FF0_0610 悪魔と悪魔と悪魔の愛弟子Ⅱ ~ジャザイール民主人民共和国 アハガル山地①~


 作戦決行の地には、岩石砂漠が選ばれた。


「結構移動しましたけど、相手は来ますか?」

「夜になったら呼ぶから、問題なし」

「よほどのバカじゃない限り、警戒するでしょう?」

「それでも来るわよ。間違いなく」


 確信に溢れた羽須美の言葉に、やはり疑問を覚えたものの、やはり訊いても答えてくれないだろうと見当つけて、十路とおじは理解を放棄しスルーした。

 そして眼下の光景を見下ろした。岩石砂漠とはいっても荒野でも丘陵でもない。乾燥と侵食によって出来た奇岩が並ぶ岩峰で、地球上と思えない異形の光景が広がっている。砂漠と言っても、誰もが思い浮かべる、いわゆる砂砂漠は、サハラ砂漠の場合は二割ほどの面積しかない。あとは岩の平原である礫砂漠、こういった山と区別つかない岩石砂漠が占めている。

 その一画に、巨大な《塔》がそびえ立っていた。国連により定められた、緩衝地帯である一〇〇キロ圏に入っているどころか、一キロも離れていない。遠くから見る時とは比較にならない威容が目に入る。

 無許可で入っていいのかと問われれば、悪いというしかない場所だが、この国の場合、厳密な境界があるわけではない。なにもない岩山に巨大な串が一本追加されただけで、それ以上になにかが変わったわけではない。一番近い街でも二〇〇キロ以上離れている、準備がなければ死にかねない場所なのだから、ここでなにかしようとたくらやからもいない。


 立ちつくしていても仕方ないと、十路はしゃがみ、持ってきた空間制御コンテナアイテムボックスから物資を取り出す。

 ここに罠を仕掛けるために、奇岩の峰を登ってきたのだ。


 とはいえ、気が進まない。ブービートラップを仕掛けるには、不向きな地形だったから。固い岩盤に落とし穴を掘ろうとすれば、土木工事が必要になる。人の気配がまるでないから、興味を惹く物を置けばあからさますぎる。植物が生えていないから隠すことが難しく、自然素材の罠を作れない。仕掛ける罠の種類は限定されてしまい、効果のほどは当てにならない。《魔法使いソーサラー》のセンサー能力も考慮すれば、どれほど効果があるか懐疑的にならざるをえない。《魔法》という最大戦力なしで戦うためには、こんなものでも頼らざるをえないと頭で理解していても。


 なによりも問題なのは、所持していた全てのナイロンロープを出して確かめていた、羽須美その人だった。ちなみにロープは谷を降り、川を渡る、自然を相手とした想定のため、相当量用意していた。


「私が信用できない?」

「まぁ……」


 顔も向けないまま本心を言い当てられ、十路は言葉を濁してしまう。事実ではあるが、それをざっかけなく言うのは、さすがにはばられた。

 偽者と間違えている危惧は既になかった。だが彼女が、言うなれば『悪者』ではないとも言い切れなかった。敬愛する上官であるとはいえ、命令違反を犯して離脱し、全ての情報を明かさないともなれば、とても無条件で信用できはしなかった。


 知りたかった。彼女の身になにが起きているのか、全てを。

 知ることでなんらかの不利益が十路にあるから、彼女は話さないのだろうと推測しても、それでも。


「なら、役割変える?」


 『もうひとりの羽須美』を倒す作戦の基本方針は、ごく単純だった。片方が《魔法》抜きでもなんとか注意を惹き付け、その隙にもう片方が遠距離から致死性の攻撃を行う。

 足止めは羽須美が、狙撃は十路が行うと、一応の担当を決めていたが、これがまた悩ましかった。


 単純に戦闘能力を比較すれば、足止めは羽須美の役目となる。《魔法使いソーサラー》を相手にどこまで有効かは不明だが、幸いにして銃火器・爆発物は空間制御コンテナアイテムボックス内に充実している。こんな事態になることを見越していたのではないかと疑うほど、個人で持つには過剰な火力が用意されている。


 だがやはり、羽須美を信頼しきれない。強さへの信頼とは違う部分で。

 元々信用できる人物かというと、かなり怪しい。言動は軽薄、からかわれるから油断ならず、十路が思春期に入る頃には、平坦で淡白な対応が身に染み付いてしまった。

 信用はできずとも、信頼はしていた。の部分はともかくとしても、こうの分野では。

 それすらも彼女の一時消息不明と、意図的な情報隠蔽で揺らいでいた。偽羽須美バエルと羽須美を交戦させて、勝利と敗北以外の想定外が起こるのかとも思うのだが、どうにも警戒してしまう。


「いえ。足止めをお願いします」


 そんな心境で、どちらの役割がマシかと言われれば、迷うことなく狙撃手だ。後ろから撃たれるのではないかとビクつきながら、《魔法》なしで《魔法使いソーサラー》と戦うなど御免だった。現在の十路なら平然としてではないものの、必要性があればやる行為だが、当時は。

