000_1300 そして彼は――Ⅰ ~パフォーマンス 「WALL OF DEATH」~


 つつみ十路とおじは、五月の出来事をそこまで話し終えて、金属製マグカップを手に取った。

 ついでに腕時計を見ると、そろそろ昼の時間になろうかとしていた。部員は集合したが顧問が来ないため、部会を始められないからという理由で、入部直前の話をしていたはずだが、なんだか話が集合したメインと化していないか。無口と言われるほどでもないが、普段から無駄口は叩かず、口数は多くはない。合間合間に水分補給していたが、口が渇くまでしゃべるなど、いつ以来だろうかと十路は考えつつ、冷めた紅茶を喉に流し込む。


 それだけ。他の部員たちが続きを待っていたが、黙って紅茶をすすった。


「…………え!? それで終わりですか!?」

「あぁ。その後、俺はケガして意識不明になったしな。目が覚めたら陸自を退官させられて、修交館学院ここに転入するって話が、俺の意思は関係なく決定してたし」

「オチは!? すごく消化不良なんですけど!?」


 テーブルのクッキーにも手を伸ばし、態度でも『話は終わった』と伝えながら、ナージャ・クニッペルに素っ気なく返す。

 実際それ以後、話すことはない。


「なんで十路くんがケガしたんですか!?」

「誰かから狙撃された」

「犯人は!?」

「わかってない。Sセクションの関係者じゃないか? コンテナにくくりつけて列車から下ろしたけど、警察が確保する前に何人か逃げられたらしい」

「木次さんとキスした経緯は!?」

「知らん」

「誤魔化さないでくださいよ~」

「いや、誤魔化すもなにも、本当に知らん」


 八割ほどは、『話せることはない』と言ったほうが正解だろう。

 誰に撃たれたのか、十路は本当に知らない。樹里とキスしたことも、本当に記憶にない。


「キスに関しては、木次に聞いてくれ」

「ってことですけど、ブチュッとやっちゃった木次さん、どうなんです?」

「前に『キスじゃない』って否定しましたよね!? 堤先輩が吐血しながら意識不明になったから、窒息させないために吸引したんです!」


 出歯亀根性丸出しなナージャに、木次きすき樹里じゅりは尖った犬歯を剥き出した。十路に対しては顔色をうかが子犬ワンコオーラ全開だが、他の部員に対しては普通の反応だった。


 やはり十路は全く記憶がない出来事だが、改めて聞かされても、なんとも思わない。口唇接触があってドキマギすることも、キスを否定されて残念に思うことも、ない。『ふーん。そんなことあったのか』程度でしかない。思春期の淡い感慨の余地は、十路の枯れた精神性に残っていない。


「結局どうやって爆弾列車を処理したんですの? わたくしが事後処理に駆けつけた時には、全てが終わってましたし、なにもわからなかったんですけど」

「それはイクセスに訊いてください。俺は指示どおり動いただけで、なにも説明なかったですから」


 話を終わる理由の残り二割は、なにが起こったか、知らないから。

 腕を組むコゼット・ドゥ=シャロンジェが、半壊した壁際のオートバイに振り向いたが、彼女はなにも反応しない。いやハンドルがわずかに動いたから、もしかすれば『話す気はない』と、肩をすくめてみせたのかもしれない。


 爆弾列車をさせた方法は、推測はできても、確証はなにもない。だから知らない。

 樹里に目をやると、視線に気づいた彼女は、小さく首を振る。怯えたような瞳に、結局のところ十路の意思に任せる、といった内容が含まれているようにも思えた。


(言えるかよ……イクセスが使った大規模破壊 《魔法》も……俺が一度死んで『化け物』になって蘇った話も……)


 ともかく、これ以上は話すことはない。知らない部員たちは納得できなくとも、強引に口をつぐんで、言葉を紅茶で飲み下す。

 ただ、連鎖する記憶が思い浮かぶことは、止められなかった。



 △▼△▼△▼△▼



 十路は知らない。樹里も知らない。

 全てを見聞きした者は存在しない、寄せ集めの事実は、もちろんこれで全てではない。

 空想的理想主義の騎士ドン・キホーテが生まれた、最後の出来事。それは誰もが断片でしか知らない。


「なにが起こった……?」

【アタマ悪いんですか? 説明しないって言ったでしょう? これは本来使用してはならない、禁じ手なんです】


 ほぼ初対面なのに、もう始まっていたイクセスの毒舌は、気になどならなかった。橋梁が消滅し、目に見える風景が一変したのだから。しかし逆に痕跡が、目に見えるもの以外に存在しなかった。《魔法》を実行した気温・電位変化などは観測したが、攻撃の痕跡と呼べるほどの変化はなかった。これは逆に異常だった。


