070_1000 3rd strifeⅨ ~一念通天~


 それで戦闘が終わったわけでない。


「全員報告……! こっちはひとまずピンチを脱出……ですけど完全に相手を倒したわけでもねーですわ……」


 完膚なきまでに破壊した殲撃一七J-17戦闘機改が山に墜落し、空中で散らばった破片の影響が神戸市内にないのをざっと確かめて、コゼットが部長らしい無線を発する。


 戦闘機は撃墜したが、乗っていた『羽須美』は離脱したのを確認した。常人ならパラシュートなしに落下して無事で済む高度ではないが、《ヘミテオス》はその限りではない。


 そしてコゼット自身も無傷ではない。短時間なので極低温の影響はまだ無視できても、その後に壁や家具に叩きつけられた打撲、その後に戦闘機に追いかけられた回避機動による内臓損傷は無視できない。



 △▼△▼△▼△▼



「敵 《使い魔》、健在です! 現在牽制中!」


 『尻尾』も『爪』も持続時間が切れた。樹里は拡張部品を外した長杖を構えて、《雷霆らいてい》で狙撃する。


 紫電が一直線に伸びた先、神戸港の真上にだろう位置で、小さな点が動いた。人間には絶対に回避不可能な光速の攻撃を、《窮奇チョンジー》は高圧電流を導くガイドレーザーの照射で予知して避けてしまう。



 △▼△▼△▼△▼



 口を開くのも億劫おっくうな有様なので、ナージャはあたまでだけ返事する。


『死んでるとは思えません。まだ戦わないとならないなら、ボコボコにされたので結構ピンチです』


 校舎の狭間は大小さまざまなコンクリート片で埋め尽くされ、小山になっている。その下は『羽須美』はいるはずだが、既に抜け出ている可能性も否定できない。


 近くの壁に寄りかかり、荒い息を吐きながらも、ナージャはできる限りの戦意をかき集めて、油断なく瓦礫の山を見つめた。



 △▼△▼△▼△▼



 高衝撃熱圧力サーモバリック弾は、ふたりに高熱の衝撃波を叩きつけた。常人の目には、盛大に掘り返された敷地に転がる、焼死体にしか見えないだろう。


『相手半焼けミディアムレア。あたし生焼けレア。再生中。あとトンファー片っぽぶっ壊れた』


 だが双方共に生きている。

 《ヘミテオス》の出鱈目でたらめさでは、ロケット弾でも殺し切る威力を持っていない。


 南十星はそれを遮蔽物にした分マシだ。身じろぎすると、焼け焦げた皮膚や服がはがれて、中から再生されたばかりの新しい肌が覗いた。


 動けるようになるまで、まだ時間がかかる。



 △▼△▼△▼△▼



 出血が止まらない。量は大したものではないとはいえ、原因を考えれば危機感を覚える。

 それに嫌な寒気も止まらない。


『継続戦闘は可能であるものの、《ハベトロット》が中破……』


 しかし体調には触れず、野依崎は戦況報告だけを簡潔に無線に載せる。装備の状況だけでも、継戦能力に問題あるのは充分伝わる。


『『羽須美バンディッド』も半壊のみ確認。いまだ健在であります』


 電磁流体カッターに叩き込み、一瞬で下半身が血煙と化したが、そこまで。破壊の勢いに引きずられるように、『羽須美』の上半身は飛んで、山のどこかへ落ちていった。

 脳が無事なら不死に近い再生能力を持つ《ヘミテオス》は、あの程度では死んでいない。



 △▼△▼△▼△▼



 『羽須美』は、樹里以外の支援部員たちが戦った、四人だけではない。

 構内には更に、裏山に出現してすぐに逃走した、もうひとりがいる。


 さすがに学生たちは退避して無人となった屋外を、ヂェンは駆けながら、十路に化けるため着ていた上着を脱ぎ捨てた。


 彼女が向かう先は一号館の裏手――理事長室だ。

 小ぶりな庭園は、昨日南十星と戦闘した際に乱れたが、立ち木が傷ついているわけではなく、コゼットが容易に修復できる範囲だった。


 ヂェンは飛び降りた屋上から、その置き石に着地し、更に理事長室の窓に飛び込もうと突進した。

 

