070_0600 3rd strifeⅠ ~隠忍自重~


 担任が来てSHRが始まるまで幾許いくばくもない、高等部三年B組の教室にて。


十路とおじくん……本気で消える気ですか」


 普段なら既に登校している時間になっても、今日は使用者が来ていない席を見下ろして、ナージャ・クニッペルは嘆息いた。


「なんだ? 十路のヤツ休みか?」


 のん気な高遠たかとお和真かずまがちょっと憎い。いつも振りにイラッとしたが、さすがのナージャも《魔法使いソーサラー》の事情など知らない相手に地獄突きカマす理不尽暴力はしない。


「休みというか、部活関係ですよ」

「またかよ。せわしないな」


 行政や顧問に要請されてではないが、非常事態に絡んでなので全くの嘘でもない。支援部員が部活動で授業を抜けるのは、そう珍しいことではない。ナージャのでまかせに和真はアッサリと納得する。


(なにやる気なんですかね、あの人……ちょっと怖いんですけど)


 ナージャは支援部に入部する以前、非合法諜報員イリーガルとして学院を徹底的に調べたから、理解している。


 関係者が暮らすマンションが、地下シェルターとして沈没していないのが不思議なほどの堅牢さなのは違い、学院は開けているようで堅牢だ。修交館学院の敷地もまた、部員たちがプライベートを過ごすための防御がほどこされている。

 ということは、学生として内部に入り込んでいるヂェンに対し、十路が攻撃を仕掛けるにも、おのずと手段が限定されることになる。


 それでも彼はなにかを行おうとしている。


(もうちょっと十路くんの作戦、聞いとくべきでしたね……訊いて答えてくれるか、怪しいですけど)


 支援部の連携に不和を来たしているのが痛い。

 奇襲・罠ハメ・闇討ちが得意と自嘲する十路が、果たしてどう行動するつもりなのか。彼ほどの破壊工作員プロフェッショナルではなかったナージャには想像できない。ただ一般の学生を巻き込むような方法ではないことを祈る。


(まーた学校の消火器かっぱらったみたいですし、支援部員として戦うつもりではあると思うんですけど……)


 ともあれナージャが心配していても仕方ない。目下問題なのは、登校してきた『彼女』だ。


「あれ……? 堤くん、休みなんですか?」


 『羽須美』が後ろの席に鞄を置き、昨日の戦闘などなかったような顔で訊いてくる。

 しかもその際、ナージャのをチラリと見た。気付かれたのは疑いようもないが、彼女は一瞥いちべつ以上は気にしなかった。


「えぇ。休みです。さっき和真くんと話してたところですけど」

「そういえば昨日、クニッペルさんが暴れたって」

「それも今朝からずっと訊かれるから、耳タコならぬ舌タコなんですけど。不審者が学校にまぎれ込んだので、支援部総出で撃退しました」

「ニュースでは、大阪湾に飛行機が墜落したとか」

「一号館前修繕しましたから、証拠はもう残ってないですけど あれ戦闘機がミサイル撃ち込んできたんですよ? こっちも必死ですから、撃墜しましたよ」


 『不審者当人がなに言ってる』と思いつつも、他のクラスメイトの手前、本音はおくびにも出さずに、白々しいやり取りをする。


「乗ってた人はどうなったんですか?」

「さぁ? 死体が見つかったとか聞いてませんけど、そこらは警察や自衛隊のお仕事なので、わたしたちにはわかりません」

「もし死んでいたら、どうするんですか?」

「正当防衛ですから、知ったことではありません。結果的に誰も死んでないなら、それに越したことはないとは思いますけど」

「どうしてそんなことに?」

「さぁ? テロ犯の目的なんて知りませんよ。それも警察や自衛隊のお仕事です」


 これが『羽須美』の狙いか。《魔法使いソーサラー》を知らない民間人の疑問としてはさして不思議はないが、性質たちが悪い。


「《魔法使いソーサラー》がいるから、ですか?」

「こんなことがないように、警察や自衛隊に頑張っていただきたいですね~」


 どうやら彼女は学生たちに、一緒の教室で学んでいる《魔法使いソーサラー》が危険生物であることを認識させ、支援部員たちを見る目を変えさせたいらしい。


(これ、結構キツいですね……)


 戦いを望みたいわけではないが、真綿で首を絞められるような状況は、スッパリ断ち切ってしまいたい。

 でもできない。『羽須美』が望む展開だとわかっているから。


 技術だけを問うならば、『羽須美』を殺そうと思えば、今すぐ殺せる。

 敵と同じ教室で過ごすのだから、今日は左脚ホルスターの《П6ペー・シャスチ》とは既に接続状態にある。スカートのポケットから抜きながら《黒の剣チョールヌィ・メェーチェ》を実行すれば、首をねるくらいのことはできる。単分子フィラメントソード化していない不切きらずの刃であっても、それができるくらいの技術をナージャは有している。

 《ヘミテオス》が完全な不死ではないなら、滅することは可能だ。


 だが、実行はできない。

 ナージャが非合法諜報員イリーガルとしては不適格に血と死を嫌うのもあるが、それ以上に学生生活を送る上でのしがらみはばむ。


 史上最強の生体万能戦略兵器が、普通の学生生活を送ることができているのは、周囲がさほど危険視していないからだ。

 これまで支援部員が戦闘能力を発揮したとしても、正当防衛が成り立つ使い方で、しかも多くは映像でしか見ていない。

 だから一般人たちはそこまで《魔法使いソーサラー》に対する危機感が薄い。

 

 しかし目の前でクラスメイトを害せば、確実に評価は変わる。ナージャが一時の短慮を行えば、部員全員の全てを変えてしまう。

 それがわかっているから耐えるしかない。


「あの……これを預かったんですけど、どうすればいいでしょう?」


 ホンワカ笑顔の裏に白豹の牙を隠したまま、次は『羽須美』がどういうアクションするかと待ち構えていたら、彼女はなにやら差し出してくる。


「誰からですか?」

ヂェンって人からです。『静かになって丁度いいって思ってたのは本当だから半額』ってことづかったんですけど、意味わかります?」


 書類上部には『請求書』と。品目欄には『无人机 ¥368,924』と、税込み価格っぽい妙にリアルな数字が書いてある。


 生田神社での出来事を知らなければ、なんとなく受け取ってしまったナージャには、なんのことか理解できない。


「……ドローンの請求書? は? え? なんで? どうしろと?」


 スマートフォンで中国語を調べても晴れない意味不明さに、混乱を始めた頃合には、『羽須美』は他のクラスメイトのところに行ってしまった。


『ちょっとー! ナトセさん! どういうことですか!? 昨夜ゆうべの件は聞きましたけど、請求書が来るような話は聞いてないですよ!?』


 仕方ないので、こころの中で叫ぶ。

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