060_0720 手探りながらの宝探しⅢ ~立入~


 『宝探し』が午後からも続いた。


 淡路島と四国の徳島県とを結ぶ、大鳴門橋。そのたもとにある鳴門公園。

 人形浄瑠璃を上演する常設施設、淡路人形座。

 やしろが鎮座する丘が、国産み・神産みの舞台となった自凝おのころ島であると伝えている、おのころ島神社。

 かつての観光地を巡り、ヒントと物資を得て、そして――


「番号を振られた文字を並び替えると、『四四八』と『富士山』」

【標高四四八メートル。淡路富士の別名を持つ、先山せんざんのことでしょう】

「この問題の対象年齢は?」

【どう見積もっても幼稚園児レベルではありませんね。大人でもネット検索せずに答えられる人間、どれくらいいるでしょうか?】


 最後の暗号が示す場所におもむいた。

 かつて淡路島第一の名刹だった千光寺は、やはりいまや廃墟と化している。その少し外れた場所までの、航空障害灯の設置で訪れた山道を通ると、変わらぬ光景が迎えてくれた。昨日は晴れ、今日は曇天と、その程度の違いしかない。

 相も変わらず、高さの割には直径がさほどでもない、建築学からすると異様な巨体を見せつけている。


「《塔》まで来たはいいが……どうしろと?」


 《バーゲスト》のリアシートからアサミを下ろし、長杖に乗って飛んでいた樹里が着地したのを見届けてたら、十路は無線機ヘッドセットにこぼした。

 各所に置かれていたヒントは、次のチェックポイントへのもの。集めることで明らかになった最後のヒントは、先山への行き先しか示していない。

 鍵となる情報を、使い切ってしまった。『宝』を手に入れるのはどうすればいいのか、手がかりがない。これまで行く先々で必ず置かれていた『宝箱』が、ざっと見渡した限りでは見当たらない。というか、なにか残されていれば、昨日の作業の際に見つけていても不思議はない。


【残された可能性は、先山とはいっても《塔》ではなく、他の場所を示してるくらいでしょうか……】


 イクセスも無線越しにこぼした時、アサミは無造作に《塔》の根元へと駆け寄る。子供ながらの、自分の興味以外は周囲が見えていない接近だった。


「入れてー」


 壁面に小さな手を当てて、幼い声を上げる。

 すると、青白い《魔法》の光が走り、外壁がパックリ割れた。人間の身長よりも大きい、車輌の運搬口ほどの大きさが、音もなく口を開けた。


「「……へ?」」


 予想もしなかった光景に、十路と樹里のマヌケな声が重なった。

 《塔》内部の様子を確かめる方法がなかったはず。公式記録では、これまで様々な国の様々な機関が試して、さじを投げてしまっている。

 なのに、なぜ少女のたった一言で、迎え入れるように入り口が開いたのか、理解できなかった。


「ちょっと!? アサミちゃん!?」


 少女は躊躇ちゅうちょなく、入り口をくぐり、《塔》の中に入ってしまう。一足早く先に、我に返った樹里が慌てて追いかけて、十路もちゃんと《バーゲスト》に乗らないまま動かして続く。


「まさか、あんなことで《塔》の入り口が開くなんて……!」


 今まで誰も《塔》の中に入れていないのは、《ヘミテオス》にしか入れないからだろう。

 十路と樹里も《ヘミテオス》で、昨日ベタベタ触れている。

 しかし、あくまで航空障害灯設置のためで、内部に入ろうなどと意思を持って探りはしなかった。


《ヘミテオス管理システム――起動》

《セフィロトNo.9iサーバーとリンク》


 外壁だった境界線を越えた途端、十路の生体コンピュータが勝手に機動して、一度しか見たことがないメッセージを吐き出した。《魔法使いの杖アビスツール》とも《使い魔ファミリア》とも脳機能接続をしていないにも関わらず。


(やっぱり《ここ》が『セフィロトNo.9iサーバー』なのか)


 漠然と考えていたことが的中したと思いながら、十路がブレーキレバーを引く。

 内部は大型バスが入れるくらいの暗い部屋で、すぐに行き止まりだった。先に入ったアサミも樹里も、足止めを食らっていた。

 背後で扉がまたも音もなく閉じる。閉じ込められる危機感を抱くまでもなく、闇の中で即座に青白い《魔法》が点る。


 そして脳内で新たなシステムメッセージが吐き出された。


《管理者No.003――暫定α――照合》


 《魔法回路EC-Circuit》がアサミを取り囲んだと思いきや。


《管理者No.003――暫定β――照合》


 そして樹里を。

 肉体的だけでなく、当人たちとは完全に切り離されている《塔》から見たカテゴライズでも、このふたりは同一扱いされている。アサミと樹里が同じ場所にいるから、暫定的な別扱いしているが、最初から別人として扱えば済む話だろう。なぜそんな迂遠なことをしているのか。


《準管理者No.010――照合》


 次いで十路を取り囲んで。


《準管理者No.009――照合》


 最後に《バーゲスト》を。十路にとっては想定外のシステムメッセージだった。


「九?」

【私が持っている《セグメント・ルキフグス》が、《塔》が定義している管理者権限に該当するものなのでは?】


 普通の《使い魔ファミリア》には存在しない、イクセスだけに与えられた権限。かつて《魔法使いソーサラー》二人分の演算能力と、《使い魔ファミリア》の出力でも実行できると思えない、出力を上げれば地球そのものを破壊可能とおぼしき《魔法》を実行する際、それを行使した。

 ルキフグスも邪悪の樹クリフォトセフィラに定義されている悪魔だ。その欠片セグメントと名づけられた権能なのだから、イクセスの推測に納得できる。


「というか、まさか、イクセスも『視てる』のか?」


 遅れて気づいた。《塔》が発していると思われるシステムメッセージは、十路の脳が直接認識しているもので、他人と共有できる視覚情報や音声ではない。たった一言のアバウトな疑問に、イクセスが的確な返事をするのは、考えてみればおかしい。


【えぇ。トージもそうなのでしょうが、私も『ヘミテオス管理システム』なるものが勝手に起動して、擬似先進波通信を受信しています】


 やはり《塔》は、イクセスもまた、十路たちと同等に扱っている。


【ちなみに、外部とは完全に遮断され、通信は不可能のようです】

「予想どおりではあるけど……」

【あと、足元、動いてます? センサーの誤差なのかどうかもわからないのですが】

「俺も自信ないが、下に動いてる気がしなくもない。加速を感じないほど滑らかに動いてるなら、この部屋はエレベーターってことだな」


 ひとりと一台が小声と無線でやり取りしている最中、樹里は身をかがめ、キョロキョロしているアサミに話しかける。


「ねぇ、アサミちゃん。《塔》に入る方法、知ってたの?」

「うんっ。パパがね、手を当てて『入れてください』って言えばいいって」

「パパ……?」


 積極的な情報収集を避けていたから当然だが、初めて聞く単語に、樹里は眉根を寄せる。


《到着》


 脳に新たなメッセージは送られたと同時、入ってきた方向とは逆の壁が開き、光が差し込んだ。


(さぁて……なにが出てくる?)


 十路は思わず己の装備を確かめる。腰の装備BDUベルトには、銃剣バヨネットしか差していない。他の、本格的な装備を、空間制御コンテナアイテムボックスから取り出すべきか否か。

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