070_1010 3rd strifeⅩ ~南無三宝~


 ヂェンが、十路個人への興味をほのめかしたのは、嘘ではない。

 ただ知りたいのは、《騎士ナイト》としての、『準管理者No.010』としての彼だ。


(これがディ十路シルゥ……?)


 想像どおりだが、想像とは違う。弱いかと聞かれれば否と答えられるが、逆に強いかと聞かれると首を傾げる。


 建物屋上でヂェンは、驚きと戸惑い半々の気持ちで、体内に圧縮保存されていた《無銘》の長柄を振るう。

 リーチの違いは圧倒的にも関わらず、彼は警棒で突きや払いを平然とかいくぐり、自身の間合いに持ち込んでくる。


 これまで集められたデータから想定した、戦闘能力を上回ってはいない。

 常人基準ならば相当に速く、鋭いが、それだけ。人間の枠内に収まった身体能力で、《魔法使いソーサラー》として見れば然程さほどでもない。


 なのにヂェンの攻めは当たらない。

 身体能力強化で得物を振るうスピードを向上させ、人間の筋力ではできない軌道で攻撃しても、彼は対応してくる。

 得物での攻撃と同時に《魔法》を実行する。視覚外の位置から《氷撃》や《岩槍》といった小規模攻撃を実行しても、彼は悠々と避ける。


 しかも彼は常に南西に立つ。淡路島――ひいては《塔》からの、非接触電力伝送システムによるエネルギー補給を潰すことを想定した位置取りだ。

 銃撃で盛大に削られたヂェンの肉体は再生しているが、それに使ったエネルギーの補給ができていない。

 慣れるほどの場数は踏んでいないはずなのに、対 《ヘミテオス》戦術で動いている。対応策をずっと考えていたに違いない。

 しかも実行できてるということは、それだけの余裕があるということに他ならない。


 背負った《魔法使いの杖アビスツール》と機能接続し、第六感的センサー能力は起動しているはずだが、《魔法》らしい異能を使っていない。  にも関わらず。

 十路もまた《ヘミテオス》だが、その能力は限定的な『準管理者』でしかない。

 肉体的には人間とほぼ変わらない、察しのいいだけの超人未満を、ヘミテオスは凌駕することができない。


 強いはずなのだが、そうとも言いがたい。けれども弱いとはとても言えない。言ってしまうと油断になるから言ってはならない。


 体躯はさほど立派ではない。毛並みは乱れ、威風堂々たる風情などない。

 けれどもどんな牙を隠し持っているのか、どこまでの相手と渡り合えるのかわからない、得体の知れない薄汚れた野良犬。


 それがヂェンが抱いた、堤十路の印象だった。


 校舎の上を移動しながらの、小手調べのような戦闘がひと段落して、ふたりは距離を開いて息を吐く。

 きっと考えが無意識に、彼の口からこぼれただけだろう。


「羽須美さんよりマシか……」

「……!」


 だが野良犬のため息は、偽りならざる本心であるとわかり、ヂェンのプライドを刺激した。


 本物の衣川羽須美は、ヂェン雅玲ヤリンよりも強かった。


『《糸くりスピンナ》』

『明白了。(わかってるわよ)』


 校舎の狭間で、熱力学の昇華爆発が一度だけ起こった。

 焼け焦げて着衣の用を成さなくなったボロきれをまとう、いまだ皮膚が再生中の『羽須美』が宙に飛び出した。


『《ブラウアー》』

『诶……真是的。(はいはい……ったく)』


 彼女たちが戦闘していた、校舎の崩壊現場とは違う場所からも、『羽須美』が飛び出してきた。学生服や長い髪は、水びたしならぬ土浸しになっている。


 かんさわるからと、逆上して突っ込むような脳筋ではない。他の『羽須美』と連携するために、ヂェンは無線で召集をかけた。彼女たちもまた部員との交戦で傷ついているが、《ヘミテオス》には大したことではない。


