060_0710 手探りながらの宝探しⅡ ~疑念~


【この『宝探し』は、アサミあのコだけではなく、最初から私たちの参加も念頭に置かれている?】

「多分、理事長もそこらの真意をつかめなくて、迷ってんだろう。子供相手のイベントと考えたら、不自然だ」

【ヒントは勘違いしようがないほど子供レベルですが】

「だから変なんだよ」


 腕時計の数字が正午を大きく越えたので、ひとまず海岸に停車し、昼休憩を取ることになった。

 《バーゲスト》に寄りかかり、戦闘糧食レーションのカロリーバーをかじりながら、十路はイクセス相手に深まる警戒心を明らかにした。ちなみに十路とおじは小声でも声を出しているが、イクセスは相変わらず無線機ヘッドセットに音声データを送る、半端な内緒話をしている。


「行動範囲が広すぎる。大人でも徒歩だと一日じゃ終わらないだろう。子供の足ならもっと無理だ」

【上陸位置が最初のポイントでないことが、変だとは思いましたが】


 南あわじ市役所の次は、かきのもとひと麻呂まろが句を読んだ慶野けいの松原。

 その次は、春の花なので一〇月初旬ではまだ殺風景な、灘黒岩水仙郷。

 南あわじ市役所跡を基準として、約五キロ離れた南東から北西へ、かつての観光スポットへとおもむくことになった。大人でも移動手段を必要とする距離だろうに、加えて無人島化して道は整備されていない。

 しかも、チェックポイントはまだある。


「箱に入ってた食料がそれ。何日かけて探させる気だ? しかも子供に食べさせる目的かっていうと、ズレてる気がしてならない」

【子供が喜びそうな献立ではありませんが、保存食はおおよそそんなものでしょう?】

「あぁ、イクセスじゃわからんか……あんな子供に、ペットボトルとか缶詰が開けられるかって話だ。これは単に大人が気づかず用意したとも考えられるけど」


 普段は手はなく、《Mechanism Manipulator(機構学マニピュレータ)》のロボットアームは出力が違いすぎる。オートバイに幼児の握力への理解を求めるのは酷だろう。


「それに、ヒントが書かれていた紙。消えるインクメタモカラーで追加情報が書かれてるけど――」


 ジャケットのポケットからヒントが書かれている紙を取り出し、ヒラヒラさせる。アサミの服にはポケットがないので、十路が預かっている。

 おもむいたチェックポイントには、全て箱が置かれ、食料品とヒントが書かれた紙があった。

 紙を裏返してみると、『捨てないでね』と書かれていた。ヒントを与えた時点では、まだ役目を終えていないことを示している。

 調べてみると、一度消えるインクで書かれた文字が消されていた。樹里が救急箱に入れているコールドスプレーを吹きかけると、一部の文字に番号が振られて、全てのヒントを集めることで文章が完成する暗号になっている。


消えるインクメタモカラーは摩擦熱で消しても、マイナス一〇度以下まで冷やすことで元の色に戻る。だけど無人島で、どうやったらそんなことができる?」

【あぶり出しではないですからね……それなら火をおこして温めることができますが、逆は……】


 冬まで待つか。氷点下の場所まで行くか。自然任せで零下まで冷やすならば、ふたつにひとつしかない。


【どれも《魔法》が使えるなら話が別ですが】

「結局そこなんだよな……」


 十路が抱いている疑惑は、いくら考えても現段階では確証までは至らない。見えない相手がアサミをただの子供として考えているのか、《ヘミテオス》であることまで考慮しているのか。そこが判断の分かれ目になってしまう。


 ひとりと一台は共に、少し離れた場所に視線を向けた。岩の上に座り、昼食を広げる樹里とアサミがいる。


「おねーちゃん。大きくなったら、なにになるの?」

「ふぇ?」


 子供らしい、前置き抜きの質問に、樹里が固まった。

 『大きくなったら』と訊かれても、女子高生がこれ以上、劇的に成長することはないだろうが、そうではない。

 学生として、《魔法使いソーサラー》として。支援部員たちにとって、将来はなかなか切実で難しい問題だからだ。

 今は社会実験という部活動に参加することで、普通の学生としての生活が保障されている。しかし卒業すると、果たしてどうなるか、全く見通しが立たない。受験生の十路でも、大学進学以上のことは考えていない。

