000_1220 魔犬、起動Ⅶ ~EDDIE LEGEND STORY 「オートバイの悪魔」~
レール上の走行は、本来ならば絶対にやってはいけないが、緊急時なので致し方ない。
《バーゲスト》に乗った十路と樹里は、東海道本線を疾走し、無人ひいては絶賛暴走中となった貨物列車より、一足早く桂川を渡った。
【到着です】
イクセスが今更な報告を行いつつ、勝手に線路から降り、土手を少し走ってから一八〇度回頭した。
「どうする気だ?」
樹里が降りるのを確認してから、十路もオートバイを降りる。
【少し待ってください。準備が必要なので】
AIのフリーダムさがまたも発揮される。右側後方のアタッチメントに搭載した、黒い
十路がなにか言う前に、AIが勝手に
「誰か説明してくれ……俺の
【は? じゃぁ、なんで
問題は、圧縮空間から解凍され、出現した物体だった。機械の腕に支持されている物体は、十路には全く見覚えがない。
それ以前に、十路が見たことがない物体だった。高出力のレーザー通信器にも見えるが、取り付けられている部品が明らかに違った。
(まさかこれ、次世代超高速レーザー通信器……?)
せいぜい数年から十数年規模であろうが、現状ではまだ基礎研究段階、《魔法》以外では存在していないはずのオーバーテクノロジーだ。
それはまだよかった。いや、よくはないのだが、わずかなオーバー加減は『実用性は怪しいが一応は使える誰かが作った試作品』と言い張ることも、まぁ不可能ではない。
問題は、通信機器であること。しかも空に向けて、レーザーを放っていた。
つまり対応する側にも同じオーバーテクノロジーが、空中か宇宙、容易に手出しできない場所に、既に存在するということなのだから。
(ヤベェ……なんかまた怪しい匂いがプンプン……)
そんな物体がいつ
任務に入る前に、自衛隊内部で、という線も考えられなくはない。
だが、その日、
「私の
樹里がボソッと呟いた言葉のとおりに思えた。登録外の者が開けることができてはならないのだが、根拠もなくそう思ってしまった。
(…………うん。不都合なことは、全部あの理事長のせいってことで)
だから、あの時の樹里同様、十路もスルーすることにした。任務が終われば、あの怪しさ満載の女に関わらないで済むという、叶うことのない願いと共に。
【次です。ふたりでリンクした上で、私と機能接続を行ってください】
そんな十路の心境など構うはずもなく、イクセスが指示を出した。
樹里と顔を見合わせる。だが彼女は十路とは違い、『そういうもの』だと認識し、さしたる疑問は覚えていない顔色だった。
物理的・法的にはなんら問題ないが、十路の常識では、易々としてはならない行為に入るものなのだが。
「いいのか?」
「なにがですか?」
「俺と木次の
コンピュータと同じく、ふたつの生体コンピュータ間で、双方向で信号やデータを送受信できる状態する。互いのパラメーターを常時把握し、
「《魔法使い》同士のリンクは、信頼だ」
所詮はデータ通信なので、『心を通わせる』といったものではない。しかし言葉や態度よりも、はるかに雄弁となる繋がり。秘め事が多い《
必要性があれば拒絶できないが、避けられるのであれば避ける、心理的ハードルが存在する。
十路も任務で、目的を同じくし、連携した《
だから樹里に問うた。『会ったばかりの俺を信頼するのか?』という意味で。
しかし彼女は別の意味に取り、十路のものとは違う懸念を示した。
「私は気にしませんけど……堤さんこそ、大丈夫なんですか……?」
彼女自身が《ヘミテオス》の特異性を、そして十路の反応こそを恐れていた。
少し低い位置から見上げてくる、不安が浮かんだ黒目がちなどんぐり
(コイツ、本当に
本人に無自覚の裏を持っていようと、本質的には無害。危機感がいまひとつ抜けているので、そちらの意味ではかなり危険。
彼女は生まれながらにして持つ力を持て余している、猟犬の子犬でしかない。常人には間違いなく脅威であり、油断してはならない存在に違いないが、無闇に恐れるのは、馬鹿らしくなるほど違うと思えた。