 カーテンに隠れた窓ガラス越しでは、《マナ》からの情報収集は不完全だった。

 肘でガラスを突き破って突入した途端、まだ宙にある体が、張られていたワイヤーに引っかかった。


 そして飛びこむ先には、なぜか窓へ向けられたソファが置かれている。

 レバー部分が外され、ただ底の深い容器となっている消火器が、何冊ものファイルで斜めに立てかけられて、口を向けていた。ワイヤーはその内部へと伸びていた。


「ぎゃ――!!」


 ブービートラップと気付いた時には、もう遅い。つんざく轟音と閃光、更に破片とアルミ片が、ヂェンに襲いかかった。


 閃光手榴弾スタングレネードは非致傷兵器に分類されるとはいえ、至近距離ではその限りではない。屋内で、敵味方入り混じってるような状況で使える代物ではない。

 しかし金属容器に入れることで指向性を持たせ、窓からの侵入者のみに効果を限定させるようにしていた。

 視覚と聴覚が潰された。破片手榴弾よりはマシとはいえ、破片が肉体に食いこんだ。併せて欺瞞紙チャフ代わりのアルミ箔で、高出力の《魔法》を封じられた。


「はい。お疲れ」


 更に、怠惰な青年の声と共に飛び出した銃弾が、ヂェンの体に穿うがたれ、内部で小爆発した。



 △▼△▼△▼△▼



 システムの入出力は、アタッチメントとして接続したグローブからできるので、収納してしまっても問題ない。弾倉マガジンひとつ分連射したため、銃身の熱が気になったものの、《八九式小銃》をソフトガンケースに入れて背負う。


「来るならもっと早くに来いよ……」


 普段は銃剣の鞘と棒手裏剣の入ったポーチくらいしかないが、今日は付属品の多い装備BDUベルトは、既に腰に巻かれている。空間制御コンテアアイテムボックスを提げるだけで、戦闘準備を終了した。

 十路とおじは壊れた窓から外を覗き見た。


 倒れる『羽須美』の四肢は吹き飛ばされ、枯池に血を溜めていた。


 頭部を一撃で吹き飛ばすことは叶わなかった。腕を犠牲にして命中弾をしのがれ、頭蓋の一部を削るに留まった。

 《断片侵襲弾フラグメンテーション》のような仮想の高殺傷能力弾丸ではなく、もっと派手な『魔弾』を使えば可能だったかもしれないが、奇襲には使うならこれが限界だった。


 諦めて地道に交戦するしかない。学生たちは屋内に避難しているとはいえ、誰に目撃されるかわからないので、白昼堂々小銃も銃剣を振り回すわけにはいかなくなり、楽ではないけれども。


理事長室ここに居座ってたら、なぜか仕事を手伝うハメになってたんだからな?」

「だって、授業サボってこの部屋に居座るってことは、そういうことでしょ?」

「意味わかんないですよ……」


 閃光手榴弾の起爆や銃声を全く気にした様子なく、パソコンを使い続けるつばめにため息をついて、破壊された窓から屋外に飛び出る。


「とにかく、あとは俺が時間稼ぎますから、理事長は自分の仕事をしてくださいよ」

「あいよ~」

「とはいっても、あと一日稼げとか、お断りですけど」

「今日だけのことじゃなくて、もう三日目だよ? 自衛隊はそこまで無能じゃないと思うよ」


 十路は裏山に潜伏して闇討ちを狙っていたが、リヒトが現れたことで予定を変えることにした。

 ヂェンたちが狙いは絞れない、波状的な都市ゲリラ戦を仕掛けてきているのだから、考えられる目的の全てとその対抗策を考えた。


 十路個人への興味をほのめかしていたが、単独行動した上で相対するのは望むところなので、特に変える必要がない。


 『麻美』としての自覚がない『管理者No.003』である樹里も、ヂェンたちの狙いのひとつと考えられる。

 しかし彼女自身も戦力として数えた上、義妹への愛情というか病気シスコンを発症するリヒトがいることで、放置しても問題ないと判断した。


 支援部員の殲滅だとすれば、それは個々で対抗せざるをえないし、彼女たちもそのつもりで話し合いをしていたので、各々おのおのなんとかすると踏んでいた。

 飛び交う無線だけでも苦戦は伝わってきたので、結構ハラハラしていたが、なんとか切り抜けた様子を聞いてホッとしたところだ。


 すれば残る狙いは、やはり《ヘミテオス》であり、ヂェンたちから見れば対抗勢力の頭である、長久手つばめだ。

 つばめ自身の戦闘能力は未知数なので、護衛が必要かは不明だったが、待ち伏せをするには彼女と共にいるのが一番いいと判断し、戦闘準備をしながら待ち受けていた。部員たちが戦っていても十路が援護しなかったのは、相手の油断を誘うため。


「支援部員に告ぐ。以降、民間人と自身の防衛を第一に行動せよ」


 結果、今がある。

 報告なく好き勝手動き、各員の動きを加味してタイミングを計るなど、秩序立った軍事組織には絶対できない。『出来損ない』たちの集まりである支援部だから可能なことだ。


「これより部活を開始する」


 普段の武装とは違う、三段伸縮の警棒を構え、十路は宣言した。

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