060_0930 真実のカケラⅣ ~呪毒~
《
狙いは《雷獣天崩》、『尾』で増幅させた超高圧電流と推測できる。増幅させる距離と時間を稼ぐため、小型さを利用して接近しつつ、牽制している。
阻止しようと、巨人は焼かれながらも、足を動かさぬまま肉体を伸ばす。先ほどが『腕』だとしたら、今度は『指』だ。人間サイズには充分巨大だが、もっと細く破壊力の小さい、しかし手数は段違いの攻撃を繰り出す。
触手と呼ぶには巨大なそれを、《バーゲスト》に乗ったままの十路が、変形させた左腕で迎撃する。《
【あんなサイズの相手と、よく平気で戦おうとしますね】
「演習だけど、
【
「
【トージの場合、事実なのかジョークなのか、判断に困るんですけど……】
違う。銃撃では駄目だ。弾丸に付与する《魔法》を次々と変えてみても、やはり変化はない。指向性エネルギー兵器では駄目なのは想定していたが、実体弾でも意味はないか。
ならば、と左腕の不定形システム・ウェポンを、銃から剣に機能移行させる。《高周波カッター》を付与させた刃を、足元に潜り込む勢いそのままに、どこがそうなのか怪しい巨人の足首にたたき付ける。
【非常識な再生能力を持つ相手との戦闘経験は?】
「《ゴーレム》使いは大抵。壊しても《
【対処法は?】
「隠れてる《
【再生スピードより速く攻撃を叩き込むとか、一撃で粉砕とか、そういう回答しないのですね】
「《ゴーレム》相手だと一番効率が悪い」
違う。直接攻撃でも駄目だ。刃は確かに肉体に潜り込み、大した抵抗なく管や筋を切り裂いたが、ほとんどダメージを与えていない。
ちゃんとした形状をしていない、巨大な柱にしか見えない巨人の足元から離脱する。十路の存在に気づいたらしく、雷獣への攻撃が何割か向かってきたので、《バーゲスト》が《魔法》の自由電子レーザー光線で肉塊を切り裂きつつ。
【後は……再生能力を阻害】
ギリシャ神話でヘラクレスが行った一二の冒険のひとつ、レルネーの沼地に住む怪物ヒュドラーの討伐。九本の首は切り落とされても新たに生えるため、甥のイオラーオスと協力し、切り口を
「今回その策は無理だ」
肉の巨人は、機能停止した細胞を剥離し、生物にはありえない速度で増殖させて補っているから、火傷で傷を塞ぐことが不可能だ。
エネルギーも《塔》から送られている。システムは敵味方関係なく平等に処理し、十路へも、『雷獣』へも、肉の巨人へも、マイクロ波ビームによる電力供給を行っているから、枯渇は見込めない。
【指揮命令系統の破壊】
動物でも人間でも、群れをかく乱するために、指揮官役や情報伝達系を破壊し、命令伝達を阻止するのがセオリーだ。単体の生物でも、脳や神経を破壊すれば、まず無力化できる。
「それも不可能」
しかし次元の違う生命体である《ヘミテオス》に、果たして適用できるのか。巨人と呼べるまで体積が増大してしまったら、脳の大きさも位置もわからない。
【じゃあ、なぜトージは無意味な攻撃を?】
「援護ってったろ。
【…………】
呆れたか、口を閉ざしたイクセスに言ったことは、嘘ではない。
ただし、別の見込みがないわけでもない。むしろ十路が期待しているのは、こっちだ。
――管理者No.003による命令2確認。
――『私を、殺してください』
――該当命令と判断 lilith形式プログラム機能に統合。
十路が《ヘミテオス》となった際、そのようなシステムメッセージが流れた。
最初以来、『ヘミテオス管理システム』は起動させる機会もその気もなかったから、確かめてもいない。
だが、『なにか』があってもおかしくない。なければおかしい。
既に類する機能があるのではないかと検証してみたが、それらしきものはまだ実装されていない様子だった。
ならば、祈る。
冗談ではなく、本当に。神へではなく、己の生体コンピュータに。
(来い……)
人外の能力を発揮する樹里を、いい意味でも悪い意味でも特別視しなかった。
一般人の常識から逸脱した経験によって形成された、十路の平坦な性格によるものも、確かにあるだろう。
だが、《ヘミテオス》と関わるのは、神戸に来るよりずっと以前よりのこと。
だから受け入れることができたと考えたほうが、封じられていた記憶が解き放たれた今は自然だ。
(なんでもいいから力を貸せ……)
あの日が十路にとっての始まりだった。ある女子高生を守るため、始発新幹線で神戸に降り立った日ではない。もっと前から。
そして、まだ終わってもいない。ひとつの終焉だと思っていたが、ずっと続いていた。十路が修交館学院に転入したことで、継続してしまっていた。
(もう、嫌なんだよ……! 守りたいものが、守れなくなるのは……!)
記憶が繋がっていく。思い出す。忘れていた事実が徐々に鮮明になる。
認識が違っていた。空白を繋ぐために、そう思い込んでいただけだった。ただただ『彼女』と戦って、十路は勝利したわけではなかった。
『彼女』は十路を守るために、力を振るって、結果消えた。
(今度はちゃんと俺に守らせろ!)