未熟さ
「ふぇ?」
だから、ミディアムボブに手を乗せた。
「えーと……なんで私、頭なでられてるんですか?」
「なんとなく?」
彼女を安心させるためなのか、自分を安心させるためなのか、十路にもわからなかった。
とにかく何度か樹里の頭をポフポフしてから、オートバイ乗車中も収納しなかった小銃を手にした。
「時間もないし、とっととやるぞ」
「あ。はい」
樹里も
「「リンク」」
互いの《
脳裏の片隅にだけ置いて、意識して意識しなかった。樹里の秘密に触れるのは、もうこりごりだったから、接続以上の詮索はしない。
「堤十路の――」
余計なことを考えないために、十路は小銃を背負い、《バーゲスト》の左ハンドルに触れた。
「木次樹里の――」
樹里も長杖を片手で提げたまま、右ハンドルに触れた。
「「――権限において許可する。《
またも声を重ねて、ふたりで機能接続を行う。
【LINK OK.(接続完了)】
そこまでは、先ほどと同じ。
しかし、そこから先が異なった。
【Communication start. "Sheriruth" send.(通信開始。《セグメント・ルキフグス》送信)】
「がっ!?」
「うっ!?」
ふたりの脳に、常人には体験できない負荷がかかった。我慢できないほどではないが、一気に来たため、思わずうめき声が飛び出た。
「なんだ、この
【質問は受けつけません】
文句を言えない状況だから、せめて正体くらいは教えろと十路はこぼしたが、イクセスに一蹴されてしまった。
《魔法》の出力、破壊力と、
イクセスを介して演算しているそれは、十路が持つ戦略級の破壊力を持つ
しかも『通信』とはどういうことか。《魔法》の発生地点をリンク先に指定するように、イクセス自身は
だとしたら、どこのなにが、こんな凶悪な
【ふたりとも、それぞれ照準線ビームライディング誘導システムを構えてください。暫定的にジュリの管制をA砲、トージの管制をB砲と定義します】
言われたとおりにすると、マフラー配管のようなアームが駆動し、消音器に擬装された出力デバイスがポップアップされた。
レーザー光線と電波により《マナ》に作動エネルギーと命令情報を与えられ、空間に《
「なんだそれ……?」
十路の立つ左側のものは、大出力かつ並列的なレーザー発信器だというのはわかった。だがスーパーコンピュータを形成するサーバーを十数台持って来たようなものはなんだというのか。
樹里が立つ右側には、《魔法》だから小型化できる粒子加速器は予想できたが、それが何台もあるのは一体なぜなのか。
【二門で発射する《魔法》の効果が、異なるのです。A砲・B砲、両方を発射することで、想定されている効果が発揮されます。しかも火器管制はマニュアルのみ。発射タイミングはそちらで同時に合わせてください】
「またワケわからん仕様に……」
二液混合のエポキシ系接着剤ではあるまいに。この特殊な《
十路は核兵器の使用を連想した。映画でよくある、キーをふたり同時に挿して回すあの場面を。
イクセスが実行する
【そろそろ来ます】
考えている場合ではなかった。拳銃に比べればいささか重いハンドルバーを、両手で構える。樹里も見よう見真似の少々危なかしい手つきで橋梁に向けた。
「着弾点指定。通過する車輌のど真ん中に来たところで発射する」
「はい」
本来の照準線ビームライティングシステムは、目標にレーザー光線を照射し、その反射波を観測として、レーザーが当たった点に本命の攻撃を命中させる。距離があるので簡単にぶれてしまうが、斜め横から見ることになる橋梁に、二色のレーザーポイントを重ね合わせる。
仮想の機器たちも稼動した。なにが行われているのか、十路には理解のつかないまま、その時を待つ。
やがて、振動音が近づいてきた。無人の列車が視界に入ってきた。
【カウントを送ります】
