070_1010 3rd strifeⅩ ~南無三宝~
ただ知りたいのは、《
(これが
想像どおりだが、想像とは違う。弱いかと聞かれれば否と答えられるが、逆に強いかと聞かれると首を傾げる。
建物屋上で
リーチの違いは圧倒的にも関わらず、彼は警棒で突きや払いを平然とかいくぐり、自身の間合いに持ち込んでくる。
これまで集められたデータから想定した、戦闘能力を上回ってはいない。
常人基準ならば相当に速く、鋭いが、それだけ。人間の枠内に収まった身体能力で、《
なのに
身体能力強化で得物を振るうスピードを向上させ、人間の筋力ではできない軌道で攻撃しても、彼は対応してくる。
得物での攻撃と同時に《魔法》を実行する。視覚外の位置から《氷撃》や《岩槍》といった小規模攻撃を実行しても、彼は悠々と避ける。
しかも彼は常に南西に立つ。淡路島――ひいては《塔》からの、非接触電力伝送システムによるエネルギー補給を潰すことを想定した位置取りだ。
銃撃で盛大に削られた
慣れるほどの場数は踏んでいないはずなのに、対 《ヘミテオス》戦術で動いている。対応策をずっと考えていたに違いない。
しかも実行できてるということは、それだけの余裕があるということに他ならない。
背負った《
十路もまた《ヘミテオス》だが、その能力は限定的な『準管理者』でしかない。
肉体的には人間とほぼ変わらない、察しのいいだけの超人未満を、
強いはずなのだが、そうとも言い
体躯はさほど立派ではない。毛並みは乱れ、威風堂々たる風情などない。
けれどもどんな牙を隠し持っているのか、どこまでの相手と渡り合えるのかわからない、得体の知れない薄汚れた野良犬。
それが
校舎の上を移動しながらの、小手調べのような戦闘がひと段落して、ふたりは距離を開いて息を吐く。
きっと考えが無意識に、彼の口からこぼれただけだろう。
「羽須美さんよりマシか……」
「……!」
だが野良犬のため息は、偽りならざる本心であるとわかり、
本物の衣川羽須美は、
『《
『明白了。(わかってるわよ)』
校舎の狭間で、熱力学の昇華爆発が一度だけ起こった。
焼け焦げて着衣の用を成さなくなったボロ
『《
『诶……真是的。(はいはい……ったく)』
彼女たちが戦闘していた、校舎の崩壊現場とは違う場所からも、『羽須美』が飛び出してきた。学生服や長い髪は、水
《
手にした
磁力の利用と思える《魔法》の機動力だけではなく、《
《
『《ホレ》、《
更に『羽須美』を十路にぶつけようとしたが、同時に爆発と聞き分けつかない派手な破壊音が、敷地の違う場所から響いた。
校舎の隙間から、またも人体が飛び出した。ただし自力で超跳躍したのとは違い、『羽須美』の体勢が不自然なことから、吹っ飛ばされたと見るべきか。
「オラァ!」
追って男が人外の跳躍を行い、更に蹴り飛ばして空中コンボを決めた。砲撃のような激突音の後、『羽須美』が森にまで吹っ飛ぶ。
「邪魔すンじャねェッ!!」
リヒト・ゲイブルズ。
アレはまずい。縄張りに入りさえしなければ大人しい、社会のルールという鎖に繋がれた
視界内に興奮する要素があれば、モラルやルールなど蹴散らして突進してくる狂牛だ。
吹っ飛ばされた《
『どういうつもりだ?』
真後ろに新たな人物が現れ、ボイスチェンジャーを通した声をかけてきた。武装は手にしているが、敵対するつもりはないと距離を隔て、けれども返答次第では容赦はしないと言外に告げている。
支援部員たちが『市ヶ谷』と呼んでいる、フルフェイスヘルメットと黒いライダースーツで正体を隠した男だ。
『ここまで日本をコケにして好き勝手やるとは、なにも聞いていないんだがな?』
この男は日本政府の窓口役であり、協力者でもある。
だが利害の一致による関係でしかなく、絶対的な味方とは違う。一致せずに決裂すれば、敵対もありえる程度の関係でしかない。
それが証拠に機械で変換された音に、多大な怒りが乗っている。
面倒くさいが、ここでちゃんと相手しないと、もっと面倒なことになる。
△▼△▼△▼△▼
ヘリコプターの飛翔音が空に響く。警察や消防ならまだいいが、報道ヘリだと困る。
ただでさえ白昼堂々の戦闘なので、銃はもちろん、殺人的な《魔法》や
一ヶ所に留まって交戦すると、校舎が崩壊するかもしれない。まだ屋内に学生がいるかもしれない状況で、それは避けなければならない。
(きっつ!)