 一般人が学ぶ物理学は、おおよそ古典物理の内容まで。量子力学や相対性理論が大きく絡む現代物理学は、かなり専門的となるので、その道を選ばないと普通は学ばない。

 口さがない文言を使えば、最先端の物理学は、『バカと天才紙一重』の世界だ。どちらでもない常人は、わかる・わからない以前に、理解を放棄する。

 《魔法使いソーサラー》には物理学の知識が必須で、その世界に触れてはいるが、専門家ではない十路には、足りない知識での推測しかできない。


(高次元の一般化? 空間を切り離して、ブラックホールでも作った……? それとも、膜宇宙ブレーンワールドの外に吹き飛ばした……?)


 理解も証明も困難な、『神の御業』に触れる宇宙物理学の分野ではなかろうかと推測した。彼が既知としている分野では、こんな現象は起こせないはずだから。


(出力次第で、人類を滅亡させられるぞ……)


 超科学を操る《魔法使いソーサラー》でも、SFとしか思えない現実だった。

 地核を破壊することができれば、惑星は自重で崩壊する。地表を大規模に抉り取れば自公転周期が乱れて、昼夜の温度差が凄まじい焦土と酷寒の星になるか、太陽の引力に引っ張られて燃え尽きるか、太陽系から外れて果てしない宇宙の旅に出て凍りつくか。


 中途半端であろうが、十路も《ヘミテオス》となってしまった今ならば、もう少し深い推測が可能となる。

 イクセスが光渦OV自由空間光通信FSOシステムを出して通信した相手は、《塔》ではなかろうか。あんな大規模で力技な《魔法》を実行するには、《魔法使いの杖アビスツール》や《使い魔ファミリア》に搭載されたバッテリーでもエネルギーが足りない。だから非接触電力伝送システムで電力を外部から取り込んだ。もしかしたら演算能力も提供されるようなことがあったかもしれない。

 そのための権限が、《セグメント・ルキフグス》。悪魔の名を冠された、破壊神の許与。


 《ヘミテオス》である樹里だけでなく、《バーゲスト》もまた、『マトモ』ではなかった。

 確実性は不明だが、惑星破壊が可能な力の片鱗を見せ付けられれば、十路も穏やかではいられなかった。


「…………イクセス。俺ってお前のマスターだよな?」

【登録上はそうなりますが、一般的な意味でのマスターかっていうと、すごく微妙に思えますけど? それがなにか?】


 だから十路は命じた。


「お前のシステムを停止させる暗証コードを教えろ」

【は?】

「ヤバすぎるんだよ! 今日一日だけで俺の常識が危ういんだよ!? これ以上トラブルに巻き込むんじゃねぇ!?」

【あ、ちょ――】


 マスター権限を発揮させられると隠しようがない暗証コードが、《バーゲスト》のディスプレイに表示された。

 十路は泣きたい気持ちで表示を切り替え、それをタッチパネルに入力すると。


【なんで……!】


 イクセスは不満を残しながら、強制的に眠りにつかされた。

 思わず息を荒げる十路に、樹里がおずおずと言った。


「やー……《使い魔》停止させても、今更だと……」

「現実逃避なのはわかってる……」


 しかし、そうでもしないと、十路は己を保てなかった。



 △▼△▼△▼△▼



「第二関門も突破、だね」


 ネコミミ頭部H装着MディスプレイDを外しながら、長久手つばめは宣言するように笑いかけた。


「…………」


 すると軍用双眼鏡を外して、ゲイブルズ木次きすき悠亜ゆうあは、仏頂面を返した。


「納得できてないみたいだね」

「あのねぇ、つばめ……本気でなに考えてるのよ? 《バーゲスト》にあんな権限ものまで載せて……しかもそれを部外者に見せて」


 悠亜は横を指差す。土手に立つ防衛庁の最高責任者と、公安警察の現場責任者が、タブレット端末に送られてくる空撮映像と、己の目で見た光景とを見て、驚愕で硬直していた。


「世界征服でもする気か……!?」

「やだなぁ。そんな気ないし、あのコたちはそんなことするわけないって」


 防衛大臣が、ようやくといった具合に声を絞り出したが、つばめは笑いながら脅迫した。十路も同じことを訊いたが、やはり誰でも抱く危機感らしい。


「だけど、あぁいうことができるってのは、ノっちゃんに承知しておいて欲しいから、見せたの。防衛省も自衛隊も一枚岩じゃないだろうし、海外の組織もある。防衛大臣ひとりでどうこうできる問題じゃないのはわかっているけど、総合生活支援部を過小評価して暴走する連中への抑止力に、できる限りなって欲しいからだよ」