 とはいえ、狙撃手をやろうと思えば、今度は誤射の不安が出てくる。外すだけならまだしも、間違えたて攻撃したら最悪だ。


「うん。よかったわ」


 真顔に近い薄い笑顔で頷くのも、なにか裏があるのではないかと疑ってしまう。羽須美が敷いたレールに乗せられているのではないかと、勘繰かんぐってしまう。


「さてと……十路。まずは空間制御コンテナアイテムボックスに入ってる兵器ブツ、全部出して。それ終わったらミサイル分解バラして」

「は? なんのために? というか、分解バラしていいんですか?」

「使い道ないわ。目視できる至近距離なら、ロケット弾でもグレネードでも変わらないわよ。推進剤から《魔法》でエレクトロンを精製して」

「テルミットから別のテルミットを作れって、意味不明なんですけど?」

「推進剤だと反応速度がちょっとね。ガソリンでもあればベストなんだけど」

「《使い魔》は電動ですから、ないですよ」


 なぜか水消火器を持ち出してきたのが、いつも通りの頼れる上官であると信じたいがゆえに、十路は手を動かした。



 △▼△▼△▼△▼



 準備を終えた頃には、陽は沈み始めていた。偽羽須美バエルが姿を現した頃には、わずかな光が地平線に残るだけで、再び暗闘の戦いになることを予期させていた。


 大型オフロードバイクにまたがったまま、岩場の高台で待ち受けていた羽須美は、まずは『らしい』軽口で様子見した。


「どうせなら、ケッテンクラートでも乗って来ればよかったのに」


 ケッテンクラートとは、第二次世界大戦期にドイツで開発された半装軌車だ。前がバイクで後ろが履帯トラックという乗り物だ。言葉だけで並べればそれだけなのだが、形を想像できない人が大半で、それ以上の説明が不可能という不可解な代物だ。百聞は一見にかず、画像検索して言葉どおりの異様を確かめてもらうのが一番早い。


「ひとりなんだ……? てっきり……」


 それはともかく、『もうひとりの羽須美』が乗って現れたのは、見たことのない乗り物だった。店売り販売など絶対にされない、使われる状況が極端に限定された特殊車輌だ。

 一番近いのはオートバイに違いない。だがタイヤではなく、無限軌道クロウラで接地している。スノーモービルのように前部がソリになっているのでなく、前輪から後輪まで二列の履帯トラックベルトで繋がる軌道トラック自動二輪車モーターサイクルだった。

 同じく不整地踏破性が重視されているとはいえ、身軽さを身上として障害物走を行う、モトクロッサーやトライアルバイクとは設計段階からコンセプトが違う。水辺や雪上・砂地をバトルフィールドに選んだ、扱い方次第で水面までも走るスプリンターだ。


「で? いい加減、名前を教えてくれない? でなければ……《ブレーメンの音楽隊》は長いから、バエルって呼ぶしかないんだけど?」


 M203グレネードランチャーを外し、代わりのようにOKC-3S銃剣を着剣したM4カービン銃を片手に、羽須美が呼びかけると、車上の『もうひとりの羽須美』は、ポンチョのフードをけた。


「どうでもいいでしょうが……」


 現れた顔同様、声質は全く同じ。だが軽い調子の羽須美とは対照的に、陰鬱さに溢れていた。


「これで私と同じ『麻美わたし』だなんて、嫌になるわね」


 緊張感を微塵も出さない彼女に対し、おしゃべりなど無駄だと急かすように、偽羽須美バエルはポンチョの中から腕を出し、手にした薙刀なぎなたの切っ先を向けた。

 薙刀とはいってもそう呼んでるのは、本来の持ち主だけ。刀剣とは似つかぬ大型ナイフのような刃を長柄につけた剣鉾グレイブ――羽須美の《無銘》を。


「同じ『麻美わたし』だとしても、違うわよ……」

「あら、独立独歩派ひだりの『欠片』? てっきり私に襲い掛かってくるもんだから、『麻美』に戻ろうとする集合派みぎだと思ってたんだけど」

「そういう意味じゃ保守派みぎだけど……」

「へぇ? じゃあ、全部『あの人』の指示でしょ?」


 ふたりの正体を知らないまま、耳で聞いただけでは、絶対に理解できないだろう会話だった。


「ご心配なく。あなたたちの目論見もくろみ、半分は成功してるわよ。勝とうが負けようが、私はおめおめと元の場所に戻れない」


 理解している者同士の、理解を前提とした省かれた会話が、終わりに差し掛かる。 


「とはいえ、私も意地あるのよね。ハメられて引き下がるような、大人しい女じゃないのよ。『麻美わたし』ならわかるわよね?」


 羽須美が銃剣の切っ先と銃口を向けた。同時に偽羽須美バエルが跨る《使い魔ファミリア》が動いた。

 あたらない銃声が、『麻美の欠片』同士が戦う号砲となった。

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