そんなわけで、十路は苦戦していた。
支援部はただでさえ交戦に制限が多いのに、今日はその比ではないのだから、避け続けて注意をひきつけることしかできない。
攻撃用の《魔法》を使用せずに交戦しているのではなく、衆目の下で爆殺などできない。それに『羽須美』の攻撃を避けるために、索敵系の
『オイ。小僧』
リヒトが無線を飛ばしてきたので、十路も戦闘しながら応答する。
『
『そっち優先と言いてェが、さすがに
『足引っ張るなよ』
『ケッ。こッちのセリフだ』
『ここで
『小僧、どうする気だ?』
『時間稼ぎ。勝つのは二の次』
『稼いでどうにかなンのか?』
『どうにかしてもらわないと困る』
『空自か』
『どっちかっつーと海自』
十路が他の部員たちを援護しなかったのは、このためでもある。少しでも時間を稼ぐために、彼女たちが戦える限界まで放置し、交代するつもりだった。
『時間稼ぐのはいいが……別にアレを倒してしまッても構わねェンだろ?』
『そのセリフ、死亡フラグらしいぞ』
『大丈夫だ、問題ねェ。もうなにも恐くねェ。狙い撃つぜ。過去のデータによれば、オレが負けることなどありえねェ』
『アンタが死のうと勝手だからフラグ乱立はスルーする。支援部の世間体が傷つかない方法でしか倒せない。誰かに人外手段で連中を殺す瞬間を見られたらアウト』
『面倒くせェな』
『支援部はそういう組織だ。文句は連中と
戦闘中と思えない、のん気なやり取りでリヒトの無線は途切れたが、代わって別の男の声が脳内に届く。
『おい。堤十路』
脳内で作られた音声データのはずだが、ご丁寧に音声変換がなされている。しかも支援部で使っている暗号プロトコルまで解析されている。
目まぐるしく動く視界で、離れた校舎の上で
『どうする気だ?』
『というかお前、今日はどっちだよ?』
市ヶ谷は支援部と敵対したこともあれば、味方してきたこともある。
それは彼が、日本政府の暗部に属する《
政府や官僚の内部抗争か、外部からの圧力によるものか。支援部がこれまで交戦したその時々で違うのだろうが、とにかく日本の国益を重視して動いている節を感じる。
だから支援部の存在が、国益の邪魔になった時には積極的に敵対をし、適う時には力を貸す。
『お前らの味方みたいだ。コイツらやりすぎ』
『だったら
『…………』
『調子乗るなよ? 俺も霞が関と永田町を更地にしたいわけじゃないから』
市ヶ谷の沈黙から、そんな裏事情が読み取れた。政府や行政、彼の立場は、それはそれで大変なのだと。
とはいえ十路たちは名目上、普通の学生生活を送る学生だ。可能な限り法令順守して税金払って日本に在住しているのに、国家が国民を守る義務を放棄して無体を押しつけてくるなら、最終的にはキレる。国家中枢を吹っ飛ばす程度に。
『
なので十路は、許容できるギリギリを市ヶ谷に指示した。
市ヶ谷が完全な味方だとは思えないから、物理的にも社会的にも遠ざけておきたい。もし今の言葉が
本来ならば、
(このままじゃジリ貧だな……)
磁力反発で加速して、校舎群を飛び交いつつ、十路は
この膠着は、『羽須美』たちが本気を発揮したら、簡単に崩れる。
傷つけば血を流し、そうでなくても動き続ければ疲れるし、腹も減って喉も渇く。世間的な
他の部員たちは頼れない。
『
『今は手が離せません! 敵の《
『そちらは自分が……気絶するまでは……』
『だぁぁぁぁっ! 全員正確に被害報告しやがれ! バイタルやべー連中!
『あたしほっといても治るからカンケーないけど、
『再生終わるまで引っこめ!』
彼女たちは十路が指示したとおり、足元で救援活動に動いている。飛び交う無線からすると、状況は
(
上空の《
今はまだ牽制されているが、あれが本格的に動いたら、十路たちに勝ち目はない。その後のことはどうなるかわからない。
偶然にもリヒトも参戦し、更に市ヶ谷も協力状態にあることですら奇跡的なのだから、これ以上を望むべくもないのはわかっている。
(なにか欲しい)
けれども望んでしまう。更なる戦力か、決定的な隙か。この危うい綱渡りを攻略できるなにかを。
青白い燐光をまとう『羽須美』と数度、拳と蹴りを交わらせ、続く『羽須美』の巨大な拳撃を飛びのいて避ける。
その時、大阪湾上空の《
「――っ! そこのヘリコプター! 危険だ! 現空域を離脱せよ!」
民間のヘリコプターの陰に入り、学院から照射されるレーザー光線の盾にした。そのまま接近して対応できない至近距離から攻撃を仕掛けて、一撃必殺の離脱をするつもりなのは、想像に
十路は思わず叫んだが、間に合わないだろう。
自衛隊でも市街地上空で正体不明機を爆撃しようものなら、政府首脳の首が挿げ替えられるほどの大事だ。かといって民間のヘリや学生たちを守れず人的被害を出したなら、やはり世間から猛バッシングを食らうだろう。
白昼堂々、十路が銃を撃つなど論外だ。その時点で『普通の学生生活』は終わる。
それでも可能な限りの人命を守るためには致し方ない。
一一号館の屋根に回転受身で着地した十路は、足を止めることなく覚悟を決めて、背負ったソフトケース入りの《八九式小銃》を手にかけた。
その時、耳に届いた。エンジン音が猛烈な勢いで接近してきている。
ヘリのものとは明らかに違う、もっと低出力で聞き覚えのある――四ストローク四シリンダ一六バルブDOHCの駆動音が。
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