機能接続をしているイクセスから、新たなデータが届いた。数十秒程度の数字だが、ストップウォッチで計れるミリ秒より二段階下、ナノ秒単位のカウントダウンに、内心舌を打つ。人間が体感できる時間ではなかった。
「自分で
「大丈夫です。私と堤さんの腕の長さも加味して、筋肉に送る運動神経電位を、タイミングを合わせて発すればいいんですよね」
「そうだ」
リンクしている樹里が届くデータを参照しながら、樹里にアドバイスを送った。
間違いなく
さすがに巻き込まれてしまうことは、イクセスも加味しているだろう。説明がないため不安を覚えたが、彼女が断言した以上、この方法を成功させるしかなかった。
ふと横を見ると、樹里の腕が震えていた。顔色も悪い。リンクで送られてくるバイタルも、過度の緊張状態を示していた。
的は決して小さくないが、わずかな動作でレーザーはぶれる。発射される《魔法》が橋梁にも列車にも命中せず、明後日の方向に飛んでいくことも考えられた。
「木次。一回降ろせ」
「ふぇ……?」
制止をさせながら、十路も構えを解いた。
彼の性質は、
だが樹里は、いかにも素人臭かった。恐慌もせず、逃げ出さないだけかなりマシではあるが、見た目どおりの女子高生は超えていなかった。
「呼吸を整えろ。四秒かけて息を吸って、四秒かけて今度は吐く」
「…………」
言われたとおりに、樹里が肩を動かす。
橋梁に、電車は差し迫った。もう時間はわずかしかない。だが、目の前の、呼吸のリズムにだけ集中させて、思考を休めていく。
「
「狙いをつけて、大きく息を吸え。限界以上に息を吸え。これ以上ないってところまで吸ったら、一度息を止め、体の力を抜け」
これ以上樹里を見ていたら、タイミングを逃す。十路も、橋梁を渡る列車に向き直り、構えてながら口を開いた。
カウントダウンの数字は、残りわずか。
「余分な息をゆっくり吐き出す。無理のない状態になった時に、もう一度息を止める。四秒くらいは体のブレが停止する」
言葉どおり、樹里の放つレーザー光線のブレが止まった。
その間に十路も両手に構え、重力に逆らいつつも重みに負けるよう、左右のブレを調整しながら、ゆっくりと降ろす。
赤と緑の光線が、連結された貨物列車中央のコンテナ台車、その中央で重なった。
刹那、カウントダウンもゼロを刻む。ふたりの脳が、運動神経に電流を流し、筋肉が収縮して
そして仮想の設備から、二種類でひとつの《魔法》が実行された。樹里が放ったA砲は、輝く玉にしか見えない、高密度の《
全貌を視界に収めさせた貨物列車の、先端機関車が橋梁を渡り終えた時、真髄が発揮された。
列車を、橋梁を、川の幅を、A砲弾を、全て包みこむ。直径三〇〇メートルの、巨大な《
その形状は、言葉では表現しがたい。海綿やキノコのようにも、理解のつかない機械の部品にも、大脳のモデルにも思える。見る面でその形状を変える、複数種のパラメトリック曲線を合成する複素多様体――カラビ・ヤウ多様体。
三次元で説明できる生活している者にとって、その多次元的な形状を見ると、脳が理解を拒み、嫌悪感を覚えた。
生体コンピュータがカウントする時間は、一秒にも満たない。しかし本来の、生体脳部分が体感した時間は、もっと長く感じた。
内部でなにが行われたのか、全くわからないまま、巨大な《
夜の闇が戻ると、なにもなかった。真の意味でなにもなかった。
《
それを行ったのが、イクセスが実行した
《バーゲスト》のディスプレイに表示されていたのが、その名前なのだろう。
――e58589e38292e981bfe38191e3828be88085e381afe68b92e7b5b6e38197e6989fe9a39fe38199
《光を避ける者は拒絶し星食す》。
十路は生体コンピュータの演算能力を駆使して暗号パターンに当てはめたが、なんのことはない。一六進数で表された日本語だと判明した。
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