070_0101 1st assault Ⅰ ~狷介固陋~


 受験を控えた高校三年生とはいえ、秋口ならばまだ緊迫した空気ではない。一般入試は当然、推薦入試でも出願はまだ早いため、追い込みどころか志望校を絞っていない学生も大量にいる。


「どうして神戸こっちの人って、制服のスカート丈、こんなに長いんですか?」

「東だとミニで、西はロングらしいね」

「でも大阪だともっと長いからね? あれはめっちゃダサい」

「そーそー。短いとコスプレみたいだし、長いとスケバンみたいで古臭いし。このくらいでいいって」


 なので突然教室に飛び込んできた異分子である『羽須美』を、排除や無視するような雰囲気はない。『羽須美』もまた積極的にクラスメイトたちに話しかけ、溶け込もうとしていることもあるだろう。今朝もSHR前の空き時間、クラスの女子たちと神戸あるあるのカルチャーギャップを話していた。


「正直、イラつく……」


 離れて眺めるそんな彼女の存在が、十路とおじの精神衛生に非常に悪かった。

 つばめに要請して現状があるのだから、自業自得なのはわかっている。覚悟もしていたつもりだ。

 しかし見知った顔と声で、違う人物が女子高生して見知らぬ姿を見せているのは、想像以上に平常心を引っかいてきた。クラスメイトたちは知らないのだから当然だと理解していても、別人を『衣川きぬがわさん』などと本物の羽須美のように扱うのが気にさわる。受験勉強のフリでもしていないと、当り散らしてしまいそうだった。


「衣川さんだけでなく、みんなからもちょっと怖がられてますよ?」


 ナージャもまた、十路の机を尻で占領して『羽須美』を見ている。声音は普段と変わらないが、音量は他人に聞かせないよう絞っている。


「『模試の結果が悪くてピリピリしてる』って説明しておきましたけど」

「世話かけるな……」


 ただでさえ十路は、無愛想な上にやる気なさ全開で人相が悪い。しかし友人の多いナージャともうひとりが話しかけることで、『見た目アレでも話してみれば案外フツー』レベルにまで評価を上げている。クラスにおける社交性は、彼女たちにるところが非常に大きいので、素直に礼を言っておく。


「羽須美ちゃんがどうかしたの?」


 話しかけてくる高遠たかとお和真かずまは屈託なく問うてくる。その反応が当然なのは理解しても、やはりイラッとする。


「支援部案件だ」

「え? あのも《魔法使い》なのか?」

「違う……けど、無関係でもない」

「そっか」


 部外者なのに我が物顔で部室に居座るからか、支援部が秘匿情報の多い超法規的準軍事組織であることを、和真は実体験として認識している。だから真実の欠片を明かせば、興味本位では踏み込んでこない。『羽須美』を見る顔つきも真面目なものになった。


「デートに誘おうか迷ってたんだけど……」


 やや女顔の二枚目なのだから、こういう軽薄さを出さなければ、さぞモテるはずなのだが。


「はいはい。どーぞどーぞ。わたしの目の前で誘おうと、嫉妬なんてしませんからね」

「ナージャさぁん、どーしてそんなにつれないの?」


 その軽薄さの被害者がナージャだ。いつも和真に言い寄られ、そのたびに笑顔と地獄突きで拒絶している。今日は彼女の実力行使はなかったが。


「かはぁっ――!?」


 代わりに十路が立ち上がり、和真に渾身の地獄突きを叩き込んだ。


「げほっ……!? えほ……! なんで十路が……!」

「うるせぇ。なんとなくだ」

「なんとなくって……!」


 真面目な誘いならまだ考えたが、ただの当て馬目的なら遠慮しない。恋人のような存在だった女性に、そういう軽薄さが向けられるとムカつく。あの『羽須美』は十路が知る上官ではなく、同じ名前と肉体と遺伝子を持つ別人だとわかっていても、やっぱり不愉快だった。


「それで? ここ数日様子見して、どうです? もちろんあの人が怪しい動きはしていないのは、わたしとフォーさんで調べてますから、わかってますけど」


 床でのたうち回る和真は無視し、再びナージャが声を潜めた。


「後ろの席だから仕方ないでしょうけど、結構話しかけられてますね。十路くん、全力で『話しかけんな』オーラ出してるのに」


 『羽須美』の狙いの推測や、今後の対応策だとか、そういう話ではない。もっと漠然とした感想を求められた。


 この数日で十路も『羽須美』と言葉を交わしている。『あぁ』とか『いいや』などと一言返事しただけだが、それでも一応は。

 無愛想なのは彼の常だが、『羽須美』の場合はもちろん違う。他のクラスメイトならもう少しキチンと対応する。

 警戒や苛立ちのせいなのはもちろんだが、戸惑いが大きいため、そういうリアクションになってしまう。ナージャに説明するのにも、無意識に首筋に手をやるほどに。


「弱ったことに、羽須美さん本人以外に見えないんだよ……」

「中身も同じ、ってことですか?」

「いや、そういう意味ではないんだがな……感覚的な話になるから、俺も上手く説明できないけど、振る舞いとかがな……」


 立ち方、歩き方。長い髪をいじる仕草しぐさ欠伸あくびの仕方。なにかを食べる時の顔。そういった何気ない、演技しようとしても不可能な、記憶に残っていない行動が記憶の羽須美と合致する。


「なんかこう……もし俺と羽須美さんが同級生で、《魔法使い》でなくて、普通に学校で会ってたら、こんなだろうって感じなんだ」


 説明になっていないのは十路自身わかっているが、もどかしく言葉を寄せ集めて、を伝える。

 もちろんナージャは理解できていない顔だった。


「《女帝エンプレス》って、あんな人だったですか?」

「前言くつがえすようだけど、単純に比較できないから、なんとも。『羽須美アイツ』が学校で見せてるのは、言ってみればおおやけ部分だろ? だけど羽須美さんは俺を部下ってより弟分扱いしてたから、の部分だろ?」

「つまり、どんな人だったんですか?」

「部長とナージャとなとせとフォーを足して四で割ったくらいに考えてくれ」

「なんだ。普通の人じゃないですか。十路くんのお師匠さまなら、もっとエキセントリックかと思ってたのに」

「…………」


 裏表激しい丁寧ヤンキー王女・トリックスター元ヘッポコ非合法諜報員イリーガル・ちょっとっちゃってるアホの子・面倒くさがりハッカー女児を平均化して『普通』なら、女性の標準が恐ろしすぎる。四で割るのに都合よくうわみの綺麗な部分だけみ取っていないか?