 《ブラウアー》と呼ばれた『羽須美』と、《糸くりスピンナ》と呼ばれた『羽須美』まで参戦すると、十路も本領を発揮し始めた。

 手にした銃剣バヨネットを宙に放り、装備BDUベルトや空間制御コンテナアイテムボックスから新たな武装を出して使う武器交換術ジャグリング。離れて見ると無謀な奇行でしかないが、目前で使われると突如なぜ武装を捨てるのかと意識が奪われる、奇襲戦術なのがよくわかる。しかも対複数でも格闘から銃撃戦距離まで武装と目標を変えて対応し、更に加えて近距離銃撃戦武器として改造した消火器が出てくれば、ふざけてるくせに実用性がある。


 磁力の利用と思える《魔法》の機動力だけではなく、《糸くりスピンナ》の巨大化した拳撃を紙一重で避け、引き戻されるのに会わせて得物を突き立て、瞬時に距離まで変えてくる。《ブラウアー》も共に近接戦闘を得意とするタイプなので、完全に翻弄ほんろうされている。


 《魔法使いソーサラー》の基準に照らし合わせても、頭がおかしい。得体の知れない野良犬感が、ヂェンの中で強くなる。


『《ホレ》、《背嚢ランツェン》』


 更に『羽須美』を十路にぶつけようとしたが、同時に爆発と聞き分けつかない派手な破壊音が、敷地の違う場所から響いた。


 校舎の隙間から、またも人体が飛び出した。ただし自力で超跳躍したのとは違い、『羽須美』の体勢が不自然なことから、吹っ飛ばされたと見るべきか。


「オラァ!」


 追って男が人外の跳躍を行い、更に蹴り飛ばして空中コンボを決めた。砲撃のような激突音の後、『羽須美』が森にまで吹っ飛ぶ。


「邪魔すンじャねェッ!!」


 リヒト・ゲイブルズ。ヂェンたちにとって、因縁浅からぬ敵。思いがけず裏山で交戦することになったものの、相手していられないから逃げたが、追ってきたのか。


 アレはまずい。縄張りに入りさえしなければ大人しい、社会のルールという鎖に繋がれた野良犬とおじとは、危険度が違う。

 視界内に興奮する要素があれば、モラルやルールなど蹴散らして突進してくる狂牛だ。


 吹っ飛ばされた《背嚢ランツェン》に代わり、体を凍りつかせた《ホレ》がリヒトに向かったが、ひとりではいつまで耐えられるか。


 ヂェンもそちらに援護へ向かおうとしたが、停止を余儀なくされる。


『どういうつもりだ?』


 真後ろに新たな人物が現れ、ボイスチェンジャーを通した声をかけてきた。武装は手にしているが、敵対するつもりはないと距離を隔て、けれども返答次第では容赦はしないと言外に告げている。

 支援部員たちが『市ヶ谷』と呼んでいる、フルフェイスヘルメットと黒いライダースーツで正体を隠した男だ。


『ここまで日本をコケにして好き勝手やるとは、なにも聞いていないんだがな?』


 この男は日本政府の窓口役であり、協力者でもある。

 だが利害の一致による関係でしかなく、絶対的な味方とは違う。一致せずに決裂すれば、敵対もありえる程度の関係でしかない。

 それが証拠に機械で変換された音に、多大な怒りが乗っている。

 面倒くさいが、ここでちゃんと相手しないと、もっと面倒なことになる。



 △▼△▼△▼△▼



 ヘリコプターの飛翔音が空に響く。警察や消防ならまだいいが、報道ヘリだと困る。


 ただでさえ白昼堂々の戦闘なので、銃はもちろん、殺人的な《魔法》や銃剣バヨネットは使えない。

 一ヶ所に留まって交戦すると、校舎が崩壊するかもしれない。まだ屋内に学生がいるかもしれない状況で、それは避けなければならない。


(きっつ!)