「堤十路の件だけではなかったのか……」

「自衛隊の問題児を引き受けるためだけに、忙しい大臣を神戸に来させるわけないでしょ? わたしだってそれくらいの常識あるよ」


 公安警察官も、疑問を絞り出した。


「わたしにも見せたのは、どういう理由で……」

「ノっちゃんと似たような理由だけど、警察は都道府県が主体だからねぇ。そんなわけで大道さん。警視庁から兵庫県警に出向しない?」

「は?」


 笑顔のつばめから出された言葉に、中年男は怪訝な顔を返した。吹きさらしの土手で突然に、組織図とは全く無関係の女から人事を言い渡されれば、理解不能でも無理はなかろう。


「今夜のことを、兵庫県警の警視でも、警視庁の警視総監でもなくて、公安の大道さんに見せたのは、県警ちほう警視庁ちゅうおう両方に繋がる警察関係者が欲しいから。これから支援部はトラブル起こすだろうし、専門の窓口になって欲しいってのもある。人事はもう打診してて、あとは大道さんがどうするか、だよ」

「……わたしが今日、神戸に来て、運動会に紛れて潜入捜査することを、折り込み済みであったと?」

「うん。警視と警視総監のふたりを呼び寄せて話するより、承知したそういう立場のひとりを作ったほうが早いしね」

「…………」


 つばめの策略家ぶりに、中年刑事は不気味さと呆れがブレンドされた、なんとも言えない顔で黙った。なにを言っても無駄だと思ったのか、人事を熟考していたかは、当人しか知ることはできない。


「あの《騎士ナイト》くんも、自衛隊を退官させて、樹里ちゃんのお目付け役にするのは、もう決まってるわけね……」


 疑問はまだ解消されていないと、悠亜が最後に口を開いた。


「そうだけど、まだ納得できない?」

「私たちの事情に、巻き込むのもどうかと思うし……なにより《騎士ナイト》くんが役に立つか、すごい微妙。ジュリちゃんのためにならないなら、殺さなきゃならなくなる」


 深刻にならなければならない、その言葉に、つばめは笑みを返した。


「じゃあ、殺せばいいじゃない」


 十路にとっての第三関門が、急遽設定された。川を挟んだ、十路たちが立つ土手を、つばめは指し示した。


「トージくんを狙撃しなよ。かなり離れてるけど、ここからでもキミなら余裕でしょう?」

「…………本気で言ってる?」

「まぢ。目の前でトージくんを殺されて、ジュリちゃんが見捨てるのか、助けるのか、それで見極めればいいじゃない。あのコが決めたことなら、キミも文句言わないでしょ? それに殉職したことにすれば、トージくんの転入手続きも楽になるし」

「樹里ちゃんのトラウマになりそう……」

「キミがそういう考えだから、わたしが色々動いたの。キミたちが四六時中守れる状況じゃないのに、ジュリちゃんをなにも知らない箱入り娘のままにしてたら、取り返しのつかないことになるよ?」


 十路の命の重みを完全に無視した会話は、つばめがきびすを返したことで終わる。


「どこへ行くの?」

「見せたいもの見せたから、もういいでしょ。警察も集まってくるだろうし、ノッちゃんと大道さんの立場考えたら、ここにこれ以上いるべきじゃない」


 社会的立場もあるふたりの同乗者たちに声をかけて、つばめは一足早い撤退を促した。外したヘッドセットのマイクにも呼びかけたので、空の野依崎にも指示しただろう。


「ユーアちゃんも、早く済ましてね」


 三人で車に乗り、発進してしまった。オートバイに乗って神戸から移動してきたので、悠亜の置いてけぼりに遠慮はなかった。


 土手にひとり取り残され、悠亜は困ったように頭をかいたが。


「……《ガラス瓶の中の化け物》」


 やがて諦めたように、ジャケットの前を開けて、悠亜は物語を紡ぐ。

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