FF0_0600 悪魔と悪魔と悪魔の愛弟子Ⅰ ~ジャザイール民主人民共和国 アドラール~


 砂漠に敷かれた道路をオートバイで駆け抜けると、世紀末感が漂うのはなぜなのか。タイヤが巻き上げる砂塵のせいか、風でバタつくポンチョのせいか。すぐ砂埃で汚れる戦術用ゴーグルのせいか。背負って銃身が上に飛び出ている銃火器のせいか。まぁ、ああいう世界観では、短身化ソウドオフされた水平二連式散弾銃ショットガンがお約束だが。あと付き物の、謎のトゲつき肩パットも、ヒャッハーな感じの改造車も、さびだらけのタンクローリーも当然ない。


『まず、国連平和維持活動PKOのこと十路に全部任せて、私が行方不明になってた理由だけど、調査してたから』

「こんななにもない砂漠で、ですか?」


 《真神》のハンドルを握るつつみ十路とおじは、無線ヘッドセット越しの背後からの声に、どうでもいいことを考えていた頭の向きを変えた。わき見運転していたわけではなく、思考の方向性だ。


『そこらは話す気ないわ。最上級レベルの機密事項だから。まぁ、日本政府の意向やら命令やら無視して、自分勝手で動いていたから、私の逮捕やら殺害命令も間違いではない、とだけ言っておくわ』

「ちょっと待ってください? 最初から離反するつもりだったんですか?」

『自衛官としての職務よりも、私個人として、優先しなければならないことだった。ぶっちゃけ、私はこのために自衛官やってるようなものだし』


 衣川きぬがわ羽須美はすみは、十路に明かす情報を慎重に吟味していた。

 だからこそ、後でなんら違和感がなかった。もっと色々と知っていたなら、記憶封鎖が行われても、妙な隙間に気づけたのではないかと想像する。その処置を想定して、彼女が話す内容を選んでいたかは、わからないが。


 この時の十路は、羽須美は何者なのかという疑問が湧き出た。

 彼女はあまり己を語らなかった。《魔法使いソーサラー》としても、秘密裏の役職に就く者としても当然で、十路も詮索する性格ではないので触れなかったが、気にせざるをえない。

 彼女の弁は、日本という国家に忠誠を誓っているわけではなかった。職務には忠実だが、規律高い自衛官でありながら、やりたい放題のやんちゃな猟犬のもの。だがこれまでの働き振りや言動から考えて、どこか別国のスパイという想定も腑に落ちなかった。

 《ヘミテオス》として活動するために必要だった身分でしかない。だから自衛官であることにそうこだわりはなかった。今ならばそう推察できる。


『簡単に言えば、私の偽者が出てきたから、始末しなきゃいけなくなったのよ』


 見た目だけなら医学でなんとかできたとしても、『もうひとりの羽須美』は、羽須美の装備を使って、羽須美と同じ《魔法》を使っていた。それは模倣できるものなのだろうか。

 前夜の『目覚まし』で既に気づいた矛盾が、十路の脳裏に掠めたが、改めて口にすることはなく、傾聴した。


『相手の狙いは、当然私ね……だけど、そこから先がよくわからないけど。私をおとしめたいだけなのか、それとも成り代わってなにかやろうとしてるのか』


 作戦行動中で情報が制限されていたとはいえ、現地にいた十路が知るよりも早く、遠く離れた日本から、羽須美が無差別殺戮を行っているという情報が入ってきた。この事実から現地の実働と呼応して、なんらかの情報工作が行われたとも考えられる。もしそうなら、かなり大胆で大規模な暗闘だ。

 既に実在している人物に成り代わるなど、スパイ映画くらいでしか不可能な行為だが、『もうひとりの羽須美』は外見だけは完璧だった。面と向かって話していても、かなり親しい間柄の者が、それなりに時間をかけなければ、気づきはしないだろう。

 日本という国家を動かす暗部ブラックボックスで、重要パーツのひとつになっている羽須美に、ごく短時間でも成り代わることができれば、やり方次第でかなり致命的なことになりうる。


「だから『悪魔ばらい』ですか……」


 悪魔は、かつて神に成り代わろうとした天使であり、神の被造物だ。敗北し地獄へと堕ちる悪魔の最後の抵抗が、神が愛する人間たちを、神の信仰から切り離し、ひとりでも多く道連れにすること。

 不敗の《女帝エンプレス》という『信仰』にとどめを刺すことができれば、日本という国家の戦略はかなり変えざるをえない。彼女が言う『悪魔』とは、どこかの敵国やその工作員なのかと思ったが、違った。


『変な納得してない? 偽羽須美アレがなんて呼ばれてるかわからないけど、『バエル』って名前がわかったから、そう呼んでるだけだけど』


 名前がわからないと言いつつ名前を呼ぶ、羽須美の謎の言い回しに、十路の頭上に『?』が浮かんだ。


『あと、《ブレーメンの音楽隊》って名前でもあるわ』


 今ならば、Lilith形式術式プログラムの名前と、《ヘミテオス》の真価が発揮された形態の名前であると、推察できる。


「バエルってのは?」

ソロモン七二柱ゴエティックの悪霊たちデーモンズ序列一番、六六の軍団を率いる地獄の王。人を透明にさせる力を持ってて、誰かをおとしれたい時に知恵を授けてくれる悪魔よ』

「ブレーメンの音楽隊って、童話のあれですよね? ロバと犬と猫とニワトリが組体操して、実はドイツのブレーメンとも音楽隊とも関係ないアレ。なんか悪魔と関係あります?」

