070_0110 1st assault Ⅱ ~万死一生~


 機体名 《バーゲスト》。イングランドの伝承では死の前触れとされる、角と鉤爪と赤い目を持つ黒犬が名の由来だ。全体は黒、要所は赤にいろどられ、燃料タンク(中身は違うが)には炎を意匠化した文字でそう記されている。

 法的な扱いでは、学院の、ひいては総合生活支援部の備品となっている。その証拠に備品であることを示すシールが貼られている。

 とはいえ実質的には十路が半分私物化し、プライベートでも乗り回している電動オートバイだ。


 インストルメンタル・ディスプレイには、デジタル表示のスピードメーターとタコメーター、バッテリー残量が表示されている。電動なのでエンジン回転数は存在せず、バッテリーも通常のリチウムイオン電池の他に反物質電池も積んでいるのだから、かなり嘘が混じっている情報だが、擬装のためにそういう表示になっている。

 そしてディスプレイ上部には、ライダーを映すカメラもある。そのレンズを、十路は思わずじっと見る。


【……なんですか?】


 人間相手ならば、顔を覗き込んでいる状態だから、イクセスの不審を通り越して気持ち悪げな声が、ヘルメットに仕込まれた無線機を通じて聞こえてきた。


【トージが前を見てなくても事故りはしませんけど、端から見たら完全に脇見運転ですよ?】


 大阪までの往路は普通に内陸の国道四二号線を使ったが、復路はモヤモヤした気分を払いたいのと、早く帰りたかったので、海沿いの阪神高速五号湾岸線を走っている。

 事故の心配はしていないが、確かに危険運転と誤解されて得などない。十路は背筋を伸ばしてライディングスタイルを正しく取る。


【配送を終えて今更、コゼットのパシリが気に食わないんですか? 『羽須美バンディッド』のこともありますし】

「違うけど、それ絡みでな?」


 『羽須美』とは朝以降、話していない。授業終わりに十路に、話しかけようとする素振りはあったが、なにがなんでもというほどの強引さを発揮しなかったため、逃げることができた。常に教室移動するような教科エリア型教育は、こんな時に便利だった。


 彼女への警戒は必要だが、なにも起こっていない以上、普段の生活スタイルを変えることはできない。つまり前々から支援部の協賛企業と結んでいた、協力の約束を反古ほごにするわけにはいかない。

 だから放課後、既存科学では制作不可能な、コゼットが《魔法》で作った新素材の試作品を、十路がバイク便してきたところだ。


「今日ナージャが、お前のこと心配しててな」

【私を? なぜ?】

「俺もわからなくて、昼間考えたんだが……お前が奪われる可能性もあるんだよな、と思ったわけだ」


 《使い魔ファミリア》も《魔法使いの杖アビスツール》であるため、生体認証による六重のセキュリティがかかっている。マスターの許可がない他人では、《魔法》はもちろん使えない。AIによる自律行動が可能なため、乗り物として扱えるかもかなり怪しい。


「『羽須美アイツ』も『管理者No.003』なら、遺伝子は同じだ。まだ可能性の段階だけど、行方不明の《無銘》を持ってるって考えたほうがいいだろう。なら《バーゲスト》も、ってな」


 しかし『管理者No.003』ならば、セキュリティの意味がない。なにせ一卵性双生児以上の類似性を持つ、ひとりの人物の別存在なのだから。現に羽須美の装備である《無銘》を、樹里の姉が使うのを見たことがある。


 ナージャがそれを心配したのもわからなくもない。彼女の『ワケあり』な理由で特殊部隊と交戦した際、十路たちは《バーゲスト》を利用する作戦を立てた過去がある。ひとまずでも安全を確保するためにナージャを二重スパイ化させるために、システムを部分破壊したように見せかけ、離反した彼女に《バーゲスト》をつけた。


【考えすぎですよ。《バーゲスト》と、その《無銘》とやらでは、条件が違います。だって私のマスター登録は、トージと、ジュリですよ?】

「あぁ。俺もそこまで考えて、思い直した」


 ナージャも話を聞いているはずだが、やはり実体験がない分、《ヘミテオス》への理解が浅いのかもしれない。

 確かに『羽須美』は、本物の羽須美だけでなく樹里の姉とも、シャッフルされたら区別つかないほど同じ見た目を持つ。

 だが樹里とは明らかに違う。


「木次だと体格が違うから、生体認証で弾かれるんだよな」


 羽須美たちは充分大人であるのに対して、樹里はまだ発展途上の少女だ。顔立ちはあどけなさを残し、身長も拳ひとつくらい違う。体つきも完成されておらず華奢だ。指紋・掌紋・静脈の認証はどうだか不明だが、骨格スキャンは確実に一致しない。


【更に言うと、私は他の《使い魔ファミリア》と違いますし】

「《セグメント・ルキフグス》か」


 イクセスは《ヘミテオス》ではない。けれども十路と同じ『準管理者』ではある。部分的に通常不可能な越権行為の権限を持っている。

 それが《悪魔のセグメント・欠片ルキフグス》だ。

 垣間見ただけで、これも具体的なことはなにひとつ十路は知らない。イクセスはしつこいくらいに『聞くな』と念押しするので。


「そもそも《使い魔》の側で、《魔法使い》からの接続を拒否ってできるのか?」 

【場合によりけりですけど、基本できません。というか、できたら問題ですよ。人間がスイッチ押して機械が反抗したら、それは故障って言いません?】

「まぁ、そりゃそうだが……」


 イクセスの返答に盛大な違和感を感じた。

 彼女は機械だ。それは十路も重々承知しているし、いくら人間のように受け答えするとはいえ、彼女も自分が人間であるかのような振る舞いはしない。『人間だったら』という仮定の下、人間のような反応を示す――つまり機械としての反応を、人間に理解しやすいよう説明しているだけ。

 とはいえ、ここまで明確に自身を機械扱いする言葉も珍しい気がしてならない。初めてのことではないはずなのだが。


(ちょっと、イクセスに馴染みすぎてないか、俺?)