 そんなわけで、十路は苦戦していた。はたから見ると余裕に見えるかもしれないが、当人からすると冗談ではない。

 支援部はただでさえ交戦に制限が多いのに、今日はその比ではないのだから、避け続けて注意をひきつけることしかできない。

 攻撃用の《魔法》を使用せずに交戦しているのではなく、衆目の下で爆殺などできない。それに『羽須美』の攻撃を避けるために、索敵系の術式プログラムに演算能力を奪われて、他に使える余裕はない。


『オイ。小僧』


 リヒトが無線を飛ばしてきたので、十路も戦闘しながら応答する。


樹里いもうとは?』

『そっち優先と言いてェが、さすがにヂェンのヤロウがいるなら、そうも言ッてられねェ』

『足引っ張るなよ』

『ケッ。こッちのセリフだ』


 『ここで発作シスコンを起こすな』と釘を刺したが、さすがにその程度の分別はリヒトにもあった。十路は知らぬことだが、ヂェンと一度刃を交えたので頭が冷えたのか。落ち着いた声で今後を問うてくる。


『小僧、どうする気だ?』

『時間稼ぎ。勝つのは二の次』

『稼いでどうにかなンのか?』

『どうにかしてもらわないと困る』

『空自か』

『どっちかっつーと海自』


 十路が他の部員たちを援護しなかったのは、このためでもある。少しでも時間を稼ぐために、彼女たちが戦える限界まで放置し、交代するつもりだった。


『時間稼ぐのはいいが……別にアレを倒してしまッても構わねェンだろ?』

『そのセリフ、死亡フラグらしいぞ』

『大丈夫だ、問題ねェ。もうなにも恐くねェ。狙い撃つぜ。過去のデータによれば、オレが負けることなどありえねェ』

『アンタが死のうと勝手だからフラグ乱立はスルーする。支援部の世間体が傷つかない方法でしか倒せない。誰かに人外手段で連中を殺す瞬間を見られたらアウト』

『面倒くせェな』

『支援部はそういう組織だ。文句は連中と理事長しゅうとめに言え』


 戦闘中と思えない、のん気なやり取りでリヒトの無線は途切れたが、代わって別の男の声が脳内に届く。


『おい。堤十路』


 脳内で作られた音声データのはずだが、ご丁寧に音声変換がなされている。しかも支援部で使っている暗号プロトコルまで解析されている。


 目まぐるしく動く視界で、離れた校舎の上でヂェンと相対する、黒いライダースーツ姿の市ヶ谷が見える。


『どうする気だ?』

『というかお前、今日はどっちだよ?』


 市ヶ谷は支援部と敵対したこともあれば、味方してきたこともある。

 それは彼が、日本政府の暗部に属する《魔法使いソーサラー》で、調整役だからと認識している。

 政府や官僚の内部抗争か、外部からの圧力によるものか。支援部がこれまで交戦したその時々で違うのだろうが、とにかく日本の国益を重視して動いている節を感じる。

 だから支援部の存在が、国益の邪魔になった時には積極的に敵対をし、適う時には力を貸す。


『お前らの味方みたいだ。コイツらやりすぎ』

『だったら一昨日おとといと昨日は?』

『…………』

『調子乗るなよ? 俺も霞が関と永田町を更地にしたいわけじゃないから』


 ヂェンの攻撃自体は事前に通達されたもので、日本政府は黙認するつもりだった。しかし限度を超えたため、彼が出てこざるをえなくなった。

 市ヶ谷の沈黙から、そんな裏事情が読み取れた。政府や行政、彼の立場は、それはそれで大変なのだと。


 とはいえ十路たちは名目上、普通の学生生活を送る学生だ。可能な限り法令順守して税金払って日本に在住しているのに、国家が国民を守る義務を放棄して無体を押しつけてくるなら、最終的にはキレる。国家中枢を吹っ飛ばす程度に。