 職業選択の自由など存在するのか。それどころか身分、最悪命の保障さえない。《魔法使いソーサラー》とは本来、闇の世界に生きる存在なのだから。


「うーん……進路かぁ……この間の希望調査票、すごい大雑把に書いて出したしなぁ……」


 樹里もそこらは理解しているのだろうか。それとも学生らしい将来像のなさだけなのか。彼女は果たしてどういう答えを持っているのか。

 十路は口中のカロリーバーをミネラルウォーターで流し込みながら、穏やかな潮風の中でも聞こえるふたりの会話に耳を傾ける。


「やっぱりちゃんと医学部に進学するべきかなぁ、とは考えてるけど……」

「?」

「あぁ、えぇと……お医者さん」


 お互いプライベートなことはあまり語らないから、十路が初めて聞く、《治癒術士ヒーラー》らしい将来像だった。彼女の希望というより、必要に応じてという語り口なので、将来の夢と呼んでいいかは、十路にはわからない。


 口ごもったのは、なんなのか。偏差値の問題か。学費の問題か。一般人が医者になろうとする時に立ちはだかる問題なのか。

 それともやはり《魔法使いソーサラー》だからなのか。


「でも、普通に卒業できて、普通に働けて、普通に生活できれば……それでいいかな」

「ふつー?」

「うん……」


 高校生活を知らないであろう、少女が理解できないだろうからか。

 それとも樹里自身が『普通』を定義できないからだろうか。

 

「アサミちゃんは?」


 問い返すことで、話を打ち切ってしまった。


「『つぐみ』のお姉ちゃんみたいになりたいっ」

「つぐみ……って誰?」

「パパのお手伝いしてる人!」


 『つぐみのお姉ちゃん』なのか『パパ』なのか。その人物への好意が伝わる無邪気な声で、得意げに教える。

 そんな様に十路は、イクセスと顔を見合わせる。


【いまだ、《ヘミテオスそれ》らしい気配は……ないと言っていいのでしょうか?】

「昨日もだったけど、あの食欲、ちょっとおかしいだろ……?」


 現状アサミは、《ヘミテオス》の片鱗を全く見せていないため、子供以上とは思えない。こうしてイクセスと話をしていても、反応を示さない。樹里のように電磁波を感知している様子も、鋭敏感覚を持っている様子も伺えない。

 例外と呼べるのは、食欲だ。ナージャと南十星が作ったサンドイッチをあっという間に平らげ、今は『宝探し』で確保した食料を片っ端から食べている。昨夜も今朝も同じような光景が繰り広げられたのに、それを見守る樹里は軽く顔を引きらせている。


【ジュリ。《ヘミテオス》は大食いなのですか?】

『や!? 私は違うよ!?』


 やはりイクセスが無線を使って問うと、返事も無線であった。目を剥いてなかなかの勢いで振り向いた割には、声を出さなかった。


『生身で《魔法》使ってカロリー消費しても、普通に食べてエネルギー摂取するの効率悪いから、高カロリー輸液そのまま飲むし。それに私は《千匹皮》が暴走する可能性もあるから、必要以上に蓄えられないの』

【…………そうですね。必要以上に脂肪を貯蔵できない、正当な理由があるのですよね】

『なにその間と理解!?』

【説明するのはやぶさかではないのですが……】

『ゴメン。やめて』


 きっとイクセスが言いよどんだのは、細身な樹里のバスト七九Cカップ問題だと思われる。いくら彼女がなげいたところで、あと一センチを望んだところで、《ヘミテオス》である以上、逃れられない宿命なのだ。多分。

 仮に言ったところで、彼女は消費カロリーと体重を完璧に自己管理できる超生命体だ。食べ過ぎたと思えばちょっと放電すれば、それでダイエットできてしまえる。彼女のなげきは同時に、全世界の女性を敵に回す暴言にもなりかねない。


