070_0900 3rd strifeⅥ ~風前之灯~


 上はしっちゃかめっちゃか。

 下もしっちゃかめっちゃか。

 これなーんだ?


――答えはただの混乱。



 △▼△▼△▼△▼



 煙突効果 (仮称)で吹き飛ばされた際、壁や一緒に舞い上がったものに衝突したのは、コゼットも覚悟の上だった。そのまま交戦すれば被害が予想できない、学生たちが大量にいる屋内から戦場を移すためには、必要なダメージだ。


 だが、その後が予想外すぎる。


(ヤベェ……! つーか――)


 コゼットは三次元物質操作クレイトロニクスを得意とする『石使い』だ。多彩な術式プログラムで無力にはならないが、もともと機動力は前線を担う部員とは比べるまでもない上に、大気以外の物質がない空中では十全に戦えない。防御能力に至っては半減以下になる。


(なんで格闘戦ドッグファイトになってんですわよ……!?)


 よって戦闘機との空中戦は、分が悪い。

 航空力学を無視した形の《使い魔ファミリア》ではなく、Su-27フランカーの発展型機だが、開発半世紀以上過ぎてなお近代改修機や後継機が主力を担うベストセラー機だ。しかも《魔法》の電磁気学的装甲を仮想展開した機体では撃墜も簡単ではない。

 

 共に空へ打ち上げられた『羽須美』は、その背に立っていた。常人には絶対に不可能だが、風圧を防御して平然としている。

 飛行中には無理なのかもしれないが、戦闘機のコクピットが空なのに、彼女は収まらず外に出ている。


 またもコゼットの体に火器管制レーダーをまともに受けた。

 彼女は装飾杖を一層の力を込めて握り、電磁投射コイルガンの《魔法回路EC-Circuit》に飛びこんで、慣性を無視して横に急加速する。Gに耐えてロックオンを振り切ると、先ほどまでの進路に曳光弾が走り抜けた。

 外れた連射は六甲山系の山々に吸い込まれる。紅葉が始まりはじめた木が超低温で樹氷と化した。


(ハーグ陸戦条約無視すんじゃねぇ!? 生身相手にそれは違反だろぉがぁ!?)


 三〇ミリ機関砲弾の直撃に耐えられる人間など存在しないし、弾体が速すぎ大きすぎるから三次元物質操作クレイトロニクスでの分解も不可能。《魔法》の付与は不用な殺傷能力向上だ。

 もっとも《魔法使いソーサラー》は脳が無事なら大火力で反撃できるのだから、一撃必殺を期すのは当然とも言える。一瞬で殺せば、国際法で禁止されている『不必要な苦痛を与える兵器』にもならない。そして戦場で相手を見極めて攻撃手段を選ぶような、悠長な真似はしていられない。


 戦闘機の機動力は、『人間』というデリケートな部品を搭載していない無人の戦闘機とは比較にならない。『羽須美』が操っているのだろうから、振り落とされることも期待できない。

 生半可な攻撃手段では、合金の塊を破壊できない。高出力の《魔法》で叩き潰すにしても、市街地上空でやると一般人の犠牲が出かねない。なんとか人家のない北部六甲山地に誘い込みたいが、『羽須美』も理解した機動を行う。


(だぁぁぁぁっ! もっと勉強しとくんだった! どうすりゃいいのか全然わかんねーですわ!)


 軍事に関してはもっと詳しい部員がいるから、技術的なこと以外、完全に任せきりだった。

 荒事でも後衛を担当するコゼットでは、高機動空中戦を続けるだけでダメージを受ける。高Gを受けるたびに全身が悲鳴を上げ、失神ブラックアウトしそうになる。


 逃げ続けるのが精一杯の膠着こうちゃく状態も、長くは続けられない。



 △▼△▼△▼△▼



 コゼットはまだ、善戦しているほうだった。少なくともナージャに比べれば。


「中に避難してください! ガラスのない場所で身を屈めて伏せて!」


 昼休憩の構内で突如始まった超人たちの戦闘に、学生たちは悲鳴を上げて逃げまどっている。その頭上を駆けながら、ナージャは避難を呼びかける。


 そして間合いを詰める『羽須美』に、切断能力を持たせていない《黒の剣チョールヌィ・メーチェ》を叩きつける。

 しかし打ち据えることはできない。体に届く前に、彼女がまとう残滓のような《魔法》の光に触れると、漆黒の剣身が消え失せた。


 空振りに終わりに、空中で無防備になったところに、『羽須美』の蹴りが炸裂した。《ダスペーヒ》も消え失せ、彼女の体に衝撃が届く。吹き飛ばされて校舎二階に窓から突入し、無人の講堂の長机を転がることになる。


