000_1210 魔犬、起動Ⅵ ~アイドリング~


 これで列車に残ったのは、《魔法使いソーサラー》たちと《使い魔ファミリア》だけ。あとは都市部を爆弾列車の対策すれば終わり。

 たったそれだけの、最大の問題が残っていた。


「木次! もういい!」


 無線で樹里に呼びかける。しばらくすると、長杖をあちこちにぶつけながら、先頭機関車から少女が出てきた。


「爆弾はどうするんですか?」


 跳び過ぎて架線に触れないように、加減してコンテナに移ってきた彼女の問いには、イクセスが答えた。


【多少の余裕を持たせて、直径三〇〇メートルは人家が存在しない場所が必要です】


 十路が想定していたよりも、はるかに小さい条件だった。脳内でインターネット無料サービスの航空写真を参照し、条件に合致する地形を探した。


「……トンネルの中で大丈夫か?」


 東海道本線を辿ると、京都駅を過ぎて滋賀との県境にある、全長三キロを越える長等山トンネルがある。直上は山なので、人家がないという条件は満たすが。


【他のポイントでなければ。影響が大きすぎます】


 完全ではないとはいえ、イクセスに否定された。地形を変える可能性もあるため、十路もその反応は予想していたので、すぐさま別案を出した。


「だったら琵琶湖まで出る」

【やはり京都の通過がネックですね……そこまで爆弾が爆発しないかどうか】

「だったら京都に入る直前、桂川。新幹線の路線と土手まで巻き込めば、ギリギリ無人地帯がある」

【人的被害を回避するなら、それが最良ですか……突貫工事でも、ざっと二ヶ月ほど、日本経済に大打撃を与えますが】


 無視をしていたわけではないが、軍事学見地がわからず口を挟めなかった樹里が、ここでようやく言葉を紡いだ。


「や、まぁ……盛大に怒られそうですが、部長に頼んで復旧してもらえれば、そこまで大事にはならないかと」

「あの王女サマは、土木工事までやるのか?」


 《付与術士エンチャンター》の本領は、やはり細かい作業だろう。なのに土木工事までやるとなると、どれだけ王女の肩書きを裏切ってくれる人物なのかと考えてしまった。


【でしたら、桂川橋梁きょうりょうを作戦ポイントとします。関係各所に連絡し、警察には通行止めをしてもらいましょう】


 ディスプレイの一部に、時間が表示された。現在位置と列車のスピードから逆算した、作戦開始までの、あまり余裕のない予測残り時間だった。だが、列車と周辺道路を通行止めにするだけならば、なんとか望みは持てる数字だった。

 同時に電波も感じた。機械ならではの平行作業で、無線で詳細なやりとりを行っているのだろう。報告はあったが、マスターの指示や承認は待たずに折衝するとは、一体どれほどフリーダムな《使い魔ファミリア》なのかと思ってしまう。


「それで、具体的にどうするの?」


 十路もかなり省かれた話しか聞いていなかったが、樹里にはそれすらなかった。だから率直に問うたが、やはりイクセスは必要最低限だけを説明した。


【我々は降車し、先行して作戦ポイントにて列車を待ち受けます】



 △▼△▼△▼△▼



 名神高速道路から一般道に下りた、小型の外車と大型オートバイは、桂川沿いの土手に停車した。

 東海道新幹線と東海道本線、両方の橋梁が見通せる場所で、事態を見守るからと、車内の三人は全員出て、悠亜もオートバイを降りた。


「まぁ、あの状況で爆弾処理するなら、無難な場所だろうね」


 列車のふたりと一台が外部に放った電波は、つばめたちも受信して情報を得ていたから、そこで停まった。


 日本が誇る観光都市・京都の一部とはいえ、桂川沿岸は人どおりが少ない。これがまだ昼間ならば、河岸のグラウンドを使う少年たちや、土手一面に咲く菜の花を見る地元民がいるだろう。しかし夜の時間ともなれば。

 自動車が通行できる橋は、五〇〇メートルほど離れた上下流に架かるため、桂川橋梁周辺の交通量は、もともと多くない。


 なによりも、時間がないのが一番よかった。警察がこれ見よがしに封鎖していると、どうしても一般人の目に入ってしまう。通りすがりに目にした分は仕方ないが、必要以上の目がないのは都合がよかった。


「フォーちゃん。道路を破壊できる?」

『別に破壊せずとも、物質半流動体操作ゴーレムで壁を作ることくらい、できるであります』

「じゃあ、やって。京都県警の対応だけじゃ、間に合わないかもしれない。周辺の封鎖と、危険域にいる人の立ち退きを急いで」

『面倒でありますが、仕方ないでありますね……』


 ネコミミヘッドセットを通じて指示を与えると、上空で小さな爆音が響いた。空中で待機していた少女が、指示どおりの行動を開始した。しかし単眼ディスプレイやタブレット端末に送られる映像は変化なかったので、上空からの撮影は、子機ピクシィに任せたらしい。


 面識はないが、京都府警にも話を通していないとまずかろうと、つばめはスマートフォンを取り出した。貨物列車の爆弾に関しては、全国の警察で通っている話なので、無碍むげにされないだろうと、代表番号を調べた。


「は~ぁ……」


 それを見て、悠亜は陰鬱なため息をついた。妹が中心となっているつばめの策略に、まだ思うところがあるらしい。

 しかしなにも言わずにジャケットの懐に手を突っ込んで、軍用双眼鏡を取り出した。

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