学生たちを守ったのに、なぜ批難されないとならないのだろうと思ってしまう。
もちろん樹里が知ることと、世間に明かされている真実には、情報の量も質も
けれども子供っぽい感情と青臭い正義感が善しとしない。
「ちょっとね……マンションの私の部屋が空いてるから、人を泊めることになっちゃって……」
モヤモヤしている最大の理由は、悠亜の体を借りたイクセスが、樹里の部屋を使いたいと言い出したからだ。
(イクセスって機械だからか、効率優先っぽいしなぁ……そういう発想になるのはわかるんだけど……)
オートバイなのにやたら人間くさいが、本当に彼女が人間心理を理解しているとは思わない。やはり人間を模しただけの、人造の知性だ。
彼女が人間となったため、一時的な住環境が必要となった。ちょうど樹里が家出していて部屋が空いてるから、そこを使おう。それくらいの気持ちでしかないだろう。
イクセスが荒らすとは思わない。支援部の関係者なのだから、マンションで生活しようとするのはごく当然のこと。他の女子部員の部屋で寝泊りしようにも、今日の様子からどう動くのかわからない。やはり彼女は十路と行動を共にするだろうから、他部員の生活時間と合うのか尚更わからない。
「泊めるのがイヤなんですか?」
「やー……ワガママ言ってるだけってわかってるんだよ? だけど私がいないのに、私の部屋に誰かが泊まるの、なんだかね……」
結局イクセスが樹里の部屋に寝泊りすることを了承したが、テリトリーを犯されているような気分になる。
「こうなれば、パンでも焼くかな……」
力を込めて生地を練り、思いっきり叩きつけたら、気が晴れないものか。
「この時間からは、さすがに止めてもらえませんか……?」
家主の娘からストップがかけられたので、モヤモヤしたまま寝るしかないらしい。
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