 反射的にそんなことを思ったが、ナージャ相手に口にはしなかった。空気の解読能力に難のある十路だが、そのせいで何度も痛い目を見れば、さすがに学習する。


 それに『羽須美』がクラスメイトとの話を終えて、十路たちに近づいてきたから、続きは話せなかった。彼女の席に戻るのではなく、十路たちに用事がありそうだったので、尚のこと。


「高遠くん、どうしたんですか?」

「気にしないでください。いつものことですから」


 彼女はまず、床でのたうち回る和真を気にかけたが、ナージャがヒラヒラ手を振る。

 本当にいつものことだから、『羽須美』の他に和真を心配する者は、このクラスに存在しない。五分もすれば復活することを、皆よく知っている。

 そんなクラスの暗黙の了解を感じ取ったのか、それとも本当にナージャの言うとおり無視しただけのか。『羽須美』はそれ以上は和真に触れずに、ナージャと十路を等分に見てくる。


「堤くんとクニッペルさんって、《魔法使い》って聞きましたけど、本当ですか?」

「はいはーい。本当ですよー。いま世界中で話題沸騰中。《魔法使いソーサラー》たちの部活動・総合生活支援部の部員ですよー」


 『羽須美』の目的がわからないため、口が達者で社交術にけたナージャに任せたほうがいいと、十路は黙っておく。


「色々やらかしましたねー。京都で爆弾を積んだ貨物列車を消滅とか、レストランシップに突撃してシージャック犯逮捕して国道を掘り返すとか、アクション映画の撮影に協力して戦闘ヘリが墜落とか、自衛隊と協力して街中でテロリストとりあって大阪湾氷結とか、やっぱりテロリスト退治で神戸市が停電して学校が陥没とか、劇をゲリラ公演して市全域で《死霊》退治して戦艦撃沈とか、淡路島で正体不明の怪獣と戦うとか」

「え、と……」


 ナージャが部に加わる以前の部活動も含まれているのは別にいい。彼女も諜報活動しごとで知っているだろうから。

 真実だけでも怪しいのに、真相を隠した表向きの話が混じったこれまでの活動を並べると、支援部員は何者でなにをやってるのかと十路も考えるムチャクチャぶりだった。とりあえず《魔法使い》などというファンタジーな通称は全力でぶっちぎっているし、社会実験の枠には収まっている気は絶対にしない。

 演技だろうが、『羽須美』も引いた。


「まぁ、そんな部活はかなりの特別で、普段そんなことしません。学生の皆さんからの気軽な相談メールに『自分でやれ』か『《魔法》でもンなコトできるか』と返信して、たまに火事や事故現場に突入したり、麻薬や武器の取引現場に突入するだけの部活動です」

「え……? と、その……?」


 真実だが、絶対に支援部の意味不明さを加速させる言葉だった。

 演技だと思うが、『羽須美』は更に引いた。


「あ。もしかして入部希望ですか? 小学生から大学生まで所属している部ですし、引退とかないですから、高校三年生秋の新入部員も歓迎しちゃいますよー。部員は《魔法使いソーサラー》のみに限定してるわけでもないですし、死ぬ気の覚悟さえあれば誰でも入部できますよー。必要な備品は部で用意しますから、お金の心配は無用です。活動に必要だったり便利だったりする免許や講習のお金は、申請すれば出してもらえます。各種保険も充実してますよー。それどころか危険手当付きの奨学金きゅうりょうまで支給されちゃいます」

「いえ、あの……」


 真実だが、絶対に普通の部活勧誘で出てこない話だった。

 演技ではなく素を疑うくらい、『羽須美』はもっと引いた。


「そんな部活に所属している《魔法使いソーサラー》が、わたし・ナージャ・クニッペルと、この人・堤十路ですけど、なにか御用でしょうか?」


 最初に発射すべきだろう言葉でナージャがマシンガントークを締めくくった時、タイミングよく教室の引き戸が開いて、担任教師が入ってきた。気の抜けた声で着席を促してくる。


「あ、と……それでは、後で」

 

 さすがに話は続けられないと、『羽須美』は背後に着席した。


 ナージャも机から飛び降りる。彼女が立てる物音だけでなく、他のクラスメイトたちが自分の席に着くざわめきで、他にはきっと聞こえなかっただろう。《ヘミテオス》ならばわからないが。


「来るかも?」

「かもな」


 これまでは様子を見ていたのか、そういったことがなかったが、彼女が《魔法使いソーサラー》の話題を切り出した以上、接触してくる可能性が高くなった。

 時間のある時に『羽須美』が支援部の部室に来るかもしれない。ほとんど唇の動きだけの短い言葉で、ナージャも同じ考えなのを確認した。即交戦とはならないと思うが、楽観視はできない。


「イクセスさん、大丈夫ですかね……?」


 ナージャが去り際に残した言葉は、どういう意味か、少し考えなければ十路も理解できなかった。

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