 何度も苦痛にあえぐ息をけば、非常識な事態も推察できる。


(《神秘の雪ミスティック・スノー》を限定的に発動してるようなものですか……)


 行われているのは、特定空間内の《マナ》の占有だ。

 《魔法》を実行させる《マナ》が、『羽須美』によって乗っ取られるから、ナージャの《魔法》が発動しない。


 《魔法》による、《魔法》を阻む複合電子対抗手段ECMは、かつてナージャがワケあり《魔法使いソーサラー》として支援部に入部する際に交戦した部隊が使用した策と同じだ。


 だから『羽須美』は《魔法》らしい《魔法》を使っていない。体内での力学制御はまだしも、外部出力を必須とする高出力術式プログラムは、併せて使うことができない


(相性最悪です……!)


 《魔法》で作り上げた効果を発射する遠距離攻撃ならば、無力化されないが、ナージャの《魔法》は白兵戦に特化されている。『羽須美』が発揮する《魔法》無効化範囲外からの攻撃手段は乏しい。


「ナトセさん!?」


 同様に、ナージャが飛び込んだのとは反対側の窓を突き破り、講堂に突入してきた彼女も、苦戦していた。



 △▼△▼△▼△▼



「ちっくしょ……!」


 南十星なとせの《魔法》が基本自爆技なので、全身血まみれなど珍しくもない。これまで何度もこんな姿をさらしてきた。

 とはいえ今回は、様相も勝手もかなり違う。


「ジェットブラスト!」


 背にしたナージャの求めに応じ、全身の熱力学ジェットエンジンを駆動させる。ちょうど講堂に窓から飛び込んできた、彼女が相手している『羽須美』に、暴風を浴びせて吹っ飛ばす。


 同時に南十星は再び屋外に飛び出し、相手している別の『羽須美』に肉薄する。

 行われているのは近接格闘戦CQCのはずだが、間合いは近接銃撃戦CBCのものだ。なのに人外の跳躍力で宙にある『羽須美』は、腕を突き出してくる。


 距離をへだてていても、拳打が襲ってくるのだ。『羽須美』の腕がゴムのように伸びてくる。

 銃弾を見切れる《魔法使いソーサラー》にとって大した速度ではないが、完全には避けることができない。腕が伸びると同時に巨大化する、身の丈より大きな拳から逃れるには、距離が近すぎる。


 またも捉えられ、今度は校舎の壁に挟まれて、南十星の下半身は潰れた。

 とはいえその程度では、彼女は死なない。すかさず巨腕に触れて高圧電流を流す。生体組織が焼かれる嫌な匂いが周囲に満ちたと同時、『羽須美』は己の腕を切り捨てた。 一気に死んで乾燥した細胞が、煙幕の周囲を一時隠すが、なにか起こるわけでもない。やがて晴れると、袖を失った学生服姿の『羽須美』が、余裕の薄ら笑いを向けてくる。


(ただでさえ避けられないのに――)


 力学的ベクトル観測と部分的微速度撮影で、『羽須美』の拳撃は見切っているはず。いくら巨大な質量攻撃とはいえ、ダンプカーの突進だと思えば、南十星の機動力と度胸なら、避けられないものではない。


 なのになぜか避けられない。避けたと思っても捉えられる。


 加えて『羽須美』は、人外の大きさに育った両手には、無関係の学生たちをひとりづつ掴んでいる。《魔法使いソーサラー》たちの異次元バトルに巻き込まれて、右往左往すらできずにいた学生たちだ。


(避けられない……!)