 《使い魔ファミリア》の平均的な性能でいえば、イクセスほど人間臭いコミニュケーションシステムは、異常と言っていい。

 本来ならば、戦う道具に意思など不要だ。下手に人間らしさを持たせて、感情移入させてしまうのは、好ましくない。


 たとえば人間であるかのように愛情を注ぎ、壊れた人形を看病するなど、子供でもなければ許されない愚行だろう。


【トージ!】

「へ?」


 なぜイクセスが突然声をあげ、操作を無視して挙動を変えたのか。同時に響いた衝撃音と、F1レースのような通過音の正体も、咄嗟には。

 全てが理解できないまま、十路は宙に投げ出された。


「がっ――!?」


 とはいえつちかわれた経験と技術は、条件反射のように体を動かした。体を丸め、硬い路面に接触したと同時に転がり、衝撃と走行の慣性を殺す。

 カーブが少なく緩やかな高速道路を走っていたのが幸いだったというべきか、不幸と称すべきか。放り出された勢いそのままに何十回転も転がったが、壁に激突することなく、最小限のダメージで止まることができた。


「ぐ……イクセス……なにが――」


 路側壁に何度もぶつかりながら車線いっぱいをジグザグに走り、火花を散らして路面を滑った《バーゲスト》は、少し先の路面に転がっていた。

 かと思いきや、配管に擬装されたアームと可動式装甲を動かして、アクセルターンも駆使して無人で起き上がる。わずかな距離をUターンして、十路の側に戻ってきた。こんな人前で自律行動を行うなど、イクセスらしくない。


 その行動理由もすぐに判明した。光の尾を曳くなにかが高速で飛来し、アスファルトが何ヶ所も粉砕され、《バーゲスト》のフロント部分も吹き飛んだ。ディスプレイやLEDライトの破片が十路に降りかかる。遅れて離れた場所から音が耳に届く。


(銃撃!?)


 遮音壁がないとはいえ、大阪湾を埋め立てた人工島を結ぶ高架道路の上だ。周辺には高架道路よりも高い建物など存在しない。しかも十路は路面に倒れたままだ。

 当たり前に考えれば、射線が通っているはずがない。なのに更に連射が襲い来た。


(上!?)


 銃弾の飛来方向から予測する襲撃者の位置は、なにもない大阪湾上空だった。危険を承知で《バーゲスト》の陰から頭を出して、相手を確認しようとしたが、イクセスが制止の言葉を吐く。


【動くんじゃありません!】

「イクセス! 無茶だ!」


 破壊力から予想する攻撃手段は、最低でも五〇口径、二〇ミリ以上の機関砲すらありえる。

 《使い魔ファミリア》の装甲でしのげる代物ではない。


「もういい! お前は逃げろ!」


 叫んだが、指示は遅かった。命中を探るように集弾した連射の一発に、軸が破壊されて後輪が吹き飛んだ。擬装用のチェーンと、ホイール内蔵アクチュエータの部品もまき散らされる。


 十路が道路端のコンクリート壁に隠れることができれば、《バーゲスト》も逃げられるかもしれないが、それには十路が遮蔽物のない空間を、交通事故を起こした身で素早く走らなければならない。

 不可能であるし、自殺行為だ。


【逃げラれル――けな――ょう――!】


 それにイクセスは、退しりぞく意思を見せない。破損したスピーカーで、割れているが力強い声を返す。


【アな――私が――もりマす――!】


 直後、致命的な一撃がボディ中央部に撃ち込まれた。ボディを貫通こそしなかったものの、弾丸は届いてはならない場所まで至った。

 効果の割に小さく聞こえた破壊音と共に、うつ伏せの十路の上でぜた。至近距離とはいえ、ほぼ真上で起こったため、直接の影響は少なかった。

 正常な機能なのか誤作動なのかまでは、わからない。十路に理解できたのは、自爆用に積載されている爆薬により、《バーゲスト》が木っ端微塵に粉砕されたことだけ。


 本体は煙を噴いて路面に倒れた。大きな装甲や稼動部域の部品は、比較的元型を留めたまま、道路上に散乱した。もっと小さな、表から見えないような部品は、広範囲に飛散したので海にも落ちたはず。


 十路が転がる離れた路面に、ひときわ目立つ部品が落ちて転がった。ひと抱えにできるほどの、かなり小型の電気炊飯器にも思えなくないもの。

 イクセスの本体である《使い魔ファミリア》のコアユニットだった。

 接続部に銃弾がくさびのように間に入り込んだ証のように、無慈悲な弾痕が刻まれて、コネクタ部分は元型を留めていない。


 大口径の銃で撃たれれば、人体など四散する。命中箇所付近は血煙と化し、四肢や頭部はもぎ取られたように散らばる。

 戦場で見たそんな光景を――死を、否応なく連想した。


「イクセス……?」


 いつしか連射は止んでいた。そうでなければ十路は死んでいただろう。無防備に身を起こし、破損したコアユニットに手を伸ばした。

 声をかけても返答があるはずがない。小規模とはいえ、至近距離で爆音を聞いて、耳がおかしくなっているため、返事があったとしても聞こえるはずはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る