『あとまぁ……人間が持てるカロリー程度じゃ、ちょっと大きな《魔法》を使えば、すぐ枯渇するって問題もあるんだけど……』


 《魔法》は莫大なエネルギーを消費する。だから《魔法使いの杖アビスツール》には、原子力発電所を収容したような電力を保有する反物質電池が搭載されている。

 《ヘミテオス》が装備なしに《魔法》使えるとしても、それだけでは単純な脅威とは言えない。装備なしで《魔法使いソーサラー》と相対した経験を持つ十路は、そう考えている。派手で強力な攻撃を繰り広げられるよりも、肉体を変形させる暴走状態の樹里のほうが、よほど脅威だ。


 ともあれ、少女の大食いは、《ヘミテオス》由来とは言い切れないらしい。物理的な胃袋の大きさと消化能力は、人間離れしているように思えるが。


(基本的に、普通の子供なんだよな)


 だからこそ、警戒しつつも接することができる。

 だからこそ、扱いあぐねる。

 アサミは《ヘミテオス》の自覚があるのか。やぶをつついてヘビを出す結果にもなりうるから、それすら問い正せない。

 味方ではないにせよ、敵として扱うべきかどうか、十路には判然としない。


(だけど、子供として見るにもなぁ……? 楽だけど、なんか不自然なんだよな……?)


 知識などは間違いなく子供レベルだが、態度に違和感を覚える。

 アサミを一言で言い表せば、マイペースだ。『ママ』と呼んだつばめ相手には相応に甘えていたが、幼児から見れば充分大人であろう、見知らぬ支援部員に囲まれても、平然としている。その上、『ママ』と離れて十路と樹里と一緒に大人しく『宝探し』をしているのは、やはり奇妙に思える。

 昨夜は口数少なく、無愛想なのか怯えているのか判断つかなかったが、樹里と仲良さげに会話している今は、妙に大人慣れしている気がしてならない。


(そういや、木次は子供の頃の記憶が……)


 同じ遺伝子を持ち、同じ《ヘミテオス》である後輩に、考えが飛ぶ。

 樹里の感情表現はそれなりに豊かで、時として苛烈な顔を見せるが、基本的には温厚で従順だ。キャラが濃い面々が揃う支援部の中では、一番普通で大人しい彼女が安心できる存在でもあり、埋没しがちな要因でもある。


 彼女の中から失われている幼少期の記憶が、姿形を得て一人歩きしていれば、アサミのような少女なのだろうか。

 そんな脈絡ない考えが、十路の頭に浮かんだ。


「おしっこ」

「え゛」


 もっとも、離れた場所で始まったやりとりで、そんな考えも打ち消すことになる。


 彼らがいるのは、島東南の海岸線で、三〇年前の地図を参照しても、あまり開発されていない。それでも民家はあるにはあるが、彼らが今いる海岸からは遠い。

 つまり近場に、公衆便所などという文明の利器は存在しない。


 股に手を当てもじもじするアサミに、樹里があちこち首を巡らせた末、十路たちのほうを見て、無線を飛ばしてきた。


『イクセス! なにかない!?』

【ということですけど、トージ? 私に求められても困るんですが】

「俺に求められても困るんだが。そこらの物陰で済ませる以外にないだろ」


 生物の生理反応とは無縁の機械イクセスからパスされても、男でしかもサバイバル経験豊富な十路には、他に言えない。これが敵地で隠密行動中ならば、痕跡を残さないための具体的なアドバイスができるが、彼女が求めているのはそういう言葉ではないだろう。


「唯一言えるとすれば、葉っぱで拭く時は、テキトーにその辺に生えてるのを使うと痛い目見るから、気をつけて選べってくらいか」


 痛い目を見たらしい。チクチクしたのか。かぶれたのか。はたまた強度か面積が足りなかったのか。


【そんな実体験からのアドバイス、ジュリは求めていないでしょう】


 素なのかボケなのか不明な十路の言葉は、イクセスが言うとおり、樹里は手も首も振って全力否定している。


「とにかく、木次に『よ済ませろ』って伝えてくれ」


 イクセスが言葉を発するよりも早く、距離があっても聞こえた樹里は、アサミを抱きかかえて物陰にダッシュした。 

 その姿が見えなくなってから、イクセスが無線ではなく、機体のスピーカーを使って呆れ口を開いた。


【というかですね……それくらい、私を介さず、直接話してもらえません? ジュリの耳には聞こえてるでしょうけど】


 朝から共に行動していても、十路と樹里の間には、いまだちゃんとした会話はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る