 悲鳴を上げる学生たちが、またも南十星に向けて投げつけられる。『羽須美』が時折こうやって、無関係な学生たちを捕まえ道具にして、動きを制限してくる。


 どこまで飛ばされ、どうなるかわかなない学生たちの腕を空中で掴み、ベクトルを殺して、南十星は手を離す。

 建物二階ほどの高さから落とされたので、また新たな悲鳴が上がったが、南十星は構っていられない。その時には『羽須美』の巨腕が襲い来る。トンファーを構えて防御したとはいえ、外装が曲がるほどの衝撃に、成すすべなく殴り飛ばされる。


(ヤっベ……ジリ貧)


 《ヘミテオス》の体は、生物の常識を超えた異常細胞増殖能力を持ち、更にそれを可能にするエネルギーを外部から無線供給できる。

 人間の常識を超えていない肉体を、《魔法》でなんとかやりくりしている南十星とは、人外加減のレベルが違う。


 《魔法使いの杖アビスツール》のバッテリー残量がなくなれば、南十星は死ぬことが決定づけられている。

 それでも彼女は冷静さを努めて保つ。もしなにか転機が来れば、焦りで曇った戦術眼では見逃してしまうから。

 巨大化した足が迫り来たので、それを足場に南十星は大きく飛び下がる。


「っと?」


 そこへ、小柄な南十星よりもひと回り小さな体が飛んできたので、慌てて空中でキャッチする。

 顔の穴という穴から血を流す野依崎だった。



 △▼△▼△▼△▼



 鼓膜を破壊されて耳は聞こえずとも、脳内センサーで音波を感知できる。


「あたしの経験上、目血めぢ・鼻血までは、割とあるからまだ無視できる。耳血じぢはちょっちヤバい」

「なんの参考にもならない話、サンクスであります……!」


 南十星にそんな意図があったか知らないが、非常時でも普段と大差ないアホの子言動に、野依崎は多少なりとも心を落ち着けて、血涙と鼻血を手で乱暴に拭う。

 至近距離での大音響は、爆発の衝撃波と大差ない。軽減はできても無力化はできず、体内にダメージを受けた。呼吸をするだけで胸の奥が痛むことから、とても放置できる負傷ではない。


 しかし今は。


 野依崎は肉体を動かすのではなく、機能接続した装着型デバイスハベトロットあたまで動かし、南十星から離れて飛行する。爆傷だけでなく、打撲や骨折もあるから、そうでもしないと体が動かない。

 ちなみに肉体同様、《ハベトロット》も破損している。装甲が脱落し、人工筋肉の出力が上がらない。《魔法使いの杖アビスツール》としての機能も損壊しているが、こちらはまだ予備回路で動かせる。


 先ほど吹き飛ばされて強制的に離脱させられた、校舎の狭間に再び下降する。

 そこで『羽須美』は無防備に立っている。


 野依崎もまた一見無造作に急降下すると、『羽須美』が立つ周囲の地面が《魔法》の光を帯びてさざなみ立つと、迎撃のために伸び上がる。


部長ボスに近いマルチタイプ……厄介でありますね)


 野依崎の直接的な戦闘能力は、実はさほど高くない。彼女の持ち味は、観測から得た情報を基にした正確な予測と、子機ピクシィを使って相手の裏をかくトリッキーさだ。

 だからコゼットのような《魔法使いソーサラー》は鬼門だ。あらゆる場面に対応できる上、小細工など無視して押し潰そうとしてくるのだから。


 上下から襲いかかる土の津波は、周辺を焦土化するような破壊力でもなければ、なんとかできる質量ではない

 その隙に《ピクシィ》に襲いかからせようと、『羽須美』は反応する。地面や校舎の壁から人の腕が出でて、金属の妖精を捕らえて離さない。

 巨獣の顎のように覆いかぶる土を小さな体で受け止めて、全身の人工筋肉で潰されるのを阻むと、今度は土の口内に《魔法回路EC-Circuit》が浮かび、その身を焼かんと電磁波照射を行う。


 かなり無謀な戦い方だと、野依崎自身理解している。

 だが壁一枚挟んだ向こう側――初等部校舎廊下では、多数の児童たちがいる。昼休憩時間、突如として超至近距離で超人同士の戦闘が始まったのだ。その場を動けない児童が多数いる。

 なので強引でも『羽須美』の注意を惹きつけておかないと、なにをしでかすかわからない。


(こんなの、自分のスタイルじゃないであります……!)


 丸焼きを電力変換で防御しながら、野依崎は耐える。

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