065_1060 【短編】日常のちょっとだけ非日常Ⅶ ~PM19:22~


 午後七時。

 体調はほとんど回復したので、さすがに寝ているのが辛くなった。


「三四……三五……三六……」


 だからタブレット端末を使う野依崎を背中に乗せて、十路とおじは腕立て伏せなどしていたのだが。


「てい」

「ごへっ!?」


 長久手ながくてつばめにまで飛び乗られて潰れた。


「オトコ魅せろよ!?」

「無理に決まってるだろ!?」


 一般人レベルで考えれば、子供でも人間を乗せたまま腕立て伏せを何回もできるなら、かなりの筋力だ。しかも野依崎は同年代平均よりも小柄とはいえ、常に服の下に強化服を着込んでいるため見た目より重い。

 更に成人女性にまで飛び乗られたら、自重より重くなるため、支えきれるわけがない。万全の体調でも。


「つか、なんで理事長まで俺の部屋に?」

「じゅりちゃんが、今日のご飯はこっちで作るっていうからさ」


 つばめは缶ビールを持った手でキッチンを示す。


「ナージャ先輩。こんな感じでいいです?」

「ん~、もう少し固めのほうがいいですかね?」

「ちょっと、ナトセさん。コンロ占領しすぎだっつーの」

「もーちょい待って。これ煮立ったら空くから」


 そちらから四人分のキャイキャイした声が聞こえてくる。


「なんで俺の部屋で、部員全員でメシって事態に?」


 早めに帰った南十星だけでなく、きっといつもより部活を早めに終えて順次マンションに帰ってきただろう部員たちが、食材を持ち寄り、十路の部屋のキッチンを占拠している。


「特に理由らしい理由はなく、なんとなく部室で話している際、こうなるのが決定したみたいであります」


 背中から降りた野依崎が、端的に状況を説明してくれた。説明になっているのかはなはだ怪しいが。


 支援部員は協調性がない。十路の偏見も多分に含まれているが、きっと誰もがそう評するだろう。

 なにせ部員は大学生から小学生までいるのだから、学校の活動時間に差異がある。それにマイペースで自己中心的、サバサバして気分屋なネコ系女子ばかり。唯一のイヌ系女子は自己主張が弱い。

 文化系・体育系問わず、普通の部活動は大会なり発表会なり、なにがしか目標や目的があって日頃活動している。だが支援部の日頃の活動は、その日次第のボランティアで、自分向きの仕事がなければ好き勝手している。


 よほどの何事かなければ、ひとつの目的のために集まりはしない。


「トージくん、愛されてるねぇ?」

「まだ本調子じゃないんで、イジりに付き合う気ないですから」

「本調子でも付き合わないクセに」


 今回はその『よほど』に当たるらしい。

 つばめの言葉をそのまま肯定しないが、彼女たちから大切にされているのは否定のしようがないだろう。


 でも、素直に肯定もできない。

 彼女たちから憎からず思われているとしても、十路自身が価値を見出せない。


「嫌なら追い出せば?」

「疑問に思っただけで、嫌ってわけじゃないです」


 そして躊躇なく否定できないくらいに、彼女たちの交わりは深くなってしまった。


「それにしても、みんな女子力高いね」

「結婚願望あるっぽい二九歳独身としてその言葉、なにか思うことないんですか?」

「え? なにが?」


 缶ビールを半端な高さに止めて、キョトン顔を向けられてしまった。本気で意味がわかっていないのか、その程度で揺らがないほど自身の女子力に自信があるのか、余人にはわからない。


「あと、『メシ作れ』って意味じゃないけど、フォーもなにか思うことないのか?」


 支援部は自炊率高めだが、野依崎だけはその様子がない。日頃の食事も通販で箱買いした栄養補助食品で済ませてしまう。栄養学的には問題なくても情操教育の面から、定期的にコゼットが差し入れしたり、部屋に連れ帰って食べさせたりしている。

 仮に料理ができたとしても、既に四人も台所に立っている中に小学生が混ざるのもどうかと思うが、それはそれとして。ただひとり台所に立っていないことを、どう思っているのか。


 ネコがなにもない場所をジッと見つめるように、野依崎は天井に視線を向けてしばし、焦点ボヤけた灰色の瞳で十路を見た。


「今からケータリングか出張シェフでも呼ぶでありますか?」

「ヤメロ」


 見た目からは想像できないが、この小学生は個人で最新兵器を管理・運用している金持ちだ。

 なので女子力ではなく経済力を発揮する場合は注意が必要となる。成金思考で人様の迷惑を全く考えない。出前とは違うのだから、いきなり言われても困らせるだけだろう。


「まぁ、それはそれとして……」


 現状に対する疑問はおおよそ解けたものの、ずっと放置していた最大の疑問が残っている。いい加減解決しなければならないだろう。


「なんで和真かずままでいる?」


 支援部とは全く関係のない、クラスメイトの高遠たかとお和真かずまが、番茶をすすっているのはなんなのか。


「俺がちゃ悪いかよ?」

「部屋の男女比かたよりすぎなところに和真の存在はありがたいが、セキュリティ的にちゃいけないと思う」

「ちぇ~、せっかく見舞いに来てやったのに」

「せめてノートの写しでも見せてくれれば、その言葉を素直に信じられたんだが。見てのとおり俺はもう大丈夫だから、とっとと帰れ」


 十路らしい平坦かつ無感情かつ簡潔な言葉で退出を促すと、和真は幽鬼のような態度で体ごと振り向く。


「……十路よ」

「なんだ。和真よ」

「なぜそんな無体なことを平然と言える!?」

「呼んでないのに居座って晩メシたかろうとしている男相手なら、ごく一般的な対応だと思う」


 想像できる居座りの理由を追及すると、図星だと和真はフローリングでゴロゴロしだした。


「いいよなー。十路はよー。カワイイ女の子たちに囲まれてさー。手料理だっていっつも食べてるしー」

「俺だって自炊してるし、そんなに機会ないぞ」


 正直『カワイイ女の子たち』も賛同しづらい。だが見た目は美女・美少女揃いなのは否定できない事実であり、しかも当人たちの耳があるここで言ってしまったら、可愛い彼女たちが可愛くない本性に発揮してピンチになること確実のため触れない。いくら十路でもそれくらいは空気読める。


 せめて『いつも手料理』は否定したいがため、せいぜい……と十路は指折り数える。

 手料理を食べる機会が一番多いのは南十星だ。週に一、二回は部屋に突入してきて食卓を共にする。そういう時には彼女が作る。

 次に多いのはナージャだ。少量作るのが難しい献立の時の弁当、一緒に勉強する時の夜食など、ご相伴に預かっている。まぁこれも週一程度。

 その次は樹里だ。つばめに呼ばれて二人が暮らす部屋に上がり、話をしながら手料理を食べることもある。これも不定期だが月に一、二回くらい。

 朝・昼・夜がかさならければ、月に一〇日ほどは誰かの手料理を食べている計算になる。

 手料理を振舞ってくれるような彼女もおらず、日頃オカンの家庭料理を食べている男子高校生を基準にすると――


(……あれ? 『いつも』って言われても仕方ないほど頻繁ひんぱん?)


 ゼロはなにを掛けてもゼロなのだ。十路の現実は『普通の男子高校生の何倍』なんて言えない次元にある。

 首筋を撫でながら口をつぐんだが、それでも伝わってしまった。


「もげろォォォォッ!」


 身を起こした和真が拳を握り、イケメン顔を血涙流す夜叉のごとく歪ませて吼えたける。

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