『そこの関連は考えても仕方ないかな? 音楽隊のほうは、遠心銃DREAD爆発成形侵徹体EFP投射機ディスチャージャーが楽器みたいな形してたから、多少はそれっぽさがあるとも言えるけど』


 特徴の端的な説明であったり、なにかの連想であったり、あだ名や別名がつけられるには、当然なんらかの経緯が存在する。

 《ヘミテオス》のことも、Lilith形式術式プログラムも知らない当時は、『もうひとりの羽須美』の人物像とは全く結びつかなかった。


『アイツの一番の問題は、バエルの部分でしょうね。『透明にする力』なのよ』

「ガチの透明人間は物理的に不可能ですし、迷彩のたぐいはなかったですよ?」

『昨日戦った時、なにか変なことが起こらなかった?』

「あぁ……そういうことですか」


 『もうひとりの羽須美』と戦った時、索敵系の《魔法》が上手く起動できなかった。目では見えていたのに、脳では視えることはできなかった。

 光の屈折率を操作し、真実の意味で透明化するのではない。相手の感覚を阻害し、認識をさせない。

 十路はいまだその機能を体験していないので聞いたたけだが、《ヘミテオス》の体を形作る万能細胞は電波吸収体RAMステルス性能を持つ。『もうひとりの羽須美』は加えて、異なる能動的アクティブステルス機能も備えていたことになる。


『アイツはどうもね、《魔法使いの杖アビスツール》の制御に介入する能力を持ってるみたいなの……お陰で私もしくっちゃって、《無銘》を盗られたわけど』

「ちょっと待ってください? 外部から介入なんて、聞いたことないですよ?」

『納得できないのはわかる。だけどこれは説明できないことだから、『そういうもの』として無理矢理納得して』

「は……?」


 IoTに適応していない、リモコンすらない旧式の家電製品を、無改造・非接触で操作するなんて不可能だ。なにも聞かずに納得しろと言われても、納得できることではない。

 これも多少なりとも知った現在ならば、なんらかの《ヘミテオス》たる能力で、《魔法》のシステム介入しているのではないか、と推察できる。


『それで、アイツの攻略するためのヒントだけど』


 そう言う以外に方法はなかったであろうとも、今ならば理解できるが、とにかくこの時の羽須美は、強引な説明だけで十路を納得させようとした。


『十路なら、どうする? 戦おうと思ったら、《八九式小銃ハチキュー》もどういう風にいじられるかわからない。なら、どうする?』


 強引な上官からの質問に、十路は対向車のない道路を見据えたまま、考えながら思い出す。


「相手の《杖》への介入って、センサー回りだけですかね?」


 対峙した際、それなりに『魔弾』で反撃したはずだが、効果らしい効果がなかったように思う。あの時は《軟剣》を出される前に決着をつけようと勝負に出たため、あまり気にしていられなかったが、上手く術式プログラムが実行できなかったようにも思う。


『多分、全部。だけど意図的に操作してるのとは違うと思うのよ。術式プログラムを実行させようとしたら、別のタスクを走らせて、機能衝突コンフリクトさせてるんじゃないかしら?』


 パソコンにセキュリティソフトをインストールする際、複数入れてはいけない理由がこれだ。同時にハードディスクの同じ領域にアクセスしようと、トイレの奪い合いのような状態になり、動作不良やフリーズを起こす。

 プログラム同士の干渉を、理屈はともかくとして意図的に起こすことができるとすれば、あの不可解な現象も納得はできた。

 気になるのは、遠心銃DREADで攻撃された際、《磁気浮上システム》を使って回避したことだ。きちんと実行された理由が、攻撃用の術式プログラムではなかったからか。単に運がよかったのか。それとも『もうひとりの羽須美』に向ける《魔法》だけ機能衝突コンフリクトを起こしたのだろうか。仮定の根拠も羽須美が強引に言ってるだけなのに、そこまでは推測もできない。ただ、使える前提で考えるのは危険すぎた。


「やっぱり《使い魔》もダメですかね……?」

『状況によるかしら? 《魔法使いの杖アビスツール》と同じシステム使ってるけど、別系統としてサーバーに管理されているし、なんとも言えない』

「サーバー? 管理?」

『あぁ、そこもスルーして』


 スルー事案が多すぎる。ここまで虫食い状態で明かされるくらいなら、最初から聞かないほうがよかっただろうかと、十路のトラブル回避本能がうごめきき始めた。

 最初からトラブルだとわかりきっている、羽須美が言う『悪魔ばらい』への参加表明をしたのだから、既に遅いことだったが。


「相手の戦闘能力を羽須美さんと同レベルだと仮定すると、素で勝負するだけで、俺が勝てると思えないですよ? その上、不確定要素とはいえ、《魔法》が妨害されるなんて、勝ち目ないですよ?」

『正直ちょっと、タイマンだと私も分が悪い。十路が手伝ってくれれば、かなりマシになる。それで、どうやって勝つ?』


 羽須美もそのつもりだった。ただ教官として聞いているのか、それとも作戦立案を任せているのかまでは、よくわからなかった。

 十路の答え――勝てる戦術は、ひとつしかなかったから。彼女ひとりで戦うとなれば、また違ったのだろうが、きっと羽須美も他に答を持ってなかったのではなかろうか。

 《魔法使いソーサラー》の相手は《魔法使いソーサラー》にしか務まらない。次世代軍事学の常識として語られる理由をくつがえす。


「《魔法》なしで交戦する、なんて正気じゃない戦術しか思いつかないんですけど……」

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