ソイツをこっちに来させるな』


 なので十路は、許容できるギリギリを市ヶ谷に指示した。

 市ヶ谷が完全な味方だとは思えないから、物理的にも社会的にも遠ざけておきたい。もし今の言葉がかたりだとしても、距離をへだてておけば対応もできる。

 本来ならば、ヂェンと市ヶ谷がなにを語っているのか、知る必要もあるのだろう。だが今は、敵対さえしなければ、それでいい。更に一時的でもヂェンの相手をしなくて済むなら、大儲けと考える。


(このままじゃジリ貧だな……)


 磁力反発で加速して、校舎群を飛び交いつつ、十路はほぞを噛む。


 この膠着は、『羽須美』たちが本気を発揮したら、簡単に崩れる。

 傷つけば血を流し、そうでなくても動き続ければ疲れるし、腹も減って喉も渇く。世間的な足枷あしかせがつけられたまま、マイクロ波ビームを受けて活動を続けられる非常識生命体と、我慢比べなどしていられない。


 他の部員たちは頼れない。


木次きすきさん……早く来てください……! 六号棟に負傷者多数です……』

『今は手が離せません! 敵の《使い魔ファミリア》が……!』

『そちらは自分が……気絶するまでは……』

『だぁぁぁぁっ! 全員正確に被害報告しやがれ! バイタルやべー連中! 一般人パンピー守る前に倒れちゃ意味ねーでしょうが!』

『あたしほっといても治るからカンケーないけど、皮膚かわズルけで人体模型状態なんスけど。人前出てだいじょぶ?』

『再生終わるまで引っこめ!』


 彼女たちは十路が指示したとおり、足元で救援活動に動いている。飛び交う無線からすると、状況はかんばしくないのに、ここで別の指示を出したら余計に混乱する。それは部員たちと学生たちの生死に直結する。


ヤツの《使い魔》が来た瞬間に、崩れる)


 上空の《窮奇チョンジー》は、先ほどまでは樹里が《雷霆らいてい》で、修交館学院上空に近づかないよう牽制していた。今は野依崎の仕業であろう、不可視の高出力レーザー光線が役目を引き継いでいる。


 今はまだ牽制されているが、あれが本格的に動いたら、十路たちに勝ち目はない。その後のことはどうなるかわからない。


 偶然にもリヒトも参戦し、更に市ヶ谷も協力状態にあることですら奇跡的なのだから、これ以上を望むべくもないのはわかっている。


(なにか欲しい)


 けれども望んでしまう。更なる戦力か、決定的な隙か。この危うい綱渡りを攻略できるなにかを。


 青白い燐光をまとう『羽須美』と数度、拳と蹴りを交わらせ、続く『羽須美』の巨大な拳撃を飛びのいて避ける。

 その時、大阪湾上空の《窮奇チョンジー》が挙動を変えたのを、脳内センサーで認めた。


「――っ! そこのヘリコプター! 危険だ! 現空域を離脱せよ!」


 民間のヘリコプターの陰に入り、学院から照射されるレーザー光線の盾にした。そのまま接近して対応できない至近距離から攻撃を仕掛けて、一撃必殺の離脱をするつもりなのは、想像にかたくない。


 十路は思わず叫んだが、間に合わないだろう。


 自衛隊でも市街地上空で正体不明機を爆撃しようものなら、政府首脳の首が挿げ替えられるほどの大事だ。かといって民間のヘリや学生たちを守れず人的被害を出したなら、やはり世間から猛バッシングを食らうだろう。

 白昼堂々、十路が銃を撃つなど論外だ。その時点で『普通の学生生活』は終わる。


 それでも可能な限りの人命を守るためには致し方ない。


 一一号館の屋根に回転受身で着地した十路は、足を止めることなく覚悟を決めて、背負ったソフトケース入りの《八九式小銃》を手にかけた。


 その時、耳に届いた。エンジン音が猛烈な勢いで接近してきている。

 ヘリのものとは明らかに違う、もっと低出力で聞き覚えのある――四ストローク四シリンダ一六バルブDOHCの駆動音が。

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