願いは聞き届けられた。脳機能野が反応した。
《隠しファイル 設定解除》
オリオンには、
ヘラクレスには、ヒュドラーの毒が混じった
神話の中で英雄となる
《管理者No.003専用 アバター形成万能細胞 ネクロトーシス誘発マルウェア》
同様の『英雄殺し』が、やはり十路の脳裏に既に存在していた。なにかの条件を満たしたことで、隠されていた未完成のデータが認識領域内に浮上した。
『彼女』を守るために『彼女』を殺す、究極の矛盾。『管理者No.003』が複数存在する現状では、切り札となる。
【トージも隠し玉、あるじゃないですか】
「ロクな手段じゃないけどな」
【……そのようですね】
《仮想外付け補助演算装置形成――実装》
《自動命名――禁じられた救済.dtc》
《実行》
『騎士』の象徴とはなにか。
そう問えば、剣と答える者があるだろう。紋章と言う者がいるだろう。盾を挙げる者もいるかもしれない。
だから鎧もまた、象徴のひとつと呼べる。
「……!」
《ヘミテオス》の要素が侵食してきたかと疑う自身の変化と、猛烈な生体コンピュータへの負荷に、思わず十路の顔が引き
左腕を覆う合金の
それは加護でも守りでもない。呪いや毒と称したほうが正しい。体表面に形成した仮想の補助演算装置と合わせ、力技のハッキングを仕掛けてコンピュータウィルスを送り込み、機械的性質を併せ持つ細胞に誤作動を起こさせるだから。
半分だけ兜に隠れた顔で、十路は叫ぶ。
「もう一度だ!」
【了解!】
確認作業を行っていた間も、雷獣は苛烈な攻撃を避けながら駆け回り、順調に『尾』を伸ばしている。とぐろを巻くヘビのように囲って電流を流し、狭めている。
瓦礫をジャンプ台にその《
《バーゲスト》は再び巨人の足元へと潜り込む。
半欠けと呼ぶにも不十分な、守りにならない鎧を身にまとい、鉄馬を駆るその姿は、正しく『出来損ないの騎士』。
取り込んだ金属が鎧に回った分、左腕が延長する刃は薄く細く、
だが肉薄し、巨人の足首を斬りつけると、先ほどまでとの違いは一目瞭然だった。
巨体からすれば、枝葉で引っかいた程度の、わずかな傷に過ぎない。
だが周辺の肉が紫色に腫れ上がる。内側から小さく破裂し、黄白色の汚らしい汁が溢れる。きっと巨人の体内では、破傷風菌と白血球が争うように、ウィルスプログラムと防衛機能が電子的な激戦を繰り広げただろうが、甲斐なく連鎖的に
『なに、これ……!?』
巨人が地響きを立てて、膝を、次いで手を突く。ウィルスプログラムを送り込むために接触したのは一瞬のため、壊死の範囲は一定以上に広がらないが、巨人は壊死が伝播する危機感を抱いたか、もっと大まかに、足の中ほどから先を自ら切除した。
また再生して補うに違いない。これまでと同じことが繰り返される。
だが、駆け回って散発的に雷を放っていた雷獣が、それを許さなかった。『尾』を描きながら、巨人が地面に突いた右腕を駆け上がる。これだけ接近すれば、十路を巻き込むより前に巨人に向かうからと、遠慮なしに指向性を持たない放電を行いながら。
肩まで駆け上がると、宙に身を躍らせて、首筋とも背中ともつかない位置に発生した、レクテナの《
【完全に児童虐待ですね】
「実状はな。見た目は絶対違うけど」
【どうやらロクに《魔法》を使えないみたいですし】
「元が経験も知識もない子供なのが幸いだった。俺たち以外が相手なら、充分すぎる脅威だろうけど」
十路は地に突いた巨人の右手首と交錯しながら斬りつける。離脱する際、襲いかかってきた触手も、避けながら斬り捨てる。ハチに刺されてもこうはならない早さで腫れ上がり、ところどころ小さく破裂し、汚らしい汁が噴き出す。
『なんで……』
巨人は右腕も切り捨てる。表面を焼かれた左腕に体重を預けると、肘と思われる中ほどから先が崩れて落下する。よろめいた際に、雷獣が伸ばす『尾』に触れ、またも肉が焼ける。
『どう、して……!』
光輪が巨人の胸から飛び出して、肉を飛び散らせて虚空へと消える。背後に着地した雷獣による、再度補給しようと発生させるレクテナに干渉させた攻撃が貫通した。その衝撃で動いたため、誤射となったマイクロ波ビームが肉を焼き、爆ぜる。
『なんでぇ……!?』
一見すると容赦ないが、雷獣は手加減している。音程と音量で全くそうは聞こえないが、巨人が上げる哀れな声に同情するかのように、再生速度を加味して攻撃出力を調整している。
最初の目論見は違っただろうが、十路が援護しているから、途中から動きを変えた。《鎧》の効果は確実に巨人に効いているからと、雷獣はフォローに回っている。
大気中に高エネルギーが流れたオゾンの特異臭と、生き物が生きたまま焼ける悪臭が立ち込める戦場を、『野良犬』《騎士》と鋼鉄の『魔犬』、『雷獣』は駆け回り、順調に巨人を削っていく。
傍目には、英雄譚の一節に見えるだろう。心優しき者の姿もあるが、巨人とはおとぎ話の中で怪物として描かれることが多い。そして小さき者たちは知恵を絞り、強大な悪しき者を討ち倒す。
だが実情は、違う。四肢をもぎ取り、強引に地面に引き倒し、焼き、腐らせようと、違う。
『アサミは……『アサミ』になりたいだけなのにぃぃぃぃっ!!』
暴れる子供を大人しくさせただけのこと。
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