055_2040【短編】一動画配信者から見た総合生活支援部Ⅴ 「おふたりとも、またお会いしましたわね」


「なんだよ、あれ……!」

「あぁいう連中だってわかってただろ……!」


 修交館学院の敷地に本格的に入るのは初体験なのだから、どこをどう逃げているのかわからない。

 タカヤとヨーダイが行き着いた先は、中庭と呼んでいいのだろうか。大きな建物脇でレンガ敷きに整備され、ベンチだけでなくテーブルセットもあるオープンカフェのような一角だった。


 そこでもまた、暴虐が繰り広げられていた。混乱に突入しかけた足を、タカヤもヨーダイも無意識に止めた。


「オラオラオラァ! 次はどいつだコラァァッ!?」


 なんか青白い光で構成された巨大ハンマーをぶん回す女がいた。文字はなくとも大きさや形は完全に一〇〇トンハンマーだった。八〇~九〇年代のギャグ漫画・アニメでよく登場したアレ。

 夜でも目立つ金髪碧眼白皙の外国人女性は、装飾杖と一緒にそんなものを振りかぶり、誰とも知らぬ男たちを追いかけていた。


 誰でも一見で『ヤベェ』とわかる光景だった。あの女、害虫Gが出てきても黄色い悲鳴を上げもせず、同じように叩き潰すんだろーなーと想像してしまう偏見込みで。


 男たちもただ逃げ回るだけではない。なんとか窮地を脱しようと、振り返りながら、わずかな隙を突いて、手にした得物を女に向けた。


「ア゛ァン!? テメェらどこのモンだぁ!?」


 だが女は発射閃光マズルフラッシュに臆さない。走りながらハンマーを射線に割り込ませ、火花を散らして銃弾を防いだ。銃弾が見えなくとも想像できた。


「銃ありゃどうにかなるなんぞ――」


 更に女はハンマーを横殴る。巨大な打撃面に脇腹を打ち据えられ、男のひとりが豪快に吹っ飛ぶ。


「見込み甘すぎだっつーの!」


 ロングスカートが広がり、白い太ももがあらわになるのも気にせず跳び、装飾杖と揃えてハンマーを大きく振りかぶる。


「だったら最初はなから仕掛けて来ンじゃねぇ!!」


 別の男めがけて、頭上から振り下ろした。


 なぜよりによって群知能SI応用半実体インパクトクラッシャー術式プログラム《魔女に与える鉄槌/Malleus maleficarum》なのか。ライオン顔負けの、彼女の凶暴さをきわ立たせていた。

 上から叩き潰した男など、胸まで地面にめり込んでいる。粒子ミキサーで先に地面に穴を穿うがちつつ、槌の部分実体化で必要最小限の打撃力を叩き込んで拘束しているのだが、パッと見は物理的に不可能なはずのカートゥーン・アニメ再現で、現実に見せられたら結構恐怖の光景だった。


 そんな真実を知らないタカヤとヨーダイは、別の男が壁に人型の穴を空けてめり込むのを、戦慄しながら物陰から見守った。


「あ゛~……クソめんどい」


 利き手であろう右手の仮想一〇〇トンハンマーを消した女は、装飾杖を持ち替えると石突で地面を突く。


「ひぃっ――!?」


 途端、地面から石の槍が生え、ヨーダイの鼻先で伸びた。

 離れ、隠れていたが、《魔法使いソーサラー》のセンサーあざむくには到底至らなかった。


「あら? おふたりとも、またお会いしましたわね」


 杖を突きながら歩み寄る外国人女子大生から、汚くののしる丁寧ヤンキーボイスではなく、銀鈴の声をかけられてしまった。この状況ではそっちのほうがコワい。


「さすがに情報機関の特殊部隊とかではないでしょうけど……まだお礼参りを諦めてらっしゃらない?」


 誤解が解けてねぇ。

 いや、ヨーダイたちは朝、逃げ帰ったようなものだから、解けてなくて当たり前なのだが。


 幸いにして以前とは違い、石の槍は威嚇に突き出された一本のみ。ヨーダイたちを取り囲んではいない。


「逃げろぉぉぉぉっっ!」

「同意するけど放せぇぇぇぇっ!」


 彼女から離れるために、タカヤの襟首を掴んで引きずって、ただただ駆け出した。



 △▼△▼△▼△▼



 だがヨーダイたちの足は、ある建物に沿って曲がったところで止まった。


「ん?」


 朝見たワンサイドアップにジャンパースカートの女子中学生がいた。


 ただ朝とは違い、腰にはベルトが巻かれ、一対のトンファーをげていた。

 更に、赤いスカーフを首に巻いた立派なイノシシに、ちょこんと乗っていた。青と黄色のスカーフを巻く、ひと回り小さいイノシシ二頭まで従えて。


 ヨーダイたちだけでなく女子中学生も、ここで鉢合わせるとは思っていなかったらしい。見つめ合ったまましばらく時が過ぎ、イノシシたちがプヒプヒ鼻を鳴らすのがやけに大きく聞こえた。


「行けー! リブ! ラウンド! ブリスケット!」

「「どああああぁぁぁぁぁっ!?」」


 楽しそうな少女の指示が、時間の流れを再生させた。

 それがイノシシの名前なのか。バラ肉リブモモ肉ラウンド肩バラ肉ブリスケットなんてピンチしか感じない、しかも豚肉ではなく牛肉の部位名なのに、応じて突進してきたから逃げるしかない。


「なんだそりゃぁぁぁぁぁっ!?」

「あたしが手懐けたイノシシ。ウマそうっしょ?」

「なに乗ってやがるぅぅぅぅっ!!」

「なる気ないけど、《使い魔ファミリア乗りライダー並のバランス感覚は欲しいんだよねー。だからトレーニング」


 ヨーダイにはイノシシ使いテイマーがなにを言っているのか理解できないが、とりあえず彼女の非常識さは、《魔法使いソーサラー》とは別次元だというのはよくわかった。要するにアホの子認定した。


 でもそんな思いはヨーダイの脳裏からすぐにすっ飛ぶ。なにせイノシシの走る速度は人間よりも速いのだから。彼もまた神戸市民、山から街中に普通に降りてくる生きた重戦車の恐ろしさは、一応なりとも知っている。


「こっちだ!」

「を゛!?」


 追いつかれる前に、今度はタカヤがヨーダイの襟首を掴んで引っ張り、建物の角で急に曲がる。部外者の用途などわからないが、丁度その建物の正面入り口だった。

 猪突猛進する三頭のイノシシと使いテイマーは、急な方向転換に付いて行けず、行き過ぎわずかな時間を稼げた。


「うおりゃぁぁぁぁっっ!」


 その隙に空手経験者 (小学校まで)のタカヤが、入り口のガラスに肘打ちをかました。

 素手で不可能ということもないが、素人が狙って割るのは難しい。たまたま力が一点集中したか、強化ガラスらしい割れ方で砕け散った。


 破片がまだ扉枠に残るが、体を丸めたタカヤが屋内に飛び込む。

 慌ててヨーダイも続き、階段を探して駆け上がった。


 ちなみにイノシシは、あの短足でも一メートル以上ジャンプするので、階段程度の障害物で安心してはならない。動くものに反応するので、遭遇時に逃げるなどもってのほか。

 それよりも視力があまりよくないので、物陰に隠れてやり過ごすほうが効果ある。

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